Monday, March 17, 2014
ヴィンタトゥール美術館散歩(2)
美術館の町ヴィンタトゥールをつくることになった最大の基礎はオスカー・ラインハルト(1885~1965年)の美術品収集である。「最後の大規模コレクター」と呼ばれるオスカーは、ヴィンタトゥールの実業家一族の息子で、美術品収集に力を注いだ。父テオドール、兄ゲオルグ、ヘディらも収集家であった。オスカーは途中から企業経営から身を引いて、収集に専念した。印象派に始まり近代西洋美術全般に及ぶが、オスカー・ラインハルト財団の収集品が2つの美術館に展示されている。
1つが駅前通りにある美術館で市立公園美術館とも呼ばれる。市立公園美術館には主にスイス、オーストリアなど地元アーティストの作品が収蔵されている。
もう1つが、レーマーホルツにあるラインハルト邸を美術館にしたものでレーマーホルツ美術館とも呼ばれる。
レーマーホルツ美術館は、ヴィンタトゥール駅から徒歩20数分の丘の上にある旧ラインハルト邸を改造したものである。大きな美術館ではないが、大きくする必要がない。なぜなら、ここにはオスカーが選定した選り抜きの作品だけが展示されている。オスカーの審美眼にかなわなかったものは展示されない。カタログはわざわざ『オスカー・ラインハルト財団「レーマーホルツ」からの100の傑作』と銘打っている。収集家オスカーの審美眼と趣味だけで構成された美術館展示である。
最初に目につくのは、15世紀ライン・ドイツの作品で「マリアの受胎告知」(作者不詳)である。部屋で読書中のマリアのもとに天使が訪れたシーンである。ルーカス・クラナハの「ヨハネス・クスピニアンとアンナ・プッチュの結婚」は2人の肖像画である。
ホルバイン、エルグレコ、ピーター・ブリューゲル「雪の中の諸侯たちの崇拝」、ルーベンス「デシウス・ムス」、プサン「聖家族」、フラゴナールのデッサン、アングルの肖像画、ドラクロワ「オフェリアの死」、そしてコロー、ドーミエ10数点、クールベ「ハンモック」、もうこのあたりですっかり満喫。
ルノワール「フォントネ薔薇園」「眠る少女」、シスレー「サンマルタン運河」、ピサロ「エルミタージュ」、ゴーギャン「青い屋根」、モネ「セーヌの解氷」、マネ「マルゲリーテ・コンフラン」「カフェ」、ドガの踊り子、セザンヌ「ドミニク・オベール」「自画像」「シャトー・ノワール」「サン・ヴィクトワール山」、ゴッホ「プロヴァンスの庭」「アルルの病院」2点、ロダン「ベネディクト15世」、ルノワール「漁婦」といった調子で続く。
平日の午前中に行くと客が少ないので、傑作に囲まれて一人のんびり過ごせる。カフェテリアもある。町中とは別世界である。