ローザンヌ美術館はカダー・アティアKADER ATTIA展「傷者がここに」をやっていた。どこかで聞いた名前だと思いながら、中に入る。9つの部屋ごとに展示があったが、3番目の部屋の「恐怖の文化、悪魔の発明」を見ていて、思い出した。「恐怖の文化、悪魔の発明」は聞いたこともないし初めて見たが、この作風と名前を重ね合わせて、「DEMO(N)CRACY」のアティアだと思いだした。DEMOCRACYならぬDEMONCRACYというタイトルのこの作品を見たことはないが、話に聞いたことがある。そのアティアの主要作品をスイスで初めて一挙展示だ。もっとも、残念ながらDEMONCRACYは含まれていなかった。
「恐怖の文化、悪魔の発明」(2013年)は、一部屋に大きな書架が10台ほど並べてあり、多数のポスターと書籍が置いてある。書架に貼り付けられたポスターのほとんどが19世紀以後に西欧における新聞・雑誌の挿絵記事で、イスラム教徒を野蛮、暴力的、非理性的に描き出している。西欧の白人が理性的で知的で合理的な行動をしているのに、野蛮なイスラム教徒は…という構図が満載である。書架の棚には、ここ10数年の西欧における著書が並べられている。ビン・ラディンやイスラム国を批判した著書である。100年の歳月をまたいで、同じことが行われている。極端なオリエンタリズムの果てに、野蛮なイスラムを「恐怖と暴力」――悪魔として描き出す文化である。
「略奪DISPOSSESSION」(2013年)は、西欧世界が非西欧世界から略奪した文化財を取り上げ、特にキリスト教が果たした役割に焦点を当てる。バチカンが保有する8000点以上の文化財は植民地時代に宣教師たちが収集したものだという。バチカンで撮影した40点ほどの略奪文化財の写真と、歴史家や宣教師へのインタヴューの映像を並べて見せる。
「石油と砂糖」(2007年)はビデオ映像とインスタレーションから成る。映像は単純だ。真っ白な角砂糖がたくさん積み上げられている。その上から石油がそそがれ、砂糖が徐々に黒くなっていく。やがて、濡れて崩れ始める。どんどん崩れて、溶けていく。白と黒が醜く崩れ、溶け合い、無惨な様子になっていく。観客が立つ位置と、映像の間に、映像とは逆の関係で、粉の砂糖が床にまかれ、いくつも正方形に切り取られている。それだけの映像インスタレーションだ。壁の所に少し補足があって、「真っ白な角砂糖はモスクのイメージ」とあった。つまり中東のモスク、イスラムに対する、石油目当ての侵略が続いてきたことを示している。
その他、いくつもの展示があったが、消化しきれなかった。
アティアは1970年、パリ近郊の生まれだが、フランスからアルジェリアに渡り居住した時期があり、成人になってからはベネズエラとコンゴに暮らしたことがある。そうした経験から、西欧的思考と非西欧的文化の間の関係を解読する作品が多い。侵略は、侵略する側にもされる側にも傷を残す、というコンセプトの作品が第2の部屋だった。他の作品でも、無惨に崩れた顔が侵略者を表現している。歴史、傷、修復と和解を必要とする関係。2003年のヴェネチア・ビエンナーレで大きな話題になったようだ。2005年リヨン・ビエンナーレ、2012年カッセルのドクメンタ。これまでボストン、ベイルート、ベルリン、パリ、ニューヨーク、ロンドンなどで個展が開かれている。スイスでは今回が初めて。