Sunday, May 11, 2014

大江健三郎を読み直す(18)最初期短編群の青年像

大江健三郎『見るまえに跳べ』(新潮文庫、1974年)                                                     本書には、デビュー作「奇妙な仕事」、戯曲風に書かれた「動物倉庫」(以上1957年)に始まり、「運搬」「鳩」「見るまえに跳べ」「鳥」(以上1958年)、「ここよりほかの場所」「上機嫌」(以上1959年)、「後退青年研究所」「下降生活者」(以上1960年)の10篇が収録されている。                                                                     最初期大江の特徴としてよく指摘されてきたように、第1に、動物が重要なモチーフとなっていることがよくわかる。犬を殺す仕事、倉庫で蛇に逃げられる話、牛を運ぶ仕事などが続く。これはのちに四国の森の世界を描いて、「森の思想」に発展していくが、その端緒は「下降生活者」にも表れている。第2に、青春の挫折や無意味さや不安である。ニヒリズムという訳ではないが、人間の行為についての徒労感がしばしば語られる。これらは「政治と性」「政治的人間と性的人間」という初期のテーマに発展していく。政治的行動への参加と躊躇や、恋人との間に子どもをつくることへの不安など、青年の揺れる心理が描かれる。                                                             新潮文庫が出た当時、私はこれらの作品をどのように読んだのか、あまり記憶していない。「奇妙な仕事」については、時代の旗手のデビュー作ということで熱心に読んだはずだが、「飼育」を先に読んでいたためか、印象が薄い。表題作「見るまえに跳べ」や、「ここよりほかの場所」にも感銘を受けなかったのは、当時の私は他方でジョン・レノン主義者であり、ジョンとヨーコの言動にこそ時代精神を嗅ぎ取っていたからかもしれない。60年安保前後の青年の屈服感、自己欺瞞、自己嫌悪といった悩みは、70年代中葉の青年にとってすでに過去のものでしかなかったように思う。それは石原慎太郎の『太陽の季節』を読んでも「ツマラナイ」という感想しか持ちえなかったことと同じである。しかし、イシハラにしろ大江にしろ、あの時代の青年像の一面を見事に描き出し、それが今なお続く青年イメージの形成に寄与したことは間違いない。