Tuesday, August 14, 2012

東アジアにおける法と暴力

法の廃墟(15)

東アジアにおける法と暴力



『無罪!』2007年7月号





異なる価値観



  六月二七日、アメリカ下院外交委員会は、日本軍「慰安婦(性奴隷制)」問題に関する決議を三九対二の圧倒的多数で可決した。決議は次のように述べている(以下、VAWW-NET Japan ・WAM仮訳)。

「日本政府は、一九三〇年代から第二次大戦継続中のアジアと太平洋諸島の植民支配および戦時占領の期間において、世界に『慰安婦』として知られるようになった若い女性たちに対し日本軍が性奴隷制を強制したことについて、明確かつ曖昧さのない形で歴史的責任を正式に認め、謝罪し、受け入れるべきであるとする下院の認識を表明する。」

「日本政府は、もし日本の首相がそのような謝罪を、首相としての資格で公式声明として発表すべきとするならば、これまでの声明/談話の真摯さと位置づけについて繰り返される疑問に、決着をつけるようにするであろう。」

「日本政府は、日本軍のための『慰安婦』の性奴隷化と人身取引はなかったとする如何なる主張に対しても、明確かつ公的に反駁すべきである。」

これに対して安倍晋三首相は「たくさんある決議の一つにすぎない」とか「コメントしない」などとはぐらかしの姿勢を示している。

しかし、決議案が話題になった本年二月から三月にかけて安倍首相は「狭義の強制連行を命じた文書はない」などと述べて世界中の顰蹙を買った挙句、ブッシュ大統領に対して「謝罪」するという意味不明の言動を繰り返してきた。人権問題を理解しない言動は世界のメディアに「二枚舌」とまで批判されている(前田朗「歴史は何度も甦る――『慰安婦』問題・米議会決議案の波紋」『中国人戦争被害者の要求を支える会ニュース』五六号、二〇〇七年)。

また、自民党・民主党などの国会議員が『ニューヨーク・タイムズ』に、事実を否認する開き直りの意見広告を出した。恥を知らない意見広告が却って決議可決を促進したと言われる。

安倍首相は「日米は価値観を同じくする同盟国」などと述べてきたが、戦時強姦や性奴隷制という戦争犯罪と人道に対する罪についての価値観がまったく違うことを露呈している。

日本メディアの関心は、なぜいまアメリカが、に注がれた。アメリカ内部の政治情勢や、朝鮮半島をめぐる動向に無理やり結びつけた論評も見られた。しかし、「なぜいま」よりも、「ようやくアメリカも」という点こそ重視するべきだ。決議の最後は次のように締めくくられている。

「日本政府は、現在および未来の世代に対しこの恐るべき犯罪について教育し、『慰安婦』に関わる国際社会の数々の勧告に従うべきである。」

「国際社会の数々の勧告に従うべきである」とは何を意味するのか。この点をきちんと解説した記事や社説は見られない。「慰安婦」問題に関わってきた者なら、ただちに、一九九三年の国連差別防止少数者保護小委員会のテオ・ファン・ボーベン「重大人権侵害」報告書、九四年の国際法律家委員会報告書、九六年のラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力」報告書、九八年のゲイ・マクドゥーガル「戦時性奴隷制」報告書、そして二〇〇一年の女性国際戦犯法廷ハーグ判決等々を思い起こすはずだ(前田朗「日本軍性暴力訴訟の現状」『軍縮地球市民』五号、二〇〇六年)。国際社会の数々の勧告を引き出すために多くのNGOが懸命の努力を続けてきたこともいうまでもない。



国家暴力への問い



日本軍性奴隷制の告発は、反戦平和運動や女性運動に多大の影響を及ぼしたが、歴史家や法律家はもとより、哲学者、文学者など広範な分野の研究者にも衝撃を与えた。強制連行・強制労働や南京大虐殺をはじめとする日本の過去が突きつける問題への取組みが続けられている。

高橋哲哉・北川東子・中島隆博編『法と暴力の記憶――東アジアの歴史経験』(東京大学出版会、二〇〇七年)は、二〇〇六年一月に東京で開催された国際シンポジウム「東アジアにおける法・歴史・暴力」をきっかけにして編集された論文集である。

第一部「戦争・植民地における法と暴力」では、ベンヤミンの『暴力批判論』を手がかりとして、日本による戦争と植民地下における法と暴力の世界に踏み入る。「近代政治システムと暴力」(萱野稔人)は、合法的に暴力を独占してきた近代の主権国家システムが、経済的な領域で「帝国的」に変容を始めていると分析している。「歴史認識論争――相対主義とミメティズムを超えて」(アラン・ブロッサ)は、フランスの哲学者による日本の過去をめぐる論争へのコミットであり、「集合的記憶の小児病」の発生メカニズムを明らかにしている。「BC級戦犯と『法』の暴力」(高橋哲哉)、「台湾における『法の暴力』の歴史的評価――日本植民地時代を中心に」(王泰升)、「中国の『四十年戦争史』と中国人の暴力認識」(徐勇)は、日本帝国主義の時代を、日本、台湾、中国における同時代認識を抉りながら、現在の認識への問いに繋げている。

第二部「近代の法的暴力とジェンダー」は、ジェンダー視点からの「近代化の暴力」への理論的挑戦である。「道徳の暴力とジェンダー」(北川東子)は、東アジアにおける「国民道徳論」の抑圧的性格を論じる。「台湾における法の近代化とフェミニズムの視点――平等追求とジェンダー喪失」(陳昭如)は、植民地時代への批判が「脱性別化」を招くからくりを浮き彫りにする。「近代韓国における女性主体の形成――東アジア的近代経験の多層性」(金恵淑)は、韓国女性解放運動の歴史を辿り直して、改めて「私は誰か」という問いの地平に立とうとする。

第三部「一九四五年以後の法と暴力」は、第二次大戦後の現代東アジアを取り上げる。「不服従の遺産――一九六〇年代の竹内好」(中島隆博)、「朴正煕の法による殺人――人民革命党事件、民青学連事件、人民革命党再建委員会事件」(韓洪九)、「『官製民衆主義』の誕生――朴正煕とセマウル運動」(韓承美)、「現代中国のイデオロギー暴力――文化大革命の記憶」(徐険峰)、「光州の記憶と国立墓地」(金杭)という力作が開示するのは、東アジアにおける暴力の原初形態から、法と暴力の認識の変容を経て、運動と学問が抱え込んでいる困難と、それゆえの可能性とである。

東アジア各国の研究者がそれぞれの歴史経験に向き合う場合、それこそ相対主義に陥る危険がつねに内在しているが、本書はそうした隘路に陥ることなく、歴史の理論化と理論の歴史化に果敢に挑んでいる。

Monday, August 13, 2012

拷問禁止委員会が日本に勧告

法の廃墟(14)

拷問禁止委員会が日本に勧告



『無罪!』2007年6月号





落第レポート



 ジュネーヴで開催された拷問禁止委員会が、日本政府報告書(CAT/C/JPN/1)の審査を踏まえて、五月一八日、日本政府に対して数々の勧告を行った。

 一九八五年に国連総会で採択された拷問等禁止条約第一九条は、締約国に対して、効力発生後一年以内に第一回報告を提出することを義務づけている。政府報告書は拷問禁止委員会(CAT)において検討される。委員会は必要に応じて意見を公表することになっていて「結論と勧告」と題されている。日本政府は一九九九年六月に条約を締結し、同年七月二九日に効力が発生した。条約採択から一四年も遅れたことで内外のNGOから批判を受けたが、報告提出も遅れた。締切りは二〇〇〇年七月であったが、五年も遅れて、ようやく二〇〇五年一二月、日本政府は第一回政府報告を提出した(前田朗・本誌二〇〇七年五月号参照)。

 日本政府報告の検討は五月九日・一〇日に行われた。その結果、拷問禁止委員会が採択したのが「拷問禁止委員会の結論と勧告:日本」(二〇〇七年五月一八日、CAT/C/JPN/CO/1)である。以下にその概要を紹介したい。

 委員会は冒頭で、報告書が五年も遅延したことは遺憾であるとしたうえで、日本政府報告書には第一回報告書に盛り込まれるべき内容が十分に盛り込まれていない、特に拷問等禁止条約の諸規定が日本においていかに適用されているかの情報が欠落している、報告書には法律の条文が羅列されているだけで、諸権利がどのように履行されているのか分析していないし、実例や統計も記載されていないと指摘している。

 委員会の指摘は、端的に言って「日本政府報告書は落第レポートに過ぎない」という意味であろう。今回の報告書に限られたことではなく、市民的政治的権利に関する国際規約に基づく報告書、子どもの権利条約に基づく報告書、人種差別撤廃条約に基づく報告書の際にも指摘されてきた。各委員会から繰り返し指摘されてきたから、普通ならばそれを教訓として、実質的内容のある報告書を提出しそうなものだが、日本政府は反省や教訓という言葉を知らないかのようだ。



結論と勧告



 委員会は多くの勧告を行っている。順に見ていこう。

①              拷問の定義――委員会は、日本刑法には条約第一条の意味における拷問の処罰規定が十分に含まれていないと指摘している。条約第一条には「心理的拷問」が含まれているのに、日本刑法では心理的拷問は処罰されない。日本刑法では一部の特別公務員などの拷問が処罰されるだけで、すべての公務・公的資格で行われた拷問、公務員の同意や黙認のもとで行われた拷問が取り上げられていない。日本政府は条約第一条における拷問の定義を刑法に取り入れるべきである。

②              条約の国内適用可能性――日本政府報告書には、条約が国内裁判所において適用されるか否か、条約が戦時にも適用されるかについての情報が欠落している。関連情報の提供を求める。

③              時効――委員会は、日本において拷問や虐待が時効にかかるか否かに関心を有している。特に第二次大戦期の軍隊性奴隷制の被害者(いわゆる「慰安婦」)の提訴が時効を理由に棄却されたことは遺憾である。日本政府は時効規定を見直して、条約のもとでの責務を果たすべきである。

④司法の独立――司法の独立が不十分であるので、改善に必要な措置を採るべきである。

⑤不送還――日本の法律と実務は条約第三条に合致していない。入管法には拷問を受ける恐れのある国への送還を禁止する規定がない。難民認定審査の独立機関が存在しない。入管施設における暴力、虐待、セクシュアル・ハラスメントが膨大に報告されている。

⑥代用監獄――委員会は、代用監獄の利用、被拘禁者の手続保障の不十分さ、権利侵害の増大や、無罪の推定、黙秘権、防御権が尊重されていないことを指摘している。拘置所よりも留置場収容が不均衡に多い、捜査と留置の分離が不十分である、留置場における適切な医療がない、起訴前拘禁が長い、起訴前拘禁に対する司法的統制が効果的でない、起訴前保釈制度がないなど、日本の刑事司法が抱える数々の病理の改善を勧告している。

⑦尋問規則と自白――委員会は、自白に基づいた有罪判決が多い、起訴前拘禁への効果的な司法統制がない、取調べ時間に制約がないと指摘し、改善を勧告している。

⑧刑事施設の拘禁条件――委員会は、刑事施設の過剰拘禁や、被収容者に対する医療が不十分であると指摘している。

⑨厳正独居――委員会は、厳正独居が相変わらず用いられている、その使用期間の規制がない、一〇年を超える厳正独居がある(最長は四二年)、厳正独居が懲罰として利用されていることなどを指摘している。

⑩死刑――委員会は、死刑確定者に関する国内法の諸規定、特に厳正独居や、死刑執行の秘密主義と恣意性を指摘して、国際最低基準を遵守するよう求めている。

⑪迅速公平な捜査、不服申立権――委員会は、被収容者の不服申立に関して、留置場収容者には不服申立制度がない、刑事施設審査委員会がない、不服申立権の法規定がないことなどを指摘している。

⑫人権教育と訓練――委員会は、捜査官の取調べについて条約に違反する内容の訓練マニュアルがあるとの申立があると指摘し、女性や子どもの権利など人権教育を系統的に行うよう求めている。

⑬補償とリハビリテーション――委員会は、拷問被害者が適切な補償を受けられないことに関心を持ち、関連情報の提供を求めている。特に、軍隊性奴隷制生存者などの性暴力被害者の救済が不適切であるとし、国家による事実の否認、事実の開示の隠蔽、拷問行為の責任者の不訴追、被害者への適切なリハビリテーションがないことが、虐待と心的外傷を継続させているとして、改善を求めている。

⑭ジェンダーに基づいた暴力と人身売買――委員会は、収容された女性や子どもに対する暴力、法執行官による性暴力の訴えが続いている、国境を越えた人身売買が深刻な問題となっている、軍事基地に駐留する外国軍隊による性暴力事犯の予防・訴追の効果的な措置がないことに関心を示している。

⑮精神障害を持った個人――委員会は、精神病院における拘禁、司法的統制の欠如も指摘している。

最後に、委員会は、日本政府に対して、条約第二二条の宣言(個人被害者による通報制度の受入れ)、条約選択議定書批准(拷問予防委員会の受入れ)、国際刑事裁判所規程への加入を要請している。委員会の「結論と勧告」を国内で周知することも要請されている。第二回報告書の提出締切りは二〇一一年六月三〇日である。

Sunday, August 12, 2012

治安政策のスパイラル効果

法の廃墟(13)

治安政策のスパイラル効果



『無罪!』2007年5月





監視権力の限界



 「監視国家」「監視社会」「超監視社会」「超管理国家」――。

 現代国家=社会の監視化、相互監視社会づくりが急速に進行し、これに対する批判的考察もすでに相当程度の積み重ねを見てきた。

 国際的には、冷戦終結、ソ連東欧社会主義の崩壊、グローバリゼーションと呼ばれる資本主義の世界支配、新しい「帝国主義」の時代の世界再編が基調であることはいうまでもない。グローバリゼーションの中枢であるアメリカにおける/による監視化は、国内に向けても対外的にも非常な勢いで進行してきた。グローバリゼーションは資本の運動法則が世界大に広がってきたプロセスだが、同時に情報のグローバリゼーションと軍事のグローバリゼーションが伴走している。

きらびやかに構築された現代都市における監視技術。空港や都市における人間の動向監視。商品生産・流通・消費過程におけるモノとヒトの把握。先端産業における緊密仔細な管理技術。コンピュータ・ネットワークの社会形成力。最新の科学と技術を活用した世界の意味の再編が猛烈な勢いで進んできた。

しかし、資本のグローバリゼーションが世界的に進行するためには、その裏づけとなる軍事のグローバリゼーションが不可欠となる。あらゆる障害物を徹底的に除去する仕組みがなければ、資本の論理が自動的予定調和的に貫徹するはずがない。資源の確保、ヒトとモノの国際移動の徹底管理、抵抗の鎮圧。かくして「テロとの戦い」が遂行される。「9・11」はその口実に過ぎなかった。

「テロとの戦い」が織り成す国家=社会は、階級階層差別、人種差別、地域差別などあらゆる差別化の上に、それぞれの階級階層に応じたきめ細かな対応を配備する。無限に膨れあがるかのような欲望の体系にも効率的に対処しうるし、安全な社会を阻害する人種に対する迅速でタフな対処も万全である(例えば愛国者法)。

しかし、グローバリゼーションの波に洗われ/現われる現実は、同時に監視権力の限界と不可能性を立証してしまうだろう。生産の現場においても消費の現場においても、最底辺に格差付けられた人々の現実が異議申し立てを始める。軍事のグローバリゼーションの帰結は、果てしない武装抵抗や自殺爆弾による内戦に陥るしかない。アフガニスタンやイラクの現実だけではない。アメリカ国内における暴力の噴出こそがその例証である。

世界を監視する欲望が監視システムの制御棒を転落させてしまう。不可抗力や事故だけではない。監視員のミスやコンピュータ・ネットワークの誤作動だけではない。人間社会を監視する思想そのものに内在している<不可能性>――それは、あまりに単純なことだが、人間の尊厳や個性の尊重と呼ばれてきた<人間的自然>のうちにあるのではないか(以上と通底する問題意識は、前田朗『刑事法再入門』インパクト出版会、第一章参照)。



安全・安心まちづくり批判



 清水雅彦は、近年各地の自治体で急速に進展してきた「生活安全条例」、そのイデオロギーである「安全・安心まちづくり」を歴史的に辿り直して、徹底解剖する(清水雅彦『治安政策としての「安全・安心まちづくり」』社会評論社)。

 清水によれば、生活安全条例は、一九八〇年代のアメリカ・イギリスにおける治安政策に学んできた警察官僚の研究成果をもとに、警察や防犯協会などの肝いりで、あるいは「凶悪犯罪キャンペーン」などを梃子に「市民の要求」という水路を通過した形で推進されてきた治安政策の柱である。一見すると「下から求める」スタイルをとりながら、実際には「上からの治安政策」を見事に全国展開したものである。

 清水は、「安全・安心まちづくり」を戦後治安政策の展開の延長に位置づけたうえで、「地域安全活動」の実例と問題点を検討する。そして、自治体における生活安全条例を、東京・千代田区条例、世田谷区条例、東京都条例、神奈川県条例に即して具体的に検討する。

 清水によると、「安全・安心まちづくり」は、「犯罪防止に配慮した環境設計活動」(ハード面)と「地域安全活動」(ソフト面)の二つの施策から成り、「割れ窓理論」や「ゼロ・トレランス」という理論が支えとなっている。内実はそれぞれ異なった理論だが、地域における環境設計と犯罪対策を徹底して、重大犯罪のみならず単なる迷惑行為なども厳しく取り締まること、地域の意識を変えることが目指される。ここから警察設置カメラ、スーパー防犯灯、民間交番、民間防犯パトロール、それらのネットワークなどが結実する。その結果、行政警察の拡大、公権力による私的領域への介入、権力による価値の注入(規律訓練など)が惹き起こされる。従来の憲法理論や警察法の理解を越え出て、警察による社会支配が進行する。

 それゆえ、「安全・安心まちづくり」の具体化である「生活安全条例」も「道徳規範の法規範化」、「公権力による市民社会の支配」、近代立憲主義のすり抜け、杜撰な立法事実論といった問題点を有しているし、適正手続きの保障、刑罰法規の明確性の原則、プライヴァシー権、表現の自由、結社の自由、財産権、地方自治などに対して看過し得ない問題を生じる。行政の運用にも歪みを生じる。警察主導の地域防犯活動により「民衆の警察化」を招来し、参加や連帯といった理念を捻じ曲げる恐れが高い。

 清水は、さらに有事体制づくりにおける「国民保護法制」と「生活安全条例」の思想の連関を問い直し、「不安社会」における「安全」の追求がもたらす危険性を摘示する。

 「安全・安心まちづくり」についての初の体系的批判的検討を通じて清水が明らかにしているのは、「安全」を求める治安政策が逆に危険や不安を高め、時には犯罪を増加させてしまうスパイラル効果である。不安を煽って安全を求める意識は、つねにいっそうの不安を呼び起こす。過度の抑圧は犯罪予防ではなく犯罪創出の反復につながる。テロの温床を放置したままの「テロとの戦い」が次のテロを生み出すことと同じ理屈である。「テロとの戦い」と「生活安全条例」の同質性は意外でも偶然でもない。グローバリゼーションのもとでの新自由主義的世界=社会再編の表現である点では最初から同質なのだから。

市民的政治的自由の破壊

法の廃墟(11)

市民的政治的自由の破壊


『無罪!』2007年3月



 庶民切り捨ての格差社会(階級階層差別社会)を基礎に、戦争国家への道を転落しつつある現在、一人ひとりの市民の自由と権利が攻撃に曝されている。格差社会における社会権の剥奪だけではなく、市民的政治的自由までもが一定の特権階級に限られつつある。



当て逃げ判決



 二〇〇四年三月、東京で目黒社会保険事務所職員が休日に自宅付近で共産党ビラを配布しただけで逮捕・起訴された「国公法・目黒社会保険事務所職員事件」は、二〇〇六年六月二九日、東京地裁において一審有罪判決が言渡された。僅か一〇万円の罰金に執行猶予がつくという、裁判所にも「一ミリの恥」があることを示すための「当て逃げ判決」である。

 国公法一〇二条一項による公務員の政治活動一律・包括的制限と罰則の合憲性は、一九四八年の制定時から一貫して争いの対象となった。憲法学説においては人事院規則への白紙委任への批判が強まり、下級審でも一九六七年の猿払事件旭川地裁判決以後、違憲の疑いが強まっていった。一九七四年の猿払事件最高裁大法廷判決は合憲判断を下したが、違憲の疑問や批判が続いた。合憲判決にもかかわらず、同条項の適用が不可能となり、三〇年が経過した。

 ところが、目黒社会保険所職員事件がこの封印を開いた。しかも、勤務時間外に職場から離れた場所での単なる日常的なビラ配布に対して、大量の捜査官を動員しての尾行、監視、盗撮が行われていた。公務員の政治的自由に対する乱暴な攻撃に対して、多くの法学者が抗議の声を挙げ、東京地裁に一二の意見書が提出された。意見書は、立法事実、比較法(公務員の政治活動の制限について)、憲法解釈(合憲性判断基準論、国公法適用の違憲性、刑事制裁の違憲性)、罰則適用論、捜査手続き論、国際人権法の解釈・適用に及び、この問題の法律論が総合的に展開された(法律時報編集部編『法律時報増刊・新たな監視社会と市民的自由の現在』日本評論社、二〇〇六年)。

 しかし、東京地裁は、多くの意見書と弁護人の主張を省みることなく、機械的形式的な法解釈によって漫然と有罪の言い渡しをした(被告人控訴)。その法解釈の水準のあまりの低さに仰天した法学者が多いことは言うまでもない。

他方、二〇〇四年一二月、葛飾区でマンションのドアポストにチラシを配布した僧侶が逮捕され、住居侵入容疑で起訴された。二〇〇六年八月二八日、東京地裁は無罪を言渡したが、検察が控訴している(葛飾ビラ配布弾圧事件)。二〇〇五年九月には、世田谷区で政党ビラを集合ポストに配布した厚生労働省職員が逮捕され、住居侵入容疑で東京地裁に起訴されている(国公法・世田谷事件)。これらは、自衛隊官舎ポストに反戦ビラを配布しただけで、二〇〇四年二月、住居侵入容疑で逮捕され、同年一二月一六日、東京地裁八王子支部で無罪を言渡された「立川反戦ビラ事件」と共通の事件である。立川事件は、二〇〇五年一二月九日、東京高裁の不当逆転有罪判決が出たため、被告人側が最高裁に上告中である。



火事泥捜査



本年一月二八日、大阪府警外事課と生野署は、排ガス規制を逃れるためトラックの使用本拠地を虚偽登録したとして、朝鮮総連大津支部委員長ら二人を電磁的公正証書原本不実記載・同供用の疑いで逮捕し、同支部など関係先五か所を捜索した。NOx・PM法の排ガス基準を満たさないトラックを生野区の自分の店で使っていたのに、二〇〇六年八月、「使用本拠地」が自宅にあるように装い、滋賀運輸支局に虚偽の登録をした疑いという。当日のTVや新聞は一斉に、あたかも朝鮮総連の犯罪であるかのごとく報道した。
 滋賀朝鮮学校も強制捜索の対象とされた。子どもたちが学ぶ教育現場にまで土足で踏み入った警察当局に対し、教員や父母の怒りは頂点に達している。一月三〇日には滋賀県庁で記者会見を行い、政治的意図が明白な強制捜索の不当性を厳しく非難した。三一日には同校で緊急集会を開いた。

 朝鮮半島の緊張が高まる度に、公安警察は火事場泥棒的に朝鮮人弾圧事件を惹き起こしてきた。日朝関係が厳しさを増す中、全国各地で「朝鮮総連系」とされる朝鮮人への弾圧を繰り返している。兵庫県、北海道などでも些細な口実による強制捜査が続いている。ほとんどが届出をつい失念したとか、軽微なミスを口実にしたもので、同じことを日本人がやっても捜査の対象にされることはない。行政指導で済むことだ。ところが、朝鮮人相手となると、数十人から数百人の警官を動員して、ものものしい強制捜策劇を繰り広げ、マスコミに宣伝させる。朝鮮人に対する強制捜索が行われたことを大宣伝させて、朝鮮総連組織を破壊し、朝鮮人弾圧をすることが目的である(前田朗「ミサイル実験以後の在日朝鮮人への人権侵害」世界二〇〇六年一一月号)。



でっち上げ逮捕



 本年一月二三日、神奈川県警公安部は、神奈川県相模原で反基地、公害問題などに取組む「エコアクションかながわ」メンバーである大学院生を、不正に建物の賃借権を取得したとして詐欺罪の容疑で逮捕した。同時に神奈川県警公安部は、大学院生の住居を含む関係者宅三ヶ所を家宅捜索し、書類、本、インターネットの情報など大量に押収した。

 内田雅敏(弁護士)によると、実体は大学院生が「エコアクションかながわ」のメンバー二人と一緒に三人で住むために二LDKの部屋を借りたものである。しかも、仲介業者に対して三人で住む旨はっきりと告げた上で物件を探してもらい、本件賃貸借契約を締結し、三人で居住し始めたのである。

 ところが、契約書には二人で居住するとの誤記があったことに目をつけて、神奈川県警は、「詐欺事件」を捏造した。「エコアクション」がブント・センキ派に属しているとされたため、「極左暴力集団」とのレッテルを貼り、強引に逮捕に持ち込んだ。ブント・センキ派はかつて三里塚でロケット弾を飛ばしたことがあったというが、それは二〇年以上も前のことで現在は全くそういうことはしておらず、反基地、公害問題などに取組んでいる団体である。大学院生がメンバーになったときは、すでに路線転換がなされていた。

 それにもかかわらず、神奈川県警公安部は大学院生を逮捕し、横浜地検は勾留請求をし、これが却下されるや準抗告(異議申立)をした。準抗告審を担当した横浜地裁第三刑事部は、勾留請求を却下した原決定を取消し、勾留を認め、かつ接見禁止決定までした。その際、認定した被疑事実が前述した「極左暴力集団」云々である。

 共産党、朝鮮総連、「極左暴力集団」とレッテルを貼りさえすれば何をやってもいいと言わんばかりの無法国家が出現している。自分は関係ないと思っている市民が狙われるのは次だ。

Friday, August 10, 2012

国連人権理事会諮問委員会で発言する


グランサコネ通信120810

Grand-Saconnex News. 120810





10日、NGOの国際人権活動日本委員会(JWCHR、スピーカー前田弓恵)は、ジュネーヴの国連欧州本部で開催中の国連人権理事会諮問委員会ACで、議題「平和への権利」において、発言した。冒頭に、6月の人権理事会決議を歓迎し、今会期に提出されたNGO文書NGO/3を支持すると述べたうえで、第1に、1973年9月7日の札幌地裁判決、2008年4月17日の名古屋高裁判決などで、平和的生存権が司法に認められたことを紹介。平和への権利国連宣言が確立すれば、世界中で同様に裁判をおこすことができるだろうと述べた。第2に、ハインツ諮問委員が作成した平和への権利宣言草案にピースゾーンの規定が入ったことを歓迎し、日本における無防備地域宣言運動を紹介した。第3に、福島原発事故に言及し、環境の権利、健康の権利などが平和への権利に含まれることを再確認した。(人権理事会および諮問委員会の審議の中で、ピースゾーンについて言及してきたのはJWCHRだけである)。



9日、ACは、平和への権利と国際連帯について審議した。平和への権利は、2010~12年に審議を行い、12年2月のACで最終報告書と国連宣言草案がまとめられた。6月の人権理事会HRCでは、今後も重要課題として継続審議すること、そのために作業部会を設置することが決議された。今回のACからはフォローアップということになり、ハインツ委員が今後のことを話していた。そこにJWCHR発言を入れた。今会期の平和への権利に関するNGO発言はJWCHRだけである。今後は、13年1月か2月に政府間レベルの作業部会が開催される。13年6月のHRCをへて、14年まで審議が続く見込み。



10日、ACは、テロリストによる人質問題、食糧の権利(都会の貧困、田舎の女性と貧困)、国際連帯などの決議を採択して閉会した。また、今後取り上げるべき新しい課題として、「地方政府と人権」「グローバリゼーションと若者」「非差別モデル法」などを提案することになった。HRCの了解が出れば、ACは、これらの課題に取り組むことになる。



なお、今会期限りで、チェン委員(中国)、ジーグラー委員(スイス)、ワルザジ委員(モロッコ)が引退である。閉会式のあいさつで、数人の委員がお疲れ様の謝辞を述べていたが、坂元茂樹委員がワルザジ委員のことを人権分野での「生きた伝説」と評していた。彼女は、1959年からモロッコ外務省メンバーとして国連に出席し、60年代から半世紀にわたって人権委員会小委員会で活躍してきたのだから、まさに伝説的存在だ。1990年代後半に、人権小委員会で、日本軍性奴隷制問題に関する決議を出すのに、ワルザジ委員が執拗かつ強烈に反対し続けたことが「懐かしい」。なぜか、彼女は、「アジア女性基金ですべて解決したから、これ以上議論する必要がない」と繰り返して「慰安婦」問題潰しに躍起となっていた。今、己の不明をどう考えているのだろうか。

Wednesday, August 08, 2012

大道寺将司『棺一基』を読み始める


大道寺将司『棺一基』を読み始める



グランサコネ通信120809

Grand-Saconnex News. 120809



7日、国連欧州本部での人権理事会諮問委員会AC第9会期は、「テロリストによる人質問題」の審議だった。紛争地における人質問題が重大人権侵害問題であり、現代世界の重要問題であることは言うまでもない。ただ、かつて人権委員会人権促進保護小委員会で議論した時は「テロリズムと反テロリズムにおける人権」というテーマであった。この場合には、反テロリズムにおける人権問題――反テロ戦争や、アメリカの愛国者法の問題も取り上げることができたし、現に取り上げていた。しかし、アメリカをはじめとする各国政府にとってはおもしろくない話だ。現在のACは、人権理事会から諮問を受けた事項を議論するので、「テロリストによる人質問題」の議論しかできない。ここには「国家テロ」は含まれていない。



7日、人権高等弁務官事務所で、人種差別撤廃委員会CERD第81会期が始まった。実際には6日に始まっていたが、6日は一日中、秘密会のためNGOは傍聴できない。7日から公開審議となり、NGOも傍聴できる。7日午後はエクアドル政府報告書の審査であった。エクアドルには、18の先住民族indigenous peoples(トマベラ、カランキ、ナタブエラ、オタヴァロなど)、14の先住国民indigenous nationalities(アワ、チャチ、エペラ、ツァチラなど)、アフリカ系エクアドル人のほかに、モントビオスMontubiosと呼ばれる人々がいるという。委員からは、先住民族と先住国民の違いは何かよくわからない。また、先住民族でも先住国民でもないモントビオスとは何か、質問が繰り返しなされていた。結局よくわからない。



8日、ACは「食糧の権利right to food」を審議した。チョン・ジンソン委員(韓国)作成の「都会の貧困者の人権の促進」報告書と、モナ・ズルフィカー委員(エジプト、弁護士)作成の「田舎の女性と食糧の権利」報告書が対象である。「都会の貧困者」では、食糧、雇用、教育、家屋・住居、保健衛生、政治参加などにも射程を広げた報告がなされた。「田舎の女性」については、初めての報告で、国際人権規範の概要を確認したうえで、田舎の女性に対する差別について、土地や水へのアクセス、生産・市場・労働、教育・保険・社会的安全の差別、などが分析されていた。



❉大道寺将司『棺一基――大道寺将司全句集』(太田出版、2012年)を読み始めた。前に出版された『友へ』『鴉の目』収録句の含めての「全句集」である。『年報・死刑廃止』の「死刑関係文献案内」で紹介してきたが、今回も取り上げなくてはならない。『年報・死刑廃止』は1996年版から出ているが、大道寺が最初の句を詠んだのも1996年で、しかもこの年の句は一つだけである。



友が病む獄舎の冬の安けしを



ここから16年の歳月に大道寺が読んだ数百の句が166頁にわたって収められている。作家・辺見庸による序文と跋文が全部で50頁。はたして必要なのだろうか。句集には不要の頁だ。もっとも、辺見庸が大道寺に向き合い、その作品を世に送り出すために、長期にわたる努力を積み重ねてきたことも事実だ。弁護士・内田雅敏は、大道寺と辺見の懸命の生きざまを高く評価しつつも、それでもなお「大道寺将司はいい人であってはならない」と危惧を表明している。大道寺、辺見、内田の鋭ぎすまされた意識がスパークする様を、どのように評したらよいのか。悩む時間は十分にある。

Tuesday, August 07, 2012

国連人権理事会諮問委員会始まる


グランサコネ通信120807

Grand-Saconnex News. 120807



6日、国連欧州本部で、人権理事会諮問委員会第9会期が始まった。午前中は、議長選出、議題の確定を行い、さらに審議に入った最初のテーマは、「人類の伝統的価値のよりよい理解を通じての人絹と基本的自由の促進」である。人権理事会からは第21会期(本年9月の予定)に報告書を提出するように諮問が出ていて、以前から議論がなされていたが、今回、最初の報告書(A/HRC/AC/9/2)ができて、その報告と討論が行われた。報告書は作業部会の委員たちが議論して準備したもので、カルタシュキン委員(ロシア)の名前で提出されているが、実際に執筆したのはチョン・ジンソン委員(鄭鎮星、韓国)である。チョン委員はソウル国立大学社会学部教授、元国連人権小委員会委員。



報告書は第2部の定義で、伝統的価値の定義、及び、尊厳、自由、責任との関係を整理している。続いて第3部の「伝統的価値と人権の関係」で、このテーマに関する普遍的人権の系譜を確認し、伝統的価値が女性やマイノリティに与える否定的な影響を検討している。他方、第4部の「伝統的価値を通じた人権の促進と保護」では、これが人権教育にどのような意義を有するかや、各国におけるよき実例などを紹介している。報告書の概要を紹介したチョン委員は、今日の議論を経て、さらに修正版を作成すると述べていた。



議論では、委員から、西欧的価値とその他の文化との関係、クリスチャンの価値とイスラムの価値をめぐっていくつかの指摘がなされていた。恐怖からの自由、空腹からの自由との関係も問われた。ウィーン宣言に言及がないのはなぜかとの指摘もあった(入れるつもりが抜けていたようだ)。ロシア、EU、アメリカ、スイス、チリや、いくつかのNGO(カナダのNGOが目立った)が発言したが、チリ以外はすべて西欧白人だった。ここにこのテーマをめぐる捻じれが表れている。西欧中心主義ではなく、人類の様々な伝統的価値の重要性と限界を洗いなおす作業が、西欧白人の手によって進められているように見える。ところが、その報告書を執筆したのは韓国女性のチョン委員である。そして、アジア、アフリカ、イスラム諸国政府は何も発言しなかった。人権と文化相対主義をめぐる議論は一筋縄ではいかない。



諮問委員会は、国連人権理事会の諮問機関。人権理事会は、安保理事会や経済社会理事会と並ぶ機関で、政府が理事になり、47か国で構成される。日本は昨年度まで理事国だったが、現在は理事ではない。6月に開催された人権理事会で、平和への権利に関する諮問委員会報告書(平和への権利国連宣言草案を含む)に関する決議が採択されたが、昨年まで反対投票をしてきた日本は今年6月には理事国ではないので投票しなかった。6月理事会では32か国ほどが賛成、アメリカが反対、EU諸国は棄権で、決議が採択された。



他方、諮問委員会は、人権理事会の下におかれた18人の委員よりなる専門家委員会。委員は、各国政府が推薦して、人権理事会での選挙で選出される。委員の多くは、法律家、宗教者、元外交官など。現在、日本からは坂元茂樹・神戸大学教授が委員になっている。日韓条約合法論を唱えている方だが、前回の諮問委員会では平和への権利について優れた発言をされていた。韓国からは上記のチョン・ジンソン委員。諮問委員会は人権理事会から諮問があった事項について審議する。かつて、人権委員会の下におかれた人権小委員会(差別防止少数者保護小委員会、後に人権促進保護小委員会)は、諮問されなくても、自ら議題を設定して審議していた。日本軍性奴隷制度をめぐるマクドゥーガル報告書や、「戦時性暴力問題は個人の権利問題なので国家間の取り引きによって、なかったことにしてはいけない」というハンプソン決議など、有益な決議を繰り返していた。政府から見れば、人権小委員会はやりすぎた、ということで、諮問委員会は、諮問事項だけを審議することにされた経緯がある。



国連欧州本部新館2階の展示コーナーで「中国宮廷珍蔵絵画展」が行われている。展示されている61点は、唐、宋、明、清代の絵画と書。ただし、本物ではなくレプリカ。古いものは、8世紀の五代の美人画。新しいものは清代の八頭の馬の図。風景、人物、取り、梅、蝶など多彩な作品が並べられている。