Tuesday, April 22, 2014

大江健三郎を読み直す(15)「最後の小説」へのファーストステップ

大江健三郎『新しい文学のために』(岩波新書、1988年)                                                                                                                            岩波新書赤版の1冊目であり、2013年に36刷を重ねた大江文学方法論である。その10年前に、大江健三郎『小説の方法』(岩波現代選書)が出ている。40歳代の文学論であり、『新しい文学のために』は50歳代の文学論である。6年後には大江健三郎『小説の経験』(朝日新聞社、1994年)があり「文学再入門」が展開されている。                                                                                    『懐かしい年への手紙』を書き終えた時の編集者からの問いかけを契機に書き始められたという本書は、「自分が作家としての生の『最後の小説』として書こうとする小説の構想を語るだろう」と述べて、大江がその後ずっと繰り返し続けることになる「最後の小説」を唱えた著作である。「これまでわが国に方法論を中心にすえて小説を語る態度というものが、あまり熱心に試みられることはなかった」と見る大江は、20歳代前半で作家としてデヴューし、その後も小説を書き続けた時期に文学について理論的に手探りを続けたと言う。若き作家として、意欲的に挑戦を繰り返した経験をもとに理論化した『小説の方法』は難解との批評に出くわすことになったので、本書ではよりハンディな形式で、わかりやすさを心がけて書いている。キーワードは「異化」、想像力、読むと書くとの転換装置、道化=トリックスター、神話、カーニバル等々である。ロシア・フォルマリズム、ミラン・クンデラ、ダンテ、トルストイ、夏目漱石、三好達治、柳田国男、バルザック、チェーホフ、バシュラール、井伏鱒二、ローベルト・ムジール、ドストエフスキー、フォークナーなどの作品から引用を重ねつつ、文学の方法を語る。                                                                                                                                         「自分のうちに柱を、世界軸をたてるべくつとめ、自分の言葉が事物・人間・社会・世界と、ついには和解しうることを信ぜよ。新しい書き手として仕事をするきみの、それを根本態度とせよ。そこに出発点をきざむならば、いかにきみがこれから、言葉とものとの苦しい戦いを経験してゆかねばならないのであるにしても、きみにとって未来への展開はまったく自由なひろがりに向かうはずだし、その自由さには、人間的な根拠があるはずだから……」                                                                                                                                 「小説に書くということは、自分の人間的な全体において、対象をよく見つめ、受けとめること――そのレヴェルで『異化』の操作を始めること――を出発点とする。もはや書きはじめたばかりの作家でなく、小説を書く経験の量を積みかさねて来た人間にとってはとくにそうである。これまで生きてきたこと、さらに生きつづけること、ついには死んでゆくこと。その社会・世界との関わり、宇宙観との照らしあい。それらすべてと、小説の構想とをよくつきあわせてからでなければ、書きはじめることができない。/しかもそうするためには、勇気がいる。自分の思想的な浅さ、単純さとも面と向かわねばならない。なにより、ウソを書かぬ、という覚悟がいる。ヒロシマと核状況という、戦後の日本人の作家として生き死にする自分の、最大の主題の前で、僕は長い間それにとりかかる勇気がなかった。能力が不足していたのでもある。/今、年齢をかさねてきたこともあり、追いつめられるようにして、『最後の小説』を考えている自分に気がつくのである。ひとりの作家が、そういう生涯の重要な分節点で、当のヒロシマと核状況をどうとらえているのかを話したい。」                                                                                                                                           『ヒロシマ・ノート』から始まった核状況への文学的挑戦と、『個人的な体験』で書き始めた個人的な、しかし「普遍的な」人間の問いを、折り重ね、繋げ直してきた大江文学の「最後の小説」へのターニングポイントが本書であった。