Wednesday, January 13, 2010

強制連行は人道に対する罪(1)

雑誌「統一評論」530号(2009年12月)

*

ヒューマン・ライツ再入門⑫

*

*

「慰安婦」問題の議論

*

 今回は国際法における強制連行概念を検証するために、「人道に対する罪としての追放・強制移送」を取り上げる。その問題意識は次の通りである。

 日本軍性奴隷制(「慰安婦」)問題をめぐる議論は、一九九〇年代初頭以来二〇年になるというのに、法理論的検討が十分になされたとはいえない。各地の裁判所における「慰安婦」訴訟の闘いがあり、弁護団の精力的な努力があり、国連人権機関での議論と勧告も相次いだが、いまだ手薄な法理論分野を補う必要がある。

 「慰安婦」強制連行が日本刑法における国外移送目的誘拐罪にあたることはすでに明らかにした(本連載⑩)。

 国際人道・人権法領域に目を転じると、奴隷の禁止、強制労働条約違反、醜業条約違反、戦争犯罪、人道に対する罪についての検討が積み重ねられてきた。その基本部分は、国連人権委員会のラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」報告書、国連人権小委員会のゲイ・マクドゥーガル「戦時性奴隷制特別報告者」報告書、二〇〇〇年に開催された女性国際戦犯法廷判決(二〇〇一年のハーグ判決)などですでに確立していた。軍隊性奴隷制、戦時性奴隷制の法概念が明確になった。自由権規約委員会(本連載①)、国連人権理事会の普遍的定期審査(本連載③)、女性差別撤廃委員会(本連載⑪)の諸勧告も、こうした議論の成果である。

 こうして見ると、人道に対する罪については、奴隷制、性奴隷制に力点が置かれていることがわかる。

 他方、「人道に対する罪としての追放・強制移送」についての研究はまだ手薄ではないだろうか。「慰安婦」強制連行をめぐって議論が百出したにもかかわらず、「人道に対する罪としての追放・強制移送」についての研究がさほど見られないのはなぜであろうか。奴隷制の解明に力が注がれたためであろうか。

 「慰安婦」被害は、強制連行、人身売買、国外移送目的誘拐、暴行・傷害、脅迫、監禁、奴隷制・性奴隷制、強制労働、強制売春など数々の複合的な犯罪によって生じている。

その中で、強制連行をめぐる議論は長期にわたってえんえんと論じられたにもかかわらず、実は「強制連行」概念の解明には向かわなかった。

奴隷制には、「奴隷」だけではなく「奴隷取引」が含まれる。また、強制連行・強制労働をめぐって強制連行も議論の対象となったが、悲惨で劣悪な労働条件に注目があつまり、強制連行概念の確立には至っていないように見える。

*

日弁連勧告

*

 強制連行を人道に対する罪の観点で考察した例もある。

例えば、二〇〇二年一〇月二五日の日本弁護士連合会の「朝鮮人強制連行・強制労働被害者人権救済申立事件調査報告書」は、長野県天竜村の平岡発電所建設現場への強制連行・強制労働事件について、強制労働条約(ILO二九号条約)、奴隷条約及び国際慣習法としての奴隷制の禁止について検討した上で、さらに「人道に対する罪」にあたる行為であるとする長いが引用しておこう。

(1)『人道に対する罪』は、第二次世界戦後ニュールンベルク国際軍事裁判所条例及び極東軍事裁判所条例において初めて実定化された戦争犯罪である。

(2)ニュールンベルク国際軍事裁判所条例第項(c)は、『人道に対する罪』を次のように定義している。

『戦争前または戦争中の全ての一般人民に対する殺人、絶滅的な大量殺人、奴隷化、強制的移動その他の非人道的行為、若しくは犯罪の行われた国の国内法に違反すると否とに関わらず、本裁判所の管轄に属するいずれかの犯罪の遂行のために行われ、またはこれに関連して行われたところの、政治的・人種的又は宗教的理由に基づく迫害行為』

 また、極東軍事裁判所条例第項(c)も『宗教的』という語を除いただけで上記文言と同じである。

 一九四六一二一一日の国連総会決議は、『ニュールンベルク裁判所条例及び当該裁判所判決で認められた国際法の諸原則を再確認』し、これらの諸原則はその後定式化され、一九五〇年の国連総会に報告されている。

 (3)極東軍事裁判所条例第項(c)は、中国人強制連行に関する軍事法廷において適用されている。

 すなわち、秋田県花岡の中国人強制連行に関する軍事法廷(横浜第軍司令部)では、中国人強制連行事件の弁護人からの再審理中立に対し、つぎのような意見で立を退けている。

 『弁護人は、この収容所における中国人は、自由契約戦争労働者であるという理由で、裁判所の管轄権に再度疑問を投げかけようとしている。前掲一九四五一二五日連合国司令部書簡パラグラフ2、b(1)(c)は、絶滅的な大量殺人、奴隷化、強制的移動その他の民間住民に対する非人道的行為・・・の犯罪に関する管轄権を定めている。』(一九四九日付法務部長再審査書八二頁)

 このことは、強制連行事案に『人道に対する罪』が適用され得ることを現わしている。

(4)前記認定した事実に照らすならば、本件強制連行及び強制労働は、上記一般人民に対する非人道的行為であることは明らかであるから、上記『人道に対する罪』に違反する人権侵害行為であるといえる。

 以上が日弁連調査報告書における人道に対する罪に関する記述である。朝鮮人強制連行・強制労働が人道に対する罪にあたることが端的に確認されている。正当な見解である。

 もっとも、人道に対する罪の法解釈が具体的に展開されているわけではない。

 第一に、日弁連報告書は「人道に対する罪」という一つの犯罪類型を前提としているように見える。しかし、人道に対する罪としての殺人、人道に対する罪としての奴隷化、人道に対する罪としての迫害は、それぞれ独立の犯罪であり、人道に対する罪としての追放・強制移送も独立の犯罪である。それゆえ、個別の成立要件の解釈が施される必要がある。

 第二に、人道に対する罪の基本性格を特徴付ける要素の検討もなされていない。日弁連報告書が引用しているニュルンベルク条例で言えば、「本裁判所の管轄に属するいずれかの犯罪の遂行のために行われ、またはこれに関連して行われたところの」とある点に関わる検討である。ここに「いずれかの犯罪」とあるのは、通例の戦争犯罪と平和に対する罪のことである。これらとの関連性が人道に対する罪の成立要件に加えられている。他方、国際刑事裁判所(ICC)規程で言えば、「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として」とある。こうした「敷居要件」の解釈を踏まえないと、人道に対する罪の成否を確定できない。

*

人道に対する罪

*

 「人道に対する罪としての追放・強制移送」の法解釈を明らかにするためには、第一に「人道に対する罪」の法解釈、第二に「強制移送」の法解釈を行う必要がある。

 まず、人道に対する罪である(人道に対する罪の歴史、条文の形成過程、基本的性格については、前田朗『戦争犯罪論』青木書店、同『民衆法廷の思想』現代人文社、同『人道に対する罪』青木書店など参照)。

一九九八年の国際刑事裁判所(ICC規程第七条第一項は、人道に対する罪について次のように規定する。

*

1 この規程の適用上、「人道に対する犯罪」とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。

(a)殺人

(b)絶滅させる行為

(c)奴隷化すること。

(d)住民の追放又は強制移送

(e)国際法の基本的な規則に違反する拘禁その他の身体的な自由の著しいはく奪

(f)拷問

(g) 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力であってこれらと同等の重大性を有するもの

(h)政治的、人種的、国民的、民族的、文化的又は宗教的な理由、3に定義する性に係る理由その他国際法の下で許容されないことが普遍的に認められている理由に基づく特定の集団又は共同体に対する迫害であって、この1に掲げる行為又は裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪を伴うもの

(i)人の強制失踪

(j)アパルトヘイト犯罪

(k)その他の同様の性質を有する非人道的な行為であって、身体又は心身の健康に対して故意に重い苦痛を与え、又は重大な傷害を加えるもの

*

従来「人道に対する罪」の訳語が定着していたが、日本政府訳=公定訳は「人道に対する犯罪」としている。不適切な訳語であるが、今後は「人道に対する犯罪」が用いられることになる。

 「慰安婦」問題は右の規定の(f)(g)(i)にも関連するが、「(d)住民の追放又は強制移送」が本稿の直接の対象である。だが、その前に冒頭の「敷居規定」の「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為」の部分を検討しておかなければならない。人道に対する罪の基本性格が示されているからである。順に見ておこう。

 第一に「文民たる住民」である。ニュルンベルク憲章では「全て一般人民」となっている。軍隊構成員と文民たる住民の区別は国際慣習法で確立している。文民たる住民とその財産は、紛争時における加害から保護されなければならない。一九七七年のジュネーヴ諸条約第一追加議定書第四八条以下の諸規定が、文民保護を定めている。一九九三年の旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷(ICTY規程第五条は、人種、国籍、宗教などにかかわりなく、文民たる住民に対する犯罪としている。一九九四年のルワンダ国際刑事法廷(ICTR規程第三条は、文民たる住民は国民、政治、民族、人種又は宗教的理由、それゆえ差別的理由で攻撃されたことを要するとしている。文民には非戦闘員だけではなく、敵対行為にかかわらなくなった元戦闘員も含まれる。

 第二に「攻撃」である。ICC規程第七条第二項は(a)『文民たる住民に対する攻撃』とは、そのような攻撃を行うとの国若しくは組織の政策に従い又は当該政策を推進するため、文民たる住民に対して1に掲げる行為を多重的に行うことを含む一連の行為をいう」と述べる。二〇〇一年二月二二日クナラッチ事件ICTY判決によると、まず、攻撃がなければならない。実行行為がその攻撃の一部でなければならない。攻撃が文民たる住民に向けられていなければならない。攻撃が広範又は組織的でなければならない。実行者が、自己の行為が行われている文脈を知り、自己の行為が攻撃の一部であることを知っていなければならない。判決は「暴力行為の実行を含む一連の行為」としての攻撃を取り上げている。「一連の行為」とは、一定の時間に多くの行為が行われたことであり、単独の行為は含まれない。しかし、攻撃が文民たる住民に対する広範又は組織的な作戦の一部である場合、個人に対する単発の暴力行為も人道に対する罪となる。攻撃は必ずしも積極的物理的攻撃とは限らない。収容政策、アパルトヘイト、追放、差別は、暴力的でない行為の場合もありうる。暴力なのだが。

 第三に「広範又は組織的な攻撃」である。ICTY、ICTRおよびICC規程のもとでは、現実に集団が破壊されたことは必要ではなく、広範又は組織的な暴力政策がとられたことがポイントである。ICTR規程第三条やICC規程第七条と違って、ICTY規程第五条には「広範又は組織的な」という言葉がないが、これは必須要素である。一九九八年九月二日アカイェス事件ICTR判決によると、大きな、数多くの、大規模行為が多数の被害者に向けられたことが必要である。人道に対する罪は通常は国家やその他の組織集団によって行われる。政府の政策や計画によらない自然発生的行為は人道に対する罪には当たらない。二〇〇一年二月二二日コルディチ事件ICTY判決は、計画や政策の存在を不可欠と見ているが、二〇〇二年三月一五日クルノジェラッチ事件ICTY判決は、政策や計画は必ずしも国際慣習法上の要素ではないとしている。

 以上の要件を満たして行われた殺人、せん滅、追放・強制移送、迫害、拷問、アパルトヘイトなどが人道に対する罪に当たる。

*

追放

*

 次に、人道に対する罪としての追放・強制移送の歴史と成立要件を検討しよう。ICC規程採択後いち早く公刊された注釈書、オットー・トリフテラー編『ICCローマ規程注釈書』(ノモス出版、一九九九年)で人道に対する罪を執筆担当したクリストファー・ホールによると、「住民の追放又は強制移送(deportation or forcible transfer of population)」は、次のように説明されている。

 この用語は、国際法においてつねに使用されてきたわけではないが、両者を次のように区別すべきことは共有されている。追放は「人々をある国から他の国へ強制的に移動させること」、強制移送は「人々を同じ国のある地域から他の地域へ強制的に移動させること」である。ICC規程は追放と強制移送を明示的に区別していないが、この区別は一般的に共有されている。国境を越えたか否かという点では、越えても越えなくても、いずれも人道に対する罪にあたる。

 追放が最初に問題となったのは第一次世界大戦であり、国家や占領地域から外国人や自国民を追放(expulsion)することが国際非難を呼び起こした。ギリシアとトルコの間の強制住民交換がローザンヌ条約によって実際に求められた。当時はアルメニア・ジェノサイドも生じており、住民の追放が国際問題となっていた。第二次大戦直後、連合国も、東欧および中欧諸国からドイツ民族、ドイツ国民の追放を認めた。しかし、ニュルンベルク憲章採択以来、追放が禁止され、自国民や外国人を国境を越えて強制的に追放することは、国家領土でも占領地域でも人道に対する罪とみなされるようになった。

 追放・強制移送を人道に対する罪とした国際規範としては、ニュルンベルク憲章(条例)第六条(c)、連合国管理委員会規則第一〇号第二条一項(c)、東京裁判憲章(条例)第五条(c)、ニュルンベルク原則第六原則(c)、一九五四年の人類の平和と安全に対する罪の法典草案第二条一項、一九七三年のアパルトヘイト条約第二条(c)、一九九三年のICTY規程第五条(d)、一九九四年のICTR規程第三条(d)、一九九六年の人類の平和と安全に対する罪の法典草案第一八条(g)がある。

国際人権文書も、国民の追放が国際法に違反する条件を定義している。

世界人権宣言第九条「何人も、ほしいままに逮捕、拘禁、又は追放されることはない」。

同第一三条「すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する。2.すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する」。

同第一五条「すべて人は、国籍をもつ権利を有する。2.何人も、ほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない」。

国際自由権規約第一二条四項「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」。

 欧州人権条約第四議定書第三条、米州人権条約第二〇条、第二二条五項、アフリカ人権憲章第一二条二項も同様の趣旨の規定を有する。

次の規定は外国人の追放も禁止している。国際自由権規約第一三条「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。国の安全のためのやむを得ない理由がある場合を除くほか、当該外国人は、自己の追放に反対する理由を提示すること及び権限のある機関又はその機関が特に指名する者によって自己の事案が審査されることが認められるものとし、この為にその機関又はその者に対する代理人の出頭が認められる

 欧州人権条約第四議定書、米州人権規約第二二条六項、アフリカ人権憲章第一二条四項、五項なども同様である。

*

強制移送

*

 強制移送を禁止した国際文書は、一九一九年の平和会議報告書と一九七三年のアパルトヘイト条約であり、同じ国家内での住民の強制移送を人道に対する罪としている。

 同様に、国内移送は、限られた条件のもとでの一時的なものを除いて、国際人道法のもとで禁止されている。

 ジュネーヴ諸条約第四条約第四九条は、長いが全文引用しておこう。「1.被保護者を占領地域から占領国の領域に又は占領されていると占領されていないとを問わず他の国の領域に、個人的若しくは集団的に強制移送し、又は追放することは、その理由のいかんを問わず、禁止する。2.もっとも、占領国は、住民の安全又は軍事上の理由のため必要とされるときは、一定の区域の全部又は一部の立ちのきを実施することができる。この立ちのきは、物的理由のためやむを得ない場合を除く外、被保護者を占領地城の境界外に移送するものであってはならない。こうして立ちのかされた者は、当該地区における敵対行為が終了した後すみやかに、各自の家庭に送還されるものとする。3.前記の移送又は立ちのきを実施する占領国は、できる限り、被保護者を受け入れる適当な施股を設けること、その移転が衛生、保健、安全及び給食について満足すべき条件で行われること並びに同一家族の構成員が離散しないことを確保しなければならない。4.移送及び立ちのきを実施するときは、直ちに、利益保護国に対し、その移送及び立ちのきについて通知しなければならない。5.占領国は、住民の安全又は緊急の軍事上の理由のため必要とされる場合を除く外、戦争の危険に特にさらされている地区に被保護者を抑留してはならない。6.占領国は、その占領している地域へ自国の文民の一部を追放し、又は移送してはならない。

 さらに、ジュネーヴ諸条約第二選択議定書第一七条一項は次のように規定する。「文民たる住民の移動は、その文民の安全又は絶対的な軍事上の理由のために必要とされる場合を除くほか、紛争に関連する理由で命令してはならない。そのような移動を実施しなければならない場合には、文民たる住民が住居、衛生、保健、安全及び栄養について満足すべき条件で受け入れられるよう、すべての可能な措置がとられなければならない。」

フランシス・デン国連事務総局代表が準備した「国内移送に関するガイド諸原則」は、領土内での人の恣意的移送を禁止している。その第七原則と第八原則は、国際法によって移送が許される場合についても、守られるべき安全措置を明示している。

さらに、次の諸規定がある。

世界人権宣言第一三条一項「すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する

国際自由権規約第一二条一項「合法的にいずれかの国の領域内にいるすべての者は、当該領域内において、移動の自由及び居住の自由についての権利を有する

同条三項「1及びの権利は、いかなる制限も受けない。ただし、その制限が、法律で定められ、国の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の権利及び自由を保護するために必要であり、かつ、この規約において認められる他の権利と両立するものである場合は、この限りでない

欧州人権条約第四議定書第二条一項、三項、米州人権条約第二二条一項、三項、四項も同様である。

*

国内移送も国際犯罪

*

 以上のように、追放と強制移送は、国際法に違反する重大な犯罪であり、人道に対する罪として位置づけられている。その成立要件を見ていこう。

 ICC規程第七条第二項は(d)『住民の追放又は強制移送』とは、国際法の下で許容されている理由によることなく、退去その他の強制的な行為により、合法的に所在する地域から関係する住民を強制的に移動させることをいう」とする

 一般的な用例としては、追放は、文民たる住民を自宅(故郷)から他の場所へと強制的に移動・避難・疎開させることである。クレア・ド・ザンとエドウィン・ショート『国際刑法と人権(トムソン出版、二〇〇三年)は、追放と強制移送の関連を問う。クルシュティチ事件では、一九九五年七月一二・一三日に、約二万五〇〇〇人のボスニア・ムスリムの女性、子ども、高齢者がスレブニツァの外に強制的に移動させられ、バスでボスニアの他の地域に移送された。二〇〇一年八月二日クルシュティチ事件ICTY判決によると、追放も強制移送も、住民が居住している地域からの、任意によらない不法な移動に関連するが、国際慣習法では両者は同意語ではない。追放は国境を越えた移動を予定し、強制移送は国内での移動に関連するとしている。ただし、すべての追放や強制移送が不法というわけではない。自然災害などで、住民の財産や安全を守るために行われる場合もあるからである。移動が不法となるのは、危険な状況が過ぎ去っても自宅に戻ることが許されない場合である。国内移送であっても国際社会の重大な関心事項となる場合には、人道に対する罪に当たる。