Tuesday, June 24, 2025

取調拒否権を考える(2)

取調拒否権を考える(2)

 

2017年、京都における強盗殺人被疑事件で逮捕されたFさんは、黙秘権を行使し、強引な取調べに抗議して取調拒否を実践した。

一般刑事事件でもっとも早い時期の取調拒否権の実践例である。

 

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『マスコミ市民』201711月号

前田 朗「取調拒否権行使により不起訴処分――黙秘権の正しい理解」

 

不起訴処分

 

 本年七月二五日付で、京都の強盗殺人被疑事件の嫌疑を受けていたFさんが「嫌疑不十分」で不起訴処分となった。

 Fさんは身に覚えのない事件で逮捕され、黙秘権を行使することにした。京都府警は何の証拠もなしにFさんを逮捕したが自白を取ることができず、検察の判断は嫌疑不十分となった。

 Fさんは四月一一日に強盗殺人事件の嫌疑で逮捕された。取調室で黙秘すると伝えたが、強引な取調べが強行された。翌日、高田卓爾弁護士から出房拒否という方法を教わったFさんは被疑事実について「全て関与してません」と一言述べて、黙秘を伝えた。高田弁護士は接見の際に、前田朗著『黙秘権と取調拒否権』を差し入れた。Fさんは留置場内で本書を熟読した。そして取調拒否権の正当性を確信し、四月一四日から五月一日まで、検事調べなど一部を除いて出房拒否を貫いた。

 捜査官や留置担当官から「弁護士が受忍義務がないとか大きな間違いや」、「自分がこのまま取り調べに応じなかったら、家族、知人、近所に聞き込みにいくから、またまわりに迷惑がかかるで」などと言われた。

 留置担当官は「引っ張り出してまでする気はないけど、ちょっと前まではしてたんやで。取調出てきて黙秘するのと、一度も出たないのとでは起訴された時の裁判官のイメージが違うで。弁護士は一生責任とってくれる訳ちゃうしな」と言ったという。

 だが、Fさんは出房を拒否し、ついに五月二日、処分保留により釈放された。Fさんは次のように述べる。

 「刑事から毎日毎日、①証拠があるんや、②逮捕状が出ているのは証拠があるからや、③お前がいくらやっていないと言っても通らない、④早く白状したほうが有利になる、⑤黙秘していて裁判になったらもう遅い、と言われ続けていたら、自分はやっていないと思っていたが、ほんまはやっていたんと違うか、刑事の言っていることの方が正しいのと違うか、というような気持になりました。密室の中の取調べが冤罪を生むのだということが実感しました。黙秘するには房から出ないことが大切であることがわかりました。」

 

 メディアも人権侵害

 

 京都府警は、実行犯に殺害を依頼した人物がいると推測し、Fさんを逮捕した。府警捜査一課は、逮捕に際して報道資料を記者クラブで配布したが、Fさんの職業、氏名、年齢、住所(町名まで)が掲載されており、マスコミは逮捕を実名で大きく報道し、顔写真も公開された。

 ジャーナリストの浅野健一(同志社大学教授=大阪高裁で地位係争中)は、府警、地検、地裁それぞれの広報担当官に、Fさん逮捕の担当刑事、検事、逮捕状・勾留状発付裁判官の氏名等を質した。

 これに対し、府警広報応接課の枡田栄次広報官は八月一八日、「捜査官の氏名についてはコメントできない」、地検の樫原広報官も「全ての質問に回答を差し控える。京都地検(土持敏裕検事正)としての回答だ」と回答した。京都地裁総務課広報係の中村智係長は八月二八日、「(裁判官の氏名は)回答することができない」と回答した。

 誤認逮捕と人権侵害を繰り返してきた刑事司法の無責任体質がよくわかる回答である。警察と、警察発表を横流ししたメディアは人権侵害の「共犯」と言わざるを得ない。

 そもそも警察の代用監獄を利用した自白強要的な取調べは、人権侵害や虚偽自白による冤罪の危険性が極めて高いことから、国際人権法に照らして強い批判を受けてきた。

 日弁連もかつて代用監獄廃止を求めていたが、いつの間にか代用監獄容認に転向したようだ。しかし、代用監獄の運用は正す必要がある。刑事弁護人は、身柄拘束された被疑者を孤立無援の状態で取調室に行かせてはいけない。被疑者を単独で取調室に行かせる弁護士は、警察による自白強要の「共犯」としての責任があるのではないか。取調への弁護人立会を求めるか、取調拒否権を行使させるべきである。被疑者は取調べを受任する必要はなく、取調室に行ってはならない。

 

*旧稿発表時は、当局の責任を追及する本人の意思に従って実名で記載したが、今回発表に当たって「Fさん」とした。