Sunday, November 10, 2013

大災害、犯罪、刑法をめぐる研究

斉藤豊治編『大災害と犯罪』(法律文化社)――刑法学者で甲南大学名誉教授、大阪商業大学教授の編者らが2011年の国際犯罪学会世界大会で開催したシンポジウムをもとに編集した本である。刑法学者、弁護士、犯罪学者、心理学者、科学者などの協力により、幅広い研究書となっている。第1章「大災害後の犯罪」(斉藤豊治)は内外の研究成果を手際よくまとめて課題を浮き彫りにしている。編者には学界や研究会で長年ご指導いただいてきたので、刑法(解釈論のみならず理論史研究も)、少年法、国家秘密法など、深く鋭く、そして手堅い研究を行ってきたことはよく知っていたが、このテーマでも阪神淡路大震災以後、研究を重ねていたのは、よく知らなかった。本書にでは「阪神淡路大震災後と関東大震災後の犯罪減少の比較」「阪神淡路大震災後の犯罪減少」「阪神淡路大震災後の犯罪防止活動」「ハリケーン・カトリーナ後のアメリカ南部の危機」「東日本大震災の津波への対応は適切だったか」「東日本大震災における助け合いと犯罪」「犯罪学からみた原発事故」「経済・企業犯罪研究からみた福島原発事故」「自身・断層研究からみた柏崎刈羽原発の危険性と福島原発事故」「原発訴訟弁護団からみた浜岡原発の危険性と福島原発事故」「福島原発事故と刑事責任」、「近未来の大災害と犯罪に備える」が収録されている。多角的な分析はとても参考になる。13人の著者のうち5人は知り合いだ。一つひとつの論考を紹介する余裕はないが、いずれもためになる。もっとも、違和感のある記述もないではない。たとえば、犯罪社会学におけるコーエンとフェルソンの日常活動理論を適用しているが、理論に合致しないデータを無視し、合致するデータを強調して、理論の正当性を確認しているのは疑問だ。また、竹村典良(桐蔭横浜大学教授)「犯罪学からみた原発事故」は、環境重視のグリーン犯罪学を唱えて意欲的である。註を見ると、グリーン犯罪学に関する英文の論文も書いている。期待したい。ただ、「事故の対処として『刑事的制裁』(刑罰)を科すだけでは何も解決せず、さらなる原発事故の発生が予測される」という表現が繰り返され、「再発防止のための民主的かつ規制的な新たなシステムを構築することが必要であろう」という。不思議な文章である。刑罰を科すか否かは実行者に刑事責任があるか否かに関わる。「事故の対処として『刑事的制裁』(刑罰)を科すだけでは何も解決せず」と言うが、それを言い出せば、あらゆる事故に当てはまる。「事故の対処として『刑事的制裁』(刑罰)を科す」とともに「再発防止のための民主的かつ規制的な新たなシステムを構築することが必要であろう」と考えるのが普通だろう。なぜ「科すだけでは何も解決せず」などと言わなければならないのか。東電の責任者を免責するための言葉でしかない。著者は論文前半で、「国家と電力会社」の関係を「国家―企業複合体」として厳しく批判しているが、いざ責任を問う段階になると、突如として「刑罰を科すだけでは何も解決せず」と言い出して、原子力ムラに奉仕する。「再発防止のための民主的かつ規制的な新たなシステムを構築すること」を具体的に提案するのならともかく、それ抜きに刑事免責だけを主張するのはいかがなものか。著者は大学院の後輩で、若い時代を知っているが、まともな研究者だったはずなのに。