Thursday, July 26, 2012

三振法――厳罰主義のゆくえ

三振法――厳罰主義のゆくえ



『救援』464号(2007年12月号)





三振法の導入



 「一九九二年には『三振、アウト!』という言葉は、野球の審判が、三振した打者をダグアウトに送り返すための言葉として知られていた。しかし五年後、『三振』という言葉は、連邦政府と約半数の州で導入された厳しい新量刑法としてよく知られるようになった。驚いたことにこの改革は熱狂的な歓迎を受け、この法律は一九七〇年代中期に始まった厳罰政策運動の代名詞となった。犯罪率が上昇したので、わがままな犯罪者に対する公衆の同情は消えうせ、有権者は政策当局に対して社会復帰計画を放棄し、代わりに厳罰政策を採用するように求め始めた。九〇年代中期までに、刑事司法制度は社会復帰思想に基づく制度から、抑止と無害化の思想に基づく制度にすっかり変貌を遂げた」。

 アズサ太平洋大学政治学准教授のジェニファー・ウォルシュ『三振法――アメリカにおける論争問題への歴史的案内』(グリーンウッド出版、二〇〇七年)は、カリフォルニア州から始まった三振法を歴史的に振り返り、その意味と影響を概括した著作である。

 ウォルシュによると、三振法がアメリカに広まり、累犯者に対する厳罰政策が採用され、犯罪統制をめぐる議論が再編成された。犯罪率上昇が大きく報道された結果、公共の安全を守るために厳罰政策が必要だという世論が形成された。三振法は民主党と共和党の双方から支持を得た。三振法導入後に犯罪率が低下し、三振法が公共の保護に役立った証拠とされる。しかし、重罪でもないのに終身刑を言い渡された事例が報告され、三振法の効果には疑問も呈され、正義に反するとか、税金の浪費という批判もある。三振法の支持者と反対者の間の論争は政治的紛糾の種となり、刑事施設の過剰収容問題などの論争に波及している。

 ウォルシュは、三振法運動を七〇年代中期に始まった量刑改革運動に位置づける。一九世紀末から二〇世紀にかけて社会復帰思想が台頭し、一九二二年には社会復帰革命がアメリカを覆った。しかし、六〇年代に変化が始まり、社会復帰思想の効果には次々と疑問が差し向けられ、七〇年代には社会復帰が放棄され始める。三振法運動はワシントン州から始まり、カリフォルニア州で最初の立法が実現し、九四年にはクリントン政権が連邦法に取り入れた。九六年までに二五州に広がるスピードであった。三振法には警察力の増強(権限強化と警察官増員)が伴っていた。

 三振法といっても具体的内容は州によって異なる。アラスカでは、重罪三回で四〇年以上九九年以下の刑事施設収容。アーカンサスでは、殺人、誘拐、強姦、テロ行為等二回で四〇年以上の仮釈放なき刑事施設収容。コロラドでは、第一級・第二級の重罪、第三級重罪で暴力を伴う場合、三回で終身刑。メリーランドでは、殺人、強姦、誘拐、カージャック等四回で仮釈放なき終身刑。サウスダコタでは、殺人、子ども虐待死、強姦、麻薬売買等二回で仮釈放なき終身刑。連邦法は、殺人、強姦、誘拐、重大麻薬犯罪等三回で仮釈放なき終身刑。



三振法の影響



 ウォルシュによると、三振法に対して憲法上の疑義も指摘されてきた。二重の危険の禁止に違反するのではないか。前の事件をも評価対象に入れて量刑を決めることが憲法第五修正に反する疑いである。また、残虐で異常な刑罰にあたるのではないか。機械的に終身刑などを適用するのは憲法第八修正に反するのではないか。しかし、カリフォルニア州裁判所は、場合によっては違憲となることもありうるとしつつ、三振法それ自体がただちに違憲とはいえないとした。

 三振法が及ぼした影響についても論争がある。

     三振法が刑事裁判件数を増大させたか否か。三振法は留置場収容者数を増大させたか否か。裁判件数、公判回数、必要経費の変動が調査され、議論が行われた。三振法の厳罰主義から、裁判件数増は当然のようにも見えるが、他方、終身刑になれば社会において四度目の犯行を行う機会がなくなる。直接的影響だけでなく間接的影響を考慮すると、統計に依拠した議論だけでは結論が出ない。

     三振法はマイノリティ犯罪者に不釣合いに影響を与えたか否か。つまりマイノリティに対する差別につながらないか。各地における黒人やヒスパニックに対する起訴率の上昇など統計が解釈の対象となる。一九九六年のカリフォルニアの黒人人口は七%だったが、重罪容疑逮捕者の二三%、刑事施設人口の三一%、二五年以上の長期刑の四三%が黒人であった。明らかに差別的運営がなされていると見えるが、差別は三振法に始まったわけではない。警察官の職務執行、被疑者被告人の弁護人選任権や防御権の行使など多様な要因も検討する必要がある。

     三振法は刑事施設の過剰収容をもたらしたか否か。三振法による過剰収容の結果、被収容者の処遇は劣化し、収容に要するコストも高まったという批判がある。これに対して、犯罪率が低下したから社会的コストは低くなったという見解もある。

 三振法の弊害が指摘されても、反論も成立する状況にあると見られ、結局、三振法が維持されることになる。

 再犯の抑止と無害化が実際に果たされたか否か、三振法の本来の目的に照らした効果の判定もさまざまに試みられている。機械的終身刑ならば、犯罪者は重罰を避けるために再犯を思いとどまるか。機械的終身刑なら潜在的犯罪者が犯行を思いとどまるか。常習犯罪者の隔離による無害化が犯罪を減少させるか。

 ウォルシュによると、この問題は、三振法は機能しているかという問いの形で論議されてきた。三振法導入後の犯罪率低下を、三振法の効果と見るか、その他の諸要因(経済変動など)を考慮するかは分かれている。カリフォルニアのように顕著に低下した州もあれば、漸減程度の州もある。ウォルシュはいくつもの例を紹介している。法制定による直接的効果、間接的効果、あるいは潜在的な逆効果を総体として把握することは困難であり、明快な結論が出るわけではない。死刑の抑止効論議と同様である。

 社会の敵から良識ある市民の安全を守るための厳罰主義は、いったん採用されると、効果の有無は実証できないから、そこから抜け出すことが困難になる。三振法の世界は、価値を求めながら価値を剥離する法の矛盾を露呈し続けるだろう。