Tuesday, January 19, 2010

ヘイト・クライム(16)

雑誌「統一評論」532号(2010年2月)

ヒューマン・ライツ再入門⑭

レイシズムとヘイト・クライム

京都朝鮮学校事件

 インターネット上でうごめいてきた人種差別が溢れ出してきた。

ネット上の掲示板やMLには人種差別が蔓延していると指摘されて久しい。国際人権機関でも、ネット上の人種差別問題と、ネット上での人種差別を克服する教育の普及を課題として掲げてきた。日本でも同様のことが唱えられてきたが、差別が現実世界に躍り出てきた。ネット上で差別と排除の共同行動が呼びかけられ、集った「市民」が少数者に暴力的に襲いかかり始めた。

二〇〇九年一二月四日、人種差別集団が京都朝鮮第一初級学校に押しかけ、「朝鮮学校が公園を不法占拠している」という言いがかりをもとに、聞くに堪えない差別的な暴言を撒き散らし、教員や子どもたちを恫喝・脅迫する許しがたい差別行為を行った。「差別されている朝鮮人は日本から出て行け」「スパイの子ども」「朝鮮学校はテロリスト養成機関」などと執拗に差別と脅迫を繰り返し、威力業務妨害罪や器物損壊罪に当たると思われる行為もしている。運動場を持たない朝鮮学校は、市当局の許可のもとに半世紀にわたって公園を利用してきた。その間、周辺住民からの苦情はなかった。ところが、人種差別集団は「不法占拠」と大騒ぎしたのである。
 この日、同校では、京都第一、第二、第三、 および滋賀の初級学校の子どもたちが集まって交流会を行なっていた。大音量で侮辱的な暴言を浴びせられ、 不安をつのらせ、泣き出す子どもまでいて、 交流会場はパニック状態になってしまった。民族差別と同時に、教育の場に押しかけて大騒ぎする、子どもの権利条約の精神を踏みにじる行為である。一二月二一日、学校側は右翼集団に対する告訴状を京都府警に提出した。

 この人種差別集団は、自分たちの活動を写真や映像に収めて、ウェブサイトに掲載している。ウェブサイトには、現場で怒鳴り散らしたのと同様の暴言が山のように並べられている。人種差別や暴力行為を自慢する異常な集団である。

差別と暴力

 二〇〇九年に各地で差別と暴力を撒き散らしたのは、「在日特権を許さない会(在特会)」をはじめとする団体で、ネット右翼だけではなく、これに刺激を受けた既成右翼も行動をともにしているようだ。最近話題になった他の事例も確認しておこう。

①カルデロン事件。二〇〇九年二月、日本政府が、在留期限のすぎた外国人を子どもから引き離し家族を破壊して退去強制する暴挙に出た際、退去強制を支持するデモ行進を行い、子どもが通う中学校にまで押しかけて騒ぎ、これに抗議した市民と暴力沙汰を惹き起こした。

②三鷹事件。八月、三鷹市(東京)における日本軍性奴隷制(「慰安婦」)問題の報告集会に対して横槍をいれ、会場前に押しかけて出入りを妨害し、集会を妨害した。

③秋葉原事件。九月、秋葉原(東京)において外国人排除をアピールするデモ行進を行い、反対意見のプラカードをもった市民に襲いかかり暴行を加えた。

④朝鮮大学校事件。一一月、在日朝鮮人が長年にわたる努力で建設・維持してきた朝鮮大学校に押しかけて差別的言辞を吐いて侮辱し嫌がらせをした。朝鮮大学校の学園祭にも押しかけて妨害行為を行なった。

⑤名古屋市立博物館事件。一二月、博物館における日韓歴史展示に抗議して、館内に押し入って巨大な日の丸などを持って内部で騒いで展示を妨害した。

⑥ウトロ事件。一二月、戦後半世紀を越えて在住する朝鮮人と土地所有者の間の解決を覆し、朝鮮人を追い出そうと激しい非難を浴びせた。自衛隊基地に向かって拡声器で「朝鮮人を銃撃してください」と叫ぶ有様だったという。

従来の右翼団体の活動との違いは、第一に、インターネットを駆使して宣伝を行い、参加者を募り、活動報告も行っていること、第二に、「行動する保守」というスローガンで、法律を無視し人権侵害を惹き起こす「直接行動」に出ていることである。

在特会は、ネット上での言論活動や、講演会、街頭宣伝など多彩な取組みをしているが、時に暴力行動に出る。しかも、自分たちの暴力行為を収めた映像を堂々とネット上に掲載している。

在特会とは、「在日韓国人・朝鮮人(以下、在日)問題を広く一般に提起し、在日を特権的に扱う、いわゆる在日特権を無くすことを目的とする」団体である(会則四条)。事業は、講演会・勉強会の開催や調査・研究となっているが、「その他、当会の目的達成に必要なことを行う」(会則五条四)とあり、暴力活動もこれに含まれるのかもしれない。会員は七五四〇人である(同会ウェブサイト、二〇〇九年一二月二六日現在)。もっとも、これはネット上でアクセスした数であり、実際の行動メンバーがこれだけいるわけではない。在特会は次のような主張をしている。

在日特権を許さないこと極めて単純ですが、これが会の設立目的です。では在日特権とは何か?と問われれば、何より『特別永住資格』が挙げられます。これは一九九九年に施行された『入管特例法』を根拠に、旧日本国民であった韓国人や朝鮮人などを対象に与えられた特権です。在日特権の根幹である入管特例法を廃止し、在日をほかの外国人と平等に扱うことを目指すことが在特会の究極的な目標です。しかしながら、過去の誤った歴史認識に基づき『日帝の被害者』『かわいそうな在日』という妄想がいまだに払拭されていない日本社会では、在日韓国人・朝鮮人を特別に扱う社会的暗黙の了解が存在しているのも事実です」(同会ウェブサイトより)。

 歴史の全体像を見ようとせず、都合のよい部分だけをつまみ食いして、ご都合主義的に恣意的な「解釈」を加えて「在日特権」なる言葉を作り出し、この立場から、在日朝鮮人をはじめとする人々に襲いかかり、差別と暴力を撒き散らしている。

 二〇〇九年になって、このような異常な人種差別集団がなぜ活性化してきたのかは、より慎重な分析をする必要があるが、すでに指摘されているように、不況と時代閉塞の状況が根底にあることは見ておかなければならない。長引く不況で就職できない若者の声が「希望は戦争」と表現されているように、脱出路は戦争、差別、排外主義に求められている。

 かつて戦争や植民地支配によって利益を得たと思ったのが支配層だけではなかったように、グローバリゼーションに便乗して利益を得るのも支配層だけではない。まして国際競争から脱落する危険と不安に苛まれている日本の市民が、ナショナリズムと排外主義に転じるのは容易なことである。「守られるべき主体」に自らを加工=仮構する市民の安逸こそが差別の現実的根拠であるかもしれない(前田朗「ヘイト・クライムの現在」『無罪!』二〇〇九年一一月号)。

レイシズムをはぐくむ社会状況

 在特会をめぐる最近の動向を見ていて気づく点を確認しておこう。

 第一に、秋葉原の事例が典型だが、在特会の暴力行為を、警察が漫然と見逃していることである。伝聞情報であるが、行き過ぎた暴力のないように間に割ってはいることもあるが、暴力行為の瞬間にはニヤニヤ笑って見ている警官が複数いたという話を聞いた。在特会は自分たちの暴力活動映像をネット上に掲載している。しかし、警察が捜査に動いたという話は聞いたことがない。在特会と警察の間に連携があるとは言わないまでも、警察が彼らの暴力を黙認してきたのは事実だろう。

 第二に、マスメディアである。ネット上では、在特会の暴力が速報され、抗議声明なども出されてきたが、マスメディアの姿勢には不可解な例が散見される。三鷹の事例では比較的よく報道されたが、他の事例ではそうとはいえない。朝日新聞などは在特会会長の発言を一面記事で紹介しているほどである。「両論併記」の形をとれば、ヘイト・クライム集団を持ち上げても平気という編集姿勢だ。

このように在特会はすでに警察とマスメディアによって暴力活動の自由を半ば保障されている。

 思い起こす必要があるのは、日本には人種差別禁止法がないことだ。「ヘイト・クライムは日本では犯罪ではない」のだ。二〇〇一年、人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して人種差別禁止法の制定を勧告した。二〇〇五年、国連人権委員会の人種差別に関する特別報告者は、「日本政府は、自ら批准した人種差別撤廃条約第四条に従って、人種差別や外国人排斥を容認したり助長するような公務員の発言に対しては、断固として非難し、反対するべきである」と、人種差別禁止法を制定すること、国内人権委員会を設立することなど多くの勧告を行なった。二〇〇八年、国連人権理事会は日本政府に対して人種差別等の撤廃のために措置を講じるよう勧告した。

ところが、日本政府は「日本には深刻な人種差別はないから禁止法は必要ない」とか、「表現の自由があるから人種差別の処罰は困難である」と述べて世界を驚かせた。「人種差別表現の自由」を主張したのである。この姿勢に基本的な変化はなく、二〇一〇年春に予定されている人種差別撤廃委員会への日本政府報告書は、やはり人種差別禁止法の制定に否定的である。マスメディアも人種差別禁止法のキャンペーンどころか、ヘイト・クライム団体を持ち上げている有様である。

 それでは自由・平等・連帯の担い手たるべき市民はどうか。異分子や外国人を差別し排除してきたのは、実は警察やマスメディアだけではないし、政府主導とばかりいえないかもしれない。市民こそが自分たちの安全・安心を求めて、朝鮮人を差別することに自分たちの利益を見出してきたからである。市民は差別の防波堤になる場合もあるが、時に差別と迫害の主犯となることもある。傍観者となることもある。そこに在特会の忍び寄る隙間がある。

市民の抗議集会

 他方、激化するヘイト・クライムに眉をひそめ、ただちに抗議集会に取り組んだ市民もいる。京都事件に関する緊急抗議集会が各地で取り組まれた。同月一九日には東京、二二日には地元・京都、二三日は大阪で相次いで抗議集会が開催され、いずれも短期間の準備にもかかわらず、会場に多くの市民が駆けつけた。

一九日の在日朝鮮人・人権セミナー主催「民族差別を許すな! 京都朝鮮学校襲撃事件を問う」東京集会は次のように呼びかけた。

「このような人種主義的、差別的行為を決して許してはなりません。ところが、警備の要請を受けて出動した警察官も、人種差別団体をきちんと規制しようとせず、好き放題にさせました。同様のことは、これまでも暴力・脅迫活動の各所で見られました。三鷹でも秋葉原でもウトロでも、この差別団体は警察の事実上の容認を得て、ますます過激な行動に出るようになっています。この問題は、単に一部の異常な排外主義集団だけの問題ではなく、それを許している日本政府および日本社会全体の問題ではないでしょうか。私たちはこのような差別と犯罪を許すことなく、全国各地で心ある人々が声を上げる時だと考えます。沈黙すべきではありません。」

 集会では、まず京都事件の映像が上映された。ネット上には右翼集団の宣伝映像が掲載されており、酷い差別発言を確認できる。脅迫、恫喝、蔑視発言の連発だが、隠すそぶりがないどころか、堂々と宣伝している始末だ。

 続いて、京都朝鮮学校校長から現地報告がなされた。公園使用は市の許可を得ていて「不法占拠」ではないこと、子どもたちが脅えて泣き出したことなど具体的な様子が報告された。右翼は「また来るぞ」と言っているので、今後も要警戒である。

 次にヘイト・クライム(憎悪犯罪)について筆者が報告した。犯罪右翼集団の活動状況を概括した上で、これがヘイト・クライムに当たること、人種差別禁止法を制定し、このような差別と犯罪を規制する必要性を確認した。

 会場発言の後、床井茂(弁護士、人権セミナー実行委員長)が、差別と迫害を許さないために日本人としてなすべきことを呼びかけて集会を終了した(前田朗「水晶の夜を迎えないために」『月刊社会民主』二〇一〇年二月号予定)。

 同月二三日には、在日朝鮮人・人権セミナー主催で大阪集会も開催された。東京集会と同様に、映像上映に続き、朝鮮学校校長の報告、筆者の報告(ヘイト・クライムの現状、および人種差別禁止法の必要性)、会場発言、そして武村二三夫(弁護士)によるまとめの発言がなされた。ヘイト・クライムを許さないために市民が連帯して取り組みを進める必要性が確認された(前田朗「激化するヘイト・クライム」『救援』二〇一〇年一月号予定)。

 メディアの様子にも変化が見られる。先に見たように、「朝日新聞」は人種差別集団の代表者をなんと一面に写真つきで紹介し、勝手な主張を述べさせている。異なる意見も並べて両論併記ならレイシズムに加担してもかまわないという姿勢だ。

 これに対して、一二月一八日、「東京新聞」は、「外国人いじめ不満はけ口」という見出しのもと、「不法占拠」というのは事実に反する言いがかりにすぎないことを指摘し、「一橋大の鵜飼哲教授(仏文学・社会思想)は『公園使用への抗議というのは言い掛かりだろう。日本の民族運動を提唱する人々のようだが、もはや単なる外国人嫌いにしかみえない』と語る」とし、さらに「女子学生のチマ・チョゴリ切り裂き事件は個人単位だったが、今回は組織された人々が公然と授業中の学校に押しかけており、危険な兆候だ」という言葉を引用紹介している。

 さらに、一二月二二日、「共同通信」は、「在特会の行動は朝鮮学校を標的とした悪質な嫌がらせとしか思えない。保護者の一人は『これまで日本に生きてきて、これほどの侮辱を受けたことはない』と憤りをメールにつづっている。そもそも在日韓国・朝鮮人の特別永住者が日本人より優遇されている『特権』などない。むしろ、就職や結婚などをめぐる隠然とした差別が日本には存在し続けている。在日外国人に対する差別や偏見に満ちた言葉はネットの巨大掲示板『2ちゃんねる』などにもさかんに書き込まれている。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)によると、チマ・チョゴリを着た女生徒が路上で罵声を浴びるなど日本人拉致問題を理由とした在日韓国・朝鮮人に対する嫌がらせは近年、増える傾向にあるという。カナダ、ドイツなどでは人種・民族などをめぐる差別をあおる言葉を公然と口にすれば『憎悪犯罪』として刑事罰の対象になる。米国でもオバマ政権成立後、法規制は強化され、同性愛者への差別も憎悪犯罪に加える法改正が一〇月に行われた」と指摘している。

 こうした世論を盛り上げて、レイシズムに警戒し、ヘイト・クライムを許さない取り組みが必要だ。

人種差別禁止法の必要性

 先に述べたように、日本ではヘイト・クライムが犯罪とされていない。

 しかし、最近の人種差別禁止法をめぐる議論のように、より具体的な議論が始まっており、そこでは、刑事規制を必要とする具体的な立法事実があるのか否か。他に採るべき、より制限的でない手段はないのか。刑事規制立法を行うとして、それはいかなる射程で、いかなる行為を規制しようとするのか。さまざまな議論が始まっている。人種差別表現、ヘイト・クライムについては、いくつかの民間の提案が作成・公表されてきた(前田朗「人種差別の刑事規制について」『法と民主主義』四三五号、二〇〇九年)。

二〇〇一年には人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会における日本政府報告書の審査においても、人種差別禁止法の制定が勧告された。さらに、二〇〇五年には、国連人権委員会のドゥドゥ・ディエン人種差別問題特別報告者が日本政府に対して人種差別禁止法の制定を呼びかけている。

人種差別撤廃条約第二条一項は「締約国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する」と定めている、日本政府は条約を批准している。

 さらに、人種差別撤廃条約第四条本文は、「締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う」と定めている。

 ヘイト・クライムにもさまざまな行為類型があるが、ここでは最低限必要な限度で、四つの類型を整理しておこう(前田朗「ヘイト・クライム(憎悪犯罪)」『救援』四四八~四五二号参照)。

 第一は、差別と迫害の「発言」の禁止である。人種差別撤廃条約第四条(a)は、次のように定めている。「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。」加えて、ジェノサイド条約や国際刑事裁判所規程は、ジェノサイドの直接かつ公然の教唆を独立の犯罪としている。これらは表現の自由の問題ではなく、犯罪である。

 第二は、人種差別的動機による暴力行為や、人種差別的発言を伴う暴力行為である。これは右の第一に含まれるのだが、ここではあえて区別してみておく。人種差別的な動機を持って他者に暴行を加えた場合、単なる暴行罪ではなく、「人種差別的動機による暴行罪」とするべきである。西欧諸国、北欧諸国にはこうした立法例がある。純粋な言論表現行為ではなく、暴力を伴う表現行為は刑罰が加重される。

 第三は、「アウシュヴィッツの嘘」罪である。ドイツ刑法に典型的だが、「アウシュヴィッツにガス室はなかった」といった歴史修正主義発言を犯罪とするものである。「アウシュヴィッツにガス室はなかった」と単純に事実を否定するのが「単純なアウシュヴィッツの嘘」罪である。「アウシュヴィッツにガス室があるというのは、ユダヤ人がドイツ人を貶めるための陰謀だ」といった類の発言は「重大なアウシュヴィッツの嘘」罪となり、刑罰が加重される。

第四は、人種差別団体の規制である。人種差別撤廃条約第四条(b)は、「人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること」と定めている。

 日本政府は人種差別撤廃条約第四条(a)(b)を留保しているため、日本ではこの条項を適用できない。日本政府は、人種差別行為を規制することは日本国憲法が保障する表現の自由に抵触するという異様な主張をしている。

 一二月二三日の大阪集会における参加者発言によると、生野(大阪)において右翼団体が朝鮮人差別と迫害の発言を続けたのに対して、通行人が差別発言をやめるように指摘したところ、警察官が「表現の自由だ」と応えたという。

 これに対して、人種差別撤廃委員会や、ドゥドゥ・ディエン人種差別問題特別報告者は、留保を撤回して、人種差別犯罪を取り締まるように日本政府に勧告している。表現の自由と人種差別は別物である。「人種差別表現の自由」などというものは、日本政府の捏造に過ぎない。そこまでして人種差別に肩入れする理由がわからない。日本の市民団体や弁護士会なども人種差別禁止法の制定を視野に入れて調査・研究・提言を行っている。

 二〇一〇年二月~三月に開催される人種差別撤廃委員会で、九年ぶりに日本政府報告書の審査が行われる。二〇〇一年の審査の結果として日本政府に出された勧告と同様の勧告が期待される。

  日本政府報告書は、二〇〇八年一二月に提出されたもので、日本におけるヘイト・クライムの実情を反映していない。人種差別禁止法についても否定的である。全体として後ろ向きの姿勢に変化がない。

 人種差別問題に取り組んできたNGOは、すでにNGOレポートを用意している。また、人種差別撤廃委員会から事前に日本政府に対して出された質問項目についても、NGOからさらなる情報提供を行う準備をしている。

 今回の日本政府報告書審査を通じて、日本における人種主義と人種差別の実態を徹底的に明らかにし、人種差別の規制、とりわけ人種差別禁止法の必要性を再確認したいものだ。また、二〇一〇年は韓国併合百周年であり、さまざまな企画が準備されている。差別と迫害を許さない取組みを第一に掲げる必要がある。