Sunday, June 29, 2025

取調拒否権を考える(3)

取調拒否権を考える(3)

 

前回と同じ京都における強盗殺人事件でのFさんの実践例を紹介した文章である。これを書いたのは、処分保留で釈放された段階。その後、725日付で不起訴になった。

 

下記の文中「A」とあるのは、前回の文章で「F」としたのと同じ人物である。不起訴処分後、警察の責任を追及するために実名で闘っていた。下記の文章はそれ以前だったので、Aと表記した。

 

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『救援』17年6月

前田朗「取調拒否権行使の実践例」

 

取調拒否の闘い

 

 本年四月、京都における強盗殺人容疑事件で、逮捕・勾留された被疑者が出房せず、取調べを拒否した。当該の元被疑者A及び弁護人(高田良爾、石側亮太、斉藤麻耶)から情報提供を受けたので、以下紹介する。

 Aは本年一月二一日、京都府警伏見警察署に失業保険金詐欺容疑で逮捕され、南警察署に留置された。本件詐欺事案については四月一一日に京都地裁で判決が言い渡され、執行猶予となった。しかし、Aに対する逮捕・勾留は実態としては別件の強盗殺人の取調べが中心であった。別件取調においてAは積極的に取調べに協力し、懸命に事実を陳述した。にもかかわらず、判決当日、Aは強盗殺人容疑で令状逮捕された。「私は強盗殺人には全く関与していませんでしたので『なんで、どんな証拠があるのか』と思いました」。逮捕当日は取調室で取調べを受け、自分の知るところを供述した。

逮捕の翌一二日、Aは弁護人と接見して助言を得た上で、黙秘を通し、調書にはサインしないことを決意した。取調室で黙秘する旨を伝えたが、「逮捕状出てるから強制で取調べができる」、「黙秘するのはいいけど逮捕状の意味わかる?裁判所からこの人は犯人である証拠があるから逮捕状が出てるんやで。自分の立場がどんどん悪くなるだけやで」と言われた。

一三日、弁護人の助言によって、出房拒否という方法があることを知ったAは、取調べにおいて「読み上げられた逮捕内容には全て関与してません」と一言述べて否認の上、黙秘を伝えた。そもそも別件取調べに際してていねいに供述したにもかかわらず逮捕されるのなら、供述の意味がないと思ったと言う。

一四日、Aは、弁護人と改めて相談の上、取調拒否を決意した。午後に留置係から、カメラ撮影の上、受忍義務を無視していいんやねと確認されたが、出房を拒否した。

一五日、午前中は取調拒否をした。午後に留置係から、カメラ撮影の上「担当刑事さんが再度少しでも話さないか」と言われたが、拒否した。

一六日、押収品返還手続きのため指印が欲しいとの口実で取調室に出向いたが、「三日ぶりなんやし世間話ぐらい」と言われ押収品を返してもらえず、「弁護士が受忍義務がないとか大きな間違いや」、「弁護士と警察の力の差は歴然としてる」、「自分がこのまま取調べに応じなかったら、家族、知人、近所に聞き込みにいくから、またまわりに迷惑がかかるで」などと言われた。

一七日、弁護人から絶対に出房しないように助言を受け、取調べを拒否した。留置係から、カメラ撮影の上、「本当なら引きずってでも取調べる義務があるけど、担当刑事は優しいからそこまでいいって言うたはるけどどうする」と言われたが、拒否した。

一八日も取調拒否。一九日、検事調べで「何も関わってもないのに逮捕された事が意味がわからない」と訴えた。検事は「正直よく逮捕状がとれたな」と言っていた。

二〇日、勾留理由開示公判であった。弁護人から検事調べにも出房拒否を貫くよう助言を得た。検事調べに出たが、黙秘を貫いた。二一日及び二二日、弁護人から再度、取調拒否の助言を得た。留置係が二回やってきて、カメラ撮影の上説得にかかったが、拒否した。

二三日、留置場当直長が二回、説得に来て、「引っ張りだしてまでする気はないけど、ちょっと前まではしてたんやで。取調べ出てきて黙秘するのと、一度も出たないのとでは起訴された時の裁判官のイメージが違うで。弁護士は一生責任とってくれる訳ちゃうしな」、「弁護士が何を言おうが出るべきや。もし自分が不起訴で、もう一人が起訴とかなったら揉めたら助けられるのは警察やけど弁護士無理やで」と言われたが、拒否した。

二四日及び二五日、検事調べを拒否。二六日から三〇日、連日二回の説得を拒否。五月一日、取調拒否。五月二日、処分保留により釈放される。

 

弁護人の闘い

 

 本件弁護人は、Aに黙秘権を適切に行使させ、虚偽自白に追い込まれることのないよう、次のような努力を積み重ねた。

 第一に、連日の接見において、Aに「被疑者ノート」の記入を勧めるとともに、黙秘権や出房拒否の意味をていねいに説明し、取調受忍義務がなく、取調拒否をすることが正当であるとの確信を持たせた。逮捕翌日の四月一二日と一三日は一回、一四日は二回の接見である。その後も連日にわたって一日一~二回の接見を続けた。

 第二に、Aが押収品返還手続きという口実や、検事調べに出房した後には、絶対に出ないように助言した。警視庁の事例でも、捜査側は「これは取調べではないから」とか、「検事調べは拒否できない」などさまざまな手口で被疑者を房から連れ出そうとする。

 第三に、検察庁、警察本部長、警察署長宛てに「苦情申出及び申入書」を提出した。四月一八日の申入書(一回目)では、留置係らの発言について、「以上の発言は、黙秘権や無罪推定、立証責任について法的に著しく誤った説明であることは言うまでもありません。また、被疑者と弁護人との信頼関係を破壊しようとするものであることも明らかです。かかる説明により、被疑者を著しい不安に陥れ、正当な黙秘権行使を断念させようとすることは、黙秘権侵害及び弁護人による弁護を受ける権利の侵害であり、重大な違法が存することは明らかです。よって、上記の取調べにおける警察官による違法・不当な行為に対して厳重に抗議を申し入れ、再度同様の行為が行われないよう実効性ある措置を求めます」と指摘した。

さらに、「被疑者は今後の取調べに対しても黙秘権の行使をする予定ですが、上記のように露骨な黙秘権侵害・弁護権侵害の違法行為が行われる恐れがあることに鑑み、取調べに応じること自体を拒否します。具体的には、留置場居房から取調べのために出房することを拒否しますので、その旨ご承知おき下さい。留置業務管理者たる警察署長及び留置主任官におかれては、捜査と留置の分離の趣旨を徹底し、被疑者の意思に反して被疑者を出房させ、取調官に引き渡すことのないように求めます。万一、被疑者を強制的に出房させ、取調に応じることを強要した場合、それ自体が黙秘権の重大な侵害であり、同取調べにおける供述の任意性も当然に失われるものと解し、この点を徹底して争うことになる予定ですので、あらかじめ申し添えます」と述べている。

 被疑者と弁護人に取調拒否に関する理論的確信があったことがわかる。