Thursday, March 12, 2020

ヘイト・スピーチ研究文献(151)反ヘイト文学批評の最前線


岡和田晃『反ヘイト・反新自由主義の批評精神――いま読まれるべき〈文学〉とは何か』(寿郎社、2018年)

寿郎社

https://www.ju-rousha.com/

サブタイトルに「いま読まれるべき〈文学〉とは何か」とある。現代日本文学におけるヘイトとの闘い、植民地主義との闘いの先頭に立つ文芸批評だ。

見たことのある名前だと思ったら、『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)の編者であり、さらには『北の想像力――《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅』の編者でもある。前者は読んだが、後者は読んでいない。

著者は文芸評論家だが、同時にゲームデザイナーでもある。文芸批評にも大きな特徴があり、一つは「北海道」にこだわり、アイヌ民族に対する差別の歴史を徹底して問い直している。もう一つは、タイトルの通り、反ヘイト・反新自由主義である。

「政治と文学」をめぐる「論争」は長いこと続いてきたが、とりわけ近年は、「政治と文学」の切り離し傾向が強い。「虚飾とシニシズムが積み重なり、現実は閉塞に満ちている」。

岡和田は、文芸批評の現在を、第1に歴史の改竄と陰謀論を柱とする「極右(ネトウヨ)」批評、第2に現実を政治的文脈から逸らす「オタク」批評、第3に「魂」、死者、安直な癒しに向井「スピリチュアリズム」批評である。情けない現実をいかに受け止め、いかに変革していくのか。ポストコロニアリズムの視点を踏まえて、文芸批評の復権をめざす。

 ネオリベラリズムに抗する批評精神

 ネオリベラリズムを超克する思弁的文学

 北方文学の探究、アイヌ民族否定論との戦い

 沖縄、そして世界の再地図化へ

以上の4部構成で、長短とりまぜて40本以上の論説を収める。総頁400を超える力作だ。

取り上げられる作家、作品は、大江健三郎、はだしのゲンの中沢啓治、大西巨人、高橋和巳、神山睦美、山城むつみ、青木淳悟、藤野可織、、笙野頼子、小熊秀雄、向井豊昭、木村友祐、津島佑子、石純姫、宮内勝典など、有名無名を含めて、幅広い。特に北海道文学、アイヌ文学への視線が目立つ。著者自身、1981年、富良野生まれだという。

ただし、北海道文学に詳しいと言っても、地域文学の閉じこもる話ではない。逆に、北海道文学から日本文学という名の東京文学を撃つ。北海道文学を掘り下げていけば、世界文学への視野が開けるし、宇宙論的視座を獲得できる。そうでなければわざわざ北海道文学と称する理由がなくなる。

こうした方法論を支えるのが、ポストコロニアリズムであり、反植民地主義であり、反ヘイトである。この姿勢は一貫している。

こういう文芸評論家が活躍していたことを十分認識していなかったのは、うかつだった。『北の想像力』出版時に話題になったし、書評を読んだ記憶があるが、きちんと受け止めていなかったのだろう。今後、注目すべき、期待できる評論家である。



林美子という詩人の『タエ・恩寵の道行』という詩集があり、岡和田は何度も林に言及している。まさに、いま読まれるべき文学の代表のようだ。恥ずかしながら、まったく知らなかった。文学を専門としない私が知らなかったのはやむを得ないが、驚いたのは次の一節だ。

「そこから本詩集の表題にある『タエ』を見返せば、自意識を無機物へと換える『砂』に仮託して、極小と極大が同一する空間を描き続けた画家・松尾多英の連作を指しながら、一方で、絶える言葉、耐える身体、逆説的に生まれた妙なる浄化の宙音をも意味するとわかる。」

 なんと画家・松尾多英だ。ついこの前まで、私の同僚だった。

 松尾多英への私のインタヴューを下記の本に収録した。

前田朗編『美術家・デザイナーになるまで――いま語られる青春の造形』(彩流社)

http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2634-5.html

砂を描く日本画家― 松尾多英ホームページ

http://www.matsuotae.com/