Friday, October 23, 2009

9条を生きる――ピースゾーンの思想を

*「友和」653号(2009年10月号)巻頭言

前田 朗

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転換期の期待

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 民主党圧勝による政権交代は、早くもさまざまな軋轢に直面し、意欲的な挑戦を示したり、矛盾を露呈したり、激しい揺れ動きの中にあります。

 政権発足前から予想されていたことですが、例えば、主要新聞社説に見られるように、マスコミは新政権に対してほぼ一斉に「責任」を理由として「マニフェストの見直し」を求めました。マニフェストを掲げて圧勝した政権に対して、「マニフェストの見直し」から始めるように主張するのは、議会制民主主義をわきまえない暴論ですが、マスコミは実に驚くべきそろい踏み状態です。

 また、公共事業問題でも、既に莫大な税金を支出したことを理由に「見直し政策の見直し」を求める声が突如として大きくなっています。新政権発足と同時に官僚による反撃が始まったといってもよいでしょう。新政権と官僚との綱引きまだまだ続くことでしょう。

 それ以上に重要なのは、政権発足と同時に対米姿勢の修正が始まったことです。これを「現実主義路線」と呼ぶ向きもあります。国民不在の対米屈従を「現実主義路線」と呼ぶマスコミや評論家が、果たして日本以外の諸国にいるのかどうか知りたいものです。

 国家戦略局がどうなるのか。「オバマ政権のアフガニスタン戦争」への協力問題。年金問題をめぐる厚生労働官僚との対決。警察による取調べの可視化問題。死刑急増と厳罰化の歯止めは可能か――さまざまな問題が次々と問い返されていくことでしょう。

 総選挙の結果を「革命」と呼ぶ人もいるようです。基本的な政治スタンスから言えば「革命」と呼ぶのは大げさです。それでも自民党政権がブッシュ政権の言いなりになって進めてきた新自由主義路線に一定の歯止めがかかることは確かでしょう。

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「慰安婦」問題の解決を

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これまで民主党・社会民主党が国会上程を繰り返してきた戦時性的被害女性補償法案がどうなるかも非常に注目に値します。

1990年代初頭に提起され、「慰安婦」被害女性たちの真相解明と謝罪と補償を求める闘いが始まってから、やがて20年になろうとしています。これほど長い間、アジア各地の被害女性や支援団体に具体的な展望の見えにくい運動を余儀なくさせてしまったことに申し訳ない思いをしていますが、それでも、ともかく、次の一歩が見えてきました。

鳩山首相はニューヨークで胡錦濤中国国家主席に歴史認識に関する村山談話の継承を明言しました。「慰安婦」問題の河野談話には言及していませんが、従来通りの法案の提出が期待できます。そのための市民運動も盛り上がっています。法案提出と同時に猛烈な巻き返しもあるでしょうが、一歩一歩着実に法制定を目指したいものです。

この問題では、日本友和会が国際友和会とともに国連人権機関で果たしてきた役割には特筆すべきものがあります。日本の戦争責任を明らかにし、真の和解を実現するときです。

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9条を生きるとは

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 9条についての新政権の姿勢はまだ不鮮明です。鳩山首相は改憲議員連盟の顧問ですし、改憲論議は必要だと発言してきた過去があります。

 自民党惨敗によって改憲の動きは弱まり、新政権も当面はそれどころではありません。政界では、安部政権の改憲ごり押し策動が結局は自民党の首を自分で絞めたのだとささやく声もあるので、改憲はすぐには動かないかもしれません。

 しかし、新政権が護憲であるわけではありません。自民党政権下で進められてきた有事法制をはじめとする戦争国家化にどのように歯止めをかけ、9条の理念を活かした政治を実現するかどうかは、これからの問題です。

 この間、私たちは「9条を守る」と表現してきました。しかし、「9条を守る」とは「9条に書いてある通りにする」ことであるはずなのに、今では「9条を書き換えるな」という意味だけで使われています。反戦平和運動の現場でも「9条に書いてある通りにする」という発言が抑圧されます。例えば、ある集会で、「自衛隊イラク派遣に反対する自衛隊員や家族も一緒に反対運動するのだから、自衛隊反対と言ってはいけない」と言う不可思議な決定がなされました。「現在の課題は9条改悪阻止なのだから改悪阻止の一点に絞るべきであり、それ以外のことを持ち出すのは運動の足並みを乱すものだ」と言われることもあります。「9条を守る」という言葉が、レベルの異なる二重の意味で使われているために議論が混乱することもあります。

 そこで一時、私たちは「9条を活かす」と唱えました。しかし、何をすれば「9条を活かす」ことになるのか。具体的な話になると、同じ問題が浮き上がってきます。

 しばらく悩んだ挙句、私は「9条を生きる」と主張することにしました。「私は9条を生きる。あなたもいかがですか」。

 日本国憲法9条ですから、日本政府に守らせなければなりません。そのための平和運動・護憲運動にはもちろん長い歴史があり、重要な取組みがあります。しかし、現実には政府に守らせることができていません。もちろん、平和運動はあきらめずに努力を続けるわけですが、同時に「9条を生きる」ことを考えたい。

個人レベルで「私は9条を生きる」。心の武装解除であり、思想としての非武装・非暴力です。

地域においては、9条の理念を活かしてピースゾーンをつくる。オーランド諸島の非武装中立や、世界に27カ国もある「軍隊のない国家」に学ぶこともできます(前田朗『軍隊のない国家』参照)。日本型ピースゾーンとしての無防備地域宣言運動が各地に広がっています。

政府に9条を守らせる運動も、昨年のイラク自衛隊派遣違憲訴訟名古屋高裁判決のような成果を獲得しています。

9条を世界に広げる運動も多彩に展開されています。「9条世界会議」は画期的な試みとなりました。

こうしたさまざまな取組みを「9条を生きる」という観点で繋ぎ、ピースゾーンの思想を紡ぎ直し、平和運動に連なっていきたいと思います(雑誌『マスコミ市民』10月号より、連載「9条を生きる」を始めます)。