Sunday, May 03, 2020

検事長勤務延長閣議決定と検察官の勤務延長制度導入の撤回を求める声明


検事長勤務延長閣議決定と検察官の勤務延長制度導入の撤回を求める声明

202052

民主主義科学者協会法律部会理事会



 2020131日,政府は,現行検察庁法第22条に従って定年退官する予定だった東京高等検察庁検事長について,国家公務員法(以下「国公法」)第81条の3第1項を適用し,半年間勤務を延長することを閣議決定した。これは,検察官に適用される検察庁法が一般法である国公法に対して特別法であるとした上で,国公法上の定年制度やこれを前提とする勤務延長が検察官に適用される余地はないとする従来の検察庁法の解釈・適用を無視した違法・無効なものである。

 また,同年313日,政府は,検察官の勤務延長制度を導入する内容を含む国公法改正案及び検察庁法改正案を国会に提出した。その内容は,検事長ら役職者の勤務延長を内閣・法務大臣の判断に委ねるものであって,あくまで平等と公平の正義を追求するために,その職務遂行に厳正性,不偏不党性が求められる検察官の不偏不党性を害するものである。

 民主主義科学者協会法律部会理事会は,上記閣議決定並びに国公法改正案及び検察庁法改正案の撤回を求める。その理由は,次のとおりである。



1 まず,上記閣議決定は,国公法第81条の31項を東京高等検察庁検事長に「適用」して,「その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる」(同項)ものである。しかし本来,同項は,国公法第81条の21項および第2項により定年を迎えることとなる国家公務員について,特別な必要性がある場合に,任命権者の判断によりその勤務を延長させるものである。

 そして,国公法は,1947年に制定された当時にそもそも定年制を定めておらず,1981年にはじめて定年制を導入し「定年による退職」(同法第81条の2)及び「定年退職者等の再任用」(第81条の3)を設けた。第81条の2は,国家公務員が一定の年齢に達した時に一律に退職する制度(退職年齢制度)を予定したものではなく,別途定められる「定年退職日」に退職する制度(定年退職日制度)であり,しかも職務の性質や必要性に応じて柔軟な取扱いが許容され,さらに第81条の3による「再雇用」も視野に入れた職務内容に必要に応える柔らかな定年制度である。

 これに対して,検察官の定年は,検察庁法第22条により,検事総長は満65歳,他の検察官は63歳と定められているように,検察官が一定の年齢に達した時に一律に退職する制度(退職年齢制度)であって,国公法上の退職制度とは趣旨も範囲も異なるものと言わなければならない。また現に,1981年の国公法の改正に関する国会審議において改正国公法は検察官に適用がないことが繰り返し確認されており,これが運用の面でも忠実に順守されてきた,国公法についてのゆるぎない立法者意思であることは明らかである。したがって,国公法第81条の21項および第2項は,検察官に適用する余地はなく,検察官に対して,そもそも国公法第81条の31項の適用はないというのが確立した法解釈及び法実務である。



2 このように,検察官に対して,その任命権者による特別の勤務延長が適用されなかった理由は,検察官が,刑事手続を始動させる公訴権を独占する(準起訴手続は例外)など,刑事司法全般に対して重大な影響力を持ち,ゆえに,その職務はあくまで平等と公平の正義を追求するものでなければならないことにある。そのために,検察官には,とりわけ政治的影響力を受けることのないように,裁判官に準じた身分保障が必要であり,その限りで,司法権独立の精神は検察権の行使とその担い手である検察官のあり方についても推及されなくてはならないのである。

 それにもかかわらず,検察官につき,自然年齢にのみ拘束される一律の年齢退職制度をとり,定年の延長を認めない硬性の手続をとっている現行法を変更して,その任命権者である内閣の意向によってその勤務を延長させることが可能となるのであれば,その検察官の身分の独立性がその限りで害され,検察官の職務が内閣の意向に左右されるおそれは皆無ではありえない。この点は,国際的な標準として検察官の職務準則と権利義務を定めた国連経済社会理事会決議の「検察官の職務準則と権利義務に関する声明」(E/CN.15/2008/L.10/Rev)にも反するものである。

 したがって,東京高等検察庁検事長の勤務を延長させるとする上記閣議決定は,その法律による根拠のない違法・無効なものであり,同時に,検察官の職務の独立性を害するものとして撤回をすべきものなのである。



3 加えて,上記の検察官の勤務延長制度を導入する国公法改正案及び検察庁法改正案は,一般の国家公務員及び検察官の定年を一律に満65歳にまで延長することを背景に,次長検事,検事長及び検事正,上席検察官については満63歳に達した翌日から他の職に補することを原則としつつ,内閣及び法務大臣が定める準則により特別の事由があればその勤務の延長を可能とし,さらに,検察官一般につき,満65歳の定年を迎えた後も特別の事由があれば,内閣や法務大臣の判断により,その職務の延長を認めるものとしている。

 要するに,この検察庁法改正案は,国公法の改正目的を逸脱して,検事総長を含む検察官の職務延長を,広く,時の内閣や法務大臣の判断に委ねようとするものと言わざるを得ない。このような法改正は,独立した法の支配の砦としてあくまで平等と公平の正義を追求することが期待される検察官の職務に対して,定年の延長という「蟻の一穴」から職務の公正を蝕む「害毒」を注ぎ込むに等しいことになる。すなわち,この検察庁法改正が実現すれば,いわゆる定年延長を求めて時の政権の意向を忖度する司法運営がまかり通ることとなり,司法権独立は危機に瀕する。



4 また,検察庁法改正案の立案過程には,様々な矛盾や問題点がある。法務大臣は,210日の国会答弁で,上述の国公法第81条の23の規定が検察官に適用除外される旨の1981年当時の国会審議について,議事録の詳細は存じ上げないとした。同月12日には,人事院給与局長が法解釈は変わっていない旨を答弁した。しかし,同月13日に総理大臣が検察官の勤務延長に国公法を適用するとして解釈変更を国会で答弁した後に,法務大臣は1月後半に法解釈の変更を法務省内で「口頭決裁」した旨を,人事院給与局長は12日の答弁の言い間違いを,それぞれ弁明するに至った。以上から,そもそも131日の閣議決定は,従来の国公法及び検察庁法の解釈を十分に踏まえていない疑いがある。

さらに,検察庁法改正案について,法務省は,201910月の時点で,一般公務員の役職定年延長制度につき,公務の運営に著しい支障が生じるなどの問題は考え難いとして,検察官には必要ないものと判断していたにもかかわらず,2020年に入り,同法案に検察官の役職定年延長を可能とする規定が加えられた。この経緯に鑑みれば,同法案は,特定の検事長の勤務延長を可能とする違法な閣議決定を法形式で追認するものと言わざるを得ない。



5 目下,新型コロナウイルス感染症への対応が急務の課題となっている中,検察庁法改正案は,国公法等一部改正法案として国公法改正案等と一括して国会に上程されており,審議が十分尽くされないことが強く危惧される。



 以上の理由から,民主主義科学者協会法律部会理事会は,上記閣議決定並びに国公法及び検察庁法改正案の撤回を,断固として求めるものである。