Saturday, July 12, 2025

取調拒否権を考える(5)

取調拒否権を考える(5)

 

2017年、同志社大学で、浅野健一ゼミの公開講座が開かれた。京都強盗殺人事件容疑によって逮捕され、取調拒否をして不起訴処分となったFさんが登壇して体験を語った。

 

その内容を『救援』1712月号に紹介した。これまで紹介してきたことと内容に違いはない。

 

連載の2回目なので、『救援』1711月号に1回目を寄稿をしているが、手元に記録がない。見つかれば、掲載したい。

 

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救援17年12月

正しい黙秘権行使による不起訴処分(二)

前田 朗(東京造形大学)

 

浅野健一ゼミ

 

 一一月一七日、同志社大学における「浅野ジャーナリズム講座」第一四回「出房拒否権」が開催された。センター運営委員、本紙連載中の浅野健一・同志社大学教授(大阪高裁で地位確認係争中)と学生・市民による自主ゼミである。

 最初に京都強盗殺人事件に関連して逮捕され、不起訴処分を勝ち取ったFさんから体験報告がなされた。四月一一日、身に覚えのない強盗殺人容疑で京都府警に逮捕され、伏見署に収容された。それ以前に別件で逮捕され、本件についてはまったく関与していない、事件そのものを知らないことを繰り返し供述したにもかかわらず、京都府警は自白を強要するためにFさんを強引に逮捕した。すでに何度も供述・否認したにもかかわらず逮捕されたことに疑問を感じたFさんは黙秘することに決めた。四月一二日に接見した高田良爾弁護士は黙秘権行使を貫くこと、そのためには取調べそのものを拒否し、そもそも出房を拒否することを助言した。翌一三日には、前田朗著『黙秘権と取調拒否権』を差し入れた。留置場で同書を読んだFさんは黙秘権行使の正当性を確信し、出房拒否を敢行することにした。留置係に黙秘権行使を通告し、取調室への連行を拒否した。

 留置係は、被疑者には取調受忍義務があると告げて、取調べを拒否するとかえって不利になるかのごとく説得してきた。留置係だけでなく当直長も説得に来た。一六日、押収品返還という口実で取調室に出向くことになったが、何も返してもらえなかった。それどころか捜査官から「弁護士が受忍義務がないとか大きな間違いや」「弁護士と警察の力の差は歴然としている」「無罪なら隠れんと大人らしく自分で話せ」などと説得された。Fさんはその後も出房拒否を貫いた。留置係と当直長による説得が続いたが、これに乗せられることはなかった。

四月二〇日、検事調べに出たところ、担当検事が「こんなんで、よう逮捕状が出ましたね」「任意同行で呼ぶくらいの証拠しかないのに逮捕までしている。任意の聴取なら、私に話してくれましたよね。三つの質問に答えてくれれば、私の責任で不起訴にできる」と言ったという。

Fさんは「荒っぽい捜査をした警察はもちろん悪いが、裁判所が逮捕状や勾留状を簡単に出すのが問題だと思う。逮捕状が出るレベルが低すぎる。私の場合、何の証拠もないし、別件でさんざん調べられていることも分かっているのに、右から左に令状を出している」と裁判官の責任を指摘する。

続いて高田良爾(弁護士)及び筆者が報告し、取調拒否権の重要性を明らかにした(前田朗「取調拒否権行使により不起訴処分」『マスコミ市民』一七年一一月号)。

 

取調拒否が第一歩

 

 最後に浅野健一教授が自身の取材結果をもとに報告した(浅野健一「Fさん、『出房拒否』の闘いから学ぶ」『週刊金曜日』一七年九月八日号)。

 八月一〇日、京都府警に、Fさん逮捕の記者クラブへの広報の内容、担当捜査官、逮捕状請求警察官の氏名・役職などを質問した。府警は、記者クラブへの広報をした事実を認め、引き回しについては否定した。捜査官等の氏名は回答しなかった。八月一八日、京都地検に担当検事の氏名等を質問したが、「すべての質問に回答を差し控える」との回答であった。 八月一八日、京都地裁に令状発布裁判官の氏名等を質問したが、すべてについて「回答することはできません」との回答であった。被疑者の個人情報をメディアに流して、犯罪視報道をさせておきながら、司法関係者は匿名の陰に隠れている。

 浅野教授によると、Fさん逮捕の際に警察が記者クラブに提供した情報に基づいて、マスメディアではFさんを強盗殺人犯人視する報道がなされ、氏名、住所、職業が広範囲に報道された。不起訴処分後も、逮捕・送検時の映像や記事がインターネット上に流れている。家族、親戚、友人たちとの関係にも大きな障害となっている。「テレビや新聞に名前が出ると、全く知らない人にまで知られてしまう。特に私の名前はよくある名前ではないので、実名が出ると生活ができない。親戚にも、いろいろ言われる」という。

 「メディアの取材・報道にも注文があるが、今は我慢する。メディアを批判すると、また目を付けられて、名前が出ると困る。会社から切られるのが怖い。名前が広まったら一瞬でクビになる。法的に不起訴になったからといって、周囲、世間の見る目はそう急には変わらない。不起訴になっても、身内から縁を切ってくれと言われている」と、報道被害の大きさを語る。

 被疑者を留置場に収容し、二四時間の生活を監視・管理し、捜査官の思いのままに取調室で拷問まがいの取調べを強行し、虚偽自白を強要する代用監獄制度は一九八〇年代から厳しい批判を受けてきたが、一向に改善されていない。それどころか日弁連は代用監獄を是認し、これを前提とした司法改革に協力している。これでは黙秘権も無罪の推定も絵に描いた餅に過ぎない。被疑者の人格を侮辱し、名誉を毀損し、メディアでさらし者にする「中世」の刑事司法が人権侵害と誤判・冤罪を量産している。弁護士とメディアも「共犯」ではないのか。

 代用監獄体制(留置場収用、取調受忍義務論、自白強要、拷問)を打破するために、正しい黙秘権行使の実践と理論が必須である。

身柄拘束された被疑者の本来的収容場所は拘置所である。留置場が収容場所に指定されれば留置場に収容されるが、その場合、被疑者は留置場にいなければならない。被疑者を留置場から連れ出すことは許されない。被疑者は勝手に取調室に行くことはできないし、行ってはいけない。

黙秘権を行使する被疑者には取調室に行く理由がない。黙秘権を行使するということは単に黙っていることではない。捜査官に一切情報を与える必要がなく、捜査官と顔を合わせる理由もない。取調室で捜査官の顔色を窺ったり、供述をめぐる取引をする必要もなく、捜査官から罵声を浴びせられる理由もない。黙秘権を行使する被疑者には他に選択の余地はない。違法な取調べに協力することなく、出房せず取調拒否をするのが正解である。

刑事弁護人は、被疑者を孤立無援の状態で取調室に行かせてはならない。取調拒否をさせるか、弁護人立会を勝ち取るために、刑事弁護の質を向上する必要がある。被疑者を単独で取調室に行かせる弁護人は、捜査官による自白強要の「共犯」となる。取調拒否はまともな刑事司法改革の第一歩である。

Friday, July 11, 2025

赤根智子『戦争犯罪と闘う――国際刑事裁判所は屈しない』(文春新書)

赤根智子『戦争犯罪と闘う――国際刑事裁判所は屈しない』(文春新書)

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166614967

 

プーチン大統領の逮捕状を出したために、ロシアから犯罪者として指名手配され、ネタニヤフに逮捕状を出したため、トランプから制裁を課せられているICCの所長です。世界に法の支配を広め、力による支配に逆戻りさせないために闘い、「私たちは決して諦めない」という決意表明。お薦めの本です。

 

赤根所長は、日本の検察官出身、アメリカ留学経験があったので法務総合研究所教官や、国連アジア極東犯罪防止研修所教官になり、ついにはICC判事になりました。ご本人の経歴と、ICCの歴史と、最近のICCの闘いがまとめられています。本文180ページくらいで、すぐに読める本です。

 

初めて知ったこととして、アフガニスタン問題があります。検察官がアフガンの戦争犯罪の捜査要請をした時に、予審部が却下したため捜査できなくなりました。却下したのは赤根判事たち。検察官が控訴して、控訴部が許可を出したので、捜査が行われました。そしてついに今週、逮捕状発付に至ったのです。

Statement of the ICC Office of the Prosecutor on the issuance of arrest warrants in the Situation in Afghanistan

https://www.icc-cpi.int/news/statement-icc-office-prosecutor-issuance-arrest-warrants-situation-afghanistan

 

この本の他の箇所では、「ICCは法と事実に基づいて判断する。国際政治に左右されることはない」と繰り返しています。プーチンの圧力をはねのけ、トランプの圧力に抵抗しているICC所長です。懸命に「法の支配」を守る闘いのさなかです。本当に頭の下がる、凄い仕事です。

 

ただ、赤根判事がアフガニスタンの捜査を却下したのは、文字通り政治的理由です。「捜査に協力してくれる国や団体がほとんどなく」、捜査が進展する見込みがないと主張し、「限られたリソースを見込みのない捜査につぎ込むのは実務感覚からも好ましくなかった」と言っています。100%政治的理由です。アフガンにおける戦争犯罪について「法と事実に基づいて判断」していません。

 

他の箇所では「法と事実」と何度も繰り返しながら、アフガンだけ別扱いなのは、自己矛盾です。控訴部が赤根判事の判断を否定して、捜査を認めたために、ようやく逮捕状に至りました。とはいえ、赤根所長が言う通り、協力する国が少ないと、本当に裁判を開けるかどうかはわかりませんが。

 

赤根所長は、今後、日本にICC事務所を置きたい、ICC規程締約国を増やしたい等々、先のことも考えて、国際的な法の支配の確立に力を注いでいます。

Saturday, July 05, 2025

<憲法フェスティバル実行委員会への書簡(第2信) ――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う>

<憲法フェスティバル実行委員会への書簡(第2信)

――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う>

 

憲法フェスティバル実行委員会様

 

 本年621日開催の第37回憲法フェスティバル(テーマ「戦後80年と憲法~これまでとこれから」)は成功裏に終了したとのこと、お疲れさまでした。「戦後80年」という節目に平和憲法の歴史と現在を顧みて、これからの課題を探る試みに敬意を表します。

 さて、私たちは614日に<憲法フェスティバル実行委員会への書簡――琉球民族遺骨返還問題と植民地主義を問う>を公開し、憲法フェスティバル実行委員会にお届けしました。

https://maeda-akira.blogspot.com/2025/06/blog-post_13.html

 この書簡には、琉球民族はもとより、アイヌ民族、在日朝鮮人、中国人研究者、さらに日本人からも賛同の意思表示をもらいました。

私たちの疑問は、第37回憲法フェスティバルにおいて、山極壽一氏(総合地球環境学研究所)が『人間の本性から平和への道を探る』という講演を行うことに端を発したものです。621日当日、山極氏の講演がなされましたが、私たちの疑問や要請への応答はいただけませんでした。

 <祖先の墓を暴かれ、骨を盗まれ、返還を求めても対話を拒否され、侮辱された人々の痛みの声を、憲法フェスティバル実行委員会は、どのようにお聞きでしょうか。>

 <憲法フェスティバル実行委員会は、本件訴訟及びその後の経過についてどのような見解をお持ちでしょうか。植民地主義を継承し、人種民族差別を実践してきた責任者が、日本国憲法の平和主義について語ることは、憲法フェスティバルの理念と目的に合致しているのでしょうか。>

 <621日の憲法フェスティバルの舞台で、憲法フェスティバル実行委員会は、「日本国憲法の平和主義や基本的人権」と「他民族の遺骨盗取・隠匿・返還拒否・対話拒否」の関係について、ご見解を明らかにされることを要望します。>

<また、山極氏が琉球民族遺骨返還の声を無視し、対話を拒否し、原告団長の松島に対する民族差別を行ったことにつき、まずは説明責任を果たすよう、憲法フェスティバル実行委員会として山極氏に勧奨することを要望します。>

この4点について、憲法フェスティバル当日も、またフェスティバル終了から2週間となる現在も、憲法フェスティバル実行委員会からの応答はございません。

 

 そこで、次の諸点について改めて疑問を提起し、憲法フェスティバル実行委員会に質問させていただきます。

 第1に、1929年、京都帝国大学の研究者が琉球の今帰仁村の百按司墓から遺骨を持ち去り、研究材料としました。これは墳墓発掘罪に該当する犯罪であり、琉球民族に対する植民地主義暴力ではないでしょうか。

 第2に、20174月以降、遺族や琉球先住民族が、盗まれた遺骨の実見や返還を繰り返し要望しましたが、京都大学(山極壽一総長)によって拒否されました。対話も面会も拒否されました。これは琉球民族に対する植民地主義暴力ではないでしょうか。

 第3に、2019年、山極氏(当時・京都大学総長)は、京大の職員組合との懇談において、本件訴訟原告の松島を「問題のある人と承知している」と述べました。これは原告である松島に対する侮辱であり、琉球民族に対する差別ではないでしょうか。

 第4に、憲法フェスティバル実行委員会は、山極氏に講演を依頼しました。植民地主義を継承し、人種民族差別を実践してきた責任者が講演することは、憲法フェスティバルの理念と目的に合致しているのでしょうか。

 第5に、私たちの書簡(本年614日付)にもかかわらず、憲法フェスティバル実行委員会は、何ら応答することなく、何事もなかったかのように、山極氏の講演を実施しました。琉球民族(松島)側からの植民地主義批判に応答する必要がないと判断された理由を教えてください。

 

 次に、第37回憲法フェスティバル(テーマ「戦後80年と憲法~これまでとこれから」)において、浅倉むつ子氏(早稲田大学名誉教授)の講演「女性の権利を国際基準に~憲法と条約を活用しよう!」が行われました。

 浅倉氏は1時間を超える長い講演で「日本の法制をふりかえる」として「明治時代にできた法律=『近代法』」として1889年の大日本帝国憲法と1890年の明治民法を取り上げて、「身分差がなくなった」と述べました。 

 大日本帝国憲法は天皇制と貴族制を確立しましたが、「身分差がなくなった」のでしょうか。

 浅倉氏は「『平等』は戦後、日本国憲法で保障された。」と断定しました。その理由として、19464月の衆議院議員選挙において「女性初の参政権」が認められ、1946年の日本国憲法14条の法の下の平等、13条の個人の尊重、24条の両性の平等規定が定められたと確認し、「家族法改革の不十分性」として例えば女性の再婚禁止期間などを示しました。

 日本国憲法は象徴天皇制を定めましたが、「『平等』は戦後、日本国憲法で保障された」のでしょうか。

 私たちの一番の疑問は次の点にあります。194512月の衆議院議員選挙法改正は、女性参政権を導入しましたが、同時に「沖縄県民」及び「旧植民地出身者」の選挙権を停止(剥奪)しました。1946年の衆議院議員選挙において、琉球の女性にも男性にも選挙権は与えられませんでした。1946年の日本国憲法は、琉球の女性も男性も排除して、制定されました。

 米軍統治時代はもとより、1972年の「沖縄返還」後も米軍基地が押し付けられ、現在もなお琉球の女性は米軍兵士による性暴力被害を受け続けています。琉球の女性がどれほど迫害を受けても、浅倉氏は「平等は保障された」と主張するのでしょうか。

 憲法フェスティバル実行委員会に、もう一つの質問をさせてください。 

 第6に、第37回憲法フェスティバルのテーマは「戦後80年と憲法~これまでとこれから」ですが、琉球の女性も男性も排除して「戦後80年」を回顧し、「これから」も琉球と琉球民族を排除・差別し続けるのでしょうか。

 

 憲法フェスティバル実行委員会が、私たちの問題提起に真摯に向き合い、誠実に応答されることを期待します721日(月)までに回答していただけるよう要請します。

 なお、私たちは来る724日(木)に<琉球民族遺骨返還を求める連続講座第1回「今なお続く京都大学の植民地主義」>を開催いたします。

 https://maeda-akira.blogspot.com/2025/06/1.html

 憲法フェスティバル実行委員会の皆様にご参加いただければ、貴重な対話の機会となります。ご発言の時間を確保いたしますので、ぜひご参加いただけますようお誘いいたします。

 

                                 以上

 

20257月6日

 

前田朗(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)共同代表、青年法律家協会弁護士学者合同部会・元東京支部長、朝鮮大学校講師、東京造形大学名誉教授)

松島泰勝(琉球民族遺骨返還請求訴訟元原告団長、琉球民族遺骨情報公開請求訴訟元原告、ニライ・カナイぬ会共同代表、龍谷大学教授)

 

*本書簡へのご意見やお問い合わせは下記へお願いします。

前田 E-mail: akira.maeda@jcom.zaq.ne.jp

松島  E-mail: matusima345@yahoo.co.jp

取調拒否権を考える(4)

取調拒否権を考える(4)

 

前回と同じ2017年の京都強盗殺人事件容疑における取調拒否実践の報告である。

 

それまで主に救援連絡センターの『救援』紙上で論じてきたが、京都強盗殺人事件の実践例が出たことで、法律雑誌に掲載してもらった。法律雑誌で取調拒否権が取り上げられたのはこれが初めてではないだろうか。

 

これを機に、取調拒否が各地に広がる、と私は大いに期待した。ところが、そうはならなかった。

 

取調拒否権は、東京の著名な刑事弁護士たちから忌避された。面と向かって反対され、相手にされなかった。

 

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『法と民主主義』522号(201710月号)

前田 朗「取調拒否権行使で不起訴処分勝ち取る――黙秘権の正しい実践のために」

 

一 はじめに

 

 本年八月一四日、尾関利一・京都地検検事から高田卓爾弁護士に届いた「不起訴処分告知書」によると、Fさんに対する強盗殺人被疑事件について、七月二五日付で「嫌疑不十分」で不起訴処分となった(1)

 身に覚えのない強盗殺人事件で逮捕されたFさんは黙秘権行使を宣言し、出房を拒否した。何の証拠もなしにFさんに嫌疑をかけて逮捕したものの、虚偽自白をとることができず、不起訴に追い込まれた警察・検察の失態である。

 本件は黙秘権とは何かという問題を刑事弁護に突きつける。従来の刑事弁護は黙秘権の意義を理解してこなかったのではないか。本件を通じて再考したい(2)

 

二 事案の警戒

 

 Fさんは本年一月二一日、京都府警に失業保険金詐欺容疑で逮捕され、南警察署に留置された。本件詐欺事件については四月一一日に京都地裁で判決(執行猶予付)が言い渡された。Fさんは強盗殺人事件に関する別件取調べに積極的に協力し、懸命に事実を陳述した。にもかかわらず判決当日、強盗殺人容疑で逮捕された。

 逮捕の翌一二日、Fさんは黙秘することを決意し、取調室で黙秘する旨を伝えたが、「逮捕状出てるから強制で取調べができる」、「黙秘するのはいいけど逮捕状の意味わかる?裁判所からこの人は犯人である証拠があるから逮捕状が出てるんやで」と言われた。

 一三日、高田弁護士から出房拒否という方法を教わったFさんは「読み上げられた逮捕内容には全て関与してません」と一言述べて否認の上、黙秘を伝えた。別件取調べに際して繰り返し供述したにもかかわらず逮捕されるのなら、供述の意味がないと思ったと言う。高田弁護士は前田朗著『黙秘権と取調拒否権』を差し入れ、Fさんは本書を留置場内で熟読した(3)

 一四日、Fさんは留置係から「受忍義務を無視していいんやね」と確認されたが、出房を拒否した。一五日も拒否した。

 一六日、押収品返還手続きのため指印が欲しいとの口実で取調室に出向いたため、「弁護士が受忍義務がないとか大きな間違いや」、「自分がこのまま取調べに応じなかったら、家族、知人、近所に聞き込みにいくから、またまわりに迷惑がかかるで」などと言われたが、取調拒否を貫いた。

 一七日、弁護人から絶対に出房しないように助言を受け、取調べを拒否した。留置係は「本当なら引きずってでも取調べる義務があるけど、担当刑事は優しいからそこまでいいって言うたはるけどどうする」と言ったという。

 一九日、検事調べで「何も関わっていないのに逮捕された事が意味がわからない」と訴えた。検事は「正直よく逮捕状がとれたな」と言った。

 二〇日以後も黙秘を貫いた。留置係が何度も説得に来て「引っ張り出してまでする気はないけど、ちょっと前まではしてたんやで。取調出てきて黙秘するのと、一度も出たないのとでは起訴された時の裁判官のイメージが違うで。弁護士は一生責任とってくれる訳ちゃうしな」と言われたが、拒否した。そして五月二日、処分保留により釈放された。

 

三 黙秘権の意義

 

 Fさんは次のように述べる。

 「刑事から毎日毎日、①証拠があるんや、②逮捕状が出ているのは証拠があるからや、③お前がいくらやっていないと言っても通らない、④早く白状したほうが有利になる、⑤黙秘していて裁判になったらもう遅い、と言われ続けていたら、自分はやっていないと思っていたが、ほんまはやっていたんと違うか、刑事の言っていることの方が正しいのと違うか、というような気持になりました。そんな気持ちになるのは到底信じられないかもしれませんが、実際逮捕・勾留され密室の部屋で毎日『やった。やった。証拠がある。証拠がある』と言われ続けられれば、そんな気持ちになってくるというのを実感しました。密室の中の取調べが冤罪を生むのだということが実感しました。黙秘するには房から出ないことが大切であることがわかりました。」

 本件弁護人(高田卓爾、石側亮太、斉藤麻耶)は次のような努力を重ねた。

 第一に、連日の接見において「被疑者ノート」の記入を勧め、黙秘権や出房拒否の意味をていねいに説明し、取調受忍義務がなく、取調拒否の正当性につき確信を持たせた。

 第二に、Fさんが押収品返還手続きという口実で出房した後には、絶対に出ないように助言した。

 第三に、検察庁、警察本部長、警察署長宛てに「苦情申出及び申入書」を繰り返し提出した。四月一八日の申入書(一回目)では、留置係らの発言について「黙秘権や無罪推定、立証責任について法的に著しく誤った説明であることは言うまでもありません。また、被疑者と弁護人との信頼関係を破壊しようとするものであることも明らかです。かかる説明により、被疑者を著しい不安に陥れ、正当な黙秘権行使を断念させようとすることは、黙秘権侵害及び弁護人による弁護を受ける権利の侵害であり、重大な違法が存することは明らかです」と抗議した。さらに、「露骨な黙秘権侵害・弁護権侵害の違法行為が行われる恐れがあることに鑑み、取調べに応じること自体を拒否します。具体的には、留置場居房から取調べのために出房することを拒否しますので、その旨ご承知おき下さい。留置業務管理者たる警察署長及び留置主任官におかれては、捜査と留置の分離の趣旨を徹底し、被疑者の意思に反して被疑者を出房させ、取調官に引き渡すことのないように求めます。万一、被疑者を強制的に出房させ、取調べに応じることを強要した場合、それ自体が黙秘権の重大な侵害であり、同取調べにおける供述の任意性も当然に失われるものと解し、この点を徹底して争うことになる予定ですので、あらかじめ申し添えます」と申入れた。

 Fさんは闘いを通じて黙秘権の本質をつかみ取った。黙秘するということは捜査官に情報提供しないことである。一切情報提供しないのだから、そもそも取調室に行く理由がない。黙秘権行使とは取調べを受けないこと、取調べを中断させること、そもそも取調室に行かないことである。権力の言いなりになって取調室に行ってはいけない。これが黙秘権である。

 黙秘権の意義を理解したFさんは出房拒否、取調拒否を貫徹した。警察・検察は虚偽自白強要に失敗し、不起訴処分に追い込まれた。

 

四 刑事司法の惨状

 

 京都府警は、実行犯に殺害を依頼した人物がいると見てKを「主犯格」として疑い、Fさんも一緒に逮捕した。府警捜査一課は、逮捕に際して次のような報道資料を記者クラブで配布した。

 <二人は(他の)被疑者らと共謀の上、一六年九月二八日午前零時五分ごろ、伏見区の路上で、Wさんに対し、その頸部などを刃物様で突き刺すなどし、同人を頸部刺創による失血死により、殺害し、同人から借り受けていた数千万円の返還を免れて、財産上、不法利益を得た>(要旨、Wは資料では実名)

 京都府警はFさんの職業、氏名、年齢、住所(町名まで)を公表し、マスコミは逮捕を実名で大きく報道した。テレビには顔も出た。

 ジャーナリストの浅野健一(同志社大学教授=大阪高裁で地位係争中)は、府警、地検、地裁の広報担当者に、Fさん逮捕の担当刑事、検事、逮捕状・勾留状発付裁判官の氏名を質した(4)

 これに対し、府警広報応接課の枡田栄次広報官は八月一八日、「捜査官の氏名についてはコメントできない」、地検の樫原広報官も「全ての質問に回答を差し控える。京都地検(土持敏裕検事正)としての回答だ」と回答した。京都地裁総務課広報係の中村智係長は八月二八日、「(裁判官の氏名は)回答することができない」と回答した。

 誤認逮捕と人権侵害を繰り返し、冤罪を量産しながら法と正義に無頓着な刑事司法の体質が浮き彫りになる無責任回答である。

 

五 黙秘権と刑事弁護

 

 本件は強盗殺人事件で身柄拘束された被疑者の事例である。これまで取調拒否権行使の例は主に公安事件・弾圧事件であった。安保法制反対国会前行動などで不当逮捕された事案が知られる。暴力団関係者の事案で、弁護人が捜査側と交渉するために被疑者に取調拒否をさせる例もある。

 しかし、高田弁護士は「一般刑事事件でこそ取調拒否権の意義が高いのではないか」と述べる。一般刑事事件の被疑者が人格権と無罪の推定を理解し、黙秘権の意義を理解したならば、虚偽自白強要の場である取調室にわざわざ出向くことなく、出房を拒否することによって、憲法上の黙秘権を正しく行使することができる。

 取調拒否権の実践から見えてきたことは、これまでの刑事弁護が黙秘権の意義を適切に理解してこなかったことである。黙秘権とは被疑者・被告人がしゃべらないことであり、取調室で「説得」と称して自白強要を続けることは捜査官の当然の権限であるかのごとく語られてきた。取調受忍義務論の悪影響ははかり知れない。「代用監獄と取調べという名の自白強要」をセットとする現状は人権侵害である。身柄拘束された被疑者が黙秘権を行使する場合、取調べを受ける理由はなく、取調室に行く理由もない。被疑者を取調室に連行する法的根拠もない(5)

 刑事弁護人は、身柄拘束された被疑者を孤立無援の状態で取調室に行かせてはいけない。被疑者を一人で取調室に行かせる弁護士は、警察による虚偽自白強要の「共犯」と言って過言でない。取調べへの弁護人立会を求めるか、それが実現しなければ取調拒否権を行使させるべきである。

 

(1)  筆者はこれまで被疑者Aと表記してきたが、現在、Fさんは実名を名乗って警察の責任を追及している。

(2)  前田朗「取調拒否権行使の実践例」『救援』五七八・五七九号(二〇一七年)。

(3)  前田朗『黙秘権と取調拒否権――刑事訴訟における主体性』(三一書房、二〇一六年)。

(4)  浅野健一「Fさん、『出房拒否』の闘いから学ぶ」『週刊金曜日』一一五一号(二〇一七年)。

(5)  前田朗「弾圧・冤罪と闘う黙秘権の法理」『救援』五七二~五七六号(二〇一七年)。

 

*本稿執筆時、Fさんは実名を名乗って警察の責任を追及していたので、実名表記したが、今回はFさんと表記する。

 

 

 

 

 

 

 

連続講座「サウス・フェミニズムに学ぶ」第1回

連続講座 「サウス・フェミニズムに学ぶ」第1

89日(土)午後6時半~8時半、開場6

東京ボランティアセンター会議室(飯田橋駅徒歩1分)

参加費:500

話題提供1:「脱植民地フェミニズムの可能性」

前田朗(朝鮮大学校講師)

話題提供2:「カーブルで出会ったアフガニスタン女性たち」

前田弓恵(RAWAと連帯する会)

フェミニズムは、男性優位の社会において、女性たちが自らを解放し自己実現できる環境をつくりだすことをめざす。ただ、女性は同質ではない。一人ひとりの女性に丁寧に向き合って考えてみよう。

高学歴女性、資産家女性もいれば、専業主婦もシングルマザーもいて、それぞれ一人ひとりの人生がある。日本社会にいるのに、多くの日本女性の想像が及ばない人たちがいる。部落女性、アイヌ民族女性、琉球/沖縄の女性、在日朝鮮人、難民や移住者など、構造的差別をうけてきた人たちだ。彼女たちにとってフェミニズムとは何だろうか。

世界にはいわゆる先進国ではなく第三世界といわれる国々がある。先進国の女性がフェミニズムというとき、その射程はどこまで及ぶだろうか。第三世界フェミニズムやサウス・フェミニズムはどうだろうか。

人が人として生きるということを念頭に、こうした問いをともに考える機会として、連続講座を企画した。第1回は、連続講座のベースとなることをお伝えし、サウス・フェミニズムの一例として、アフガニスタンの女性について紹介したい。そこから日本はどう見えるだろうか。

多くの方の参加をお待ちしています。

<プロフィル>

前田 朗:朝鮮大学校講師、RAWAと連帯する会共同代表。最新論文に前田朗「脱植民地フェミニズムに学ぶ」『人権と生活』57号(2024年)、「脱植民地フェミニズム・ノート(1)」『INTERJURIST216号(2025年)、「脱植民地主義の理論闘争」『明日を拓く』142号(東日本部落解放研究所、2025年)。

前田弓恵:RAWAと連帯する会。共訳書にメロディ・チャベス『ミーナ――立ち上がるアフガニスタン女性』(耕文社、2005年)。

<共催>平和力フォーラム/RAWAと連帯する会

連絡先 akira.maeda@jcom.zaq.ne.jp     

090-8212-0524(前田)