Tuesday, July 19, 2011

人種差別撤廃委員会と日本(2)

雑誌「統一評論」534号(2010年5月)


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ヒューマン・ライツ再入門17


人種差別撤廃委員会と日本(二)


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朝鮮学校差別に勧告



 人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会は、二月二四日・二五日に日本政府報告書の審査を行ない、三月一六日に最終所見(勧告)を公表した。


 審査において複数の委員から指摘のあった朝鮮高級学校の高校無償化排除問題や、その他の朝鮮学校差別に関して、いくつかの指摘がなされた。


 「13.日本政府による説明には留意するが、委員会は、条約第四条(a)(b)の留保に関心を有する。委員会は、朝鮮学校に通う子どもなどの集団に対するあからさまな、粗野な言動の事件が続いていることや、特に部落民に対してインターネットを通じて有害な人種主義的表現・攻撃にも関心を有する。/委員会は、人種的優越性や憎悪に基づく思想の流布を禁止することは、意見・表現の自由と合致するという委員会の見解を強調する。そしてこの点で、日本政府に条約第四条(a)(b)の留保を維持する必要について検討し、留保の範囲を限定し、むしろ留保を撤回するよう促す。委員会は、表現の自由の行使は、特別な任務と責任、とりわけ人種主義思想を流布させない義務に対応するものであることを想起し、日本政府に対して、委員会の一般的勧告第七(一九八五年)と第一五(一九九三年)を考慮に入れるよう再び呼びかける。これらの勧告は、第四条は自力執行力がないとしても、命令的性格を有するとしている。委員会は日本政府に次のように勧告する。


(a) 第四条のもとで差別を禁止する規定に十分な効力を持たせる立法がないことを改正すること。


(b) 関連する憲法、民法、刑法規定が、憎悪や人種主義的現象に対処する追加措置を通じるなど、とりわけ、それらの捜査および関与者の処罰の努力を強化することにより、効果的に実施すること。


(c) 人種主義思想の流布に対して敏感になり、自覚するキャンペーンを行い、インターネット上のヘイト・スピーチや人種主義的宣伝など人種的に動機付けられた犯罪を予防すること。」


条約第四条(a)(b)は、人種主義思想の流布や人種差別の煽動を犯罪として処罰する法律、人種差別助長煽動団体を禁止する法律(ヘイト・クライム法)を制定することを求めている。


日本政府は条約を批准した際に、条約第四条(a)(b)の適用を留保した。理由は、表現の自由と抵触すること、罪刑法定原則と抵触することなどである(後述)。


「22.委員会は、日本政府が、バイリンガル指導員や入学案内など、少数者集団の教育を促進する努力を行ったことを評価するが、教育制度において人種主義を克服する具体的な計画の実施に関する情報が欠如していることは残念である。さらに、委員会は、次のような、子どもの教育に差別的影響を与える行為に関心を表明する。


(a) アイヌの子どもやその他の国籍の子どもが自己の言語で教育を受ける適切な機会がないこと。


(b) 条約第五条、子どもの権利条約第二八条、社会権規約第一三条二項など、日本が批准した条約にしたがって、日本にいる外国人の子どもに義務教育制度が完全に適用されていないこと。


(c) 学校認可、同等の教育課程および高等教育への進学に関して障害があること。


(d) 日本に居住する外国人、朝鮮人、中国人のための学校について、公的援助、助成金、免税についての異なる処遇。


(e) 公立・私立高校、専門学校、高校教育課程と類似する様々な教育機関について高校教育無償化のために日本で現在提案されている立法提案から朝鮮学校を除外するという政治家発言。


 委員会は、市民以外の者に対する差別に関する一般的勧告第三〇(二〇〇四年)に照らして、日本が、教育機会に関する諸規定に差別がないようにすること、日本の管轄に居住する子どもが、就学や義務教育に関して障害に直面しないようにするよう勧告する。この点でさらに、多数の外国人学校制度や、代替的な制度の選択に関する研究が、日本政府によって採用されている公立学校以外にも行われるよう勧告する。委員会は、日本政府に、少数者集団に自己の言語で教育を受ける適切な機会を提供するよう検討することを促し、ユネスコ教育差別禁止条約に加わるよう呼びかける。」



今会期の特徴



今回、人種差別撤廃委員会でロビー活動を行う前に気になっていたのは、前回二〇〇一年と比較して、あまり新味がないのではないかということであった。というのも、二〇〇一年から状況には様々な変化があったが、大枠で言えば「日本政府は変わっていない」。その意味では、基本的に前回と同じようなものという印象になりかねない。しかも、前回は直前に石原慎太郎都知事の「第三国人」発言があり、内外で注目されていた。実際、石原発言が公務員による差別発言であり、条約に従った対処が必要であることが、委員会によって明言された。今回は、人種差別撤廃委員会に日本の状況をどのように理解してもらうべきか、「人種差別撤廃NGOネットワーク」に属する人権NGOの悩みであった。


他方で、日本政府はアイヌを先住民族と認めて新たな政策を打ち出している。委員会にとっても、その点は当然、評価すべき点である。先住民族と認めたといいながら、実は「先住民族の権利」を認めていないのだから、半分は虚偽説明なのだが、ともかくも、それまで認めていなかったことを認めた点では前進である。NGOとしても、言いたいことはたくさんあるが、どこに焦点を絞っていいのか悩むところでもあった。


最近の状況変化としては、在特会(在日特権を許さない市民の会)のようなヘイト・クライムの激化があるので、NGOブリーフィングでは、これを一つの柱にした。二〇〇九年一二月に起きた、在特会による京都朝鮮学校襲撃事件は、最近におけるヘイト・クライムの典型例であり、しかも小学校児童に対する差別と暴力という異常な事態であるから、即座に理解できる。在特会という異常な集団を放置している日本政府の責任も明瞭であり、訴えやすい。そこで人種差別撤廃NGOネットワークが主催したブリーフィングの冒頭で、被害者である朝鮮学校側から撮影した映像を上映した。こうした努力によって、日本における人種主義と人種差別の実態を伝えようとした。


ところが、委員会審査直前に高校無償化から朝鮮学校を除外するとの中井発言が飛び出して、状況が変化した。日本の新聞もみな委員会における中井発言批判を報道したように、「ほらみろ、日本政府はこんなに差別的だ」という証拠が、海を越えて飛び込んできた。在ジュネーヴ駐在のある日本新聞記者は「出会い頭だった」と表現した。NGO主催のブリーフィングに一八人の委員のうち一二人が参加して、NGOに対して次々と質問をした。この時の質疑応答が、実際の日本政府報告書審査に反映することになった。



勧告の概要



 委員会勧告は三五項目に及ぶ長さであり、到底全部を紹介しきれない。まずは主要な項目の内容を列挙してみよう。


・日本政府は人種差別禁止法は必要ないと主張しているが、それでは差別された個人や集団が補償を受けることができない。


・国内人権委員会を設置する人権擁護法が廃案になったのは残念である。


・日本には包括的で効果のある救済機関がない。


・朝鮮学校に通う生徒らに対する有害な、人種主義的表現などに関心を有する。


・インターネットにおける部落民攻撃に関心を有する。


・日本政府は人種差別撤廃条約第四条(a)(b)の留保を再検討するよう、留保の範囲を限定するか、留保を撤回するよう促す。


・人種主義思想の流布に対して敏感になり、意識を高めるキャンペーンをするべきである。


・インターネット上のヘイトスピーチや人種主義宣伝などの犯罪を予防するべきである。


・公務員による差別発言がなされているのに、これに対する措置が何ら取られていない。


・公務員、法執行官、一般公衆に、人種差別に関する人権教育をするよう勧告する。


・部落差別を取り扱う担当官庁がないので、部落問題を扱う機関を設置するべきである。


・アイヌ対策についてアイヌの代表が十分選出されていない。


・アイヌ民族の権利についての国家調査がなされていない。


・前進があるといっても国連先住民族権利宣言には遠く及ばない。


・沖縄の人々が被っている差別にも関心を有する。


・公的援助や免税措置について朝鮮学校などへの差異的処遇など教育に差別的影響がある。


・公衆浴場その他、人種や国籍を理由としたアクセスの権利の拒否が見られる。



定義問題



 人種差別撤廃条約第一条は人種差別の定義を定めている。一九六五年の条約であり、やがて半世紀になろうという歴史があり、解釈の歴史がある。この間、多くの国家が何度も何度も報告書を提出して委員会の審査を受けてきた。二〇回もの報告書を提出してきた国家もある。そこでの議論を踏まえているから、条約第一条の定義の解釈はすでに固まっている。人種、皮膚の色、民族的出身、種族的出身と併記された「世系」について、委員会の解釈においては、例えば、インド、ネパールなどの諸国におけるカースト制、ダリットが「世系」に当たるとされている。近年の国連人権理事会(旧・人権委員会)や人種差別撤廃委員会では、「世系」は職業や社会的身分に基づくものとされている。


 ところが、日本政府は委員会や他の諸国とは異なった独特の解釈を唱え始めた。日本政府によると、「世系」は、条約第一条にあるので、人種や民族的出身と同じ趣旨で理解されるべきであり、職業や社会的身分に関する規定ではないという。「だから、部落差別は人種差別ではなく、人種差別撤廃条約の適用がない」という結論のために作り出された解釈である。


 しかし、委員会は、日本政府の解釈を否定している。


 「8.委員会は、条約第一条一項の『世系』という用語は、単に『人種』に関するものではなく、世系に基づく差別は条約第一条に完全に含まれることを確認する。それゆえ、委員会は、日本政府に、条約に従って人種差別の包括的定義を採用するよう促す。」


 これは当然のことである。日本政府の主張が正しいならば、条約第一条にはもともと「世系」という言葉を書く必要がなかったことになる。人種や民族的出身とは別に、わざわざ世系という言葉が挿入されている意義を否定するべきではない。


 他方、二〇〇一年審査の際に「先住民族の国際法上の定義はないから、アイヌが先住民族に当たるか否かは判断できない」と、アイヌの先住民族性をあくまでも認めなかった日本政府が、今回の報告書では、アイヌの先住民族性を認めた。二〇〇七年に国連総会で「先住民族権利宣言」が採択され、日本政府もこれを支持した。そのことを委員会はきちんと評価している。


 しかし、ここでも問題を指摘しなければならない。第一に、アイヌを先住民族と認めたといいながら、先住民族権利宣言において承認された「先住民族の権利」を日本政府はまったく認めていない。第二に、現在、アイヌ政策を進めるための懇談会や各種委員会が発足して審議を進めているが、アイヌ代表が少数しか参加できていない。第三に、委員会審議の席上で、日本政府・人権人道大使は「先住民族の定義はない」と断言した。政府方針として先住民族権利宣言を支持し、アイヌを先住民族と認めたはずの現在でもなお、大使が国際舞台で平然と「先住民族の定義はない」と言い放っているのである。


 このように、日本政府は国際文書のもっとも基本的な用語の定義についてさえ、国際社会と異なる解釈を持ち出し、国際文書の定義を否定したりする。



人種差別禁止法



 人種差別禁止法の制定も、二〇〇一年審査時の勧告においてすでに明確に指摘されていた。二〇〇六年には、国連人権理事会のドゥドゥ・ディエン「人種差別問題特別報告者」報告書が人種差別禁止法の制定を勧告している。今回も同様の指摘がなされた。


 委員会はまず次のように述べている。


 「7.委員会は、前回の最終所見(二〇〇一年)の実施のための具体的措置に関する情報が、日本政府から十分提供されなかったことに留意し、勧告の実施も条約全体の実施も非常に制約されていることは残念である。/日本政府は、委員会によってなされたすべての勧告と決定に合致するよう、国内法規定が条約の効果的実施を助長するのに必要な措置を採るよう促されている。」


 「9.委員会は、国内の差別禁止法は必要ないという日本政府の見解に留意し、その結果として個人及び団体が差別について法的救済を求めることができないことに関心を有する。/委員会は前回の最終所見(二〇〇一年)の勧告を強調し、日本政府に対して、条約第一条にしたがって、条約によって保護されたすべての権利を含んだ、直接及び間接の人種差別を違法化する特別立法を制定することを検討するように促す。また、日本政府に、人種差別の告発を取り扱う法執行機関に、差別の実行者を取り扱い、被害者を保護するために適切な専門家・当局を置くことも促す。」


 その上で、委員会は先に紹介した勧告13を明示している。さらに、勧告14では、条約第四条(c)にしたがって、公務員などによる差別発言にきちんと対処するように求めている。


 人種差別禁止法、とりわけヘイト・クライム法の制定については何度も述べてきたが、最低限のことは確認しておきたい(詳しくは前田朗『ヘイト・クライム――憎悪犯罪が日本を壊す』三一書房労組、二〇一〇年)。


 第一に、ヘイト・クライムの現状認識である。日本政府は、日本にはそのような犯罪がないから法規制も必要ないと繰り返してきた。しかし、日本政府はヘイト・クライムの調査事態を行っていない。行うつもりもないという。調査もせずに「ない」と断言してきた。そして、チマ・チョゴリ事件や、在特会のようなヘイト・クライムには目を閉ざす。委員会で法務省人権擁護局がさまざまな弁解をしていたが、過去十数年にわたるチマ・チョゴリ事件の被害者からの聞き取りさえ行っていない。


 第二に、表現の自由との関係である。二〇〇一年には、日本政府は人種差別表現も表現の自由であると述べて、委員会の顰蹙を買った。今回はさすがにそこまでではなかったが、人種差別の刑事規制は表現の自由に反すると、相変わらずの主張を続けた。委員会は、人種差別の規制と表現の自由は矛盾しない、それどころか、表現の自由を守るためにこそ人種差別の刑事規制が必要だと指摘している。表現の自由と責任についての考察が、日本政府には決定的に欠けている。


 第三に、罪刑法定原則との関係である。確かに、新たな刑事立法に際しては、罪刑法定原則に反しないことは必須の条件である。法律に適正に規定された明確な犯罪概念、適正に規定された刑罰でなければならない。しかし、日本政府は、人種差別の刑事規制が罪刑法定原則に反すると一般的に述べている。世界では多数の諸国がヘイト・クライム法を有している。アメリカの過半数の州がヘイト・クライム法を有している。これら諸国の法律はみな罪刑法定原則に反しているのだろうか。そのようなことがありうるだろうか。また、単なる暴行事件よりも、人種主義的動機による場合に刑罰を加重して適用する立法は、なぜ罪刑法定原則に反するのだろうか。


 第四に、日本政府は、ヘイト・クライム法が表現の自由や罪刑法定原則に抵触すると述べながら、ヘイト・クライム法だけではなく、あらゆる人種差別禁止法の制定を拒否している。ヘイト・クライム法は、一定の人種差別言動を犯罪化したり、刑罰を加重する刑事法である。他方、人種差別禁止法は刑事法だけではない。憲法、民法、行政法、労働法など多方面の法分野における各種の規制法であり、そこにヘイト・クライム法も含まれる。仮にヘイト・クライム法についての日本政府の懸念に根拠があったとしても、それを理由に包括的な人種差別禁止法を拒否するのは不当である。少なくとも、ヘイト・クライム法を除いた人種差別禁止法は速やかに制定できたはずであるし、今からでも制定するべきである。



今後の課題



 今回の委員会審議と勧告は、高校無償化から朝鮮学校を除外するという政治家発言があったため、多くの新聞に報道され、日本社会に伝わった。とはいえ、伝わったのは審議や勧告のごく一部にすぎない。


 人種差別撤廃NGOネットワークに結集したNGOは、東京や大阪での報告集会を準備している。委員会ロビー活動参加者は、それぞれの団体の機関誌や各種メディアに報告文章を発表し始めている。


 NGO自身による報告と勧告の活用は当然のこととして、勧告を活かしていくためには、より具体的に日本社会に伝えていく必要がある。日本政府の後ろ向きの姿勢を改めさせる必要がある。


 翻訳、報告、報告会に加えて、とりわけメディアに人種差別問題について敏感になり、人権擁護の立場で報道させること。国会その他の政治の場で事実を伝え、委員会勧告の意義を理解してもらうこと。個別分野において、人種主義の克服、人種差別の抑止のためになされてきた努力をいっそう活性化させること。ヘイト・クライム法を含む人種差別禁止法の制定に向けて調査・研究と宣伝の努力。ヘイト・クライム調査のための措置や立法の提案。国内人権機関創設のための立法再提案。こうした努力を社会的に広げていく必要がある。


 人種主義と人種差別の被害者は少数者であることが多い。この社会の圧倒的多数派である日本国籍日本人は人種差別被害にあうこともなく、人種差別対策の必要性を理解しないことが多い。しかし、被害を受けない日本人こそが、自らこの社会の人種主義と人種差別について真剣に考えるべきである。


 第一に、それゆえメディアの責任が重要である。この社会の実態を明らかにし、人種差別に苦しむ人々の状況を理解させることが不可欠である。第二に、政治家の役割である。多数派の意見に従うことだけが政治家の仕事ではない。選挙における投票行動では示されにくい社会的ニーズにも配慮して政策を提言することも政治家の重要な役割である。第三に、人種差別は「被害者」にとってだけ深刻なのではない。人種差別を見逃し、放置していると、その社会は確実に蝕まれていく。人種差別をしないこと、人種差別を見逃さないこと、人種差別に加担しないこと、人種差別の予防と対策を日頃からきちんと用意しておくこと――そうしなければ、その社会におけるその他の差別や人権侵害も横行することになるだろう。



勧告の全文


http://www2.ohchr.org/english/bodies/cerd/cerds76.htm

人種差別撤廃委員会と日本(1)

雑誌「統一評論」534号(2010年4月)


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ヒューマン・ライツ再入門16


人種差別撤廃委員会と日本(一)



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高校無償化問題



 二〇一〇年二月二四日、ジュネーヴ(スイス)のレマン湖畔にあるパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所)で、人種差別撤廃委員会が第二回日本政府報告書審査を行った。審査の中で、直前に明らかになったばかりの、高校無償化について朝鮮学校だけを対象外とする中井大臣発言について、懸念が表明された。


 アレクセイ・アフトノモフ委員(ロシア)は次のように述べた。


 「高校無償化問題で(中井)大臣が、朝鮮学校をはずすべきだと述べている。すべての子どもに教育を保証するべきである。朝鮮学校の現状はどうなっているのか。差別的改正がなされないことを望む。今朝、新聞のウエブサイトを見たところだ。朝鮮人はずっと外国人のままでいるが、なぜ日本国籍をとらないのか。国籍法はどうなっているのか。条約と整合性のない規定があるのではないか。国籍取得を阻んでいるのは何か。朝鮮人や中国人は国籍法の手続きにアクセスできるのか。」


 また、ホセ・フランシスコ・カリザイ委員(グアテマラ)がこれに続いた。


 「朝鮮学校に関して、もっとも著名な新聞の社説にも、高校無償化から朝鮮学校を排除するという大臣発言への批判が出ている。すべての子どもに平等に権利を保障するべきだ。」


 翌日の日本各紙もそろってこの事実を伝えた(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、共同通信、時事通信)。



人種差別撤廃委員会



 一九六五年、国連総会は人種差別撤廃条約を採択した。六〇年代初頭に、西ドイツ(当時)でネオナチが台頭し、ユダヤ人に対する差別が吹き荒れた。これに危機感を抱いた欧州各国がリードして、まず人種差別撤廃宣言をつくり、続いてて条約をつくったのである。


 日本はこの条約をなかなか批准しなかったが、三〇年後の一九九五年、アメリカが批准した直後に慌てて批准し、一九九六年一月に発効した。条約によると、政府は条約批准後一年以内に最初の報告書を委員会に提出し、審査を受けることになっている。日本政府報告書の締切りは一九九七年一月であったが、大幅に遅延して二〇〇〇年一月に提出した。二〇〇一年三月八日と九日、人種差別撤廃委員会は、第一回(実は第一・第二回)日本政府報告書の審査を行った(詳しくは、前田朗「問われた日本の人種差別――人種差別撤廃委員会日本政府報告書審査」生活と人権一二号、二〇〇一年)。


 審査の結果、人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して数多くの勧告を出した。人種差別禁止法について、アイヌ民族や沖縄/琉球について、部落差別について、国内人権機関の設置についてなど数多いが、在日朝鮮人に関連して次のような勧告を出した。


「14.委員会は、朝鮮人(主に子どもや児童・生徒)に対する暴力行為の報告、およびこの点における当局の不十分な対応を懸念し、政府が同様の行為を防止し、それに対抗するためのより断固とした措置をとるよう勧告する。」


「16.朝鮮人マイノリティに影響を及ぼす差別を懸念する。朝鮮学校を含むインターナショナルスクールを卒業したマイノリティに属する生徒が日本の大学に入学することへの制度的な障害のいくつかのものを取り除く努力が行われているものの、委員会は、とくに、朝鮮語による学習が認められていないこと、在日朝鮮人の生徒が上級学校への進学に関して不平等な取扱いを受けていることを懸念する。日本に対して、この点における朝鮮人を含むマイノリティの差別的取扱いを撤廃し、公立学校におけるマイノリティの言語による教育を受ける機会を確保する適切な措置とるよう勧告する。」


「18.日本国籍を申請する朝鮮人に対して、自己の名前を日本流の名前に変更することを求める行政上または法律上の義務はもはや存在していないことに留意しつつ、当局が申請者に対しかかる変更を求めて続けていると報告されていること、朝鮮人が差別をおそれてそのような変更を行わざるを得ないと感じていることを懸念する。個人の名前が文化的・民族的アイデンティティの基本的な一側面であることを考慮し、日本が、かかる慣行を防止するために必要な措置をとるよう勧告する。」


 以上は二〇〇一年の勧告である。


 それから九年、人種差別撤廃委員会は第二回日本政府報告書の審査を行った。もっとも、二度目の報告書は二〇〇三年に提出しなければならなかったのに、日本政府報告書が出されたのは二〇〇八年一二月のことであり、このため第二回といっても、実際は第三回から第六回をまとめて行うことになった。


 今回も様々な論点が取り上げられ、委員会で数々の質問が出された。委員会に向けて、日本から「人種差別撤廃NGOネットワーク」が参加して、ロビー活動を展開し、日本における人種差別に関する情報提供を行なった。


 審査当日には直前のNGOブリーフィングも開催した。委員会は一八名であるが、そのうち一二名が参加した。ブリーフィング冒頭には、昨年一二月に起きた人種差別集団による京都朝鮮学校襲撃事件のDVD映像上映を行なった(写真参照)。委員からは「在特会は非合法団体か」との質問があり、「これは日本では合法団体である」との答えに驚いていた。


まずは在日朝鮮人に関連する質疑応答を見ていこう。



在日朝鮮人の人権



 日本政府報告書担当のパトリック・ソンベリ委員(連合王国)が、冒頭に次のような指摘をした。


「朝鮮人については、前回の審査でも話題になった。帰化の際の氏名変更や、定住者とか永住者というカテゴリーもある。一九五二年、外国人登録法によって、五〇万の外国人が一夜にして生まれた。これはいったいどういうことか。日本国民とも、他の外国人とも違う存在がつくられた。政治的権利は区別する必要もあるかもしれないが、人権という観点ではできるだけ幅広い枠組みで認めるべきである。特別永住者には帰化を望んでいない人がたくさんいるが、なぜなのか不思議である。名前を変更しなければならないからか。同化の問題があるのか。エスニック・マイノリティの権利に注意が向けられていない。エスニック・マイノリティの権利を保障すれば多くが日本人になるのではないか。在日朝鮮人について、公教育の教育課程の中で、マイノリティの教育をどうしているのか。歴史では、さまざまな民族が日本建設に貢献したことを教えているのか。すべての子どもに歴史、文化、言語を保証しているのか。朝鮮学校は不利な状況に置かれている。税制上の扱いも不利になっている。」


 続いて、レジス・デ・グート委員(フランス)である。


 「アイヌを先住民族と認めたことは分かったが、他のマイノリティはどうなのか。二〇〇八年の国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)でもとりあげられた。人権理事会のディエン人種差別問題特別報告者も日本に勧告した。国内マイノリティ、旧植民地出身者、その他の外国人のそれぞれについて情報が必要だ。人種差別撤廃条約四条について進捗がない。四条abを留保したままである。表現の自由が強調されているが、二〇〇一年の勧告でも触れたように、四条は不可欠だ。人種差別の禁止と表現の自由は両立する。朝鮮学校生徒への嫌がらせが続いている。」


 他方、ファン・ヨンガン委員(中国)はこう指摘した。


 「旧植民地出身者であるが、第二次大戦が終わって、歴史的状況から定住していたものが、一九五二年に外国人とされ五〇年以上たって、二世、三世がいるが、日本社会への統合が成功していない。高齢者には、民族的優越感を持つ人がいて、平等な扱いがなされず差別的扱いである。日本において大きな貢献をした人は、日本人と同じように権利を享受しなければならない。」


 イオン・ディアコヌ委員(ルーマニア)も続いた。


 「朝鮮人は一九五二年に外国人とされたが、日本に居住している。彼らは失った国籍を回復することができるのか。取得したいと求めているのか、いないのか。朝鮮学校はどうなっているのか。他の学校と同等になってきたというが、全体はどうなのか。大学受験資格を認めないことは、ペナルティを課していることになるのではないか。朝鮮学校生徒に対する嫌がらせや攻撃について、処罰しているのか。朝鮮学校はよりよく保護するべきである。最近、日本と朝鮮政府の関係が悪化しているが、それを理由に朝鮮学校に影響を及ぼしているのではないか。国際関係が日常生活に影響を与えてはならない。まして子どもに影響を与えるべきではない。朝鮮学校だけ免税措置を講じていないのは差別ではないのか。」


 また、カリザイ委員が最後に再質問した。


 「年金問題のギャップも重要である。朝鮮人高齢者、及び朝鮮人障害者が年金の対象になっていない。法律のギャップである。一部の人たちはその大きさに気づかないかもしれないが、気づく人たちもいる。ギャップを埋める努力が必要だ。」



日本政府の応答 



 二月二五日、日本政府は委員からの質問に回答した。まず、高校無償化問題である。


 「高校無償化法案について、朝鮮学校を除外する旨の(中井)大臣発言が報道されているとの指摘があった。高校無償化法案は、本年一月に閣議決定がなされ、今国会に提出されたものである。指摘のあった記事の内容は承知しているが、法案では高等学校の課程に類するものを文部科学省できめるとしている。今後の国会審議を踏まえつつ適切に考慮していきたい。」(外務省人権人道課長)


 このほかの問題については次のような回答であった。


 「経済的支援、税制上の措置について、外国人学校間の差別があるとの指摘があった。学校教育法一三四条にもとづく各種学校として都道府県知事の認可を得ている外国人学校には、地方自治体からの助成があり、税制優遇もなされている。認可を受けている学校は一定の要件を満たせば、消費税が非課税となり、授業料も非課税である。学校法人の場合、所得税、法人税、住民税が非課税となる。さらなる優遇措置については、短期滞在者を多く受け入れている一部の学校に認められている。対象外の学校への差別とは考えていない。範囲の拡大には新たな政策目的、基準について検討が必要である。」(文部科学省)


 「在日朝鮮人への嫌がらせについて指摘があった。嫌がらせについては、人権擁護機関において、啓発活動、『人権を尊重しよう』という年間を通しての啓発活動を行っている。人権相談所では、人権相談に応じて、事案を認知した場合は速やかに調査し、適切な措置をとっている。北朝鮮の核実験を契機に、嫌がらせが懸念される場合、啓発、相談、情報収集、侵犯事件など、迅速に調査し、人権擁護の取り組みを強化するよう指導している。最近では二〇〇九年四月、飛翔体発射の後に、このような指導を行なっている。」(法務省人権擁護局)


 「朝鮮人の子どもが独自の文化について学ぶ機会が担保されている。朝鮮学校は各種学校として認可されており、寄付金にかかる取り扱いを除き、非課税とされている。韓国学校については、韓国語、韓国文化の学習もしているが、学校教育法一条の認可もある。一条校は学習指導要領にのっとった教育をしている。朝鮮学校の多くのものについては各種学校として認可され、補助金を受けている。二〇〇三年九月、大学受験資格の弾力化を行い、高校修了者については外国政府により位置づけられている場合、あるいは国際的評価団体の認定を受けた学校修了者、および個別の入学資格審査をすることができると追加した。従って、すでに広く認められている。」(外務省人権人道課長)


 「モニタリングメカニズムや統計について質問があった。外国人に対する差別を含む人権問題について、全国の法務局は、適切な助言を行い、関係機関の紹介をしている。人権侵害の疑いある場合、侵犯事件として調査する。人権侵害の排除、再発防止につとめている。二〇〇八年、新規の事件数は一二一件であり、うち差別待遇九七、暴行虐待一六である。」(法務省人権擁護局)


 「特別永住者については、サンフランシスコ平和条約の締結により、朝鮮、台湾が日本国から分離したので、本人の意思に関わりなく日本国籍がなくなった。その後、特例法が定められ、その他の外国人と比べて退去強制事由が限定され、三年の再入国許可上限は四年となった。これは歴史的経緯を配慮した措置である。また、特別永住者は帰化できる。特別な地縁、血縁があれば、帰化条件は緩和されている。永住者が帰化しない理由について質問があった。帰化する、しないということは、申請者の意志に基づくものであり、それぞれの方がどのようなメリット、デメリットを感じているかについてコメントすることはむずかしい。帰化の際の氏名変更について質問があったが、日本国籍を取得しようとする際に氏名変更を促す事実はない。氏名は帰化しようとする本人の意思で自身で決定できる。文字については、日本人についても制約があり、帰化後も平易に読み書きできる文字、広く日本社会に適応している文字であることが必要である。漢字しか使えないわけではない、ひらがな、かたかなも使える。」(法務省)


 「年金には国籍要件はない。外国人も対象となっている。一九八一年以前は国籍要件があったが、一九八二年に撤廃された。法改正の効力が将来に向かってのもののため、現在、八四歳以上の外国人、四八歳以上の外国人障害者は年金にはいっていない。彼らが苦労しているのは事実であるが、福祉的措置を今後とも検討したい。」(厚生労働省)


 日本政府の回答は従来と同じ弁解をしているだけで、まともな回答とはいえない。人権擁護とは無縁の姿勢である。


 一例だけ批判しておくと、法務省人権擁護局が、朝鮮人に対する嫌がらせ(差別と犯罪)について対処しているかのごとく主張しているが、ほとんど虚偽答弁でしかない。


第一に、人権擁護局が出している人権ポスターや人権ボールペンには「人権を大切にしよう」と書いてあるだけで、朝鮮人のことは一切出てこない。


第二に、テポドン騒動の際に、筆者は人権擁護局を訪れて話を聞いたが、人権擁護局がやっていたのは、新聞記事の切り抜きを集めることだけであった。


第三に、事件が長期にわたって何度も何度も起きてきたのに、人権擁護局は被害者(個人被害者、朝鮮学校校長、教育会関係者)からの被害聞き取りさえしていない。無視し、人権侵害を放置してきた。


そのことを十年以上批判し続けてきたが、まったく改善していない。にもかかわらず、人種差別撤廃委員会には平気で、人権擁護をしています、と嘯くのだ。

Wednesday, July 13, 2011

紹介:デュラン・れい子『フランス流節電の暮らし』





――「エコでもケチでもない、大震災後(これから)の生活術」――







ベストセラー処女作『一度も植民地になったことがない日本』に続いて『地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本』『意外に日本人だけ知らない日本史』で、長年の欧州生活から見た日本や日本人、そして日本から見たフランスの生活の知恵やものの考え方を比較してきた著者による3.11後の節電本です。





と言っても、日本政府や東京電力が押しつけているような節電ではなく、もっと普通に、しかももっとエレガントに、知恵と工夫で過ごす節電の暮らしです。「夜の光は文明。でも、明るすぎるのはエレガントではありません。」という著者は、必要な明るさ、不必要な明るさを、普通の暮らしの中で、友人たちとの会話の中で一つ一つ示していきます。





たとえば、フランスでは、階段の電気は点けっぱなしではなく、登っていくと一階ごとに点き、人が過ぎていけば自動的に消えていきます。電気に頼った明るさばかりではなく、キャンドルが暮らしの中に位置づいています。テレビだけでも十分明るいのに、余計な照明は不要です。冷房の効きすぎ、暖房の効きすぎも気になります。建物についても、光をさえぎり、風を通す知恵があちこちにあります。パリやプロヴァンスでの暮らしの中で垣間見たフランス人の生活の知恵に学びながら、よりエレガントな暮らしを提案しています。





これだけの紹介だと誤解する人が出てくるかもしれないので、あわてて付け加えておきます。著者は単なる出羽の守ではありません。出羽の守とは、何かと言うと「フランスではこうだ」「フランスではこんなことはしない」と海外経験をひけらかし、押しつけようとする人のことです。著者は、長年の欧州経験を紹介しますが、押しつけたりしません。日本には日本の素晴らしい伝統や経験があることをしっかり見たうえで、日本の良いところを西欧に紹介するとともに、西欧の日常の暮らしの知恵に学べるところを探していくのです。ですから、著者の提案は、「ちょっと考えてみてはどうでしょうか」「参考にするといいかもしれませんね」という形になります。





それでは著者は、まったく謙虚で控えめで二歩も三歩もさがっているかというと、実はそうでもありません。著者には『フランス流「肉食」恋愛術』や『いまさら英語を勉強しなくても、グローバル・エリートになれる39のルール』という、きっちり上から目線の楽しくコワ~~イ快著もあります。





他方で、話せるフランス語は2語だけでも、60歳で南仏生活を実践した経験を書いた、なんともパワフルなのに、なぜか爽やかな『還暦、プロヴァンス、ひとりぼっちで生きる』もあります。一筋縄ではいかないデュラン・れい子、うかつに接近すると大けがのもと(嘘です)。





著者とは一度お目にかかったことがあります。私の『軍隊のない国家』(日本評論社)に関心を持たれた著者から申し込みがあって、インタヴューを受けたからです。日本国憲法9条は日本の憲法でありながら、その大切さが見失われがちな現在、世界で唯一の9条についても言及しようということで、同時に世界に軍隊のない国家が他にもあることを加えることにされたのです。後に著者の本で私のことを紹介していただきました。





そのためもあって、今回の著書でも、3.11以後の日本の状況について、私の言葉を紹介していただきました。





3月11日にジュネーヴにいて、帰国を遅らせて様子を見ていた私の印象として、「政府や東電が情報を隠した、情報操作したとは、考えていません。日本政府は、そもそも情報の確認ができず、情報分析もできず、それゆえ情報操作すらできない無能な集団だ、と考えています」とお伝えしたところ、著者が紹介してくれました(同署217~218頁)。私のような見方が妥当か否かはもちろん異論もありうるところですが、情勢について考えるための一つの視点として紹介していただいたのだと思います。





本書では、車は窓を開けっ放しにすれば快適でエアコンなしですむ、冬は湯たんぽ、夏は氷枕、電気をくう自動販売機が多すぎる、電子レンジより圧力鍋、使う分だけの湯を沸かす、「機械」に振りまわされないなど、数々の提案が盛りだくさん。





ちなみに、著者にはお知らせしていませんでしたが、夏は暑く、冬は寒い八王子に住んでいる私の自宅には、38年間、一度もエアコンはありません。札幌生まれ札幌育ちですから、人生56年間、エアコンは一度も持っていません。そればかりか、なんと扇風機も持ったことがありません。夏になると、「太陽の町~~、八王子~~」という暑苦しい歌が流れる町の中心部に住んでいますが、ずっと団扇しか持っていません。テレビもないし、車もありません。そして、冬の暖房もありません。私の電気エネルギー消費量は普通人の数分の一です。





それなのに、ここ数日、郵便受けには東京電力から節電指令のチラシが3回も届きました。これ以上、どう節電しろと言うのか、腹が立ちます(笑)。智恵もエレガンスも絶無の東京電力ですから仕方がないのでしょう。





著者のプロフィルや著書については、下記のサイト参照。





デュラン・れい子応援団



http://www.duland-reiko-ohendan.ecnet.jp/

Monday, June 27, 2011

裁かれた差別集団・在特会(法の廃墟39)


京都地裁判決



 東日本大震災と福島原発事故のため首都圏ではほとんどまったく報道されなかったが、四月二一日、京都地裁は、二〇〇九年一二月四日に京都朝鮮第一初級学校に押しかけて差別暴言を撒き散らした「在日特権を許さない市民の会(在特会)」メンバー四人に懲役一~二年(執行猶予四年)の判決を言い渡した。この数年間、各地で差別と暴力をほしいままにしてきた愚劣な犯罪集団に初めて司法による裁きが実現した。


 起訴の対象となったのは京都事件と、二〇一〇年四月一四日に徳島県教組事務所に乱入して暴れた徳島事件の二つであるが、京都事件について判決は大要次のように述べた。


「被告人四名は、京都朝鮮第一初級学校南側路上及び勧進橋公園において、被告人ら一一名が集合し、日本国旗や『在特会』及び『主権回復を目指す会』などと書かれた各のぼり旗を掲げ、同校校長Kらに向かってこもごも怒声を張り上げ、拡声器を用いるなどして、『日本人を拉致した朝鮮総連傘下、朝鮮学校、こんなもんは学校でない』『都市公園法、京都市公園条例に違反して五〇年あまり、朝鮮学校はサッカーゴール、朝礼台、スピーカーなどなどのものを不法に設置している。こんなことは許すことできない』『北朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本から叩き出せ』『門を開けてくれ、設置したもんを運び届けたら我々は帰るんだよ。そもそもこの学校の土地も不法占拠なんですよ』『ろくでなしの朝鮮学校を日本から叩き出せ。なめとったらあかんぞ。叩き出せ』『わしらはね、今までの団体のように甘くないぞ』『早く門を開けろ』『日本から出て行け。何が子供じゃ、こんなもん、お前、スパイの子供やないか』『お前らがな、日本人ぶち殺してここの土地奪ったんやないか』『約束というものは人間同士がするものなんですよ。人間と朝鮮人では約束は成立しません』などと怒号し、同公園内に置かれていた朝礼台を校門前に移動させて門扉に打ち当て、同公園内に置かれていたサッカーゴールを倒すなどして、これらの引き取りを執拗に要求して喧騒を生じさせ、もって威力を用いて同校の業務を妨害するとともに、公然と同校及び前記学校法人京都朝鮮学園を侮辱し、被告人Cは、勧進橋公園内において、京都朝鮮学園が所有管理するスピーカー及びコントロールパネルをつなぐ配線コードをニッパーで切断して損壊し」た。


これらが、学校の授業運営などを妨害した威力業務妨害罪、朝鮮学校に対する侮辱として侮辱罪、および器物損壊罪と判断された。検察官は名誉毀損罪や脅迫罪を訴因としなかった。また、日本にはヘイト・クライム法がないため、威力業務妨害罪や侮辱罪を適用するしか方法がなかった。差別や虚言がそれ自体として裁かれたわけではない。


 法令の不備、訴因構成のあり方のいずれも限界があり、事案の本質を把握しえていないが、在特会の蛮行に有罪判決が出たことは大きい。



ヘイト・クライム研究会



 京都地裁判決の意義はさまざまな観点で語ることができる。


 第一に、初の司法判断である。在特会による嫌がらせ行為について、朝鮮学校への接近禁止仮処分決定という例はあるが、彼らの責任を問う初の判断である。それゆえ第二に、これまで在特会の犯罪を黙認してきた警察にとっても判決が与える影響は少なくないだろう。第三に、インターネットで在特会を知り、「本音を言っている」とか「新しい動きだ」などと勘違いして安易に同調する付和雷同組が減少することが期待できる。風向きが少しは変わるだろう。第四に、執行猶予四年の間は主犯格による朝鮮学校襲撃は大幅に減るだろう。もっとも、在特会は五月二八日に大阪・鶴橋駅前で街宣を行うなど、他の各地での動きを強めようとしている。違法行為を厳しく監視していく必要がある。


 五月二一日、龍谷大学において第一回ヘイト・クライム研究会が開催され、関心を有する刑事法研究者、平和学研究者、弁護士、市民が参加した。呼びかけは次の通りである。


 「近年、日本における人種差別、民族差別などの差別現象に、ひじょうに過激で卑劣な侮蔑や、暴力を伴う事例が顕著になってきたように思われます。日本国憲法体制の下でも連綿と続いてきた差別が、いわばヘイト・クライム的なものへと変質し始めたようにも見えます。日本社会の現実は、人種差別禁止法の制定に加えて、いまやヘイト・クライム法の検討も必要となっているように思われます。しかし、日本政府は、ヘイト・クライム法を制定するどころか、人種差別禁止法の制定さえ否定しています。法律学にもヘイト・クライム法の制定に否定的な傾向が見られます。それ以前に、日本においてはヘイト・クライムに関する基礎研究が不十分です。そこで、ヘイト・クライムとは何か、なぜヘイト・クライム法が必要なのかについて議論するために、本研究会では、ヘイト・クライム、およびその法的規制に関する基礎研究を行います。」


 二つの報告がなされた。


金尚均(龍谷大学教授)「ドイツにおける民衆扇動罪の動向――『アウシュヴィッツの嘘』処罰の基本問題」。


前田朗(東京造形大学教授)「『人種差別表現の自由』とは何か――ヘイト・クライム処罰と『表現の自由』について」。


 日本ではヘイト・クライム研究が遅れている。英米では一九九〇年頃からヘイト・クライム法制定の動きが始まり、二〇〇九年のアメリカ合州国のマシュー・シェパード法で、ほぼ出揃った。大陸法では、ドイツの民衆扇動罪や集団侮辱罪があり、形式は異なるものの北欧諸国、西欧諸国には該当法令があり、適用事例も多い。東欧諸国にも同種立法が広がっている。アジアやラテン・アメリカの立法は遅れているが、日本のようにまったく法的に対処しない国は珍しい。人種差別撤廃条約第四条が人種差別思想の煽動や人種差別団体の法規制を掲げているので当然である。


 金報告では「アウシュヴィッツのユダヤ人虐殺はなかった」といった類の発言を処罰するドイツの民衆扇動罪の歴史と現状が明らかにされた。法規定に変遷があり、批判的な見解もあるが、異様な歴史修正主義を許さない姿勢は確立しているといえよう。オーストリア、フランスをはじめ欧州にはいくつも同種の法律がある。


 前田報告では「表現の自由があるので人種差別思想の煽動を処罰できない」という日本政府、および同様の主張をしている憲法学説を検討した。人種差別撤廃委員会が指摘するように、表現の自由を保障するためにこそ人種差別思想の煽動を処罰するべきである。


 京都地裁では被害者が在特会を相手取って提訴した民事損害賠償請求訴訟が続いている。日本政府による朝鮮学校の高校無償化からの除外問題もある。人種差別を規制するための人種差別禁止法が必要だが、加えて、特に悪質な差別行為を犯罪とするヘイト・クライム法も検討する必要がある。ヘイト・クライム研究会では継続して、ヘイト・クライムの本質、定義、規制法の可能性、比較法の研究を続けていく。

Friday, June 17, 2011

頑張ろうニッポン狂騒曲 拡散する精神/萎縮する表現(3)

 「頑張ろうニッポン」の大合唱が続いている。


 三月一一日の東日本大震災、追い討ちの津波、そして「想定外」の「人災」である福島原発事故。桁外れの三重苦に直面して、被災者はもとより、直接の被災者ではなくても、精神的打撃は甚大である。政治・経済・社会が被った損失も計り知れない。誰もが暗澹たる思いにうち震えている状態で、少しでも被災者を励まし、自らを奮い立たせて、復興に向けた歩みを始めなければならない。そのためのシュプレヒコールが「頑張ろうニッポン」である。


 とりわけ目立つのはTV広告だ。震災下、一定程度の自粛を余儀なくされた企業広告のほとんどが、ACジャパン(旧・公共広告機構)の臨時震災キャンペーンに変更された。連日、朝から深夜まで「頑張れニッポン、頑張ろうニッポン、日本はひとつだ、チームだ、団結だ・・・」の大合唱が、二ヶ月以上にわたって延々と続いている。


 その政治的社会的影響力を精確に測定することは困難だが、ACジャパンとマスコミが一体となって作り出した、前例のない「頑張ろうニッポン」キャンペーンの政治的効果は相当長期に及ぶことは間違いない。一九九五年の阪神淡路大震災の時にさえ、これほどの事態は生まれなかった。それゆえ、即座に思いつく政治的社会的影響について少々書き留めておきたい。


 何よりも「頑張ろうニッポン」はナショナリズムの鼓舞煽動である。当事者たちは政治的ナショナリズムを煽るつもりではない。落ち込んだ日本を元気づけるためにやっている。意識的なナショナリズム煽動と同断の批判はしにくいが、ナショナリズム決起につながる効果は否定できない。ナショナリズムの煽動は、具体的には三つの効果を伴う。


 第一に、「強者の論理」の横行である。負けないために、押しつぶされないために、確かに「強くなる」ことが必要だが、人々が強者の論理を内在化させると、強いリーダを求める政治意識が培養される。東京都知事選挙における石原慎太郎四選もその一現象だ。ここでの「強さ」は人間的精神的能力ではない。空威張りと暴力的な強さがアピールしてしまうのはポピュリズムゆえの勘違いである。勘違いが持つ政治的効果は残念ながら実に大きい。


 第二に、権力と財力の論理、資本の論理として具体化される上からの「頑張ろうニッポン」は、「情報強者」の情報隠しを容易にする。日本政府や東京電力が原発事故に関する情報を意図的に隠したとは言わない。実際は、混乱の中で情報がない、情報の意味がわからない、分析力がない、だけのことだっただろう。意図的に隠蔽するだけの才覚すらなかったと見るべきだ。しかし、長期にわたって情報が正確に伝えられないまま、国民は日本政府や東京電力と一体となるべき存在として再編されてしまう。現に存在する矛盾が隠蔽される。自覚的な「反(脱)原発論者」は別として、多くの国民が東京電力を批判的に見る姿勢を奪われてしまう。かくして「頑張ろうニッポン」は、「直ちに健康に影響のない放射能」とやらの下で「癌になろうニッポン」(萩尾健太弁護士の言葉)に転化する。


 第三に、ナショナリズムが社会に蔓延すれば、やがて排外主義や差別に繋がることは、何度も繰り返されてきたことである。異なる者の無視、異なる者に対する不安が、外国人への眼差しを厳格化させる。「小さな差別」の容認、黙認が始まる。在留外国人のうち短期滞在者のかなりの部分が帰国・離日したといわれるが、日本に在留し続けている外国人も少なくない。朝鮮や韓国からの被災者支援の事実はほとんど報道されず、アメリカによる「トモダチ作戦」だけが大々的に報道される。


 こうして社会の自己破壊が始まる。一人ひとりが生きる場での復興を必要としている被災者を置き去りにした政治劇の世界だからだ。一人ひとりの生きた人間の存在を無視した放射能ばら撒き政治が、人間の創造性を奪い、社会の治癒力を損なう。矛盾を拡大しながら同時に矛盾を隠蔽するアクロバティックな笑劇はいつまで続くのだろうか。



「マスコミ市民」2011年6月号

国際法の都ハーグ(二) 旅する平和学(40)

 ハーグが国際法の都になった要因の一つは、一八九九年にハーグ平和会議が開催され、ハーグ条約が締結されたことにある。一九〇七年にはハーグ陸戦法規慣例条約(規則)が採択され、後の国際人道法の基礎となった。世界会議から百年後の一九九九年には、第三回ハーグ平和会議が開催された。一九九〇年代には旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷、二一世紀には国際刑事裁判所が置かれることになった。



旧ユーゴ法廷



 一九九一年、かつては東欧社会主義圏における独自の自主管理社会主義を誇ったユーゴスラヴィアが崩壊しはじめた。ユーゴ崩壊過程は複雑な経路を辿ったが、世界を驚愕・震撼させたのは崩壊序幕を彩った「民族浄化」であった。民族浄化とは、一定の地域に共存してきた複数の民族のうち特定の民族を排除して、単一民族社会を構築しようとする思想・政策・行動である。直接的な方法としては、迫害、暴力、殺人、強制移送が用いられる。組織的強姦や強制妊娠という手段も用いられる。歴史的にはさまざまな民族浄化があったが、具体的にはボスニア紛争において、諸民族・諸集団が政治的主導権を握るために採用した政策といわれる。この言葉を広めたのはアメリカの広告代理店であったため背後の陰謀を指摘する声もあるが、後の裁判によって数々の蛮行の事実が証明されている。


 旧ユーゴ紛争を前に、国連安保理事会は一九九三年五月、非軍事的措置の一貫として旧ユーゴ国際刑事法廷(ICTY)の設置を決議した。一九九一年以後に旧ユーゴ領域内で行われた民族浄化の諸現象のうち国際人道法に違反したものについて訴追・裁判を行う法廷であり、ハーグに設置された。一九九四年にはアフリカのルワンダで民族大虐殺が発生し、同様に安保理事会決議によってルワンダ国際刑事法廷(ICTR)がアルーシャ(タンザニア)に設置されたが、控訴審はハーグに置かれた。


 ICTY設置については、さまざまな観点での議論がなされた。第二次大戦後のニュルンベルク国際軍事法廷と極東国際軍事法廷(東京裁判)以来四〇年間空白となっていた国際刑事裁判が再始動したからである。ニュルンベルク・東京裁判に引き続き設置されるべきだった国際法廷の再発足として高く評価されたが、他方、安保理事会にそのような権限があるのかとの疑問も提起された。ICTY発足時には被告人の身柄拘束が実現せず、裁判も不十分との厳しい批判が続いたが、一九九七~九八年頃から裁判が本格的に行われるようになった。他方、被告人の身柄拘束のためにNATO軍が出動するなど軍事力に頼った事実も批判されている。さまざまな制約と疑問点のある法廷だが、歴史的にはひじょうに大きな役割を果たした。


 第一に、旧ユーゴ領域における平和構築にとってICTYが果たした役割は否定できない。第二に、フォチャ事件やセレヴィチ事件などで、集団強姦など戦時性暴力が人道に対する罪として裁かれた。性暴力判決の積み重ねはその後の国際人道法の発展に影響を与えた。ICTRも、ジェノサイドの罪を認めた史上初の判決を出し、戦時性暴力がジェノサイドに当たることを認めた点で画期的であった。第三に、手続きにおける証人保護の試みが始まった。第四に、ICTY・ICTRの発足に伴って、特定地域や特定時期だけではなく世界の戦争犯罪など重大犯罪を裁く国際刑事裁判所が必要であるとの国際世論が急速に高まり、国際刑事裁判所の設立につながった。



国際刑事裁判所



 ニュルンベルク・東京裁判の後、国連国際法委員会などにおいて国際裁判所設置の試みが続いたが、冷戦・東西対立によって頓挫した。その後の四〇年の空白の時代に、国際人権法が飛躍的に発展する一方、一九七七年のジュネーヴ諸条約追加議定書によって国際人道法も大きく発展した。しかし、空白は続いた。一九九〇年代になって、ICTY・ICTR設置を決めた国際社会はようやく国際刑事裁判所設立の議論を再開し、一九九八年七月、ローマ全権外交官会議において国際刑事裁判所規程を採択した。規程は、六〇カ国の批准によって二〇〇二年七月一日に発効し、ハーグに国際刑事裁判所(ICC)が設置された。


 ICCは、侵略の罪、集団殺害罪(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪についての個人責任を裁く常設裁判所である。ジェノサイドは、一九四八年のジェノサイド条約と同様の定義をしている。人道に対する罪については、広範又は組織的な殺人、せん滅、奴隷化、性奴隷制などの性暴力、拷問、迫害、アパルトヘイト、強制失踪などが列挙されている。裁きだけではなく、被害者補償のためのガイドラインをつくり、被害者信託基金も置いている。


 ICCの構成は、検察局と、裁判部(予審部、一審裁判部、上訴裁判部)がある。弁護士については、ICCでの弁護を担当するための組織が別に活動をしている。


 二〇〇九年、コンゴ民主共和国における虐殺に関して初の裁判が始まった。また、スーダン・ダルフール事件についてバシル大統領に対する国際逮捕状が発行された。予審部には中央アフリカ事件、ウガンダ事件も係属している。


 ICCは普遍的管轄権を行使する初の刑事法廷として試行錯誤を重ねているが、国際政治における障害も無視できない。第一に、アメリカ、ロシア、中国という大国が参加していない。締約国は一一四(二〇一〇年一一月)だが、超大国の参加がない。第二に、アメリカは参加しないだけではなく、自国民をICCに引き渡させないために二国間免責協定を多くの諸国と結んでいる。第三に、ICCがこれまで取り上げてきたのはコンゴ民主共和国、スーダン、中央アフリカ、ウガンダのため、アフリカ諸国からは差別的な取り扱いではないかとの批判が起きている。


世界のNGOは、ICCに対してアフガニスタンやイラクにおけるアメリカの犯罪や、パレスチナなどにおけるイスラエルの犯罪を告発し、資料を送ってきた。イスラエルによるレバノン空爆やガザ空爆についても、さまざまな国際調査団がICC付託の勧告を出している。しかし、アメリカ及びイスラエルについてICCが動き出す可能性は低いと見られている。イギリスはICC規程を批准しているので、ブレア元首相のイラク戦争に関する責任も問題になりうるが、ICC側に動きはないようである。


ICC規程は裁判所構成法・裁判法・実体刑法・刑事訴訟法を定めた国際条約であるが、その意義はさらに各国国内法にも及んでいる。例えば、ドイツはICC規程批准に伴って国内法を改正して、ICC国際犯罪を国内犯罪としても認めた。日本は二〇〇七年にICCに加わったので、それに伴う国内法の見直しがなされるべきだったが、行われていない。国際刑法研究は進展しているので、今後、国際人権法、国際人道法、国際刑法の国内法への影響が見込まれる。