Sunday, September 12, 2010

いま平和的生存権が旬だ!

アジア記者クラブ通信218号(2010年9月)

Asia Press Club Newsletter No. 218 (Sept. 2010)

いま平和的生存権が旬だ!

――国連人権理事会における議論

人権理事会諮問委員会で発言

  8月5日、筆者は、ジュネーヴの国連欧州本部で開催された国連人権理事会・諮問委員会第5会期で、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR)を代表して、発言した。発言趣旨は、次の通り。

  「人権理事会が諸人民の平和への権利の議論を始めたことを歓迎する。諸人民の平和への権利に関してNGOが提出した共同文書を支持する。日本では、2008年5月に9条世界会議を開催した。33,000人の参加者、海外ゲスト200名という大規模な会議で、日本国憲法9条が、軍縮と平和の文化の促進にとって重要であると決議した。9条は日本の法律だけでなく、世界各国の憲法に盛り込むべき平和条項である。2009年6月、コスタリカで同様の会議を開催し、9条とコスタリカ憲法12条の意義を再確認した。国連人権機関が、諸人民の平和への権利の個人的局面と集団的局面に着目して研究を続ける必要がある」。

  諮問委員会は、国連人権理事会(47カ国の政府代表)のもとに設置された専門家委員会(18人の専門家)である。かつての人権委員会のもとにあった人権小委員会と似た位置づけである。今回「諸人民の平和への権利」がはじめて諮問委員会の議題となった。

  国際人権活動日本委員会(JWCHR)は、1990年代から、職場における思想・信条差別など、主に社会権に関連する人権問題を国連人権機関にアピールしてきた、国連NGO資格を保有するNGOである。不当解雇、賃金差別、男女昇格差別などを取り上げるとともに、歴史教科書問題、従軍慰安婦問題や朝鮮人に対する差別問題も取り上げてきた。

スペインNGOのキャンペーン

  これまでの経過を簡潔に整理しておこう。2006年10月、スペインの法律家たちが「平和への権利するルアルカ宣言」採択し、NGOが世界キャンペーンを始めた。国連人権理事会に持ち込んで、平和への権利の議論を巻き起こし、各国政府に要請行動を行い、2008年以後、関連する決議を獲得している。諸国・地域のNGOにも呼びかけた。キャンペーンの中心を担っているのはスペイン国際人権法協会(AEDIDH)である。 http://www.aedidh.org

2010年2月、「ビルバオ宣言」採択した。ルアルカ・ビルバオ両宣言のヴィジョンは、平和とはすべての形態の暴力が存在しないことである。直接暴力(武力紛争)、構造的暴力(経済的社会的不平等の帰結、極貧、社会的排除)、文化的暴力である。法律的見地からは、平和とは国連憲章の基礎であり、世界人権宣言その他の人権文書の指導原理であり、平和そのものが人権と考えられるべきである。諸人民の平和への権利という表現は1984年の国連総会決議に由来する。

  人権理事会は、2008年決議8/9と2009年決議11/4を採択し、平和への権利の研究を始めた。スペイン・グループは、2010年6月、ルアルカ・ビルバオ宣言を踏まえて「バルセロナ宣言」をまとめた。欧州やラテン・アメリカを中心に賛同NGOが続々と増えている。同月、人権理事会は決議14/3を採択し、さらに研究を続けることになった。以上の決議は、毎回賛成ほぼ30カ国、反対12~13カ国で採択されている。日本政府は一貫して反対投票してきた(以上の経過につき、前田朗「平和的生存権の国際的な展開」救援2010年5月号参照)。

なお、諸人民平和への権利right of peoples to peace、実質的平和的生存権right to live in peaceじである(法律論別途詳細検討する必要があるが)。

2010年人権理事会決議

  2010年決議14/3(A/HRC/RES/14/3)は、賛成31、反対14で採択された。投票結果は次の通りである。

  賛成は、アンゴラ、アルゼンチン、バーレーン、バングラデシュ、ボリヴィア、ブラジル、ブルキナファソ、カメルーン、チリ、中国、キューバ、ジブチ、エジプト、ガボン、ガーナ、インドネシア、ヨルダン、マダガスカル、モーリシャス、メキシコ、ニカラグア、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、カタール、ロシア、サウジアラビア、セネガル、南アフリカ、ウルグアイ、ザンビア。

  反対は、ベルギー、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、フランス、ハンガリー、イタリア、日本、オランダ、ノルウェー、韓国、スロヴァキア、スロヴェニア、ウクライナ、イギリス、アメリカ。棄権は、インド。

 平和的生存権に反対しているのが、EU諸国、日本、アメリカであることに注目しておくべきである。現代世界における戦争勢力は誰なのか、民族自決権を踏み躙っているのは誰なのかを考えるためにも参考になる。アフガニスタンとイラクを見れば明らかなことだが。

  決議の主な内容は、2009年決議を踏襲したものである。わが地球の諸人民が聖なる平和への権利を持つことを確認し、平和への権利の履行の促進が各国の義務であるとし、平和への権利はすべての者のすべての人権にとって重要であるとし、平和・安全・発展・人権を国連システム内で統合することをめざし、国際平和と安全保障の維持・確立が全ての国家の責務であるとし、すべての国家が国連憲章に従って平和的手段で紛争を解決する義務があるとし、平和への権利の実現のために平和教育が重要であるとし、諮問委員会にこの問題について議論し報告書を提出するよう求め、2011年の人権理事会で継続審議すると決めている。

諮問委員会における議論

  こうした経過を経て、本年8月、諮問委員会でも平和への権利が議題として取り上げられ、委員会の中に作業グループが設置された。スペイン国際人権法協会がとりまとめたNGO文書には世界の500ものNGOが賛同している。8月5日、ジュネーヴに集結した5つのNGOは、諮問委員会にアピールするための相談を行い、NGO発言を行った。

  最初に、デヴィド・フェルナンデス・プヤナ(スペイン国際人権法協会)が、これまでの取り組みを踏まえて、人権理事会と諮問委員会の検討を通じて諸人民の平和への権利の概念内容を明確に規定し、国際文書を作るよう訴えた。プヤナとは3月に初めて会ったが、キャンペーンを組織したスペイン国際人権法協会の事務局メンバーである。

続いて、アルフレド・デ・ザヤス(国際人権協会)が、平和への権利の射程の広さを強調して、すべての人権を支えるものとして人権体系に位置づける発言をした。デ・ザヤスはジュネーヴ大学名誉教授で、著名な人権研究者であり、国連人権機関でのNGO活動も豊富である。

ミシェル・モノー(国際友和会)は、テロとの闘いにふれ、テロ対策には戦争ではなく、平和への権利の定式化こそ重要と訴えた。モノーは8月9日にジュネーヴの国連欧州本部正門前で長崎原爆追悼会を主催してきた。

次に筆者の発言があり、最後にクリストフ・バルビー(国際良心・平和税)が、紛争解決の思想と方法としての平和への権利について述べた。バルビーは「軍隊のない国家27カ国」の研究者で、2008年の9条世界会議にも招かれて来日した。

  諮問委員会は作業グループを設置し、2011年1月の第6会期で議論を続けることになった。スペイン・グループは本年12にサンティアゴ・デ・コンポステラでかれる平和への権利NGO国際会議最終文書をまとめて、人権理事会に提出し、平和への権利の法典化を求め、最終的には国連総会での宣言採択をめざす。

今後の課題とスケジュール

  いよいよ「国連・人民の平和への権利宣言」の可能性が見えてきた。

  ところが、残念なことに、国連で諸人民の平和への権利(平和的生存権)が重要議題として審議されているのに、日本国憲法前文や9条が貢献していない。スペイン・グループは日本国憲法9条を知っている(全然守られていないことも)。しかし、日本の平和的生存権の議論をほとんど知らない。言葉の壁は大きい。この間の議論に加わってきた日本人もごく僅かだ。日本政府は断固反対を貫き、日本のマスメディアは報道しない。日本とは無関係に平和的生存権の議論が進む。

  これではいけないと考え、今回は9条世界会議の紹介発言をさせてもらった。9条世界会議の宣言と精神をもとに、今後の議論に日本からも加わっていく必要がある。例えば、2008年のイラク自衛隊派遣違憲訴訟名古屋高裁判決は、平和的生存権の具体的権利性を認めた公文書である。おそらく世界史上画期的な文書のはずだから、国連に報告していく必要がある。長沼訴訟一審札幌地裁の福島判決も燦然と輝く記念碑的判決だ。核兵器投下の違法性に関する原爆訴訟東京地裁の下田判決と同様に世界に広める必要がある。

  今後のスケジュールは、12月12~13日頃、サンティアゴ・デ・コンポステラ会議、そして2011年1月中旬に、諮問委員会である。