深沢潮『ママたちの下克上』(小学館、2016年)
『週刊文春』10月16日号に「深沢潮 差別コラム問題を激白『不誠実な週刊新潮に絶望した』」が掲載された。
「デビューした版元は実家みたいなもの、悲しさはありますが、自分の尊厳を守るための決断でした。公開はありません」と始まり、「差別や人権侵害の認識があったか」を問うたにもかかわらず、これを認めない姿勢に疑問を呈する。
「名前」は在日朝鮮人にとって常に付きまとう問題だ。植民地時代の創氏改名はもとより、解放後も社会的差別が続き、通称名(日本名)の使用を余儀なくされた。就職やアパートマンション入居もそうだが、今ではSNS上で攻撃される。
小説で出自や本名を書くと、家族や親戚から反対される。父親からは「余計なことをするな」と言われたと言う。
「父が元気だったら、私がこうやって目立つことを心配したと思いますが、自分の意見を表明したことに関しては誇りに思ってもらえたのかなと感じています。」
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『ママたちの下克上』は深沢の第6作だ。
お受験ママが盛んにニュースになったことがあった。娘・息子を一流の受験校に合格させるために、幼稚園や小学校のころから熱心に励む母親たちが戯画的に取り上げられ、ついにはお受験殺人とやらも起きたと記憶している。
一流小学校に入るためにはお受験予備校に通うので、幼少期から教育費がかかる。母親たちは経済的に余裕があると見栄を張らなくてはならないし、子どもたちにまじめに勉強させなければならない。一つでも上のランクをめざす。お受験失敗は許されないので、子どもたちよりも、母親が過熱状態となる。子どもを追い詰め、自分を追い詰める。
主人公の香織は、一流ではない聖アンジェラ学園の卒業生だがアメリカ留学を経て慶応を卒業し、下着メーカーのクレールに勤務する。ジュニア向けの下着講座を広め、母校の聖アンジェラ学園でもブラジャーの選び方講座を実施する。校長、副校長や、子どもたち、そして母親たちとの出会いの中、クレールを退職した折に母校の広報担当者に招かれる。
香織の夫、姉、子どもたちとのエピソードと、聖アンジェラ学園のエピソードが重なり合い、物語が進行する。受験競争、教育者のセクハラ(疑惑に過ぎず、実際には教育熱心な副校長)、弾き飛ばされる子どもたち、追い詰められてスーパーで万引きに走る母親。現代社会の一局面が鮮やかに描き出される。