Sunday, September 22, 2013

記憶の文化は何を可能にするか

岡裕人『忘却に抵抗するドイツ――歴史教育から「記憶の文化」へ』(大月書店)                                                     著者は歴史研究者で、フランクフルト日本人国際学校事務局長を務め、ドイツ在住22年である。もともとはドイツ農民戦争の時代の研究者だ。本書では、ドイツの歴史教育――ナチスの過去の克服のみならず、戦後西ドイツ時代からの移民・移住者のドイツ社会への統合の課題、東西ドイツ統合の課題、及び現在の欧州統合の課題も含めて多層的に展開しているドイツ史の理解の変容を意識しながらの歴史教育、学生の主体的な学び、対話により理解の深化の方法を、現場の具体的な情報に基づいてわかりやすく示してくれる。ナチス・ドイツの過去の克服だけでも大変なことなのに、これほどの歴史的課題を抱えると立ち往生してしまいそうだが、欧州の真ん中にあるドイツは立ち尽くしている暇はない。第二次大戦後は、国境を接し、ナチス・ドイツが侵略・占領した地域との和解と対話が不可欠であった。さらに東西対立の時期には、冷戦構造に巻き込まれつつも、たとえばポーランドとの間の歴史対話を懸命に続けてきた。トルコをはじめとする各地からの移民・移住者についても、多様性だけを強調する共生ではうまくいかず、ドイツで生きていく若者たちの人生を見据えた教育が構築されなければならない。共生ではなく、統合、しかし、多様性を踏まえてドイツ社会自身の変容。そのフレキシビリティ。東ドイツからの移住者の記憶、そして東ドイツ地域に住む人々の歴史意識も無視できない。こうした困難に直面しながらも、つねに矛盾を見つめ続け、そこから新しい統合への理路をさぐり、対話を通じて実践していく姿勢が重要だ。日本にはまったくない姿勢だ。ドイツはモデルでも理想でもなく、次々と失敗を重ねつつ歩んできた。その歩みの困難と可能性に学ぶことが、いま求められている。