Wednesday, August 28, 2013

天使がいっぱいの理論社会学

遠藤薫『廃墟で歌う天使――ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』を読み直す』(現代書館)                                                                                                         *                                                                                                                    ベンヤミンがパウル・クレーの「新しい天使」を購入し、亡命中に死去するまで持っていたこと、「新しい天使」という雑誌を出すべく準備して宣言文を書いたこと、「新しい天使」を「歴史の天使」と解釈したことは、あまりに有名だ。                                                                                                                                               著者はベンヤミンの論文を手掛かりに、そのアイデアを現在のデジタル情報が飛び交う時代に応用して「メタ複製技術時代」と解釈し、メディア状況を社会学的に分析する。驚いたことに、ベンヤミン、クレー、宮沢賢治、<初音ミク>が主役だ。棟方志功まで出て来る。理論社会学を専門とするが、実に博識で、ベンヤミン論を展開する中で、映画論、時計史、コンピュータ史、ポップアート史、アイドル史を縦横無尽に論じている。芳賀ゆい、伊達杏子、藤崎詩織、初音ミク、はちゅねミク、弱音ハク等々ヴァーチャルアイドルにも詳しい。博識とともに、強引である。博識博引強引傍証というべきか。                                                                                                                         第1章で、<モノ>概念について論じ、日本語ではマ(間、魔)、モ(母、文)、もの(者、物)、太平洋ではマナ(不可視の力)、英語ではmono(mother、mind、money、memory、medium・・・)、古代ギリシア語でmonos(alone、only、single)だと並べて、似てるでしょ、と説く。言葉遊びかと思ったら、そうではなく、まじめに「似てるでしょ」、そして、これを論拠として次の議論を展開していく。何しろ本書のキー概念だ。ちょっと、ついていけない。中国語、アラビア語、ロシア語、ヒンドゥー語その他枚挙しているなら、少しは信じてみようかという気になるかもしれないが。                                                                                                                   ベンヤミンと宮沢賢治を結びつけ、「共鳴し合う同時代性」「強い共振性を感じる」という。同時代人であること、天使に言及していること、である。同時代人などいくらでもいるのに。そして、なんとクレーと棟方志功も「重なり合う時代を生きていた」という。ちょっと待ってくれ、と言いたくなる。                                                                                                                                    ベンヤミン 1892年生まれ、1940年死去                                                                                                                     宮沢賢治 1896年生まれ、1933年死去                                                                                                                               クレー 1879年生まれ、1940年死去                                                                                                        棟方志功 1903年生まれ、1975年死去                                                                                                        同時代とか重なり合うというのはいいとしても、これでは重要な思想家、芸術家、文学者など何十人とあげることができる。みんな同時代だ。私だって棟方と重なり合っている。                                                                                                                                                    クレーと賢治を「共振」させるために、著者は、賢治が白樺派に共感をもったこと、その白樺派はロダン、セザンヌ、ゴッホに関心を持ったことを挙げ、「当時のヨーロッパ文化に同時代意識を持っていた」という。別に反対はしないが、間接的だ。それにベンヤミンもクレーもドイツ人だ。ロダンとセザンヌはフランス人、ゴッホはオランダ生まれでフランスで活躍した。まあ、いいけど。                                                                                                                                                                                                                    こうした強引さが随所で気になるが、本書は面白い本だ。いろんな視点を提示してくれる。複製技術時代とメタ複製技術時代の議論はこれからますます重要になるだろう。                                                                                           著者は、東京工業大学大学院、同大学助教授を経て、学習院大学教授。理論社会学、社会情報学。著書として『メディアは大震災・原発事故をどう語ったか』『大震災後の社会学』『グローバリゼーションと都市変容』『間メディア社会における<世論>と<選挙>』『社会変動をどうとらえるか(1~4)』など、このところ続々と出版しているようだ。