Tuesday, June 20, 2023

社会的記憶と法01

『ライデン国際法雑誌』に掲載されたハーシュ&バーギル論文は米州人権裁判所の判決を分析して、重大人権侵害の社会的記憶について論じている。

Moshe Hirsch and Milad A. Said Barguil, Social memory and the impact of commemorative remedies ordered by the Inter-American Court of Human Rights. Leiden Journal of International Law, Vol.36 Issue 1. 2022.

前田『ヘイト・スピーチ法研究要綱』第11章「ホロコースト否定犯罪を考える」の「第3節 「法と記憶」をめぐる論争」において、欧州及び米州における議論を紹介した。ブリュッセル大学研究員のパトリシア・ナフタリの論文「国際法における『真実への権利』――最後のユートピアか?」は、米州人権裁判所と欧州人権裁判所の議論を対比して、真実への権利を考察していた。ハーシュ&バーギルも両裁判所の議論の比較から出発する。

日本では、「慰安婦」問題や南京大虐殺などの事件の記憶について、文学、心理学、社会学、政治学等の領域で研究が進んでいる。法学分野ではあまり研究が進んでいない。ホロコースト否定犯罪も、日本では表現の自由とされている。「慰安婦」問題に関する「平和の少女像」は、政治問題と化しただけでなく、感情的な誹謗中傷の的とされている。

米州人権裁判所そのものについて研究したことがなく、詳しいことはわからないため、つまみ食いの紹介しかできないが、重要な文献を時々紹介していこうと思う。

以下、ハーシュ&バーギルを簡潔に紹介する。なお、固有名詞の表記については正確さを期していない。

ハーシュ&バーギルによると、社会的記憶の研究は、人々がその記憶を得るのは、個人的手段を通してだけではなく、社会過程を通じてでもあるという前提から出発する。社会集団は記憶のための素材を提供し、個人が特定の事件を想起するよう突き動かす。米州人権裁判所と欧州人権裁判所の実務の間の明瞭な差異は、記憶に関連する救済に関連する。米州人権裁判所は関連各国に(記念碑を建設することによって)重大人権侵害を記念するよう、しばしば命じている。欧州人権裁判所はそうした記念による救済を承認することはしない。国際法の重大違反に対処するため米州人権裁判所の救済アプローチを採用するため、さらなる法廷に呼びかけている被害者団体もある。ハーシュ&バーギルは、米州人権裁判所が設立を命じたコロンビアの4つの記念碑の影響を経験的に評価する。それにより、国際法廷だけでは、当該の地方社会を特徴づける社会文化的事象にふさわしい集合的記憶を形成することができないという。他方で、司法による命令で設置された記憶の場所は、被害者の家族や小規模の社会集団にとって意味がある。それゆえ、我々の関心をミクロレベルの社会学的パースペクティブ、特に国際法への象徴的相互作用アプローチに向けて、国際法廷が個人や小規模社会集団に及ぼす象徴的役割に光を当てるべきである。被害者遺族や関連コミュニティにとってこうした記念碑の価値ある役割は、重大人権侵害事件を扱う国際法廷が、集合的救済を十分に考慮するべきであることを明らかにする。

目次

1 序文

2 記憶の社会的局面

3 米州人権裁判所、集合的救済、記憶の碑

4 コロンビアで司法により命じられた記憶の碑

4.1 米州人権裁判所と記憶の碑

4.2 ロシェラ虐殺対コロンビア事件

4.2.1 裁判所の判決

4.2.2 ボゴタの記憶の碑

4.2.3 サン・ギルの記憶の碑

4.3 19人の商人対コロンビア事件

4.3.1 裁判所の判決

4.3.2 ブカラマンガの記憶の碑

4.4 ヴァレ・ジャラミロ対コロンビア事件

4.4.1 裁判所の判決

4.4.2 メデリンの記憶の碑

5 米州人権裁判所が命じた記憶の日の影響を評価する

5.1 目的と方法

5.2 事実

5.2.1 インタヴューにおける記憶

5.2.2 集合的記憶とマスメディア

5.2.3 被害者家族への影響

6 司法が命じた記憶の日の影響を説明する

6.1 政治暴力の文化と暴力攻撃の記憶

6.2 近隣のコミュニティと記憶

6.3 専門家コミュニティと記憶

6.4 被害者家族にとっての象徴的安心

7 国際法廷の制約と潜在的役割――小規模コミュニティの記憶

8 結論

コロンビアの歴史や社会について基礎知識がないため、ハーシュ&バーギルをざっと読んでもよく理解できない箇所も少なくない。4つの記憶の碑について簡潔に紹介するにとどめたい。