Sunday, July 25, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(182)a アンチレイシスト入門

イブラム・X・ケンディ『アンチレイシストであるためには』(辰巳出版、2021年)

http://www.tg-net.co.jp/item/4777827739.html

<全米130万部ベストセラー!

《米Amazon1位》《NYタイムズ・ベストセラー第1位》

2020年最も影響力のある100"に選ばれた世界が注目する歴史学者による世界に蔓延るレイシズム(人種主義)を解き明かすためのガイドブック。>

<アンチレイシストとは人種だけでなく、民族、文化、階級、ジェンダー、セクシュアリティなどの違いを平等に扱う人のこと。

世界に蔓延るレイシズム(人種主義)の構造や本質をみずからの体験を織り交ぜながら解き明かし、制度としてのレイシズムを変え、「アンチレイシスト」としての態度をとりつづけることがその解決策だと訴える。

レイシズムが深く浸透した社会では、自身をふくむほとんどの人の心にレイシズム的な考え方が潜んでいる。

レイシストの権利者たちがつくりだす「ポリシー(政策、制度、ルール)」を変えない限りレイシズムは解決できず、「レイシストではない」と発言する人も、そのポリシーを容認する限り仮面を被ったレイシストなのだと厳しい目を向ける。

だからこそ、「アンチレイシスト」でありつづけるためには、レイシズムを生物学、民族、身体、文化、行動、肌の色、空間、階級に基づいてよく理解し、レイシズム的な考え方を見つけるたびに取り除いていく必要がある。

問題の根源が「人々」ではなく「権力」に、「人々の集団」ではなく「ポリシー」にあることに目を向ければ、アンチレイシズムの世界が実現可能となる。

ぼくたちはレイシストであるための方法を知っている。

レイシストでないふりをする方法も知っている。

だからいま、アンチレイシストであるための方法を学び始めよう。>

著者は歴史学者で作家であり、ボストン大学の反人種主義研究・政策センター所長。本書は2019年に出版され、アメリカでベストセラーになったという。

 半分ほど読んだところだが、いくつか本書の特徴を示しておこう。

1の特徴は、著者自身の出身、子ども時代の体験を素材に、日常生活の具体的な一コマ一コマを通じてレイシズムがいかに発言しているか、いかに乗り越えるかを説明している点である。このためにとても読みやすい。

アフリカ系アメリカ人の両親がどのように出会って、結婚し、著者が生まれたか。その歴史を見ただけでアメリカにおけるレイシズムの多様な網の目の中で考える必要がよくわかる。やる気のない高校生だった著者がマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・スピーチコンテストの決勝に残り、スピーチをした時のエピソードも、レイシズムの複雑さを考える最適の事例となっている。著者がなぜ、どのように転校し、どの高校に通ったのか、それもレイシズム抜きに説明できない。アフリカ系アメリカ人やアフリカやカリブ地域からの移民アフリカ人を取り巻いている生活世界そのものがレイシズム渦巻く世界である。アフリカ系であれインド系であれ白人であれ、それぞれに社会条件に規定された人生を生きざるを得ない。その諸相を、当時の少年の視点と、現在の歴史学者の視点で、巧みに描き出しているので、読みやすく、叙述が具体的である。

2の特徴はレイシズムの定義方法にある。従来の諸学問におけるレイシズムにとらわれることなく、独自の定義を試みる。第1章「定義することからはじめよう」の冒頭に次のような定義が示される。

レイシスト 行動する(しない)こと、またはレイシズム的な考えを表明することによって、レイシズムのポリシーを支持している人

アンチレイシスト 行動する(しない)こと、またはアンチレイシズム的な考えを表明することによって、アンチレイシズムのポリシーを支持している人

一目見てわかるように、これは実は定義になっていない。「レイシストとはレイシズムのポリシーを支持している人」ならば「デモクラットとはデモクラシーのポリシーを支持している人」であり、「ファシストとはファシズムのポリシーを支持している人」である。

定義になっていないのに、本書を読み進めると、この定義は妙に説得力のあるものだということがわかる。著者は第2章以下で、同様に同化主義者、分離主義者、生物学的レイシスト、生物学的アンチレイシスト、民族レイシズム、民族アンチレイシズム、身体レイシスト、身体アンチレイシストなどを定義していく。いずれも定義になっていない。でも、説得力のある定義である。ここが重要なところだ。定義することは大切だが、定義のための定義をする必要はない。重要なのは具体的な事例を提示して、著者の定義が何を意味しているかをきっちり伝えることである。それが本書の方法である。

3の特徴は歴史的考察である。アメリカにおける黒人に対する差別を論じているので当たり前のことだが、近代奴隷制の歴史を踏まえて、そこからさまざまな事例を取り出して、現代アメリカの現実に立ち向かう。世界的な奴隷制の歴史と思想が何を生み出し、現在の私たちを支配しているかを巧みに、鮮やかに描き出している。

4の特徴はレイシズムの多様性を十分に考慮している。白人が黒人を差別して捏造したレイシズムだが、いったんつくられたレイシズムは多様な局面で機能する。特に黒人内部への影響である。著者自身が子ども時代にレイシズムの影響を受け、レイシズムを内面化していた。著者の両親もそれぞれにレイシズムに脅かされていた。黒人の間でも、アフリカ系アメリカ人と移住アフリカ人の間の差別がある。黒人がアジア系に対して持つ差別、経済的に成功した黒人が失業している黒人に対して持つレイシズム。人種、民族、言語、皮膚の色、宗教、身体的特徴、性別、性的アイデンティティなど多様な要因がレイシズムに巻き込まれていく。このことをしっかり認識しておかなくてはならない。レイシズムとアンチレイシズムの区分けを忘れてはならないが、レイシズムは一枚岩ではない。