Wednesday, June 21, 2023

社会的記憶と法02

ハーシュ&バーギル論文を簡潔に紹介する。なお、固有名詞の表記については正確さを期していない。米州諸国の歴史や社会について基礎知識がないため大雑把な紹介にとどまる。

2 記憶の社会的局面

ハーシュ&バーギルによると、社会的記憶研究は、人間の記憶の社会的局面に焦点を当てる。記憶は個人的なものに限られず、社会過程において出来事が記憶されていく。社会集団が記憶の素材を提供する。また、記憶することと忘却することは相互に密接に結びついている。広く記憶される出来事もあれば、「集合的健忘症」に見舞われる出来事もある。

社会的記憶を個人主義的に理解するか、集団主義的に理解するかは、社会的記憶の理解にとって重要である。両者は密接に連関し、分離できない。J.K.オリックは記憶の様々な形態に言及し、記憶は公的にも私的にも生じるし、社会の上層にも下層にも、個々人の証言としても国民的な物語としても生じ、そのいずれも重要であると述べている。

ピエール・ノラは20世紀末に記念碑について顕著な論及をした。記念碑は、具体的な歴史経験を具象化する場である。物的(資料的)に、象徴的に、そして機能的に重要である。トラウマとなる過去を経験した者にとってだけでなく、その後に生まれた者にとっても重要な場である。歴史の連続性の感覚を作り出す。記念碑の基本的な目的は、時間を止めることであり、忘れる作業を止めることであり、死を不死化(不滅化)し、無形のものに形を与えることである。社会的記憶と記念碑の相互作用は、逆の論理に立っている。記念碑は、記憶が必ずしも自発的なものではないという感覚に由来する。忘却の恐れのないところに記念碑は必要ないのだ。

3 米州人権裁判所、集合的救済、記憶の碑

法と社会的記憶は相互に関連し、法が記念碑の建設にかかわる場合がある。集合的記憶の構成に国際法廷がかかわる場合もある。国際法廷の資料群には歴史的文書や証言が含まれる。判決が過去の出来事の歴史的語りとなる場合もある。国際法廷が、過去の出来事の記憶に直接影響する場合もある。米州人権裁判所はこの領域で最も積極的な法廷である。

欧州人権裁判所と比較して、米州人権裁判所は加盟国に対して、人権侵害や被害者を記憶にとどめることを命じてきた。例えば、米州人権裁判所は、グアテマラのマック・チャン事件について被害者の名前を冠した奨学金の創設を命じたCase of Myrna Mack Chang v. Guatemala, 25 November 2003, IACtHR, 1 at 130.

メキシコのラディジャ・パチェコ事件について被害者の生涯の「伝記スケッチ」を準備するよう命じた。Case of Radilla-Pacheco v. Mexico, 23 November 2009, IACtHR 1, at 99.

事件と被害者に関する映像ドキュメンタリーを作成するようエルサルバドルに指示した。Case of Massacres of El Mozote and Nearby Places v. El Salvador, 25 October 2012, IACtHR 4, at 114.

米州人権裁判所は、記念碑の設置も命じてきた。例えば、メキシコのコットンフィールド事件でジェンダーに基づく殺人の女性被害者を記念する記念碑を建立するよう命じた。Case of Gonzalez et al.(Cotton Field) v. Mexico, 16 November 2009, IACtHR 1, at 114.

グアテマラのリオ・ニグロ事件でミュージアムの建設を命じた。Case of Rio Negro Massacres v. Guatemala, 24 September 2012, IACtHR 1, at 95.

さらにグアテマラにストリート・チルドレン事件で若き被害者の名前をつけた教育センターを作り、記念の場とするよう命じた。Case of Street Children(Villagran-Morales et al.) v. Guatemala, 26 May 2001, IACtHR 1 , at 44.

米州人権裁判所の記念の救済の第1の目的は、特別な人権侵害の記憶の保持である。裁判所によると、重大人権侵害を適切に記憶することは、忘却と闘い、再発を予防することになる。第2の目的は、被害者の遺族に関連する。亡くなった被害者を記憶することは、被害者遺族にとって救済となりうる。