Monday, September 29, 2025

深沢潮を読む(4)「在日」を生きた歴史と父の物語

深沢潮を読む(4)「在日」を生きた歴史と父の物語

深沢潮『ひとかどの父へ』(朝日新聞出版、2015年)

 

『ハンサラン 愛する人びと』で愛のかたちと家族のかたちを描き、『伴侶の偏差値』で平凡で普通でつまらない人生と溢れる物語を、『ランチに行きましょう』で非日常へのささやかな挑戦を始めた深沢潮は、第4作となる本書で、さらに挑戦を続ける。

現代を生きる家族、とりわけ母と娘の普遍的なテーマを追いかけてきたが、本書では父が主題となる。最終盤にようやく登場する父だが、父が背負った歴史の大きさと厳しさが全編を貫く。だが、母と娘も、父の物語に翻弄されるだけではない。父の物語を受け止め、それぞれの人生を紡いでいく。

もう1つの挑戦は、長編小説への歩みである。これまでの3作品は連作短編であったが、本作品は長編小説である。とはいえ、得意の連作短編の手法を元に長編化を試みている。

日本が戦後復興期を経て高度成長を始めた、東京オリンピックの1964年に、川崎の朝鮮人集住地区で出会った謎の朝鮮人と日本人女性。

1977年、母に育てられた成績優秀ながら孤独を抱え込んだ女子生徒の表層の悩みと深層の秘密。

夫が行方不明となる中、娘を育てて、必死に働き、成功した母親の絶頂期、1990年に襲った突然のスキャンダル。

ようやく明らかになる父親の秘密。そこには過去の日本の朝鮮半島植民地支配、戦後の朝鮮半島の分断、そして韓国軍事独裁政権への抵抗としての民主化運動がからまりあう。

2014年、祖母と母(娘)と孫のソウル観光が、冒頭と巻末で描かれ、父と娘の出会いと、和解ならぬ和解が遠くに見える。

1964年から2014年へと至る半世紀のスパンだが、女性たちの人生の転機を切り取って、愛、信頼、不信、憎悪、ぶつかり合い、思い出が時空間を満たす。

密入国、軍事独裁、抵抗の民主化運動、大統領狙撃といった東アジア現代史は、ほとんどいつも男たちの闘いとして描かれてきたが、深沢は同じ時代を生き抜く女性たちを主役に据える。

母(娘)を中心にした作品なので、孫娘の思いはほとんど描かれないのが、やや気になる。

在日文学は、歴史塗れの日本と朝鮮、半島の政治的分断、朝鮮への帰国事業、韓国の軍事独裁と民主化運動という激動に突き動かされ、歴史を全身で受け止めながら闘ってきた。

現代を生きる女性の意識を主題に据えてきた深沢潮は、日本女性/在日女性の愛と家族の物語を見事に表現してきたが、本作品では在日の歴史そのものをベースにおいて、そのうえで物語を紡ぐ。鮮やかな手法に感銘を受ける。