Sunday, June 20, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)d インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

オヌール・エツァータ「ドイツ国家社会主義地下組織(NSU)とドイツにおけるヘイトクライムに対する取り組み」

著者はネオナチ地下組織のNSUの裁判で付帯訴訟の代理人を務めた弁護士である。ヘイトクライム事件の弁護人経験を有し、反レイシズムの立場である。NSU事件とは19982011年にかけてNSUメンバーが人種差別動機で10人の殺人事件を起こした事件で、2013年に始まった裁判は437回の公判を開く、ドイツ刑事裁判史に残る長期裁判となったが、NSUの組織的背景や、連続殺人に至るプロセスは未解明のまま終わった。というのも警察側に反レイシズムが徹底しておらず、それどころか被害者たちをテロや麻薬事犯の容疑者ではないかと疑いをかけ、加害者の特定が遅れるなど、ドイツ刑事司法に大きな制約があったという。

郭辰雄「ヘイトスピーチ根絶のための取り組み――鶴橋、ネット、二つの事例から見えるもの」

著者はヘイトスピーチと闘ってきたコリアNGOセンター代表理事。鶴橋に代表されるヘイトデモへのカウンター行動、被害実態調査を行い、ヘイトスピーチ禁止の仮処分申請を行ってきた。その経緯がつづられる。さらに李信恵・反ヘイトスピーチ裁判の支援も続けた。その経験をもとに、ネット上のヘイトの法的責任追及、複合差別との闘いを論じている。

2論文はいずれも反ヘイトのカウンタ委の理論と実践に大いに有益である。ただ、「インターネットとヘイトスピーチ」という本書の主題から言うと、ややずれている印象がある。