地下鉄ピカデリー線サウスケンジントン駅から地上に出ると、八月初旬のロンドンはまぶしい光と熱が押し寄せてくる。とはいえ、尋常でない猛暑に見舞われた東京とは比べものにならない。背中のリュックサックを担ぎ直して、北へ向けて歩き出す。ほんの一ブロックも歩けば自然史博物館だ。クロムウェル通りを渡ると、科学博物館、ヴィクトリア・アルバート博物館と自然史博物館が並ぶ一区画だ。
自然史博物館には、かつて大英博物館に所蔵された世界の先住民族などの遺骨が移管された。その返還問題が浮上したのは二一世紀に入ってからのようだ。
遺骨問題の調査のためロンドンの自然史博物館を訪れたが、現在、遺骨類は展示されていない。観光客がいきなり遺骨問題について知りたいと質問しても、スタッフも困惑するだけだろう。ともあれ自然史博物館を見ておきたかった。
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ここ数年、植民地支配犯罪論と日本植民地主義批判を続けてきた。主な論文は下記。
前田朗『人道に対する罪』(青木書店、2009年)
徐勝・前田朗編『文明と野蛮を越えて――わたしたちの東アジア歴史・人権・平和
宣言』(かもがわ出版、2011年)
前田朗「序章 グローバル・ファシズムは静かに舞い降りる」木村朗・前田朗編
『21世紀のグローバル・ファシズム』(耕文社、2013年)
前田朗「植民地支配犯罪論の再検証」『法律時報』87巻10号(2015年)
前田朗「日本国憲法とレイシズム」『部落解放』744~746号(2017年)
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その到達点として、
前田朗「私たちはなぜ植民地主義者になったのか」木村朗・前田朗編『ヘイト・クライムと植民地主義』(三一書房、2018年)
前田朗「日本植民地主義法論の再検討」『法の科学』2018年号(未公刊、2018年9月予定)
を書いた。
もっとも、理論的に言えば「出発点」であって、とうてい「到達点」とは言えない。日本にまともな植民地主義批判の研究がないため、ここから始めなくてはならない。
1990年代からの戦後補償運動やポストコロニアリズムの隆盛にもかかわらず、植民地主義批判はようやく始まったばかり。植民地研究は学会さえできているが、植民地主義批判の学会はないだろう。研究会はあるし、研究者も増えているが。
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その中で、アイヌ民族と琉球民族の遺骨返還問題に出会った。アイヌ民族の墓を暴いて遺骨を盗んだ北海道大学、琉球民族の墓を暴いて遺骨を盗んだ京都大学。アイヌ民族は北海道大学に遺骨返還を求めてきたが、北海道大学はアイヌ民族を追い返し、話し合いも拒否した。このため裁判に。結果として、一部の遺骨が返還された。同様に京都大学も琉球民族の質問や要請をはねつけている。国会議員の国政調査権の行使によってようやく少し情報が判明。
上記の木村朗・前田朗編『ヘイト・クライムと植民地主義』には、清水祐二がアイヌ民族遺骨問題について、宮城隆尋が琉球民族遺骨問題について報告している。それらを受けて、下記の論文を書いた。
前田朗「日本植民地主義をいかに把握するか(一)」『さようなら!福沢諭吉』第5号(2018年)
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松島泰勝(龍谷大学教授)は琉球民族遺骨問題について精力的に調査・研究している。松島からの資料提供を受けて、アメリカのスミソニアン博物館の遺骨問題、及び先住民族の遺骨返還状況を調べて下記の論文を書いた。
前田朗「学問という名の暴力――遺骨返還問題に見る植民地主義」松島泰勝編・遺骨返還問題の本(2018年12月頃出版予定)
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アメリカのスミソニアン博物館・自然史博物館は大量の先住民族の遺骨を所蔵している。虐殺、侵略、略奪の記念碑だ。とはいえ、1990年代から法律に基づいて、調査し、返還作業を続けている。十分とは言えず、返還の遅延が指摘されているが、ともあれ先住民族への返還を進めている。これが植民地主義の克服の始まりだろう。
これに対して北海道大学は話し合いを求めるアイヌ民族を追い返した。京都大学は質問しようとする琉球民族を拒否し、わざわざ「来るな」と手紙を書いた。植民地主義者そのものである。先住民族の墓を暴いて遺骨や埋葬品を盗んだ「帝国の学問」は、北海道大学や京都大学に見事に延命している。
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イギリス、オーストラリア、カナダでも調査、研究、返還が始まっている。そこで、今回はロンドンの自然史博物館に来た。遺骨の多くはもともと大英博物館に所蔵されていたが、途中で自然史博物館に移管となり、現在はこの2つに所蔵している。他にも多くの博物館等にあるが、大英博物館と自然史博物館が中心だ。
現在、遺骨は公開されていないとのことで、見ることはできないが、ともあれ大英博物館と自然史博物館を見ておきたかった。
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大英博物館の正門から徒歩200歩の近くにあるブルムズベリー通りの小さなホテルに宿泊し、昨日は大英博物館、今日は自然史博物館。ともに巨大な博物館だ。イギリス帝国主義がいかに世界を席巻し、略奪したかがよくわかる。
イギリスの先住民族遺骨問題を少し調べてレポートを書いてきた(「週刊MDS」)。これをもとに、次の論文を書こう。