取調拒否権を考える(5)
2017年、同志社大学で、浅野健一ゼミの公開講座が開かれた。京都強盗殺人事件容疑によって逮捕され、取調拒否をして不起訴処分となったFさんが登壇して体験を語った。
その内容を『救援』17年12月号に紹介した。これまで紹介してきたことと内容に違いはない。
連載の2回目なので、『救援』17年11月号に1回目を寄稿をしているが、手元に記録がない。見つかれば、掲載したい。
**********************************
救援17年12月
正しい黙秘権行使による不起訴処分(二)
前田 朗(東京造形大学)
浅野健一ゼミ
一一月一七日、同志社大学における「浅野ジャーナリズム講座」第一四回「出房拒否権」が開催された。センター運営委員、本紙連載中の浅野健一・同志社大学教授(大阪高裁で地位確認係争中)と学生・市民による自主ゼミである。
最初に京都強盗殺人事件に関連して逮捕され、不起訴処分を勝ち取ったFさんから体験報告がなされた。四月一一日、身に覚えのない強盗殺人容疑で京都府警に逮捕され、伏見署に収容された。それ以前に別件で逮捕され、本件についてはまったく関与していない、事件そのものを知らないことを繰り返し供述したにもかかわらず、京都府警は自白を強要するためにFさんを強引に逮捕した。すでに何度も供述・否認したにもかかわらず逮捕されたことに疑問を感じたFさんは黙秘することに決めた。四月一二日に接見した高田良爾弁護士は黙秘権行使を貫くこと、そのためには取調べそのものを拒否し、そもそも出房を拒否することを助言した。翌一三日には、前田朗著『黙秘権と取調拒否権』を差し入れた。留置場で同書を読んだFさんは黙秘権行使の正当性を確信し、出房拒否を敢行することにした。留置係に黙秘権行使を通告し、取調室への連行を拒否した。
留置係は、被疑者には取調受忍義務があると告げて、取調べを拒否するとかえって不利になるかのごとく説得してきた。留置係だけでなく当直長も説得に来た。一六日、押収品返還という口実で取調室に出向くことになったが、何も返してもらえなかった。それどころか捜査官から「弁護士が受忍義務がないとか大きな間違いや」「弁護士と警察の力の差は歴然としている」「無罪なら隠れんと大人らしく自分で話せ」などと説得された。Fさんはその後も出房拒否を貫いた。留置係と当直長による説得が続いたが、これに乗せられることはなかった。
四月二〇日、検事調べに出たところ、担当検事が「こんなんで、よう逮捕状が出ましたね」「任意同行で呼ぶくらいの証拠しかないのに逮捕までしている。任意の聴取なら、私に話してくれましたよね。三つの質問に答えてくれれば、私の責任で不起訴にできる」と言ったという。
Fさんは「荒っぽい捜査をした警察はもちろん悪いが、裁判所が逮捕状や勾留状を簡単に出すのが問題だと思う。逮捕状が出るレベルが低すぎる。私の場合、何の証拠もないし、別件でさんざん調べられていることも分かっているのに、右から左に令状を出している」と裁判官の責任を指摘する。
続いて高田良爾(弁護士)及び筆者が報告し、取調拒否権の重要性を明らかにした(前田朗「取調拒否権行使により不起訴処分」『マスコミ市民』一七年一一月号)。
取調拒否が第一歩
最後に浅野健一教授が自身の取材結果をもとに報告した(浅野健一「Fさん、『出房拒否』の闘いから学ぶ」『週刊金曜日』一七年九月八日号)。
八月一〇日、京都府警に、Fさん逮捕の記者クラブへの広報の内容、担当捜査官、逮捕状請求警察官の氏名・役職などを質問した。府警は、記者クラブへの広報をした事実を認め、引き回しについては否定した。捜査官等の氏名は回答しなかった。八月一八日、京都地検に担当検事の氏名等を質問したが、「すべての質問に回答を差し控える」との回答であった。 八月一八日、京都地裁に令状発布裁判官の氏名等を質問したが、すべてについて「回答することはできません」との回答であった。被疑者の個人情報をメディアに流して、犯罪視報道をさせておきながら、司法関係者は匿名の陰に隠れている。
浅野教授によると、Fさん逮捕の際に警察が記者クラブに提供した情報に基づいて、マスメディアではFさんを強盗殺人犯人視する報道がなされ、氏名、住所、職業が広範囲に報道された。不起訴処分後も、逮捕・送検時の映像や記事がインターネット上に流れている。家族、親戚、友人たちとの関係にも大きな障害となっている。「テレビや新聞に名前が出ると、全く知らない人にまで知られてしまう。特に私の名前はよくある名前ではないので、実名が出ると生活ができない。親戚にも、いろいろ言われる」という。
「メディアの取材・報道にも注文があるが、今は我慢する。メディアを批判すると、また目を付けられて、名前が出ると困る。会社から切られるのが怖い。名前が広まったら一瞬でクビになる。法的に不起訴になったからといって、周囲、世間の見る目はそう急には変わらない。不起訴になっても、身内から縁を切ってくれと言われている」と、報道被害の大きさを語る。
被疑者を留置場に収容し、二四時間の生活を監視・管理し、捜査官の思いのままに取調室で拷問まがいの取調べを強行し、虚偽自白を強要する代用監獄制度は一九八〇年代から厳しい批判を受けてきたが、一向に改善されていない。それどころか日弁連は代用監獄を是認し、これを前提とした司法改革に協力している。これでは黙秘権も無罪の推定も絵に描いた餅に過ぎない。被疑者の人格を侮辱し、名誉を毀損し、メディアでさらし者にする「中世」の刑事司法が人権侵害と誤判・冤罪を量産している。弁護士とメディアも「共犯」ではないのか。
代用監獄体制(留置場収用、取調受忍義務論、自白強要、拷問)を打破するために、正しい黙秘権行使の実践と理論が必須である。
身柄拘束された被疑者の本来的収容場所は拘置所である。留置場が収容場所に指定されれば留置場に収容されるが、その場合、被疑者は留置場にいなければならない。被疑者を留置場から連れ出すことは許されない。被疑者は勝手に取調室に行くことはできないし、行ってはいけない。
黙秘権を行使する被疑者には取調室に行く理由がない。黙秘権を行使するということは単に黙っていることではない。捜査官に一切情報を与える必要がなく、捜査官と顔を合わせる理由もない。取調室で捜査官の顔色を窺ったり、供述をめぐる取引をする必要もなく、捜査官から罵声を浴びせられる理由もない。黙秘権を行使する被疑者には他に選択の余地はない。違法な取調べに協力することなく、出房せず取調拒否をするのが正解である。
刑事弁護人は、被疑者を孤立無援の状態で取調室に行かせてはならない。取調拒否をさせるか、弁護人立会を勝ち取るために、刑事弁護の質を向上する必要がある。被疑者を単独で取調室に行かせる弁護人は、捜査官による自白強要の「共犯」となる。取調拒否はまともな刑事司法改革の第一歩である。