Monday, March 16, 2020

マルチェロを探して(3)


フリブールにはマルチェロMarcelloの名前を冠した通りがあるというので、探した。

フリブール美術歴史博物館で尋ねてみたが、知らないという。フリブール駅の国鉄窓口で聞いたが、知らないということで、他の職員に聞いてもらったところ、「マルチェロ通りRue Maecelloがあるはずだが、どこかな、場所は知らない」という返事だった。

駅近くのロモン通りの書店で、大きなフリブール地図を買った。索引を見ると、たしかにRue Maecelloが載っている。ところが、地図の中には記載されていない。大きな通りには名前が示されているが、小さな通りには記されていない。困った。地図表示上の「K5」の区分なので、この地区を順に歩くことにした。幸い、K5は、フリブールの中心部で、駅、大学、大広場、フニクリ斜面鉄道、カントン新庁舎群、旧市街のローザンヌ通りとアルプ通りが入る。全部歩けば見つかるだろう。

主要な通りを一通り歩き、両サイドの通りを確認したが、見つからない。K5からはみ出るが、ついでに旧市街の一番谷底の部分も全部歩くことにして、坂道を下った。観光客が一番歩くコースだが、観光客もあまりいない。新型コロナのせいだろう。一番下の広場に出て、昼食。ベルン橋、猫の党、ミリュー橋を渡り、マリオネット博物館があるが、今回はパス。そして、サンジャン橋を渡る。

しかし、旧市街は16世紀にはできていたから、ここの通りにマルチェロの名前はついていないよな、と気づく。気づくのが遅い。もっと新しい地区の通りについているはずだ。

フリ美術館Fri-Art Museumに行ってみた。サリーヌ河の低いところの堤上にある現代アートの美術館だ。2つの展示だった。1つは、KettyRoccaという映像アーティストの作品。暗い画面の中に、白い手のひらだけが映っている。手を開いたり握ったり。こすったり、曲げたり。無音で、その映像が10分くらい。もう1つは、複数の男性作家の映像作品。モニターを10個並べているが、全部向きが違うので、一度に3つくらいしか見えない。妙に宗教じみた、男性のしゃべりと、カタストロフィの映像。出るときに、念のため受付でマルチェロ通りを聞いてみたら、当たった。そこに住んでいるという女性がいた。私が通った幼稚園の前の通りよ。

カントン新庁舎群の向かい側だ。ピトン広場からカントン新庁舎に向けて高台まで坂を上り、ジャン・グリモー通りを抜けると、その先に彼女が昔、通った幼稚園がある。ここだ。

マルチェロ通りは、鉄道添いの北通りと新庁舎を結ぶ通りで、住宅地の間だ。そのはずれに幼稚園があって、そこまでの通りだ。長さは100メートルあるかどうか。車2台がすれ違うのがやっとの通りだ。片側はちょっとしゃれた窓のマンション建築。反対側は事務所ビルだ。幼稚園の壁には楽しい絵が描いてある。子ども達が遊んでいる。4カ所に、彫刻家のマルチェロ通りというプレートがあった。

あまり苦労せずに見つかって良かった。といっても、3時間、坂を上ったり、降りたり、結構疲れた。

「新にっぽん診断」平和力フォーラム2020企画


平和力フォーラム2020企画「新にっぽん診断」



1回 5月9日(土)午後2時30分~5時30分(開場2時)
       *当初、曜日を間違えて日曜日と記載していましたが、
        正しくは土曜日です。失礼いたしました。

企業栄えて人間滅ぶ――虚妄の「働き方改革」がつくる社会

竹信三恵子(ジャーナリスト、和光大学名誉教授)



 今年は東京オリンピックを頂点に、さらなる上からのナショナリズムによる国民動員が進められる一方、弱者切り捨て、文化破壊の「国家改造」が進行していくことでしょう。(*新型コロナの影響がどこまで及ぶか不分明ですが)

 こうした状況を前に、私たちは何を考え、どのように行動するべきなのでしょうか。平和力フォーラムでは「新にっぽん診断」と題して、各分野における日本の問題を問い直すインタヴュー講座を開催します。

 1964年、1冊の書物、『にっぽん診断』(三一書房)が世に送り出されました。東京オリンピックに沸き立つ日本社会に警鐘を鳴らす日高六郎ら知識人たちの精神の闘いの書です。

 日髙六郎ら知識人の境地にはるかに遠く及ばない私たちですが、各分野における「日本問題」を根底から問い直す公開インタヴュー講座をシリーズで開催します。日本のいまを検証し、人間解放の理論と実践を提起し続けたいと思います。



1回 5月9日(日)午後2時30分~5時30分(開場2時)

企業栄えて人間滅ぶ――虚妄の「働き方改革」がつくる社会

竹信三恵子(ジャーナリスト、和光大学名誉教授)

<プロフィル>

竹信三恵子:ジャーナリスト、和光大学名誉教授。主著に『ルポ雇⽤劣化不況』(岩波新書)『⼥性を活⽤する国、しない国』(岩波ブックレット)『ルポ賃⾦差別』(ちくま新書)『家事労働ハラスメント』(岩波新書)『正社員消滅』(朝⽇新書)『企業ファースト化する⽇本――虚妄の「働き⽅改⾰」を問う』(岩波書店)など多数。

<インタヴュアー>

前田朗:東京造形大学教授。スペース・オルタにおけるインタヴュー記録として、鵜飼哲・岡野八代・田中利幸・前田朗『思想の廃墟から』(彩流社)、高橋哲哉・前田朗『思想はいま何を語るべきか』(三一書房)、佐藤嘉幸・田口卓臣・前田朗・村田弘『「脱原発の哲学」は語る』(読書人・電子書籍)、前田朗・黒澤知弘・小出裕章・崎山比早子・村田弘・佐藤嘉幸『福島原発集団訴訟の判決を巡って』(読書人)。



会場:SPACE ALTA

横浜市港北区新横浜2-8-4オルタナティブ生活館

Tel&Fax 045-472-6349

E-mail予約:spacealta1985@gmail.com



各回参加費:当日1,200円、前売り・予約1,000円、4回通し券3,500円)



主催:平和力フォーラム(maeda@zokei.ac.jp

協賛:三一書房、市民セクター政策機構、スペース・オルタ



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今後の予定



第2回 6月7日(日)午後2時30分~5時30分(開場2時)

尊厳ある解決を求めて――日本軍性奴隷制問題に見る歴史歪曲

渡辺美奈(wam館長)



3回 6月14日(日)午後2時30分~5時30分(開場2時)

原発があらゆる絆を断ち切る――被災者、刑事裁判、廃炉問題

海渡雄一(弁護士)



第4回 7月5日(日)午後1時30分~4時30分(開場1時)

「属国」づくりの改憲を許さない――日米安保、自衛隊、軍事研究

清末愛砂(室蘭工業大学大学院准教授)

Sunday, March 15, 2020

星野智幸を読む(6)時代の変調をいかに読み取るか


星野智幸『ファンタジスタ』(集英社、2003年)

表題作「ファンタジスタ」は雑誌で読んだが、サッカー(フットボール)が日本を支配している設定に違和感があったためか、読み流した感じだった。

サッカーが野球その他をはるかに凌駕して、日本のスポーツの中心になり、ついには元サッカー選手であった政治家が首相選に出る。首相は公選制(直接選挙)になっている。最初の首相選で有力候補となったのがスター選手だった長田だ。熱狂的な人気を集め、有力候補である。

登場人物達は、選挙で投票するかいなか、誰に投票するかをしきりに話題にする。サッカーをしながら、選挙の話に明け暮れる。そうしたサッカーファン達の前に、突如、長田が颯爽と登場し、試合に出た上、その映像がニュースで流れて、これも選挙運動。

長田とは何者なのか。政策は何なのか。この国をどうしようとしているのか。わかりそうで、わからないまま、ついに選挙当日となり、スタジアムの応援の雰囲気のまま、長田が勝利する。そして「開国宣言」だ。なぜなら、戦後日本は借り物だったから、自主憲法制定が必要であり、そのために昭和天皇の戦争責任に遡ってけりをつけなくてはならないという。「日本を戦いの場として差し出す」という宣言。「ねじれた民主主義が育てた空洞」を意識しつつ、長田政治が始まる。

冒頭の短編「砂の惑星」は、埼玉の新米新聞記者の取材を通じて、現代日本のひび割れ状態を浮き彫りにする。小学校における食中毒は集団無差別殺人事件か、という冒頭の謎から、話はホームレス問題や、埼玉の林や山林の所有権問題など、よくわからないまま拡散していく。ところが、最後に、思いがけない形で話がつながる。

その中心に据えられたのが、かつてのドミニカ移民問題だ。豊かな土地での農業生活を約束され、だまされて、ドミニカの荒れ地に捨てられた日本人達。その困窮と恨み。その主人公が、林の中で演じる一人芝居を、新聞記者が追跡する。

「棄民が世は千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで」。

マルチェロを探して(2)


今日は天才女性彫刻家マルチェロMarcelloが生まれた家を探した。

マルチェロの本名はアデレ・ダフリーAdele d’Affry, Duchess de Castiglione Colonna。ダフリー家はフリブールの名門一族だ。アデレ(母親はアダという愛称で呼んだようだ)は、フリブール市大通り58番地の自宅で生まれた。

その前にまずルイ・ダフリー通りを見に行った。フリブール駅の西側を走る幹線道路がルイ・ダフリー通りRue Louis- d’Affryなので、行くとすぐにわかった。フリブール駅から地下のバスターミナルに出て、エレベータでスーパーのミグロとCOOPに上がり、外に出ると、ルイ・ダフリー通りだ。

ルイ・ダフリーLouis-Auguste-Augustine- d’Affryの息子がCount Louis Auguste-Philipe d’Affry(1743~1810年)なので、どちらのルイだろうかと思ったが、息子の方だった。息子は、スイス政府代表としてナポレオンと外交交渉し、欧州制覇をめざすナポレオンの軍事攻撃を外交でかわし、スイスの独立と中立を守った。ルイ・ダフリーの肖像画が残されている。画家は地元フリブールのジョセフ・デ・ランデルセだが、中心にルイが正装して直立。ナポレオンと交渉した60歳頃。机の上に置かれているのが、フランス・スイス間の条約だ。これでスイスが守られた。画面の左上に小さな人物画があるが、これが34歳のナポレオンだ。

このルイが、フリブール市大通り58番地に家を持っていた。ダフリー家は、もともとはフリブール郊外のジビジエに邸宅を持っていたが、両方に暮らすようになり、孫娘のマルチェロは58番地で生まれ、ジビジエで育ったようだ。妹のセシル・ダフリーも同じようだ。セシルは、外交官と結婚して、平穏な人生を送ったとされている。

さて、58番地だ。フリブール駅からサンピエール通り、元は城壁があったあたりを抜けると旧市街に入る。アルプ通りを、ずっと右下を流れるサリーヌ河を見下ろし、前方のカテドラルを見ながら歩いて、カントン旧庁舎の前を抜けると、大通りGrand-Rueだ。車2台がすれ違うのもやっとの通りだが、城壁時代のメインストリートだったのだろう。58番地は歩いてすぐだった。

当時とは番地表示が変わっているかもしれないと思いつつ、行ってみると、玄関脇にプレートがはめ込まれていて、ここがダフリー家であったと説明がついていた。現在はミシン、アイロン、掃除機など家庭用機器のミニ博物館になっている。

http://museewassmer.com/

上記サイトのトップの写真、左側の5階建ての家の玄関の右側に、小さくてよくわからないかもしれないが、1階の窓と窓の間に、ダフリー家の紋章と説明板がはめ込まれている。



Noir Divin Satigny Geneve 2018.

Saturday, March 14, 2020

マルチェロを探して(1)


フリブール駅は、もともとのフリブールの町の外に後でつくられた。15~16世紀のフリブールは、城壁に囲まれていたが、いまは城壁の跡形もない。フリブール駅周辺は近代的なビルがならぶが、駅前通を歩き、ロモン通りを抜けると建物ががらりと変わる。昔の町並みで、城壁があったところから坂道を下ることになる。

というのも、フリブールは、サリーヌ河が地面を掘り下げていった谷に向かって下る斜面の上につくられた町だ。かつての町並み、旧市街は坂道だらけだ。ローザンヌ通りの商店街を過ぎると、小さな広場に出る。目の前が州庁舎だが、玄関前は工事中だった。左手に回ってモラ通りに出ると、ジャン・ティングリとニキ・ド・サンファルジョ記念館だが、今回は素通りする。裏のグーテンベルク博物館も素通りだ。

1分とかからずにフリブール美術歴史博物館に出る。新型コロナの影響か、町中も人影が少なかったが、美術館も閑散としていた。受付で、早速確認した。マルセロか、マルチェッロかを。

天才女性彫刻家マルセロMarcelloだ。マルセロの本名はアデレ・ダフリーAdele d’Affry, Duchess de Castiglione Colonna。フリブールで生まれ、ローマで彫刻を学んだが、結婚して主婦業になるはずが、新婚まもなく夫が病死したため、彫刻家を目指した。パリに出て、美術界で活躍する。当時のアカデミーやサロンは男しか入会できず、作品を出品できなかったので、男の名前マルセロで作品を出して、サロンで展示され、入賞もしていた。すぐに実は女性とわかったが、批評家から高く評価されたので、閉め出されなかった。

これまでマルセロと表記してきたが、イタリア語の名前なのでマルチェッロの方が正しいかもしれない。受付で質問したところ、マルセロで良いと思うとのことだった。もっとも、受付係の言葉が正しいとは限らない。

フリブールは、フランス語圏とドイツ語圏の境にある町で、サリーヌ川の東はドイツ語圏、西はフランス語圏で、多くの市民がバイリンガルだ。フリブールというのはフランス名で、ドイツ語ではフライブルクだ。モラはムルテン、ビエンヌはビールというように、スイスには両方の言葉が使われる町がいくつもあるが、フリブールはその代表だ。イタリア語の町ではないので、マルセロと発音しただけかもしれない。

と思ったところ、マルセロの解説映像を見ることができた。育った家や、彫刻や絵画の作品などを写し、専門家が解説する映像で、フランス語なのでよくわからないが、ずっと見ていたところ、フリブール大学の美術史教授や、音楽教授達が、解説をしていた。みな、マルチェロと発音していた。マルセロでもマルチェッロでもなく、マルチェロだ。

パリで実際にどう呼ばれていたのか、当時の発音はわからないが、今後はマルチェロと表記することにした。

美術館は旧館と新館の2つから成る。旧館は歴史博物館だ。12~15世紀の地元の絵画と彫刻が多数ある。多くが宗教画・彫刻で、聖母マリアや、キリスト、聖人たちを描いている。15~17世紀のステンドグラスも美しい。啓蒙時代頃の衣類、家具、食器、宝飾品なども展示されている。その中にマルチェロの彫刻と絵画も1点ずつ展示されていた。

新館は美術館で、近代絵画もホドラーやピカソが数点あるほか、地元の画家の作品をそろえている。
新館の中に、マルチェロのコーナーができている。昔、来たときはなかったが、2013年に来たときにはコーナーがつくられていた。その後繰り返し来ていたが、今回あらためて見てきた。代表作の<ピティア>は何度見ても素晴らしい。といっても、フリブールにあるのはレプリカだ。本物はパリのガルニエにあって、以前、ジュネーヴで展示された時に見た。

他に大理石の胸像が10点ほど並んでいたのが、圧巻だ。マルチェロはローマで彫刻家ハインリヒ・マックス・イムホフに彫刻を教わったが、作風は似ていないという。マルチェロは、一貫してミケランジェロを尊敬し、学び、模倣した新古典主義の作風だ。大理石の胸像はその典型である。他方、テラコッタの<ロッシーナ>は前回はなかったような気がする。



1836年、アデレ・ダフリーAdele d’Affryフリブールで生まれ、郊外のジビジエで育つ。スイス衛兵の軍人一族。歴代の軍人、外交官を輩出した一族で、祖父はナポレオンと外交交渉をした人物だった。だが、父親は絵画もたしなんだ。15歳まで家庭で教育。

1855年、ナポリの宮廷でカルロ・コロナCarlo Colonna, Duke of Castiglione Alitibrantiと出会う。

1856年4月、Carlo Colonnaと結婚し、Duchess de Castiglione Colonnaとなるが、同年12月、Carlo Colonnaが病死。

1857年、21歳でいったん故郷のジビジエに戻るが、彫刻に専念することに決めてローマに戻り、イムホフに学ぶ。この時期<自画像>と<カルロ・コロナ像>を制作。

1858年、ニースとパリにでて、夏にはフリブールに。

1859年、パリに出る。ドラクロワEugene Delacrixの従兄弟であるレオン・リースナーLeon Riesenerのアパートを借りる。ベルテ・モリゾBerthe Morisotらとの交友始まる。パリ社交界で著名人。

1861年、彫刻家として立つために、帝国美術学校入りを希望するが、男性限定という理由から拒否される。ブロンズの<美しいヘレン>が評判になり出世作。

1863年頃、男性名Marcelloを名乗ることにする。由来は、イタリアの作曲家Benedetto Marcello(1686~1739年)。


Friday, March 13, 2020

国連人権理事会43会期中止に


国連人権理事会が予定会期一週間を残して、中止になりました。新型コロナの影響です。



開会直後に、サイドイベント中止の連絡が来ました。それでも本会議は開かれていました。私は3月3日にジュネーヴに来て、4日から参加していました。いたりが酷い状況になり、フランスやスイスでも発症していたため、徐々に厳しくなってきました。



今週は、ついに会場変更となり、一番大きな会場に、政府代表も4名ではなく2名にしぼり、NGOメンバーは発言予定でないと会場には入れないという状態。並んで座らず、1列おきに座ることに。



それでもなんとか進行してきましたが、一昨日、WTO事務局長がパンデミック発言をしたのが大きいようです。WHOのお膝元のジュネーヴ、国連会議から発症が増えたらしゃれになりませんし。というわけで、13日を持って人権理事会43会期は終了です。



ですから私の発言もありません。今回は4つの発言を準備していたのですが、「慰安婦」問題ひとつだけで、ヘイト・スピーチ、琉球・辺野古、フクシマ避難者についての発言は残念ながらできませんでした。



あるNGOメンバーは、「このためにカンパ集めてジュネーヴに来たのに、どうして」と国連事務局スタッフに詰め寄っていました。一度も発言できずに、帰らなくてはならないので。でも事務局スタッフも応答しようがありません。



長年来ていますが、初めての事態に私も困惑しているところです。といいつつ、週末は天才女性彫刻家マルセロの調査のためフリブールへ行ってきます。

https://maeda-akira.blogspot.com/2017/03/blog-post_16.html




Thursday, March 12, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(151)反ヘイト文学批評の最前線


岡和田晃『反ヘイト・反新自由主義の批評精神――いま読まれるべき〈文学〉とは何か』(寿郎社、2018年)

寿郎社

https://www.ju-rousha.com/

サブタイトルに「いま読まれるべき〈文学〉とは何か」とある。現代日本文学におけるヘイトとの闘い、植民地主義との闘いの先頭に立つ文芸批評だ。

見たことのある名前だと思ったら、『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)の編者であり、さらには『北の想像力――《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅』の編者でもある。前者は読んだが、後者は読んでいない。

著者は文芸評論家だが、同時にゲームデザイナーでもある。文芸批評にも大きな特徴があり、一つは「北海道」にこだわり、アイヌ民族に対する差別の歴史を徹底して問い直している。もう一つは、タイトルの通り、反ヘイト・反新自由主義である。

「政治と文学」をめぐる「論争」は長いこと続いてきたが、とりわけ近年は、「政治と文学」の切り離し傾向が強い。「虚飾とシニシズムが積み重なり、現実は閉塞に満ちている」。

岡和田は、文芸批評の現在を、第1に歴史の改竄と陰謀論を柱とする「極右(ネトウヨ)」批評、第2に現実を政治的文脈から逸らす「オタク」批評、第3に「魂」、死者、安直な癒しに向井「スピリチュアリズム」批評である。情けない現実をいかに受け止め、いかに変革していくのか。ポストコロニアリズムの視点を踏まえて、文芸批評の復権をめざす。

 ネオリベラリズムに抗する批評精神

 ネオリベラリズムを超克する思弁的文学

 北方文学の探究、アイヌ民族否定論との戦い

 沖縄、そして世界の再地図化へ

以上の4部構成で、長短とりまぜて40本以上の論説を収める。総頁400を超える力作だ。

取り上げられる作家、作品は、大江健三郎、はだしのゲンの中沢啓治、大西巨人、高橋和巳、神山睦美、山城むつみ、青木淳悟、藤野可織、、笙野頼子、小熊秀雄、向井豊昭、木村友祐、津島佑子、石純姫、宮内勝典など、有名無名を含めて、幅広い。特に北海道文学、アイヌ文学への視線が目立つ。著者自身、1981年、富良野生まれだという。

ただし、北海道文学に詳しいと言っても、地域文学の閉じこもる話ではない。逆に、北海道文学から日本文学という名の東京文学を撃つ。北海道文学を掘り下げていけば、世界文学への視野が開けるし、宇宙論的視座を獲得できる。そうでなければわざわざ北海道文学と称する理由がなくなる。

こうした方法論を支えるのが、ポストコロニアリズムであり、反植民地主義であり、反ヘイトである。この姿勢は一貫している。

こういう文芸評論家が活躍していたことを十分認識していなかったのは、うかつだった。『北の想像力』出版時に話題になったし、書評を読んだ記憶があるが、きちんと受け止めていなかったのだろう。今後、注目すべき、期待できる評論家である。



林美子という詩人の『タエ・恩寵の道行』という詩集があり、岡和田は何度も林に言及している。まさに、いま読まれるべき文学の代表のようだ。恥ずかしながら、まったく知らなかった。文学を専門としない私が知らなかったのはやむを得ないが、驚いたのは次の一節だ。

「そこから本詩集の表題にある『タエ』を見返せば、自意識を無機物へと換える『砂』に仮託して、極小と極大が同一する空間を描き続けた画家・松尾多英の連作を指しながら、一方で、絶える言葉、耐える身体、逆説的に生まれた妙なる浄化の宙音をも意味するとわかる。」

 なんと画家・松尾多英だ。ついこの前まで、私の同僚だった。

 松尾多英への私のインタヴューを下記の本に収録した。

前田朗編『美術家・デザイナーになるまで――いま語られる青春の造形』(彩流社)

http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2634-5.html

砂を描く日本画家― 松尾多英ホームページ

http://www.matsuotae.com/

Sunday, March 08, 2020

アベノミクスは社会主義だという奇手


鯨岡仁『安部晋三と社会主義』(朝日新書)

元日経、後に朝日新聞の安部首相番記者による安倍晋三論。

<満州国を主導した岸信介を継ぐ「統制経済」の思想水脈と、恐るべき結末>との惹句にあるように、1940年の統制経済、岸信介、その後の「日本は社会主義」論、そしてアベノミクスまで、「社会主義」という特質が貫かれていると見る。

日銀の株爆買い、出口なき金融緩和、経産省の市場への介入、安倍首相による財界への賃上げ要請など、いずれも社会主義的であるという。

話の接ぎ穂は、岸信介と社会主義者・三輪壮寿の友人関係であり、近衛新体制であり、岸による国民皆保険・皆年金であり、「公益資本主義」論であり、アベノミクスの「変節」である。

「左派の政策? いいじゃないか」という安倍発言も証左となる。「瑞穂の国の資本主義」とは実は社会主義であった。

なかなかおもしろい本だ。

もっとも、社会主義の定義がなされていない。統制経済、計画経済を言うのか。何らかの国家介入があれば社会主義なのか。おまけに国家社会主義には言及がない。この論法なら「全ての資本主義は社会主義である」と言える。

1940年の統制経済、岸信介、そして「護送船団」方式も含めて戦後日本型経済を社会主義と見なしているかと思えば、戦後は資本主義だったが、アベノミクスは社会主義、と言っているようにも読める。叙述がやや混乱しているのも定義がないためだ。

1940年体制にしても戦後高度経済成長にしても、日本型システムのメリットだけが語られる。植民地支配や占領には特段の言及がない。戦後の朝鮮特需やベトナム特需にも言及がない。日本型システムの優秀性だけが取り上げられる。つまり、周辺諸民族を踏みつけにして、略奪し、荒稼ぎして、日本経済を成長させた歴史に疑問を感じてはならない。「一国資本主義=社会主義」論が徹底している。

末尾に文献が多数列挙されているが、青木理『安倍三代』がない。朝日文庫なのに。

Friday, March 06, 2020

鵜飼哲はどこから到来したか


鵜飼哲『テロルはどこから到来したか――その政治的主体と思想』(インパクト出版会)

http://impact-shuppankai.com/products/detail/292

<支配的な政治構造からラディカルに断絶するためにかつても今も、私たちは「テロルの時代」に生きている。世界が、時代が、多くの変化にもかかわらず、相変わらず同じ問いの前に立たされている。反戦の論理はどの方向に研ぎ澄まされるべきか?  私たちは、みずからの置かれてきた歴史的状況をいかに思考しうるか?

フランス、アルジェリア、パレスチナ、南アフリカ、スペイン、アラブ世界、そして日本――「遭遇」と考察の軌跡。>



『抵抗への招待』から23年、『応答する力――来たるべき言葉たちへ』から17年、『主権のかなたで』から12年、そして『ジャッキー・デリダの墓』から6年。

ジャン・ジュネの研究者にして、ジャック・デリダの翻訳者。ナショナリズムとレイシズムの厳しい批判者として、天皇制との思想的闘いの先陣を切ってきた鵜飼哲。反東京オリンピックの理論と運動の仕掛け人でもある鵜飼哲。

現代思想の最前線を疾駆しながら、つねに立ち止まり、反芻し、言葉を紡ぎ直し、問い返し、だがつねに光速の鮮烈な思考を掲げ続けてきた鵜飼哲。

本書ではテロ、テロル、テロリズムという言葉の彼方にある歴史と思想の激突を、幾本もの補助線を引きながら、分画し、併合し、裏返し、重ね合わせ、時に溶解しながら、詰めていく。その手つきは、他の誰にも真似の出来ない鵜飼流だ。鵜飼が引く補助線は簡明でありながら独特だ。意外な場所に細く小さな補助線を挟むかと思えば、長く太い、太すぎる補助線を強引に割り込ませる。鵜飼が引く補助線は直線とは限らない。緩やかにうねり、迂回して元に返る。補助線の上にそれを否定するかのような補助線が引き直されたと思うと、消失したはずの補助線が図面を支配する。そんな比喩しか出来ないが、ここに私たちが鵜飼の文章を30年も読み続けてきた深奥の秘密がある。えっ、秘密ではないって? それはそうだ。



本書の各所で、鵜飼は、「世代論的」と言われることも覚悟の上で、同時代に向き合ってきた自分の年代・経験に言及している。フランス文学・思想研究が本来なので、いつ、どのような時代にパリに滞在したかは、決して偶然的なこととしてではなく、鵜飼の思想形成につねに影響を与えていることが、明確に自覚されている。また、パレスチナと南アフリカを「類比」しながら語る際に、南アフリカの最初のイメージは出張した父親からの絵はがきであり、1965年頃、小学生時代のことだという。鉱物資源、金やダイヤモンドの、そして同時にアパルトヘイトの南アフリカ。学生時代にシャープビルの虐殺を知り、アパルトヘイトへの認識を深めていく。

1955年生まれの鵜飼にとって、どの出来事にどのように遭遇したかは、思索を積み重ねるために常に意識されていなければならない。先行世代は、いわゆる全共闘世代であり、圧倒的にこの国の青年達の思想に影響を与えてきた。いや、引きずり回してきたといった方が良い。そのことも踏まえて、鵜飼の問いは複雑化していく。複雑化した問いを、一つひとつていねいに解きほぐしながら、世代論を意識しながら、世代論に回収されない思想をデザインする必要がある。これが鵜飼の思考であり、生き方である。

1955年生まれで、鵜飼と同じ世代論的経験をしてきた私にとって、「ああ、やっぱり」とか「そうだったのか」という言葉を何度も繰り返しながら、鵜飼の著書を読むことは、ある種の愉しみである。世代が一緒だからと言って、同じ風景を見てきたわけではない。鵜飼に見えたものが私には見えなかったことも少なくない。それでも、かなりの程度、「ああ、やっぱり」なのだ。



フランス、アルジェリア、イスラエル、パレスチナ、南アフリカといったテーマとともに、死刑も鵜飼の重要テーマの一つであり、本書でも「政治犯の処刑」というテーゼが打ち出される。本書奥付の次の頁に、私の『500冊の死刑――死刑廃止再入門』の広告がのっているが、同書での私の言葉で言えば、「非国民の死刑」となる。同書は500冊の本の紹介のため、詳細を説き起こしているわけではないが、「死刑」は「国民と非国民を分かつ制度」であり、「生きるに値する者と生きるに値しない者を分かつ制度」である。鵜飼は「政治犯の処刑」を視野に入れつつ、天皇制ファシズムの日本で死刑が多用されなかったのは、「転向」「思想犯保護観察」のゆえであったことに気づいている。転向を迫るファシズムの風土はいまなお健在なのだから。



本書には1980年代後半に書かれた文章も収められている。当時から現在まで、フランスで、あるいは世界的に、テロルは目の前の現実であり、思想の課題であり、運動のバネであった。このことが見えていたのは、鵜飼と、ごく僅かの思想家だけだろう。「生きてやつらにやりかえせ」という2016年の講演は、テロルに立ち向かい、テロルを飲み込み、テロルをわがものとし、テロルをつぶさに分析する鵜飼の革命的離れ業を鮮やかに見せてくれる。



宙空を彷徨う思想ではなく、足下の運動論的課題を引き受けた思想の可能性を信じる読者にとって、もっとも学ぶべき参照軸を提供してくれる鵜飼の最新刊である。

と思ったら、なんと続編が予告されている。『まつろわぬ者たちの祭り――日本型祝賀資本主義批判』は3月刊だという。

「慰安婦」問題を国連人権理事会に報告


3月6日、ジュネーヴの国連欧州本部で開催中の国連人権理事会第43会期において、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR、前田朗)は、議題3(市民的政治的経済的社会的文化的権利)のセッションで次のように発言した。



 <「慰安婦」問題、第二次大戦時における日本軍性奴隷制の最近の状況を報告したい。

3月2日、大邱市(韓国)で元慰安婦、92歳の韓国女性が亡くなった。被害=生存者240人の内222人が謝罪も補償もないまま死んだ。現在生存者は18人に過ぎない。

 2月24日、カン・キュンファ韓国外相は、北京宣言から25周年であるが、女性に対する暴力及び戦争の武器としての性暴力を根絶するためにまだまだ多くの仕事が必要だと述べた。彼女は、政府は尊厳と名誉の回復を求めている「慰安婦」被害生存者の努力を支援していると述べた。彼女の発言を歓迎する。

 私たちは1992年以来、国連人権機関で日本軍性奴隷制問題の解決を要請してきた。

 日本軍性奴隷制は韓国と日本の2国間問題ではない。1945年の日本敗戦まで、アジア太平洋全域で行われた。被害者は韓国人だけでなく、中国人、台湾人、マレーシア人、インドネシア人、東ティモール人、パプアニューギニア人、オランダ女性であった。国際法の下で、日本には全ての生存者に救済を提供する責任があり、被害者には賠償を受ける権利が或る。

 私たちは国連人権理事会が日本軍性奴隷制の歴史の事実を調査するよう繰り返し要請している。>



私自身は19948月の国連人権委員会差別防止少数者保護小委員会に参加して発言して以来、四半世紀にわたって国連人権委員会、その後の人権理事会に参加してきた。今回で86回目の発言になる。なかでも「慰安婦」問題と、在日朝鮮人の人権問題の2つを一貫して取り上げてきた。「慰安婦」問題は、いまでは正面から議論されることはないが、それでも韓国政府や朝鮮政府が発言し、日本政府も一言反論する。NGOからの発言も必要だ。



新型コロナがイタリアでも猛威を振るっていて、フランスやスイスでも発祥している。スイスでは東南部のティチーノやグラウビュンデンのほうのようだ。最西部のジュネーヴではない。とはいえ、国連欧州本部では、人権理事会は予定通り開かれているが、それ以外のサイドイベントは中止になった。サイドイベント関係者や観光客は中に入れない。もっとも、ジュネーヴは世界中から人が集まる町なので、いつ発症するかわからない。世界保健機関WHOのお膝元で発症すると困る。私はWHOに徒歩3分の所に滞在している。郊外の岡の上だ。当面、宿と国連を往復するだけで、町中には出ないことにしている。

Thursday, March 05, 2020

ますます進む社会の分断


橘玲『上級国民/下級国民』(小学館新書)

成田空港の書店で購入し、飛行機の中で読んだ。初めて知る著者だが、国際金融小説を書く作家で、同時に金融・人生設計に関する著作も多いという。池袋でおきた自動車暴走事故によって2人が亡くなったのに、運転したのが元高級官僚で、逮捕されなかったことから、「上級国民」なる言葉が生まれた。実際には高齢であり、自身が骨折していたために逮捕されなかったようだが、前後に似たようなケースもあったことから、「上級国民/下級国民」という言葉が使われるようになったという。

本書は、バブル崩壊後の平成の労働市場がどのように分断を強化したのかを示す。「雇用破壊」とか、日本型雇用の変質が指摘されたが、実は「正社員の雇用は全体として守られた」という。守られたのは団塊の世代である。そのあおりで就職できなかったのが団塊ジュニア世代というから、ややこしい。次に起きるのは「働き方改革」の進行と、年金制度をめぐる対抗のようだ。続いて、「モテ」と「非モテ」の分断に焦点が当てられる。社会の分断によって生み出されたアンダークラスには浮上のチャンスがきわめて乏しい。そもそも教育の本質は「格差拡大装置」なので、教育による格差是正は期待できないという。最後に、リベラル化する世界では「人口爆発」と「ゆたかさの爆発」の先に、人生の自由な選択と設計が実現しており、「リスク」を自分で引き受けなければならない。知識社会の憂鬱が語られる。

数千年単位でのマクロの話と、数十年単位のミクロの変化を強引につなげて話を進めるなど、説得力に欠けるが、案外、すんなり読める。読者を引き込む文章はさすが作家と言える。統計の読み方も独特であり、ウケる新書の書き方はお得意のようだ。

Wednesday, March 04, 2020

そうだったのか、バンクシー


毛利嘉孝『バンクシー アート・テロリスト』(光文社新書)

いまをときめくストリート・アーティストのバンクシーを取り上げた新書だ。サザビーズ・オークションにおける作品裁断事件で世界的に話題となり、東京都港区の日の出駅近くのネズミの絵で、日本にもバンクシーが、と更に話題となった。いまや誰でも知っている匿名作家に、『ストリートの思想』の著者が挑む格好だが、著者はかなり以前からバンクシーをフォローしていたので、新書の入門書とはいえ、よくできている。知らないことばかりだが、読みやすい。

おもしろいエピソードが次々と紹介されている。一番おもしろかったのは、キング・ロボとバンクシーの「戦争」だ。1980年代にイギリスにグラフィティを持ち込んだキング・ロボと、後輩世代のバンクシーだが、あるすれ違いから敵対関係となった。バンクシーが、キング・ロボの絵に、上書きをして「戦争」を仕掛けた。これに激怒したキング・ロボが、さらにその上に絵を書き足して反撃した。すると、バンクシーはKINGの署名の前にFUCを加えてFUCKINGとして侮辱した。今度は、キング・ロボだけではなく、他のグラフィティ・アーティストたちが「参戦」して、バンクシーの作品を消しまくった。ところが、2011年にキング・ロボが事故で意識不明の重体になると、バンクシーはキング・ロボの回復を願う作品を描いて、「戦争」は終結したという。町中に、路上に、壁に、勝手に、時には違法に描いていくグラフィティなので、完成した作品の上に他の作家が書き足して意味を変えることが可能だ。ここが凄い。

西欧ではたしかに鉄道沿線の壁や、トンネルの壁に見事なグラフィティ・アートを見かけることが多い。上に書き加えられている者が多いが、前の作品が古いから、上に描いているかと思っていた。どうやらそれだけではなく、作家同士の対話、共同、時に「戦争」がおきているようだ。今後は注意してみよう。

バンクシーはブリストル出身で、その活動はブリストルからロンドンへ、そしてアメリカへ、パレスチナへ、さらには世界へと広がったという。また、今は一人ではなく、プロジェクト・チームによる活動のようだ。

Sunday, March 01, 2020

星野智幸を読む(5)毒身帰属の会とは何か


星野智幸『毒身温泉』(講談社、2002年)

「毒身帰属」「毒身温泉」「ブラジルの毒身」の3作が収録されている。前2作はつながりがあり、「毒身帰属の会」の物語。「ブラジルの毒身」は、その延長で構想されたのであろうが、独立した作品といったほうが良い。

1989年に設立された「毒身帰属の会」は「独身貴族は体に毒だ」という発想からなり、「毒身者の存在の根拠は自分自身にある。毒身者は、毒身者自身という単位に帰属している。そういう単位のネットワーク」として、プリンス・シキシマによって提言された。大家が取り壊す予定の古いアパートを買い取って、「毒身帰属の会」の拠点とし、毒身者が挙動生活をするというアイデアの実現を目指す。ここに集まった人々の物語だ。性や、年齢や、家族の枠にとらわれず、人々の新たなネットワークを作ろうという試みだが、人間関係はそう単純ではない。

「ブラジルの毒身」は異色の作品だ。「天国行きのトラック」に乗った一団はブラジルに移住した日系移民たちで、アマゾンで開催される日系一世同窓会をめざす。果たして行きつけるかどうか定かでない無謀な旅の途中、それぞれの人生が語られる。浦島太郎のような体験である。語りの間にいつのまにやらトラックの乗客がどんどん増えていく。誰がいつどのように乗ったのかもわからない。無縁仏の多い地域だからか。足もとに「影」のない人々も混じる。最後に登場するおばあさんは、日本と家族から捨てられてブラジルに嫁ぐはずが、それさえままならず、ブラジルで一人で生きてきた。「婚期を逃したガイジンの年増女なんか、一人前の人間とは見なされないわけよ」。過酷な人生体験が開陳されるかと思うと、いきなり「盆踊りとカーニバルとどっちが偉いかで論争」が始まり、乗客たちは踊りだす。盆踊り派とカーニバル派のダンス合戦だ。奇妙奇天烈な挿話だ。

さて、ここから何を考えるべきか。読者は途方に暮れるが、それも作者の計算か。

Saturday, February 22, 2020

拉致問題を切り捨てた日本政府


『月刊マスコミ市民』2019年7月号掲載



拡散する精神/委縮する表現(100)

拉致問題を切り捨てた日本政府



強制失踪委員会



 安倍晋三首相は拉致問題の解決に向けて取り組んできた、ということになっている。本年五月一九日の拉致被害者家族会や「救う会」などが都内で開いた国民大集会に出席し、「拉致問題は安倍政権の最重要課題」と強調したのは周知のことである。

 ところがトランプ・金正恩会談の進展につれて徐々に姿勢を変えてきた。「対話は意味がない。制裁あるのみ」という基本姿勢から「前提条件なしで話し合う」に変化したことはさまざまな推測を呼ぶことになった。

 実は安倍政権は昨年一一月にジュネーヴの国連人権高等弁務官事務所で開催された強制失踪委員会の場で、拉致問題を切り捨てる方針を表明した。「前提条件なしで話し合う」に変化したことと因果関係があるかどうかは不明だが、強制失踪委員会で何があったのか。政権は語らないし、マスコミも報じない。筆者は当時の強制失踪委員会の審議を傍聴していないので、限られた資料と、本年三月にジュネーヴに滞在した際の関係者からの聞き取りに基づいて判明した範囲で事の次第を報告したい。

 二〇〇六年一二月、国連総会において強制失踪条約が採択された。国の機関等が人の自由をはく奪する行為であって、失踪者の所在等の事実を隠蔽することを伴い、かつ、法の保護の外に置くことを「強制失踪」と定義し、「強制失踪」の犯罪化及び処罰を確保するための法的枠組み等について定めている。条約第二六条に基づいて強制失踪委員会が設置された。条約当事国は条約第二九上に基づいて報告書を提出し、委員会で審議の結果、勧告等が出される。日本政府は今回初めて報告書を提出し、昨年一一月五~六日、委員会審査に臨んだ。

 日本政府報告書は冒頭から朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致問題を取り上げ、詳しく報告した。事前にメディアや関係者にも繰り返しレクチャーし、拉致問題に力を入れているとアピールした。

 ところが思いがけない事態になった。強制失踪委員会は拉致問題を取り上げなかったのだ。それに代えて委員会が質問したのは日本軍「慰安婦」問題であった。NGOから提出された報告書はいずれも「慰安婦」問題を報告していたからである。



苦渋の選択?



 一一月五日、一日目の審査直後、日本代表団はパニック状態だったらしい。人権人道大使の目はうつろになっていたという。翌六日、二日目の審査までに、日本政府は対応を決しなければならない。というのも、日本政府は「慰安婦」問題は条約締結以前の問題だから、委員会が取り上げるべきではない」と繰り返してきた。この主張によれば、拉致問題も条約締結以前の問題だから、委員会が取り上げてはならないことになる。

 拉致問題が取り上げられると安直に信じ込み、メディアに宣伝してきた日本政府は窮地に追い込まれた。「慰安婦」問題か、拉致問題か、予想外の二者択一を迫られた。

 大使レベルで判断できる問題ではない。現地の五日夜から六日未明にかけて、日本代表団は必死の思いで東京に連絡を取ったことだろう。ことは外務大臣でも即断できない。当然のことながら官邸の判断だ。時間は限られている。筆者はこの間の事情をつまびらかにしていない。推測するのみだが、安倍首相の判断で、「慰安婦」問題を優先したのだろう。

 委員会で、日本政府は改めて「条約締結以前の問題を委員会は取り上げるべきでない」と主張した。拉致問題を取り上げるな、という驚愕のメッセージになる。大使の手は震えていたという。

 一一月一九日、委員会から「慰安婦」問題の解決を求める勧告が出されたのに対して、一一月三〇日、日本政府は「強制失踪条約は本条約が発効する以前に生じた問題に対して遡って適用されないため,慰安婦問題を本条約の実施状況に係る審査において取り上げることは不適切です」「国連に求められる不偏性を欠き,誠実に条約を実施し審査に臨んでいる締約国に対し非常に不公平なやり方といわざるを得ません」と、猛烈な抗議の手紙を出した。

 ここまで来ると後戻りはできないだろう。安倍政権は拉致問題を切り捨ててでも、「慰安婦」問題に関する国際的要請をはねつけることを優先した。その判断経過をもっと知りたいものである。



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<追記>

安倍政権は、最近も拉致問題を解決するつもりがあるかのようなポーズをとっているが、もともとそんなつもりがないことは、高嶋伸欣(琉球大学名誉教授)らの批判によって明かになってきた。

それどころか、本稿で示したように、安倍政権は国連人権機関では、拉致問題をはっきりと切り捨てて、解決できないようにするために懸命の努力を続けている。解決せずにえんえんと引き延ばすことに利益を見いだしているのかもしれない。

おまけに、マスコミが事実を報道しない。国連人権機関で起きたことさえ、報道しない。

私は強制失踪委員会を傍聴していなかったため、記録と、事後の取材によって、一部の事実を明らかにしたが、真相はまだわからない。

Sunday, February 16, 2020

ヘイト・クライム禁止法(168)モンテネグロ


モンテネグロ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/MNE/4-6. 26 September 2017)によると、憲法第55条1項は、憲法秩序の破壊、領土の統合の破壊、自由と権利の侵害、国民、人種、宗教その他の憎悪と不寛容の煽動のための政治団体を禁止している。刑法第42条aは、犯罪が人種、宗教、国民又は民族、性別、性的志向、ジェンダー・アイデンティティに基づく憎悪によって行われた場合は刑罰加重事由とする。2013~14年、憎悪に基づく犯罪は4件記録された。2015年、人種、皮膚の色、国籍、民族的出身等に基づく差別犯罪は2件であった。

差別禁止法第23条について、2013年には128件が告発され、135人が起訴された。性的志向によるものが123件、宗教が5件、国民が3件であった。2014年には、21件が告発された。性的志向が15件、宗教が2件、国民が4件である。28人が起訴された。2015年には19件の差別事件が告発されたが、性的志向が16件、国民が3件であり、22人が起訴された。2016年には45件が告発された。人種が1件、国民が3件、その他は性的志向であった。

公共平穏秩序法第19条は、国民、人種、宗教、民族的出身その他の特徴に基づいて公共の場所で人を攻撃した場合、150以上1500以下のユーロの罰金又は60日以下の刑事施設収容とする。

スポーツイベントにおける暴力犯予防法第4条は、憎悪や不寛容を煽動・助長するバナー、旗その他の物の掲示、及び叫び声や歌を禁止する。

ビジェロポリエ高等裁判所は、刑法第370条の国民、人種、宗教憎悪ゆえに生じた犯罪を1件扱ったが、本件は破棄された。

ポドゴリツァ高等裁判所は、刑法第370条の事案を4件扱った。2014年10月24日、1人が有罪となり3月の刑事施設収容となった。2015年6月5日、1人が保健施設への強制収容となった。2014年12月25日、1人が6月の刑事施設収容・執行猶予付きとなった。

ニキシッチ初審裁判所は、2015年9月30日に受理した差別禁止法の人種差別禁止に関する事案を審理中である。

ポドゴリツァ軽罪裁判所は、2014~17年5月に、9件の人種差別事案を扱った。5件は合法との結論が出たが、4件は審理中である。2件は宗教信仰の事案、7件は国民の事案である。ブドヴァ軽罪裁判所は、2014~17年5月に、公共平穏秩序法に関する2件の人種差別事案を扱った。ビジェロポリエ軽罪裁判所は、国民ゆえの侮辱事案を6件扱い、4件は終結、2件は審理中である。人権擁護者が告発した差別事案は、2012年に64件で、そのうち21件が国民、1件が宗教である。2013年は59件で、13件は前年からの事案で、新規は46件である。10件は国民、2件は宗教である。2014年は54件で、8件が国民である。2015年は83件で、10件は前年からの事案である。全件終結した。15件が国民、4件が宗教である。2016年は151件で、146件が終結、5件が翌年に繰り越した。9件が国民、3件が宗教、2件が国民である。

(*固有名詞の表記は現地語の発音に従っていない。)

人種差別撤廃委員会はモンテネグロに次のように勧告した(CERD/C/MNE/CO/4-6. 19 September 2018)。2014年改正の差別禁止法がヘイト・スピーチを禁止しているが、人種主義ヘイト・スピーチや人種主義暴力に関する統計データが十分でない。政治家が選挙運動の際にいくつかの民族集団に対してヘイト・スピーチをしたとの情報がある。インターネットなどメディアにおけるセルビア人やモンテネグロ人に対する侮辱などのヘイト・スピーチがある。ロマに対する人種主義暴力も報告されている。一般的勧告第35号を想起して、政治家による人種主義ヘイト・スピーチを非難すること。政治家による選挙運動中のヘイト・スピーチを捜査し、適当な場合には訴追し、処罰すること。ロマなどの民族的集団に対するヘイト・スピーチと闘い、犯行者が処罰されるようにすること。メディア規制機関が人種主義憎悪現象を予防・抑止すること。コンピュータ即応チームと警察庁サイバー犯罪部局に、オンラインのヘイト・スピーチに対処するため、適切な財政と技術職員を配置すること。

ヘイト・スピーチ研究文献(150)移民・難民の主体性


高橋若木「収容所なき社会と移民・難民の主体性」杉田俊介・櫻井信栄編『対抗言論』1号(法政大学出版局)



「仮放免は目標になりうるのでしょうか?」――この問いには、異なる2つの応答が必須である。長期収容の現実を前にすれば、仮放免は目標であるに決まっている。だが、退去強制が取り消されず、就労許可も公的健康保険もない現実の下では仮放免は最終目標ではない。阿鼻地獄が良いか、叫喚地獄が良いかの選択を迫る論法にはまってはならない。そこで高橋は「反収容タイプ」を2つに分ける。

現実の制度の運用改善を求める反収容タイプAと、収容制度の廃止を求める反収容タイプBである。この両者を視野に入れて議論していく必要があるという。

反収容タイプAは、例えば、救急搬送拒否事件で事件を世間に訴え、診察と搬送を求める運動が取り組まれた。裁判でも、長期収容につながる「在留活動禁止説」に対して、収容の目的は退去強制を円滑に実施するためのものであるとして「執行保全説」が対置される。だが、退去強制すべきだと主張しているのではない。タイプAは、収容政策の適正化を求めつつ、収容そのものに反対するタイプBを展望し得る。

反収容タイプBは、収容の改善ではなく撤廃を目指す。誰も収容されない社会を創造することが目標だが、一気に実現するわけではないから、収容に上限を設定することから始める。高橋は、反収容タイプBに立った4つの原則を掲げる。「第一に、まともな在留資格を設定し直すことである。」労働者としての権利保障が出発点だ。

「第二に、労働者としての権利は入管法に違反したからと言って停止されるわけではないと認めさせることである。」

「第三に、『ヨーロッパの教訓』などの漠然とした移民警戒論を語るくらいなら、日本の移民政策の最近の失敗を想起することだ。それらは多くの場合、改善可能である。」

「第四に、外国人の人権を日本人が守るという発想に留まらず、日本国籍を持たない住民の政治的主体性を確立することだ。外国人参政権はそのために不可欠である。」



他方、高橋は「リベラルな恩恵的排外主義」を批判する。「リベラルは一般的に、個人の権利を尊重しようとする。しかしその原則が、すでにいるメンバーが尊重される共同体を保守するため、権利を保障しきれない移民は入れないでおこうという姿勢につながる場合がある」からだ。

高橋は「リベラルな恩恵的排外主義」の実例として、(1)堤未果『日本が売られる』による外国人と日本人の対立図式、(2)TOKYO DEMOCRACY CREWの「移民受け入れ拡大反対」論、(3)社会学者の上野千鶴子の移民受け入れ拡大反対論の3つを紹介して、「移民と国民の利害対立という単純な図式が根拠薄弱かつ無責任である」と批判する。



最後に高橋は「収容する権力と移民の主体性」について論じる。結論は次のようにまとめられる。

「反収容タイプAで現在の移民を制度内で支援する際には、収容所なき社会を追及する反収容タイプBを並走させることで、『よい収容所』作りとは異なる方向を歩むこと。反収容タイプBの目的を追求しつつも、タイプAで現在の移民を支援し、彼・彼女たちの必然的な選択に連帯すること。今いる当事者を支援して制度の適正化を要求しつつ、同時に収容所が無用となる社会に向かう反差別はあり得る。マジョリティ(収容されない人々)が支援活動のなかでも自分たちの恩恵的なポジションと格闘することは、その言論・運動がもつ特徴の一つだろう。タイプAとタイプBを往還する反収容は、例外的な保護対象ではなく政治的な主体としての移民の運動ともなり得るはずだ。」

日本政府の外国人処遇から、リベラルな恩恵的排外主義に至るまでの、日本社会の差別と排外主義は、人間の断片化に貫かれている。移住外国人を、人間として処遇するのではなく、それゆえ人権の主体としてではなく、労働力としてのみ位置付ける。人間を、ある一面の機能に縮減する。人間たる資格を持つのはマジョリティである私たちだけであり、それ以外の者には存在証明責任が課される。収容所のある社会とは、マイノリティの主体性を否定し、マジョリティを千切りにして、際限なく序列化する社会である。

Friday, February 14, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(149)朝鮮人から見た沖縄


呉世宗「朝鮮人から見える沖縄の加害とその克服の歴史」杉田俊介・櫻井信栄編『対抗言論』1号(法政大学出版局)



沖縄における朝鮮人の歴史は日本政府も沖縄県も調査してこなかったという。沖縄戦に関しても、さまざまな歴史資料の中に、断片的に記載され、推測がなされてきた。沖縄戦における朝鮮人の被害は「不詳」とされるが、計り知れない被害があったと考えられる。日本と沖縄の加害と被害の歴史の中に置かれた朝鮮人は、沖縄による被害も余儀なくされた。このことに焦点を当てる研究がなかったわけではなく、徐々にその相貌が浮かびあがってきた。呉世宗『沖縄と朝鮮のはざまで』(明石書店)は最新の研究成果である。

呉は、本論文で、沖縄による加害を紹介したうえで、加害を克服しようとする沖縄、加害を乗り越えようとする沖縄にも焦点を当てる。第1に、1960年代の復帰運動、特に反復帰論というラディカルな思想の重要性、そしてアジア。アフリカ諸国の国際連帯における沖縄の位置を測定する必要があるという。呉は次のように言う。

「そのように沖縄の復帰運動は、アジアやアフリカにも開かれた運動であったからこそ、パレスチナや朝鮮民主主義人民共和国など、いわゆる第三世界から共に闘おうという連帯のメッセージが送られてくることとなった。沖縄を『悪魔の島』と呼んだベトナムからも連帯のメッセージが届けられたことは、復帰運動が普遍的な平和を目指す運動であったことを示すものであった。そのようにして復帰運動は自らを外に開き、第三世界との連帯を模索したからこそ、自分たちの加害性に向き合う土壌を作り出していくことになる。」

それゆえ、第2に、1960年代の沖縄戦記録運動の中で、この課題が継承されていく。沖縄戦の記録を目指す運動の中で、何のために記録を残すのか、何のために証言するのかという問題意識の反芻の結果、沖縄の中にいたアジア人である朝鮮人の「発見」にたどり着いた。このことが沖縄の加害の自覚につながった。呉は、安仁屋政昭を例証として、このことを確認する。

「復帰運動及び記録運動の経験は、沖縄が持つアジアとの連帯の可能性を示すものであり、いまも継承されるべき思想的資源であると考える。自分たちの歴史の中にはアジアの人たちがいて、彼彼女らの歴史と自分たちの歴史を別々のものとして分けることなく絡みあっているままに受け入れていく、そのような歴史の見方や思想が60年代の運動のなかで生まれていたためである。それは民衆の側から他者を可視化し、自らの責任に向き合う契機を作り出した、沖縄固有の驚くべき出来事であった。この経験に基づいた公的な調査の実施や、沖縄が主軸となっての日韓の民衆連帯の形成が期待される。」

重要な指摘である。沖縄の反戦平和運動は、1960年代だけでなく、その後もアジアにおける平和運動を意識して進められた。本土の平和運動とは趣を異にする。朝鮮人から見た沖縄という視点は実に重要である。

Friday, February 07, 2020

星野智幸を読む(4)壊れることさえできないのなら


星野智幸『目覚めよと人魚は歌う』(新潮社、2000年)



時代の表層を掠め、断片を切り取り、スライドガラスに貼り付け顕微鏡で眺めまわしながら、見える部分をかいくぐるようにしてプレパラートを反転させる。星野の作法は、帰納でも演繹でもなく、形式論理も弁証法もまたぎ越して、淡い小説世界を浮き上がらせる。

幸福も不幸も知らない無関心な親元から逃れるために蜜夫に「さらわれ」た糖子は、不在の蜜夫を追い求め続けながら、赤砂漠の丸越の家で、息子の蜜生と暮らす。

日系ペルー人やドミニカ人などが暮らす川崎で、失業と暴走族と喧嘩の世界から逃走したヒヨとあなは、赤砂漠の丸越の家に吸い込まれていく。

幻の蜜夫を除く、糖子、丸越、蜜生、ヒヨ、あなの5人が織りなす、静かな疑似家族の愛憎劇、と言ってしまうと、ちょっと違う。それぞれの家族の情景が語られ、反目と無視と衝突と逃走の幕が繰り返される。食事、ほら貝、サルサ、隠れ家、温泉を行きつ戻りつ、すれ違いとセックスが物語を呼び寄せる。現実とも幻想ともつかない疑似家族の臨界は、現実世界の川崎における乱闘事件と報復事件によってかたどられる。

乱闘事件の落とし前をつけるために、川崎へ帰らなければならない。現実に帰るのではない。もう一つの幻想と現実の狭間に乗り入れていくのだ。



バブルの時期、仕事を求めて日本にやってきたアジアや中南米の人々、中には「定住」しはじめた人々もいたが、バブルが始め不況と失業の波に洗われることになった。日系ペルー人や日系ブラジル人など、各地で苦しい生活を余儀なくされた。「移民」を認めない政府の在留制度、「外国人」を排斥する社会、アイデンティティの危機。社会から排除された若者達の混乱と苦悩と爆発。

星野は、日系ペルー人の若者達だけでなく、日本人の側のアイデンティティの危機をも射程に入れる。単なる差別の告発にしたくなかったからだろうか。だが、その分、普遍化した、逆に言えばありきたりの、成長の悩みに近づいていく。そこをどう超えていくか。

第13回三島由紀夫賞受賞作。

ヘイト・スピーチ研究文献(148)「嫌韓」の歴史的起源


加藤直樹「歪んだ眼鏡を取り換えろ――『嫌韓』の歴史的起源を考える」杉田俊介・櫻井信栄編『対抗言論』1号(法政大学出版局)



加藤は、「嫌韓」は「単なる感情ではなく、一つの世界観であり、認識の枠組みである」として、この「眼鏡」をかけている限り、朝鮮蔑視、韓国蔑視は強まることはあっても、容易には是正されないと見る。その上で、この「眼鏡」には3つの歴史的起源があるという。第1に尊王思想、第2に進歩主義、第3に植民地経験だという。

1の尊王思想とは、近代国民国家形成に当たっての尊王攘夷思想により、国家の正当性を天皇に求め、大日本帝国を確立したことを指す。水戸学以来の帝国のファンタジーであり神話が基礎となる。この神話の世界では朝鮮は日本の「属国」でなければならない(三韓征伐)。

2の進歩主義とは、西欧近代に学んだ日本はその進歩主義を取り入れることになった。追いつき追い越せの近代化、発展段階論は、日本が西欧近代に迫ることと同時に、遅れた朝鮮を必要とする。自らを文明とし、朝鮮を野蛮とする思考は、明治の支配層以来の伝統であると同時に、進歩的な経済学者やマルクス主義者にも共有された。

3の植民地経験は言うまでもない。植民地化過程における虐殺を通じて、日本の庶民は朝鮮人を非人間的に扱うことを学んでしまった。

加藤によると、1945年の敗戦にもかかわらず、この3つの思想は消失したのではなく、忘れられたり、変容を伴いつつ、継続していくことになった。植民地を失ったにもかかわらず、日本人の朝鮮観には切断が生じなかったという。

そして、1990年代以降、冷戦構造の終焉とともに、東アジアの地勢は構造的変化を始め、「日本人は150年来初めて、韓国のもつ他者性を認め、それを通じて、日本を唯一のモデルとする単線的な発展段階論を否定しなければならない事態を突きつけられている」。

しかも民主化した韓国は、日本の過去を見事に照らし出す。日本は文明ではなく

「野蛮」だったのではないか。この事態を引き受けることのできない脆弱な日本人が悲鳴をあげ、否認に走る。それが「嫌韓」であり、ヘイト・スピーチとなって噴き出す。

「だが、歴史の流れは止められず、日本人はいずれ、尊王思想、進歩主義、植民地経験を通じて作り出された『眼鏡』の方を捨て去らなくてはいけなくなるだろう。それでも、断末魔に陥った人ほど恐ろしいものはない。私たちが『早く眼鏡を取り換えろ』と叫ぶ必要が、ここにある。」



基本的に同感である。

私自身は日本人の朝鮮蔑視、ヘイト・スピーチを2種の枠組みで理解してきた。第1は、「500年の植民地主義」と「150年の植民地主義」である。西欧近代の植民地主義と類比的な過程を経て、日本は周辺諸国を植民地化してきた。第2は、近代の中での時期区分である。韓国併合以来の植民地経験、敗戦後になされなかった植民地清算、朝鮮半島分断と日韓条約体制、9.17以後の激烈な朝鮮蔑視とライバルとなった韓国への敵視といった流れで、重層的に積み重なった差別とヘイトという理解である。

ヘイト・スピーチについて、「2009年に日本でもヘイト・スピーチが始まった」という評論家がいるが、そうではない。日本による朝鮮・韓国へのヘイトには「500年の植民地主義」と「150年の植民地主義」という長い歴史があり、その中で現象形態を変えてきた。このことを見失った議論は不適切である。加藤の理解は私と共通するところが大きいと思う。

Thursday, February 06, 2020

ヘイト・クライム禁止法(167)ボスニア・ヘルツェゴヴィナ


ボスニア・ヘルツェゴヴィナが人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/BIH/12-13. 13 September 2017)によると、ジェンダー平等法と差別禁止法があり、すべての生活領域における差別を禁じている。2016年に差別禁止法を改正してLGBTも保護対象にするために、性的志向とジェンダー・アイデンティティを加えた上、「性的特徴」という要件も追加し、包括的な差別禁止法にした。

2016年に刑法を改正し、ヘイト・クライムを、人の属性、皮膚の色、宗教信念、国民的民族的出身、言語、ジェンダー、障害、性的志向又はジェンダー・アイデンティティゆえに行われた刑事犯罪と定義し、刑罰加重事由とした。刑法166条2項(c)は、憎悪ゆえに行われた殺人を1年以上10年以下の刑事施設収容とした。刑法203条4項は、強姦罪について憎悪が伴えば3年以上15年以下の刑事施設収容とした。刑法293条3項は、憎悪による他人の財産損壊を1年以下の刑事施設収容とした。

スルプシュカ共和国は、刑法改正作業中であるが、これは人種主義と排外主義を犯罪化するためで、「暴力又は憎悪の公然教唆及び煽動」を対象としている。印刷、ラジオ、テレビ、コンピュータシステム又はソーシャルネットワークを通じて、公開集会又は公共の場所その他公然と、暴力又は憎悪を惹起し、教唆した場合、3年以下の刑事施設収容である。

刑法は子どもの性的虐待と搾取も犯罪化している。子ども性的虐待、子どもとの性行為、子どもポルノ等を犯罪化した。

2013年以来、スルプシュカ共和国内務省は、憎悪動機による犯罪の記録を取っている。憎悪、不和、不寛容の煽動、他人の財産損壊について、実行者、標的とされた人、場所、日時、実行方法を記録している。

コミュニケーション法に基づいて独立機関としてコミュニケーション規制局が設置されている。表現の自由の講師を目的とし、差別とヘイト・スピーチの禁止に関しても取り扱う。テレビ番組における「ヘイト・スピーチ」の疑いがあるという申立てを多数受け取ったが、2県ではテレビ局に2000BAM及び4000BAMの罰金と判断した。

人種差別撤廃委員会はボスニア・ヘルツェゴヴィナに次のように勧告した(CERD/C/BIH/CO/12-13. 10 September 2018)。人種的動機を刑罰加重事由とすること。人種主義プロパガンダの流布や人種的優越性の思想の助長が犯罪とされているかどうか不明であるので、条約第4条に関z年に合致するよう刑法を改正すること。一般的勧告第35号を想起して、公的言論における人種主義ヘイト・スピーチを強く非難すること。公的演説が人種憎悪の煽動にならないようにすること。ヘイト・スピーチとヘイト・クライムを記録、捜査し、裁判にかけることで法律を実効化すること。ジャーナリストやメディア関係者の人権教育のための行動計画を通じて、メディアがこの問題に敏感になるようにすること。

Wednesday, February 05, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(147)差別はいつ悪質になるか


堀田義太郎「差別の哲学について」杉田俊介・櫻井信栄編『対抗言論』1号(法政大学出版局)



ヘルマン『差別はいつ悪質になるのか』(法政大学出版局)の翻訳者である堀田の差別論である。堀田はほかにも「差別の規範理論」『社会と倫理』29号など関連する論文を公表してきた。

「差別は悪い」のは常識のはずだが、なぜ差別がいけないのかとなると、意外なことに定説がない。むしろ意見が分かれる。法学的議論でもそうだが、哲学となると、議論は単純ではない。原理的にものごとを考えることは、適切に単純化して考えることのはずだが、それもなかなか容易ではない。

堀田はまず議論の対象となる差別の定義を整理する、区別や不利益や特徴といった要因がどのように絡むのかを整理し、歴史的社会的な文脈の重要性や、社会的に顕著な特徴をいかに位置付けるかを論じる。

悪質な差別については、伝統的な倫理学の枠組みに従って、害説(害悪説)とディスリスペクト説(尊重説)をもとに健闘する。差別が悪いのは、差別される個人に多大な不利益や害を与えるからなのか、それとも他者を同等の価値を持つ存在としてリスペクトしないからであろうか。またディスリスペクト説の中で、「意図=ディスリスペクト説」と「意味=ディスリスペクト説(社会的意味説)」を区別している。

堀田の結論は次のようにまとめられる。

「ある人々への差別的な慣行や価値観がある場合、その人々の特徴に基づく不利益扱いは、それら既存の慣行や価値観などを助長または強化または是認する意味をもつと言えるのではないか。そしてその意味は、被差別者が被る害の大きさとも、行為者の意図や動機、信念などとも独立して、行為に帰属できるのではないか。」

最後に堀田は、日本でしばしば用いられる「差別的」「差別につながる」と言う表現を取り上げる。差別だと断定できなくても、差別的だと言える場合である。

堀田はこの議論を重視する。

「これらは、典型的な差別の事例からすれば明確に差別だとは言えない境界事例と言えるかもしれない。しかし、差別が様々な行為の集合によって成立すること、そして単に諸行為が複数存在するだけでなく、それらが相互に是認または正当化し合う意味をもって関係していると考えれば、こうした事例はむしろ差別にとって中心的なものとして理解できる。諸行為の中には、単独で取り出すと『差別』とは断言できないようなものもある。しかし、それらが意味をもって相互に関係しているという点が重要だと思われる。」



なるほど差別と言っても、多様な行為の集合によって成立することが多い。また、直接差別と間接差別もある。個人に対する差別行為と集団に対する差別も区分できる。差別の動機(人種・民族、性別、宗教、言語等)も多様だ。全体をカバーする議論のためにも、類型分けした議論が先に深められる必要がある。

ヘイト・クラム禁止法(166)ペルー


ペルー政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/PER/22-23. 20February 2017)によると、民族差別や人種差別のない情報を発展させるため、政府はジャーナリストや情報発信者に人種的ステレオタイプと闘う啓発と訓練を行っている。ブックレットや公共サービスを利用して啓発を続けている。ラジオ・テレビ放送法は、個人の擁護と人間の尊厳を尊重し、基本的人権と自由を保障することを原則としている。放送局は、これらの原則と国際人権条約に基づいて倫理綱領を定めている。放送局のウエブサイトには、法律違反に対する申立てのガイドが掲載されている。申立て後15日以内に放送局が対応しなければ、情報監視委員会が対処する。出身、性別、人種、性的志向、宗教、意見、経済的社会的地位、言語その他の特徴に基づいて差別されない権利を保護するため、憲法的手続法がある。刑事手続きにおける差別のないように刑事訴訟法第323条がある。

人種差別撤廃委員会はペルー政府に次のように勧告した(CERD/C/PER/CO/22-23.23May 2018)。法律を見直して、人種差別の禁止のために条約第11項の要件を満たすこと、直接差別と間接差別を射程にいれて法改正すること。条約第4条で言及された行為を犯罪とする法律によって特に禁止すること。先住民族やアフリカ系住民が人種的ステレオタイプによるスティグマを受けないよう、メッセージ、番組、広告を予防する措置を取ること。人種的ヘイト・スピーチと闘う一般的勧告35号に注意を喚起する。

ヘイト・クライム禁止法(165)キューバ


キューバ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/CUB/19-21. 9 September 2016)によると、刑法第116条はジェノサイド、第120条はアパルトヘイトを犯罪としている。刑法295条1項は、平等権侵害の罪を、6月以上2年以下の刑事施設収容及び・又は200以上500以下ユニットの罰金としている。平等権侵害の罪は、人の性別、人種、皮膚の色、又は国民的出身に対する攻撃的な言動により、又は同じ動機を持って平等権を妨害することにより、人を差別し、又は差別を助長・煽動した者とされる。刑法295条2項は、人種的優越性又は憎悪に基づく思想を流布した者、又は異なる皮膚の色又は出身の人又は人の集団に対して暴力行為を行い、又はその実行を煽動した者を処罰する。

1985年の結社法は、憲法が保障する結社の権利の行使を規制し、人種主義団体や隔離主義団体の結成を禁止する。他方で、多様な国民の歴史、文化、アート、人間の友好、連帯、平等の研究、流布、維持を促進する結社を認める。

人種差別撤廃委員会はキューバ政府に次のように勧告した(CERD/C/CUB/CO/19-21.20September 2018)。アフリカ系人民の反差別のための活動をする人権活動家、特に市民社会のリーダー、ジャーナリスト、メディア関係者に対するハラスメント、脅迫、資格剥奪などを予防する措置を講じること。憲法及び刑法の規定における禁止される人種差別の定義を、条約第一条の定義に合致させること。人種主義ヘイト・スピーチと闘う一般的勧告第35号を参照し、条約第四条が定める行為を刑法において犯罪化すること。人種主義動機、又は皮膚の色、世系、国民的出身に基づく動機を刑罰加重事由とすること。

星野智幸を読む(3)なぶりあうアイデンティティ


星野智幸『嫐嬲』(河出書房新社、1999年)



1998年の『最後の吐息』に続く星野の作品集である。「嫐嬲」と書いて「なぶりあい」と読む。「嫐嬲」「裏切り日記」「溶けた月のためのミロンガ」の3作が収められているが、表題作の完成度はそれなりに高いものの、他の2作は習作と言ってよいだろう。



同じ会社から翻訳を依頼されていたグランデ、プティ、メディオの3人が出逢い、呑み、意気投合して、共同生活を始める。2部屋のワンルームを1つは執務室、1つは寝室とし、将来の英語イスパニア語の共同翻訳オフィスを夢見る。1人での翻訳作業とは別に、3人共同によって作業が大いにはかどり、体験を共有していく。

若い3人の友情、連帯、共同作業は、やがて外にあふれ出て、危険なスリルとサスペンスの日々を迎える。船着き場の船を盗んで対岸に渡る。温泉の湯船の栓を抜いて逃げる。銀行強盗ならぬ銀行強制預金事件を引き起こして逃げる。渋谷交差点を渡る人々を大混乱させるスクランブル事件。こうしてお互いを信じあい確かめ合いながらの冒険の日々に、お互いの不信とスレ違いが生まれていく。

プティは「おかまに見えない」「もと女だもん」という「おかま」という設定であり、メディオは「男であることのアイデンティティは廃墟同然」だが「男をやめることもできない」という設定である。「ただの女にすぎない」グランデは「排除」された意識を持つ。違いを認め合い、お互いを尊重しながらも、時に批判し、傷つけあいながら、絡み合う。結末、「嫐嬲」の危機から脱出したのはプティであり、外国へ行くことになったとのビデオを残して消える。

90年代後半、字幕翻訳をやっていた星野の体験をベースに、翻訳にいそしむ若者たちのアイデンティティをめぐる葛藤、煩悶を描いた秀作だ。

Tuesday, February 04, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(146)「国家による自由」を思考すること


浜崎洋介「『ネオリベ国家ニッポン』に抗して」杉田俊介・櫻井信栄編『対抗言論』1号(法政大学出版局)



浜崎の『反戦後論』を読んであまり評価しなかったが、むしろ私の読みが浅かったのかもしれない。本論文で浜崎は「テロ・ヘイト・ポピュリズムの現在」をおおづかみし、近現代史の中に位置づけようとしている。その処方箋には必ずしも賛成できないところもあるが、浜崎の分析を知っておくことは必要だ。

冒頭で浜崎は「スピノザに倣いて」として<大衆―扇動者―知識人>の三位一体を突き破る課題を提示する。ヘイトに対抗する即自的な言説が、単に「一つのヘイトを、もう一つのヘイトに取り替え」る結果に陥ってはならないからだ。悲しみや怒りや憎しみの感情を諫めることよりも、「喜びの感情」を組織することのほうが先決であり、その先へ進む必要があるからだ。

浜崎は「ネオリベ国家ニッポンの運命」を論じる中で、安倍政権は一見「国家」について語っているように見えて、「ただ語っているだけ」で、むしろグローバル資本に国家状態を譲り渡す政策を続けて、「国家」を解体しているのだという。

解体の帰結として、国家による防壁が失われ、国家による保護が失われる。「中間層」の解体、非正規労働者の大量創出と再編、地方の衰退――ここにヘイトスピーカー登場の温床が形成される。ヘイトスピーカーが被害者意識とマイノリティー意識を有するのはこのためだという。それゆえヘイト対策は次のように示される。

「グローバル資本に対する『国家』の防壁を立て直すと共に、この20年間のデフレ状況を作り出した諸要因(グローバリズム、構造改革、緊縮)を追及し、それに対する処方箋(税と財政とを組み合わせた機能的マクロ経済政策)を提示し、さらに、ヘイトスピーチに対する法的規制を一刻も早く整備すること(ヘイトの定義=範囲を明確化し、それに引っかかる行為に対して左右を問わず迅速に処罰すること)である。そして、人々が、そのなかでようやく実存の根拠(交換不可能性)を紡ぐことのできる『国家状態』を回復することである。その『国家』による具体的術策を抜きにして、『悲しみの受動的感情にとらえられた人間』に、『生の喜び』、『能動性』、『善』を回復する道などありはしない。」

最後に浜崎は、スピノザとネグリ=ハートを繰り返し参照軸としつつ、「テロ・ヘイト・ポピュリズムの現在を目の前にしている私たちが語るべき言葉は、単なる『自由主義』の言葉でも、単なる『反自由主義』の言葉でもなく、私たちの『自由の条件』をめぐる言葉、つまり、共同体の不幸を除去するために建てられる『国家状態』をめぐる言葉ではないのか。『共同体』の努力ではないのか。」

ここから浜崎は「国家」そのものへ向かう思考の重要性を説き、「『国家による自由』を思考すること。それを思考すること以外に、あの<奴隷=大衆>と<暴君=扇動者>と<聖職者=知識人>とによって、強固に打ち固められた<道徳の精神=偽善>を打ち破る道はない」と語る。



短い文章に凝縮された浜崎の見解はそれなりに理解できる。私たちが呆然と佇んでいる隘路を突き破るために、浜崎が思考を先へ、先へと拡げようとしていることもわかる。ただ、浜崎の大枠の認識を受け入れたとして、その枠組みでは、事態の解決のために何十年かかるのだろうか。何百年かかるのだろうか。

「ヘイトスピーチに対する法的規制を一刻も早く整備すること(ヘイトの定義=範囲を明確化し、それに引っかかる行為に対して左右を問わず迅速に処罰すること)」という浜崎の提言に賛成である。ただ、この提言と、上記の認識とを繋げて思考する必然性がどれだけあるのか、いまのところ私にはわからない。もう少し考えてみよう。

Monday, February 03, 2020

ヘイト・クライム禁止法(164)モーリシャス


モーリシャス政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/MUS/20-23. 3 October 2017)によると、2001年に独立放送庁が設置され、ラジオとテレビ放送を監督している。モーリシャス文化の多元性を維持・促進するため、放送番組に言語的及び文化的多様性をもつようにすることが目的である。独立放送庁の基準委員会は「放送行動綱領」を作成し、その前文は放送権個人の権利と不可分であり、情報を受け取り発進する個人の自由権に基づくとしている。放送局は「公衆の道徳に対するいかがわしい、猥褻な、攻撃的な番組や、宗教信仰を攻撃する番組、国家の安全と公共秩序を脅かす番組を放送してはならないとしている。独立放送庁は不服委員会を設置し、行動綱領に違反し、不公正な取り扱いをしたとの申立てを受理する。

2009年5月から2016年12月に警察が報告・訴追した人種差別と人種憎悪の煽動事案は、次のとおりである。公共及び宗教上の道徳に対する侮辱は14件、人種憎悪の煽動は16件、宗教儀式の妨害は10件、冒涜は2件、コミュニケーション技術法違反は4件。

人種差別撤廃委員会はモーリシャス政府に次のように勧告した(CERD/C/MUS/CO/20-23. 19 September 2018)。条約第1条及び第4条に関する一般的勧告第8号を考慮に入れて、現存する集団の分類を行うこと。民族及びカーストの階層構造が存在するにもかかわらず、法制度がこれを反映していない。人種やカーストに基づいた優越性の主張がなされている。人種差別事件が報告されているが、裁判所が扱った数が限定されている。人種差別被害の申立てに関する統計が提供されていない。クレオールと呼ばれる民族集団のステレオタイプ化の事件、ヘイト・スピーチ事件がみられる。一般的勧告第35号を想起し、ステレオタイプ化と闘う教育・啓発を強化すること。人種主義的報道と政治家によるヘイト・スピーチ事件と闘うのに必要な措置を講じること。警察による人種プロファイリングをやめること。検察、検察、裁判所がヘイト・クライムやヘイト・スピーチを確認、登録、捜査、訴追できるように、法執行官に人種差別について研修を行うこと。

Saturday, February 01, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(145)「誰がネットで排外主義者になるのか」という問い


杉田俊介・櫻井信栄編『対抗言論』1号(法政大学出版局)

http://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-61611-2.html



<私たちはいま、ヘイトの時代を生きている。外国人・移民に対するレイシズム、歴史の改竄、性差別、障害者・生活保護受給者・非正規労働者への差別などが複雑に絡み合い、すべてが「自己責任」で揉み消されてゆく殺伐たる社会で、私たちはどうすれば隣人への優しさや知性を取り戻せるのか。分断統治をこえて、一人ひとりが自己解放の言葉をつむぐ努力の一歩として、この雑誌は始まる。年1号刊行予定。>



批評家と日本文学研究者・韓国語翻訳者の1970年代半ば生まれの2人の編集。1940年代、50年代、60年代、80年代、そして90年代生まれを含む、20数名の執筆者による「反ヘイトのための交差路」。いずれも人文系の執筆者と言ってよい。つまり一言で言えば、文学の責任における反ヘイトの言論である。1号のテーマは「ヘイトの時代に対抗する」。3部構成から成る。

1は「日本のマジョリティはいかにしてヘイトに向き合えるのか」

2は「歴史認識とヘイト――排外主義なき日本は可能か」

3は「移民・難民女性╱LGBT――共に在ることの可能性」



倉橋耕平「<われわれ>のハザードマップを更新する――誰が『誰がネットで排外主義者になるのか』と問うのか」

「誰がネットで排外主義者になるのか」という問いを受けた時に、この問いはなぜ必要なのだろうかと考える、『歴史修正主義とサブカルチャー』(青弓社、2018年)の著者・倉橋は、「この問いをいままさに共有しようとしている<われわれ>の側のハザードマップ(被害予測地図)自体がアップデート(更新)されていないのではないか」と問い返す。それがサブタイトルの理由である。最初は趣旨を読み取りにくかったが、最後まで読んで冒頭に立ち返ると、倉橋の言いたいことはよくわかる。

倉橋は、「誰がネットで排外主義者になるのか」について、『ネット右翼とは何か』(青弓社、2019年)の永吉希久子の論文等に依拠してネット右翼に関する考察を示す。

そして次に、「左右の極性化と言語の分離」を論じる。あいちトリエンナーレ2019における「表現の不自由展・その後」事件に際して、天皇や日本人に対するヘイトを語る言説のようなとんでもない「誤用」を一例として、「もはや同じ言葉を使っていたとしても、その言語が通じない状況になっているのではないか」と問う。

ヘイトにしても、保守革新にしても、差別や、表現の自由にしても、「文脈を断絶し、重視しなくともコミュニケーションがとれるインターネットという技術環境は、まさにこうした言説政治の節合と脱節合が繰り返される闘争の場となっている。しかし、だとすればもはや対話は不可能であるという認識から『対抗言論』のアイデアを練らなければならないのではないだろうか」と言う。倉橋の「結論」はこうだ。

「言説政治の実践として対抗するための参照軸を見つめ直すことが必要なのではないか。それを大きな言葉で言えば、『対抗するとはなにか』の再構成ということになるだろう。『彼ら』は、あやふやな言葉を用いて攻撃をしかけてくる。ときに、それは『革新』の姿をまとって。『攻守の逆転』が起こっている。今<われわれ>は何かを守らざるを得ない。それは『保守』的に映るかもしれないが、その守らざるを得ない何かにたいするハザードマップをアップデートしなければならない。その次に方法を更新しなければならないだろう。それが『対抗するとはなにか』という疑問へのヒントにつながるかもしれない。」



倉橋はネット右翼について語っているが、同時にアベシンゾーについて語っていることになるだろう。「ヘイトの時代に対抗する」というテーマは、アベシンゾー化した時代にいかに対抗するか、アベシンゾー化しつつある<われわれ>自身にいかに歯止めをかけるかというテーマである。憂鬱な問い、ではある。

Thursday, January 30, 2020

星野智幸を読む(2)未来に向けた過去


星野智幸『未来の記憶は蘭のなかで作られる』(岩波書店、2014年)



星野の最初のエッセイ集だ。1998年から2014年にかけての、小説作品以外の文章から選んだ44本を集め、年代とは逆の順、つまり最初に2014年、最後に1998年のものが収められている。

2001年の「自分を解体する旅」は、「どこででも生きられる人間でありたかった。日本でしか生きられない自分、日本に守られ、しかも守られていることに気づかずに生きている自分が、耐えがたかった。一度、徹底的に自分を解体し、無意識を底の底まで見尽くしてみたかった。だから、会社を辞めてメキシコに住み、中南米を旅して回っていたのだ」と始まり、エルサルバドルの旅に出かけるが、「自分がどこにでも住もうと思えば住めるのは、日本国籍を持ち、日本経済の恩恵を受けているからだと思い、悲しくなった。どこででも生きられる人間になりたいという願望自体が、私を架空にする」と気づく。

星野は自分の勘違いに気づき、対象化して文章を書いている。この種の勘違いをしながら、勘違いに気づこうとしない人間のほうが多いのではないか。人種・民族や、階級階層や、性別といった差別が問われる局面で、「差別を超えている」つもりになっている知識人は珍しくない。国籍を超えたつもりで無責任な発言をする知識人はもっと多い。

「日本政府発行のパスポートを破り捨てて世界を旅してから、そう言ってください」と言っても、その意味を理解しようとしない。

同様に、デラシネだの、遊牧民だのと気取る知識人も多い。本当のデラシネを知らず、遊牧民の生活を知らないから、お気楽に言えるのだが。自分の基準でものを考えることしかできず、その「自分の基準」が日本の基準に過ぎないことに気づこうとしない。

星野はその殻を破り、自分を問い詰める作業を続けている。



2002年の「『私』と政治」では、日本文学の伝統である「私小説」を厳しく批判し、「日本社会に見えない形で浸透しつつある排他的な力を、小説の言葉によって無化する」課題を掲げる。

同年の「戦争を必要とする私たち」では、9.11以後の窒息しそうな国際的国内的状況を前に、「言葉の危機」、「言葉が通じなくなりつつある現在の環境」のなかで文学の責任を問い続ける。「私は自分のいる場所に責任を負っており、世界中でそれぞれが自分の暮らす場所の事情に応じて態度表明を行わなければ、いまある自分を消して戦争という大きな文脈に興奮し、ニヒリスティックに現状を肯定するだけになるからだ」と言う。



2006年の「『リベラル』であることの欺瞞」では、「私は、日本国籍を持っていることと男であることに、罪悪感と責任を感じるからだ。それは日本人としての責任を果たすとか、男として責任を取る、ということとはまったく違う。男であり日本国籍を持つことによって、自分は最初から権力を与えられており、そのことが何かの抑圧になっているということを、よく自覚する、という意味である」と言う。こうした自覚を持っている者はどれだけいるだろうか。



2011年の3.11の後の文章もいくつか収められているが、「震災を語る言葉を待つ」では、現実に向き合って、正面から語る言葉をまだ持ち得ていないことを自ら認め、「今は沈黙のときだと思っています」としながら、紡ぐべき言葉を模索していることを吐露する。



2013年の「黙って座ったまま」では、「この社会は、自分たちが自分たちの意思で生きることを、諦めてしまったのだろうか。私にはそのように見えてしまう。雇用環境の激しい悪化や、震災、原発事故によるダメージを前に、その苦境を乗り越えよう闘おうという意思を放棄してしまったかのように映る。来ないバスを待って、ただ座っているかのように。まわりが座っているから自分もただ何となく座っているかのように。でもバスは来ないのだ」と言う。

9条改憲にしても、自由な言論、基本的人権、自己決定権などの問題においても、「黙ったままの人たちがマジョリティを占めている」ことに注意を喚起し、「私たちは今、黙って座ったまま、主権という強大な権力を放棄しつつある。本当にそれでよいのだろうか」と問う。



小説とは違って、ストレートな文体での時評や日記風の文章において、自分について、文学について、世界について語っているので、星野の思考が良く理解できる本である。作家デヴューから2014年までの星野作品と並行して書かれた文章であるし、「私は過去を、未来の中に埋め込んでおきたい。この本は、未来に対する仕込みとしての過去なのだ」と述べているように、本書以後の星野作品を読む際の導火線としても意味を有する。

Monday, January 27, 2020

日本軍人肉食事件の歴史と本質を問う


佐々木辰夫『戦争とカニバリズム―日本軍による人肉食事件とフィリピン人民の抵抗・ゲリラ闘争』(スペース伽耶)



<目次>

序論 小笠原父島における米兵捕虜人肉食事件

レイテ戦以後

第一五揚陸隊(鈴木隊)

「なぜ殺したのか」を問う(1)―フィリピンにおける二つの戦争裁判

「なぜ殺したのか」を問う(2)―幼児殺害から見えるもの

食人種(Cannibal)たち

征服の修辞学―もしくは大アジア主義

再録 フクバラハップのたたかい



著者・佐々木辰夫

1928年生まれ。同志社大学卒業。中学校に職をうる。在職中から沖縄・奄美をはじめ日本各地の離島・僻地を精力的に歩く。同時に60年代、インド、沖縄その他に関するルポルタージュを『新日本文学』や関西在住者による文学・社会運動の同人誌『表象』『変革者』などに発表。80年代以降はおもにイラン革命、アフガニスタン革命について『社会評論』に執筆。同時にフィリピン・アフガニスタン・ソ連(とくにモスクワ)などに足しげく訪れる。著書に『阿波根昌鴻』『アフガニスタン四月革命』『沖縄 抵抗主体をどこにみるか』など。



冒頭で著者自身が見聞した日本軍による人肉食事件を提示したうえで、本論ではフィリピン・ミンダナオにおける日本軍による大量の人肉食事件を論じている。先行研究および裁判記録をもとに、第二次大戦末期及び直後に、第一五揚陸隊(鈴木隊)が各地を移動しながら、主にヒガオノン族と呼ばれた現地の人々を殺害し、女性を強姦しながら、暴虐の限りを尽くした事件の全体像に迫ろうとする。

事件自体は従来から知られているが、著者は、猟奇的事件の本質を解明するために、日本軍の規律や体質、日本軍人の思考様式を明らかにすると同時に、植民地主義を直接の俎上に載せる。植民地主義、レイシズム、差別の重層性と、戦時(戦争直後)の状況とを重ね合わせて読み解く。

もう一つ重要なことに、著者は事件を「加害と被害」の観点で説明するだけでなく、被害側の抵抗闘争にも留意を怠らない。抵抗する側の「尊厳」意識を明確に論じることによって、日本軍及び日本国家の腐敗と淪落がいっそう浮き彫りになる。近現代フィリピン史は日本ではよく知られていないので、フクバラハップのたたかいを補足していて、読者にとって非常に便宜である。特に抗日ゲリラの一員であるアレハンドロ・サレ中尉に注目しているのは、重要である。

さらに著者は、フィリピンにおける抗日ゲリラ闘争を、フィリピンだけではなく、アジア史に位置づける。

「フィリピンにおけるゲリラ活動全体を、アジア的視野でふりかえると、第二次世界大戦期間の中国、朝鮮、ヴェトナム、マレー、シャム(タイ)、ビルマ(ミャンマー)、インドおよびスリランカにおける反日・反英の民族解放運動の一翼に、フィリピンがならぶ。南アジア、とりわけインドでは、英本国が反ファシズム戦争に没頭しているとき、反英独立運動に重心がかかっていくという相反現象が生じた。ここに第二次世界大戦とはなんぞや、という性格規定の問題がおこってくる。」

こうした問題意識が明確であるので、本書は首尾一貫した事件史であり、日本軍犯罪史であり、日本論であり、加えて東アジアの抗日・民族解放闘争史でもあり、ひいては人間論にも連なる貴重な書となっている。



巻末に文献リストがあり、40点の文献が列挙されている。

彦坂諦『餓死の研究―ガダルカナルで兵はいかにして死んだか』(立風書房)

田中利幸『知られざる戦争犯罪―日本軍はオーストラリア人に何をしたか』(大月書店)

この2冊が示されていないのは、フィリピンではないからだろうか。

高橋幸春『悔恨の島ミンダナオ』(講談社)

が文献に挙げられていないのはなぜだろう。




Friday, January 24, 2020

連続講座 中世のような日本司法を斬る


『500冊の死刑――死刑廃止再入門』(インパクト出版会)出版記念連続講座

平和力フォーラム企画

中世のような日本司法を斬る



1回 ゴーンはいかに差別されたのか

       ――刑事司法における外国人の人権

         講師:寺中誠(東京経済大学教員)

日時:2020年2月25日(火)午後6時30分~

会場:渋谷勤労福祉会館・第1洋室(2階)



第2回 国民を殺す制度を持つ国

       ――死刑がないと安心できない社会を問う

         講師:石塚伸一(龍谷大学教授)

日時:2020年2月26日(水)午後6時30分~

会場:文京シビックセンター・区民会議室AB(5階)



第3回 自白依存症を治療するために

       ――警察・検察はなぜ拷問まがいの取調べに励むのか

         講師:宮本弘典(関東学院大学教授)

日時:2020年2月29日(土)午後6時30分

会場:渋谷勤労福祉会館・第2洋室(2階)

      *3回とも開場:午後6時、開会:午後6時30分~8時40分

*3回とも参加費(資料代含む):500円

*平和力フォーラム及び協賛団体の会員・読者・市民向け入門講座です。

*会場は「平和力フォーラム」名義で借りています。





刑事被告人カルロス・ゴーンの国外逃亡事件は近来まれに見るサスペンスであり、コメディでした。1月8日の記者会見は、日本の御用メディアを排除し、国際メディアを相手に、ゴーンの主張を初めて提示した点で聞き所が満載でした。

 ゴーンの日本刑事司法批判は基本的に正当であり、適切であり、国際常識に適っており、国際人権法にも合致します。

 日本の検察とマスコミは「ゴーンが一方的な主張をした」などと、恥の上塗りをしました。一方的にゴーンを非難してきたのは検察とマスコミです。

 しかし、日本の刑事司法には、基本的人権の観念が欠落しています。無罪の推定が認められていません。プライバシーも認められていません。公正な裁判という観念は日本の裁判官や検察官にはまったくありません。外国人に対してひどく差別的です。時代遅れであり、人権無視であり、「疑わしきは被告人の利益に」原則を拒否して、「疑わしきは有罪」原則を採用しています。現に森雅子法務大臣が「ゴーンは無罪を証明するべきだ」と述べました。有罪の証明が当たり前と思い込んでいるがゆえの暴言です。

 国連拷問禁止委員会では、「日本の刑事司法はまるで中世のようだ」と特徴付けられました。長いこと国連人権機関に通って傍聴してきましたが、「中世のようだ」と特徴付けられた国は他にはありません。日本だけです。

 それでは具体的にどのような点が問題とされてきたのでしょうか。代用監獄、死刑、刑事施設における処遇、外国人収容センターにおける差別と人権侵害、ジェンダー差別など多くの問題があります。ゴーン事件との関連では、未決段階での取調べと自白の問題や、刑事裁判における外国人の人権無視が直接関係します。

 この講座では、日本の刑事司法の問題点を洗い出して、「先進国」と自称する日本の「中世のような司法」について検証します。

 毎回、ゲスト講師をお招きし、前田がインタヴューします。

         *

なお、私たちはカルロス・ゴーンに興味はありません。労働者大量解雇によって日産の業績を「回復」して自分の成果と誇っているゴーンを擁護しません。この間の日産ゴーン事件は腐敗した権力内部の紛争にすぎません。



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1回 ゴーンは差別されたのか

       ――刑事司法における外国人の人権

       講師:寺中誠(東京経済大学教員)

日時:2020年2月25日(火)


会場:渋谷勤労福祉会館・第1洋室(2階)

       東京都渋谷区神南119

JR線渋谷駅(中央口)から徒歩8分

 東京メトロ半蔵門線/銀座線/副都心線渋谷駅(7出口)から徒歩8分

*講師プロフィル:寺中誠さん:東京経済大学教員。共著に『QA ヘイトスピーチ解消法』(現代人文社)、『ぼくのお母さんを殺した大統領をつかまえて人権を守る新しいしくみ・国際刑事裁判所』(合同出版)、『裁判員と死刑制度』(新泉社)。論文に「国際的孤立に進む日本の人権政策」『世界』201310月号



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第2回 国民を殺す制度を持つ国

       ――死刑がないと安心できない社会を問う

       講師:石塚伸一(龍谷大学教授)

日時:2020年2月26日(水)

開場:午後6時、開会:午後6時30分~8時40分

会場:文京シビックセンター・区民会議室AB(5階)

       東京都文京区春日1‐16‐21

東京メトロ後楽園駅丸ノ内線(4a5番出口)南北線(5番出口)徒歩1

都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線(シビックセンター連絡口)徒歩1

*講師プロフィル:石塚伸一さん:龍谷大学教授:共著に『現代「市民法」論と新しい市民運動』(現代人文社)、『薬物政策への新たなる挑戦』(日本評論社)、『弁護士業務と刑事責任――安田弁護士事件にみる企業再編と強制執行妨害』(日本評論社)、『デリダと死刑を考える』(白水社)など多数。



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第3回 司法の自白依存症は治療できないのか

       ――警察・検察はなぜ拷問まがいの取調べに励む

       講師:宮本弘典(関東学院大学教授)

日時:2020年2月29日(土)

開場:午後6時、開会:午後6時30分~8時40分

会場:渋谷勤労福祉会館・第2洋室

       東京都渋谷区神南119

JR線渋谷駅(中央口)から徒歩8分

       東京メトロ半蔵門線/銀座線/副都心線渋谷駅(7出口)から徒歩8分

*講師プロフィル:宮本弘典さん:関東学院大学教授:著書に『国家刑罰権正統化戦略の歴史と地平』(編集工房朔)『近代刑法の現代的論点』(共著、社会評論社)『国家の論理といのちの倫理』(共著、新教出版社)『歴史に学ぶ刑事訴訟法』(共著、法律文化社)等多数。



*インタヴュアー:前田朗:主な著書に『500冊の死刑――死刑廃止再入門』(インパクト出版会)

http://impact-shuppankai.com/products/detail/290



主催:平和力フォーラム

     電話070-2307-1071(前田)

     E-mail:maeda@zokei.ac.jp

協賛:インパクト出版会


Thursday, January 23, 2020

ヘイトスピーチ研究文献(144)在日コリアン弁護士協会の闘い


金竜介・姜文江・在日コリアン弁護士協会編

『在日コリアン弁護士から見た日本社会のヘイトスピーチ』(明石書店、2019年)

https://www.akashi.co.jp/book/b482100.html



「人種差別がない社会は、永久に来ないのかもしれない。しかし、人種差別を許さない社会を実現することはできるはずだ。」(金竜介)



『ヘイトスピーチはどこまで規制できるか』に続く、在日コリアン弁護士協会LAZAKのヘイトとの理論的かつ実践的な闘いの書である。
13人の弁護士達が、ヘイトスピーチの被害、ネット上のヘイト対策、歴史的背景、朝鮮学校の民族教育、この間の判例、地方自治体条例などを分担して執筆している。特に、在日コリアン弁護士に対する大量懲戒請求という差別と嫌がらせに対する当事者としての闘いの記録が注目される。

この10年間、被害当事者、弁護士達、研究者、ジャーナリスト、カウンターの市民が取り組んできた反ヘイト運動の成果をまとめた1冊と言えよう。



日本は、国家が差別を煽動し、ヘイト集団が暴れ、一般市民も差別に巻き込まれ、容認している珍しい社会だ。

国際社会に目を転じれば、差別もヘイトもなくなっていないし、反差別政策も決して十分とは言えないが、少なくとも「人種差別を許さない社会」が当たり前になっていると言ってよい。

本書の13人は弁護士であると同時に、ヘイトの被害者でもあり、さらに大量懲戒請求によって業務妨害の被害も受けている。二重三重の被害に敢然と立ち向かう著者達に敬意を表したい。

Wednesday, January 22, 2020

星野智幸を読む(1)現実と妄想がスパークする


星野智幸『最後の吐息』(河出書房新社、1998年)



1997年の第34回文藝賞受賞作で、星野のデヴュー作だ。当時読んでいないため、初めて読んだ。表題作及び「紅茶時代」の2作品が収録されている。

宣伝惹句に「わたしは密にして、ナイフ――鮮烈な色・香・熱にむせぶメキシコの陶酔」とあるように、199192年と9495年にかけてメキシコシティに私費留学した経験を踏まえて、現地の街、風土、人々を素材に、独特の文学世界を構築している。現実と妄想の入り混じった文体が魅力的だったことが受賞理由だろう。

冒頭から、メキシコ、ハチドリ、ハイビスカス、ブーゲンビリア、トカゲ、グアバ、ベゴニア、タンゴという単語が乱舞する。大半を占める作中作の主人公――「蜜雄と名づけられた蜂鳥家の長男」は水泳選手になって10歳で日本記録に迫り、中学で記録を塗り替えたが、大学で水泳と縁を切り、メキシコの市場で手にした金の魚細工に引き込まれ、金細工づくりを業とするようになる。メキシコにおける革命運動の旗手も金細工で名を成していたという設定で、主人公はメキシコの民衆世界を疾走することになる。女、セックス、革命という舞台装置はありきたりだが、日本ではなくメキシコのため、違和感の相乗効果というか、現実=妄想文体の効果というか、新しい文学世界を感じさせる。乱痴気騒ぎのファルスと男根のファルスが行き違い、革命万歳が狂熱の空を揺るがす。その果てに何が起きるのか。何も起きないのか。



ここ数年、井上ひさし、大江健三郎、目取真俊、桐山襲を読み返してきた。井上ひさしについては、前田朗『パロディのパロディ――井上ひさし再入門』(耕文社)にまとめた。大江、目取真、桐山についてはこのブログに書いてきた。

今年はだれを読もうか、去年のうちに決めておきたかったが、決めていなかった。小田実も読み返さなくてはいけないし、夏堀正元も読みたい。サイードやアーレントもまとめて読みたい。内外に読むべき作家、思想家がたくさんいるが、時間は限られている。多忙な中、作品の多い作家を数年間読み続けるのは大変だ。一年で読める作家にしようかなどと悩んでいたが、年も明けたので、星野智幸を選んだ。

1997年のデヴューだから作品がそう多いわけではない。調べてみると、単行本は20数冊だ。社会派というか、リベラル派(にはいろんな意味があるので、こう単純に決められないが)というか、硬派というか、この時代にこうした面での評価の高い作家の代表と言えるだろう。

それに『ファンタジスタ』は読んだが、他は全く読んでいない。新聞・雑誌に掲載されたエッセイをいくつか読んだ記憶があるのと、反ヘイトの本、中沢けいの『アンチヘイト・ダイアローグ』に収録された対談を読んだ程度だ。つまり、星野智幸をほとんど知らない。もっと早くに読んでおくべき作家だったのではないかと思い、今年の作家に決めた。



星野は1965年、ロサンゼルス生まれ。早稲田大学文芸科を卒業し、産経新聞記者を経てメキシコシティ留学。19962000年、太田直子に師事して字幕翻訳。97年、「最後の吐息」で文藝賞受賞、2000年「目覚めよと人魚は歌う」で三島由紀夫賞、『ファンタジスタ』で野間文藝新人賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞、2015年『夜は終わらない』で読売文学賞、2018年『焔』で谷崎潤一郎賞。この間、何度か芥川賞候補になったが、2007年に卒業宣言をして芥川賞の対象外になることを選んだという。

Tuesday, January 14, 2020

考えることの大切さと愉しみ、そして脱原発


國分功一郎『原子力時代における哲学』(晶文社、2019年)



脱原発のために、客観的理由や客観的基準を出すことはとても重要だ。原発推進派を論破することも必要だ。しかし、と國分は語る。市民運動にもかかわる國分にとって脱原発は必要であり、そのための政治の営みも重要だ。ただ、哲学者としての國分にとって、「原子力時代を乗り越える」ためには、「原子力を使いたくなってしまう人間の心性」を問う必要がある。

「原子力への欲望には、何にも頼らない絶対的に独立した生、『贈与を受けない生』へのあこがれが見いだされる。これは失われた神のごとき全能感を取り戻そうとするナルシシズムと同型である」(283284頁)から、このナルシシズムを乗り越えることが必要だ、というのが國分の結論である。

考えることの大切さと愉しみを随所で読者に感じさせる本である。國分節とでも言おうか。

本書は國分が2013年に行った4回の連続講義の記録に加筆して2019年に出版したものである。

1講~3講の基本的テーマは、ハイデッガー哲学に学ぶことである。というのも、1950年代にいち早くハイデッガーは原子力時代について語っていた。誰もが核兵器に反対していたその時代に、核兵器よりも、原発に、「原子力の平和利用」に批判のまなざしを向けていた数少ない著者がハイデッガーだ。

それゆえ、國分はハイデッガーの著述に内在して、ハイデッガーがなぜ、どのように考えたのかを追跡する。そのため、議論の多くがギリシア哲学の思考を追体験することに費やされる。300ページほどの著書だが、1~3講が大半を占める。4講は250頁以下の50ページに満たない記述である。

途中を飛ばして、ギリシア哲学とハイデッガー哲学だけを論じて脱原発の課題に迫ろうという、かなり強引な組み立てだが、その叙述は面白く読めるので、読者は飽きずに國分の主張に付き合うことができる。



ただ、疑問がないわけではない。とりあえず次の2点だけ書き留めておこう。

1に、1~3講ではギリシア哲学とハイデッガー哲学を250頁もかけて紹介しているが、本書における議論の真の主題は、なんと268頁目に「ならば何を考えなければいけないか。既に問題は見えています。それは、なぜ我々は原子力をこれほどまでに使いたいと願ってきたのかという問題です」という形で提示される。270頁以下で同じことがさらに補足される。

そして、國分はそれを「原子力信仰」という表現にまとめ、これを乗り越えるためには「精神分析が有効だ」と述べ(274頁)、ここからフロイトの精神分析の解説と応用に入る(274278頁)。つまり、本題本筋からすると、1~3講はフェイクにすぎず、268286頁の僅か18頁に本書の主題をめぐる考察は限定されている。形ばかりハイデッガーも精神分析と同型の議論をしていたと言い訳がなされるが、いずれにしろ、1~3講と4講とは論理的連関の不明な議論というしかないだろう。

2に、真の課題に向き合った時に國分がまず引証するのは、中沢新一『日本の大転換』である。そこで中沢は、「原子力とは何なのかという問題を存在論的に突き詰めた」という。「生態圏の外部にあるものを内部に持ち込もうとしている」という存在論的な定義だという。これはこれで理解できる。

ところが、國分によると、中沢はこうして定義した原子力技術を「一神教や資本主義と同型であると述べたので、いかがわしい議論ではないかと批判されました。一神教の方は僕はよく分からないんですが、資本主義と同型であるという主張は妥当だろうと思います」(265頁)という。

「一神教の方は僕はよく分からない」の一言ですまし、この後にこれに関する記述が一つもないのはなぜだろう。肝心な部分で「分からない」では困るだろう。

しかも、國分自身の結論において「原子力への欲望には、何にも頼らない絶対的に独立した生、『贈与を受けない生』へのあこがれが見いだされる。これは失われた神のごとき全能感を取り戻そうとするナルシシズムと同型である」と、突如として「失われた神のごとき全能感」を持ち出している。その根拠は示されていない。

脱原発のためには客観的基準だけでは不十分だ。政治的議論だけでは不十分だ。哲学からの根源的な議論が不可欠だ――こう主張するのであれば、「一神教の方は僕はよく分からない」と済ましているのは「よく分からない」。



國分の主著を読んだことがない。新書本は読んだが、『暇と退屈の倫理学』『ドゥルーズの哲学原理』『中動態の世界』は読んでいないので、國分哲学については特にコメントできない。

Monday, January 13, 2020

ダ・ヴィンチ没後500年「夢の実現」展


代官山ヒルサイドフォーラムで、ダ・ヴィンチ没後500年 「夢の実現」展(主催・東京造形大学)をみてきた。

http://leonardo500.jp/



企画・実施は勤務先の同僚達。特に西洋美術史の池上英洋、博物館学・日本美術史の藤井匡。その他に数名の教授たちと、多数の学生達の共同作業である。

コンセプトは、ダ・ヴィンチが企画したり手がけたものの実現・完成しなかった作品を、共同作業で「復元」(というか、新規制作)した作品を展示するというものだ。

絵画、彫刻、巨大墳墓、聖堂、舞台芸術、機械など、多彩なダ・ヴィンチのアイデアがその手稿・メモに記録されているのを、模型とつくり、アニメで表現するなど、現在の技術で「復元」している。とても楽しい展示だ。



<ルネサンスの巨人レオナルド・ダ・ヴィンチは、今からちょうど500年前の1519年に亡くなりました。

彼は<最後の晩餐>や<モナ・リザ(ラ・ジョコンダ)>という、世界で最も知られた絵画を描いた画家ですが、67年の生涯で残した作品は驚くほど少なく、現存絵画は16点ほどしかありません。

しかもその多くは未完成や欠損しており、完全な姿で残っている完成品は4点しかありません。

そこで東京造形大学では、今年一年ですべての絵画をヴァーチャル復元する作業に挑戦しています。

未着色のものに彩色を施したり、消失部分を科学的根拠に基づいて復元するなどして、完全な状態で全16作品を展示できれば、世界初の試みとなります。

また完成に至らなかったブロンズ製騎馬像や、構想していた巨大建築物、当時の技術では実現不可能だった工学系発明品なども、縮小模型や3DCGなどによって実現します。

同展ではまた、彼の絵画空間のなかに入り込んだり、彼が考案した機械を動かすVRなども体験できます。それらの多くが、やはり世界で初となります。

「夢の実現」展が目指しているのは、その名の通り、まさに「レオナルドがかつて抱いた夢の一部を、500年後の今、実現させる」ことなのです。>



・レオナルドが下絵まで描いて放棄した作品を、彩色した状態で見てみたい。

・一部が切断されて失われた絵画の、もともとの姿を見てみたい。

・完成後に傷んでしまった作品を、完全な状態で見てみたい



私が行った時間は午後2~3時で、この時間帯は、目玉展示の<最後の晩餐>復元映像が、窓から差し込む光のために、やや見えにかった。会場・施設の都合で、ここだけはうまく解決できなかったようで、晴れた日にはちょっと残念。他の時間帯、または曇っているときなら、ステキな映像で見ることが出来る。



渋谷へお出かけの人にはお勧め。ちょっと代官山へ、どうぞ。


Sunday, January 12, 2020

ゴーンの日本刑事司法批判は基本的に正当である


刑事被告人カルロス・ゴーンの国外逃亡事件は近来まれに見るサスペンスでありコメディでもあった。1月8日の記者会見も、逃亡方法の具体的説明はなかったものの、デマを垂れ流してきた日本の御用メディアを排除し、国際メディアを相手に、ゴーンの主張を初めて提示した点で聞き所が満載であった。



日本の検察と日本の異常マスコミは「ゴーンが一方的な主張をした」などとデマ主張によって、恥の上塗りをした。これに対してゴーンは「検察が1年4ヶ月も一方的な主張をしてきて、自分はたった2時間話しただけなのに、なぜ一方的と言われるのか」と反論した。当然の主張だ。検察にもマスコミにもフェアネスという言葉が存在しない。



ゴーンの日本刑事司法批判は基本的に正当であり、適切であり、国際常識に適っており、国際人権法にも合致する。



にもかかわらず、マスコミは国際常識をきちんと説明しない。法務省もマスコミも国際人権法を踏まえた議論を否定している。







私はカルロス・ゴーンに興味がない。労働者大量解雇によって日産の業績を「回復」して自分の成果と誇っているゴーンを擁護しない。この間の日産ゴーン事件について関心はないし、特に情報を持っていない。



しかし、ゴーンの日本刑事司法批判には大いに関心がある。それは私たちが長年唱えてきた主張と共通する主張内容だからだ。日本の刑事司法には、基本的人権の観念が欠落している。無罪の推定が認められていない。プライバシーも認められていない。公正な裁判という観念は日本の裁判官や検察官にはまったくない。弁護士でさえ、まともな人権感覚を持っていない者が少なくない。日本の刑事司法は時代遅れであり、人権無視であり、有罪の推定に立っており、「疑わしきは被告人の利益に」原則を拒否して、「疑わしきは有罪」原則を採用している。



このことを私たちは30年以上主張してきた。1980年代の代用監獄批判、誤判・冤罪批判、死刑批判に始まって、弾圧、抑圧、差別、監視、人間性否定の刑事司法に疑義を唱えてきた。



そして、私たちは国連人権機関に日本刑事司法の問題性を訴えてきた。198090年代には国連人権委員会や、国際自由権規約に基づく自由権委員会にてロビー活動を行い、委員会から日本に対して勧告が出されてきた。



その後、日本政府が拷問等禁止条約を批准したので、拷問禁止委員会、自由権委員会、国連人権理事会(特にその普遍的定期審査)において、日本の人権状況が審査され、数々の問題点が指摘されてきた。



そして、拷問禁止委員会では、「日本の刑事司法はまるで中世のようだ」と特徴付けられた。長いこと国連人権機関に通って傍聴してきたが、「中世のようだ」と特徴付けられた国は他にはない。日本だけである。



それでは具体的にどのような点が問題とされてきたのか。代用監獄、死刑、刑事施設における処遇、外国人収容センターにおける差別と人権侵害、ジェンダー差別など多くの問題があることが明らかにされてきた。



ゴーン事件との関連では、未決段階での取調べと自白の問題が直接関係する。



例えば、20135 29日、国連拷問禁止委員会(拷問及び他の残虐な、非人道的な                       又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約に基いて設置された委員会)は日本政府に対して数多くの是正勧告を出した(CAT/C/JPN/CO/2)。例えば、次のような勧告である。やや長いが11パラグラフを引用する。



***



<取調べ及び自白>

11. 委員会は,拷問及び不当な取扱いによって得られた自白に法廷における証拠能力がないと規定している憲法第 38 2 項及び刑事訴訟法第 319 1 項,有罪判決が自白のみに基づいて下されることはないという締約国の発言,そして被疑者が犯罪の自白を強制されてはならないということを保障する取調べガイドラインに留意する。しかし,委員会は引き続き以下の事項に懸念を有している:

 (a) 締約国の司法制度は,実務上,自白に広く依拠しており,その多くは弁護士の立会いのない中で代用監獄において得られている。委員会は,暴行,脅迫,睡眠妨害,休憩のない長時間の取調べなど,取調べ中に行われた不当な取扱いに関する報告を受けている;

 (b) 全ての取調べにおいて,弁護人の立会いが義務付けられていないこと;

 (c) 警察の留置施設において,被勾留者に対して適切な取調べがなされたのか検証する手段が欠けており,とりわけ,一回あたりの取調時間に厳格な制限がないこと;

 (d) 検察官に対する被疑者及びその弁護人による取調べに関する 141 件の不服申立てのうち,訴訟に至ったケースがないこと。(第 2 条及び 15 条)

 委員会は,憲法第 38 2 項,刑事訴訟法第 319 1 項及び条約第 15 条に沿って,締約国が,あらゆる事件において,拷問及び不当な取扱いによって得られた自白が,実務上,法廷において証拠能力が否定されることを確保するため,全ての必要な手段を講じるべきとの前回の勧告

(パラ 16)を繰り返す。特に:

(a) 取調べの時間制限について規則を作り,その不順守の場合に適切な制裁を設けること; (b) 刑事訴追の際,自白に証拠の主要かつ中心的な要素として依存するような慣行を終わらせるため,捜査手法を改善すること;

(c) 取調べの全過程を電子的に記録するなどの保護措置を実行し,その記録を裁判で使用できるよう保証すること;

(d) 強制,拷問,脅迫,または長期間にわたる逮捕や勾留の末になされた自白で,刑事訴訟法第319 1 項に基づき証拠として認められなかったものの件数を委員会に提供すること。



***



 このように未決の検察・検察段階における被疑者取調べでは、自白強要がなされ、暴行や脅迫がなされ、長時間に及んでいることが指摘されている。



これに対して、森雅子法務大臣が「ゴーンは無罪を証明するべきだ」と述べた。文字通り、有罪の証明が当たり前と思い込んでいるから、法務大臣がこうした異常な主張を平気で述べる。まともな国なら、大臣失格で辞任騒ぎになるはずだが、日本ではそうはならない。検察も社会も有罪の推定がなぜ許されないのかさえ理解していないからだ。



法務大臣は後に、言い間違えたなどと釈明したが、弁護士でもある法務大臣が、この点で言い間違えることはありえない。フランスの弁護士が皮肉交じりに「あなたの国では有罪の推定だから」と述べたという。



無罪の推定を理解していないのは、マスコミや一般人だけではない。裁判官と検察官が最悪なのだ。被疑者・被告人の人権など顧みないのが日本の裁判官と検察官である。



拷問禁止委員会の日本政府に対する勧告には次のような項目がある。



***



<研修>

締約国は以下のことをすべきである:

(a) 全ての公務員,特に裁判官並びに法執行官,刑事施設及び入国管理局の各公務員が条約の規定を認識することを確保するため,研修プログラムを更に発展・強化させること;

(b) 拷問事件に関する調査及び証拠書類作成に関与する医療職員や他の職員に対して,イスタンブール議定書についての研修を定期的に行うこと;

(c) 法執行公務員の研修に,非政府組織の関与を慫慂すること;

(d) ジェンダーに基づく暴力と不当な取扱いを含む,拷問の絶対的禁止と予防に関する研修プログラムの効果と影響を評価すること



***



日本の裁判官や検察官は国際人権法の素養がないから、こういう勧告が出されることになる。こうした勧告は今回が初めてではない。1990年代から何度も何度も出されてきた。しかし、裁判所も法務検察も勧告を受け容れていない。何が何でも人権無視を押し通す姿勢だ。



今回は拷問禁止委員会の勧告の一部を紹介したに過ぎないが、自由権委員会からも国連人権理事会からも同様の勧告が何度もなされてきた。



ゴーン事件についてコメントするつもりはない。しかし、ゴーンの日本刑事司法批判は実に説得的である。法務大臣や検察の反論はおよそ反論になっていない。それどころか、中世のような人権無視大国の実態を世界に露呈する結果になっただけである。マスコミは法務検察のお馬鹿な主張を垂れ流すことによって日本の恥を世界にさらしている。まともな知性を持っていないからだというしかない。

Saturday, January 11, 2020

旅する文学者が辿り着いた境地


立野正裕『紀行 辺境の旅人』(彩流社、2019年)

http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2631-4.html



立野の「紀行」シリーズ第7弾である。

「文学」「芸術」を基軸に北欧から南欧までの思索の旅を続けてきた立野は、今回もスコットランド、クリミア半島、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、スペイン、ギリシア、イタリア、フランスを訪れ、欧米文学をはじめとする世界の思索を手がかりに、現地の風に吹かれ、景色に大きく息を吸い込み、時に道に迷いながら、探求の時間を過ごす。

立野が探求するのは、西欧文学の系譜と思索と人間であるが、そこにとどまらないのは言うまでもない。立野は歴史を探りつつ思想と論理を追い求める。偶然の中に必然の眼を探り当てる。個別事象を掘り抜いて普遍への道を辿る。試行錯誤の繰り返し、思い出の人々の言葉の反芻、そして遠野をはじめとする日本の歴史と伝承に息づく想像力、そこに生きてきた立野自身の現在を、幾度も幾度も遡行し、折り返し、畳重ねつつ、紀行の可能性に挑む。



立野の著作を初めて読んだのは『精神のたたかい』(スペース伽耶)であった。感銘力溢れるこの著書が立野の初めての著書だということに驚きながら、私は「平和力セミナー」という連続インタヴュー講座に立野をゲストとしてお招きした。面識のない私からの依頼に快く応じてくれた立野は、「インドへの道」を素材に文学と旅と人生と平和について語ってくれた。その記録は前田編『平和力養成講座――非国民が贈る希望のインタヴュー』(現代人文社)に収録した。

その後、立野は怒濤の勢いで著書を世に問い始めた。『黄金の枝を求めて』『世界文学の扉を開く』『日本文学の扉を開く』(スペース伽耶)にはじまり、やがて「紀行」シリーズに突入する。『紀行 失われたものの伝説』『根源への旅』『スクリーン横断の旅』『スクリーンのなかへの旅』『紀行 星の時間を探して』『百年の旅』と続く。毎年1冊のペースで続々と送り出される紀行は、失われたものへの旅であり、根源への旅であり、人間の絶望と希望への旅であり、立野自身への旅である。その持続力には圧倒されるしかない。

何が立野をして旅に誘うのか。「人はなぜ旅をするのか」。長きにわたって繰り返し問われてきたこの問いに、誰もが普遍的な答えを与えつつ、極めて私的で個別的で、またとない答えを与えてきた。その両者が合一するとき、著者と読者に訪れるであろう至福――立野の旅は遙か西欧の彼方に、景勝地に、文学記念の地に、忘れられかけた地に向いながら、思索は螺旋状に立野の周りを回り続ける。立野が立野の周りを回る。終わりなき旅の一つひとつのシーンに旅の終わりと始まりを見続ける。



『軍隊のない国家』(日本評論社)で世界27カ国を回り、続く『旅する平和学』(彩流社)で、文字通り「旅する平和学」を組み立てた私としては、果てしなき旅の果てに、いかなる出会いに出会えるか、いかなる夢を夢見ることができるか。立野の「紀行」には遠く及ばないが、私なりの旅を続ける理由が数多くある。

Wednesday, January 08, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(143)世界人権都市フォーラムでの報告


金朋央「日本のヘイト関連条例の制定過程から見える地方自治体の役割」『Sai』82号(2019年)

19年9月30日~10月3日、韓国・光州市で「世界人権都市フォーラム」が開催された。2011年の「光州人権都市宣言」に基づいて毎年開かれているもので、韓国内外の人権都市関係者、人権機関、運動家、行政関係者らが参加している。

19年のテーマは「地方政府と人権――人権都市を再び想像する」で多くの分野、プログラムであった。著者はそのうちの「持続可能な人権都市実現のための嫌悪・差別対応戦略」という分科会に参加して、日本の状況を報告した。その報告が本稿になった。分科会では韓国におけるヘイト・スピーチについても重要な報告がなされたという。