Friday, April 17, 2026

終わらない「戦後」を終わらせるために

高橋哲哉・三牧聖子・須藤輝彦・伊達聖伸『もうひとつの戦後80年』(岩波ブックレット)

https://www.iwanami.co.jp/book/b10160897.html

<冷戦終結後、日本の「失われた30年」の長い停滞が始まった1995年に浮上した「敗戦後論」が提起した歴史認識論争を入り口に、今も未解決の諸問題を真摯に振り返る。激動する現在の世界に言葉を与える試み。>

「戦後50年」の1995年に行われた「歴史主体論争」――1948年生れの加藤典洋の『敗戦後論』、1956年生れで『戦後責任論』の著者・高橋哲哉の間で交わされた歴史認識論争は、当時、大いに議論を呼んだが、すれ違って始まり、すれ違ったまま終わったように見えた。

それから30年を経て「戦後50年+30年」をどう考えるか。202582日に開催されたシンポジウムで、1981年生れの『Z世代のアメリカ』の三牧聖子、1988年生れのチェコ・中央アジア文学研究の須藤輝彦、1975年生れの宗教学研究の伊達聖伸が、高橋とともに、「戦後80年」を論じる。

「戦後80年」という物言いは日本特有のものであり、フランスではこうした数え方をしないと述べられている。むしろ、アジアのどこでもこうした数え方はしない。それどころか、朝鮮戦争、ベトナム戦争をはじめとする数々の戦争を体験してきたアジア各国では「戦後」の意味合いは決定的に異なる。このことは必ず指摘しておきたい。

4人の論者もそんなことは承知しているだろうが、誰も口にしない。シンポジウムの参加者・聴衆は、アジアへの視線の弱い「戦後80年」をどう聞いただろうかと気になるのは私だけだろうか。

それはともかく、戦争犯罪やジェノサイドを裁く国際人道法・国際刑法の発展を、キャサリン・シッキングの「正義のカスケード」を参照しながら、歴史と記憶の問い直しを図る高橋。国際法と秩序の形成者であったアメリカが国際法を踏みにじる現状を正面から論じる三牧。加藤の元で学んだ元学生の須藤(1995年当時は小学生になったばかり)による歴史主体論争の再解釈。いずれも興味深い。

驚いたのは、伊達による「あとがき」に、「シンポのあと、高橋先生から、加藤典洋氏には結局生前は一度も直接会うことはなかったとうかがった」とあることだ。

たまたま会うことがなかったのだろうが、論争当事者の2人を直接会わせる努力がきちんとなされなかったのだとすれば、この国の「論争」の在り方を考え直す必要があるかもしれない。議論の中身もすれ違っていたが、両者が出会うことなくすれ違い続けたとすれば、残念なことである。