Sunday, November 09, 2014

大江健三郎を読み直す(32)時代が主題を作家に与える

大江健三郎『日本の「私」からの手紙』(岩波新書、1996年)
ノーベル賞受賞後1年の間の手紙、講演、往復書簡を収めている。「フランス核実験をめぐる手紙と感想」は、駆け込み核実験を強行した1995年の「傷だらけ」のフランスをめぐる手紙である。「天皇が人間の声で話した日」は、1945年8月15日の天皇ラジオ放送を発端に日本と大江が歩んだ道を振り返る。「日本人はアジアで復権しうるのか」は、1995年の「戦後50年不戦決議」をめぐる考察である。1995年にあの戦争を追想し、異なる戦後を辿ったドイツのギュンター・グラスとの往復書簡は、当時も読みごたえがあったが、「戦後70年」を迎えようとしている現在、読み直す意味がある。「時代から主題を与えられた」において、大江は、アトランタ・オリンピックに先行して開催されたアトランタ文化オリンピックを紹介し、老人の域に達した文学者の集まりなので、参加者が走ったわけではないとジョークを飛ばしながら、時代と文学の関係を根本的に問い直すことについて話を始める。ウェールズの詩人R.S.トーマスの作品を紹介しながら、大江は、自分が主題を選んだのではなく、核時代の文学という主題が大江を選んだのだと言う。それは文学者としての大江の生涯を規定する。
嘘を虚栄に満ちた最低の内閣が引きずり込もうとしている東京オリンピックに向けて、私たちはどのような精神の闘いを挑んでいくのか。

本書あとがきに「『ヒロシマ・ノート』に始まった、私のいかにも私に発する岩波新書のシリーズは、これでしめくくることになるだろう」とある。『沖縄ノート』『新しい文学のために』『あいまいな日本の私』を含め、岩波新書の大江は5冊ということになる。3.11以後、今度も繰り返しまた大江の社会的発言が重みを増しているのだが。