Tuesday, July 07, 2020

野蛮の言説はいかに形成されたか


中村隆之『野蛮の言説――差別と排除の精神史』(春陽堂)

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<人類の長い歴史の中には、他者を蔑視し排除する言葉が常に存在していた。コロンブスの新大陸発見、ダーウィンの進化論、ナチ・ドイツによるホロコースト、そして現代日本における差別意識まで、古今東西の著作を紐解き、文明と野蛮の対立を生む人間の精神史を追う。人間が人間を「野蛮な存在」とみなす言葉がなぜ生み出されてしまうのか、全15回の講義から考える。>



著者はカリブ海フランス語文学研究者。同地域の文学を概観した小冊子『フランス語圏カリブ海文学小史』(風響社、2011年)、マルティニック島とグアドループ島という「小さな場所」から世界を考える地域研究書『カリブ- 世界論』(人文書院、2013 年)がある。



本書は、近代西欧諸国が大航海時代以後の、世界の植民地化により、自らを<文明>とし、他者を<野蛮>と名指す分類法を「学問」によって形成し、実践していった過程を跡付ける。植民地主義の言語・法・宗教による支配が、啓蒙思想に流れ込み、科学の名において人種差別が正当化され、優生思想、社会ダーウィニズム、人類学の圧政が成立する。植民地主義からホロコーストへはほんの一歩だ。

ナチスドイツのホロコーストだけを非難しても問題は解決しない。近代西欧社会が生み出した差別と排除の科学と技術が世界を覆っているのだから。同じことは近現代日本史においても見事に再演される。

このことを、コンラッドの『闇の奥』を手掛かりに、『闇の奥』でさえ触れていないベルギー領コンゴにおける大虐殺をも検証することを通じて、「奴隷制をはじめとする西洋によつ蛮行は、西洋画その外部を『発見』し、植民地支配をつうじて世界を一体化させていく過程で、繰り返されてきた」と見る。<野蛮の言説>がなぜ、どのようにして生み出されるのかの追跡である。

私もこういう本が書きたかったが、それだけの力量はない。かつて、前田朗『ジェノサイド論』(青木書店、2002年)を出し、次いで徐勝・前田朗編『文明と野蛮を超えて』(かもがわ出版、2011年)、最近では木村朗・前田朗編『ヘイト・クライムと植民地主義』(三一書房、2018年)を出した。これらをベースに、<野蛮の言説>を問う作業を始めたかったが、本書のおかげで、自分でやる必要はなくなった。

著者・中村は、学生向けの講義というスタイルで、関連書籍を重点的にピックアップしながら、「差別と排除の精神史」を概説する。通史として十分とは言えないが、これまで類書はなかったと思う。意欲的な試みである。カリブ海フランス語文学研究者らしく、西欧中心主義を撃つ姿勢は揺るがない。