Wednesday, January 09, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(118)東京都条例批判


足立昌勝「東京都五輪『人権』条例を法的に批判する」『紙の爆弾』2019年2月号


2018年10月5日に東京都議会本会議で可決された「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」(2019年4月1日施行予定)を検討している。

第1に、足立は、東京都の説明で主に取り上げられているのが「性的志向」だけという実態を指摘し、「オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」と言えるのかと疑問を呈する。オリンピック憲章では、人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的又はその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、とされている。東京都条例は、これらの列挙を排除して、「多様な性の理解の推進」を一つの柱とし、二つ目の柱がヘイト・スピーチとなっている。

第2に、ヘイト・スピーチに関連して、足立は、東京都条例第3章第9条2号の定義規定が「不当な差別的言動」としているが、その定義はヘイト・スピーチ解消推進法にゆだねられているうえ、法律の審議については「この法案の審議はほとんど行われず、在日の人たちに対する差別がなくなるのであれば良しとする風潮の中で成立したものであり、概念的には多くの問題を含んでいる」として、特に「本邦外出身者」の問題を指摘する。「本邦」の範囲は全く不明確であり、これが法律に明記されることなど、法律家にとっては驚愕するしかないからである。また、アイヌ、沖縄等の問題が抜け、「平等主義が欠落」している。「インターネットによる方法」「公の施設において不当な差別的言動」「都民等」など、非常に不明確な概念が多用されていると批判する。

第3に、足立は、条例制定過程に疑問を呈する。東京都人権部長によると、14名の専門家の意見を聴取したとされているが、「ここには、ヘイト研究の専門家が誰一人として呼ばれていないことに注意する必要がある。都は、聴取にあたり専門家が発言した内容を、総括的ではなく個別的に開示し、条例作成の経緯を明らかにすべきである」という。足立は、大阪市条例や、国立市人権基本条例にも言及し、国立市条例のほうがオリンピック憲章に合致していると見る。


東京都条例制定時、私は最も多忙な時期で、残念ながらほとんどフォローできなかった。「ヘイト研究の専門家」で、きちんとフォローしていた人物もいたが、都には呼ばれなかったのだろうか。


概念の不明確さは足立が指摘する通りである。本邦外出身者のように、法制定に賛成の側からも反対の側からも批判の出た例が少なくないと思う。私も法律についてはいくつかの批判をしてきた。条例制定の際に法律を前提とするのはそれなりに合理性があるので、東京都条例の場合、やむを得ないともいえる。都議会がきっちり調査・検討して、独自の概念を採用することもできるはずだが、それには相当の時間と力量を要する。おおもとの法律の不備である。

「インターネットによる方法」については、たしかに概念定義が困難であるが、国際的には多くの前例があるので、これに学んでいけば運用は可能だろう。「公の施設において不当な差別的言動」も不明確だが、国の指針、弁護士会意見書、川崎市のガイドラインなど解釈・運用のための提言はいくつも出ている。「本邦」「都民等」の不明確さは、法制定や条例制定の拙速主義と言う面もあるかもしれないが、法律も都条例も刑罰規定を含まず、理念を掲げるものに過ぎないから、現状としてはこんなものかな、というのが私見である。

「インターネットによる方法」「公の施設において不当な差別的言動」については、内外の法規範や運用実態の調査をさらに徹底して進める必要がある。