Thursday, September 02, 2021

ファクトシート:ヘイト・スピーチ(欧州人権裁判所)(2)

「ファクトシート:ヘイト・スピーチ」は、「条約の保護の適用除外」「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」「ヘイト・スピーチとインターネット」の3つのテーマに分けて、多くの判決を紹介する。

 

「条約の保護の適用除外」では、「民族ヘイト」「暴力の煽動とテロ活動支援」「否定主義と修正主義」「人種ヘイト」「宗教ヘイト」「民主的秩序への脅威」の6つに分けて、多数の判決を紹介している。

 

民族ヘイト

パヴェル・イヴァノフ対ロシア事件(2007220日、許容性に関する決定)

申立人は新聞の所有者・編集者であり、マスメディアを通じた民族、人種、宗教憎悪の公然煽動で有罪とされた。申立人が執筆・出版した一連の記事で、ユダヤ人はロシアにおける悪の根源であると特徴づけ、社会生活からの排除を呼びかけた。申立人はある民族集団がロシア人民に対する陰謀を行っているとし、ファシズム・イデオロギーをユダヤ人指導者のせいにした。申立人の新聞でも、法廷における証言においても、申立人は一貫して、ユダヤ人の尊厳の権利を否定し、ユダヤ人は一つの国民を形成したことがないと主張した。申立人は特に人種ヘイトの扇動についての有罪に異議申立てをした。

欧州人権裁判所は申立てにつき許容性がないと言い渡した。申立人の見解に顕著な反ユダヤ主義の基調があることに疑いはなく、申立人の新聞によって、申立人がユダヤ人に対する煽動をしようとしたという国内裁判所の判定に同意するとした。一つの民族集団に対する一般的で激しい攻撃は、条約の基礎にある価値である、寛容、社会の平穏、非差別に反するものである。結論として、条約第17条(権利濫用の禁止)ゆえに、申立人は条約第10条(表現の自由)の保護を受けることはできない。

この点については、W.P.及びその他対ポーランド事件(200492日、許容性に関する決定)も参照(反ユダヤ主義の文言を含む規約の団体設立をポーランド政府が認めなかった事案。裁判所は申立人は条約第11条(集会結社の自由)の保護を受けることができないとした)。

 

②暴力の煽動とテロ活動支援

ロイTV A/ S対デンマーク事件(2018417日、許容性に関する決定)

本件では、申立会社が、20062010年のTV放送番組を通じて、クルド労働者党(PKK)を宣伝したことで、デンマークの裁判所によりテロ犯罪について有罪とされた。デンマークの裁判所が認定した事実によると、PKKはデンマーク刑法の意味におけるテロ組織に当たり、ロイTV A/ Sはプロパガンダ放送によってPKKのテロ活動を支援した。罰金及び放送ライセンスの撤回が命じられた。申立会社は、この有罪判決は表現の自由を妨げたと主張した。

欧州人権裁判所は、申立ては条約の諸規定に合致しないので許容性がないと言い渡した。裁判所によると、TV局は、条約の諸価値に反する目的でその権利を行使しようとしたので、条約第10条の保護を受けることはできない。それには、条約第17条(権利濫用の禁止)に違反する暴力の煽動とテロ活動支援が含まれる。こうして申立会社による申立ては表現の自由の権利の保護を引き寄せるものではない。

 

③否定主義と修正主義

ガロディ対フランス事件(2003624日、許容性に関する決定)

申立人は著書『現代イスラエルの基礎にある神話』の著者であり、人道に対する罪の存在に疑いを差し挟む犯罪、人々の集団(ユダヤ人共同体)の公然たる侮辱、及び人種憎悪の煽動で有罪とされた。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと主張した。

欧州人権裁判所は、申立ては許容性がないと言い渡した。裁判所によると、申立人の著述内容はホロコーストの否定であり、人道に対する罪を否定することは、ユダヤ人に対する人種侮辱のもっとも深刻な形態の一つであり、ユダヤ人に対する憎悪の煽動である。明らかに証明された歴史事実の存在に疑いを差し挟むことは、学問研究や歴史研究に当たらない。本当の目的は国家社会主義体制を再建することであり、被害者が歴史を偽造したと非難することである。こうした行為は条約が促進しようとする基本的価値に明らかに合致しないので、裁判所は条約第17条(権利濫用の禁止)を適用し、申立人は条約第10条(表現の自由)に依拠することはできないとした。

この点については、ホンシク対オーストリア事件の欧州人権委員会決定(19951018日)参照(国家社会主義の下で強制収容所のガス室におけるジェノサイドの実効を否定する出版物に関する事案)。マレー対フランス事件の欧州人権委員会決定(1996624日)参照(いわゆるガス攻撃は学問的に不可能であると証明しようとする雑誌論文の事案)。

 

*ガロディ事件は非常に著名であり、従来から紹介されている。ホンシク事件はほとんど言及されてこなかったようだ。

 

ムバラ・ムバラ対フランス事件(20151020日、許容性に関する決定)

本件では、政治活動を行うコメディアンのデュドンヌ・ムバラ・ムバラが、民族共同体、国民、人種又は宗教、特にユダヤ出身又はユダヤ教徒に属するがゆえに、人又は人の集団に向けられた公然侮辱について有罪とされた。200812月のパリの「ゼニス」におけるショーの最後に、申立人はロベール・フォリソンを招いた。フォリソンはその否定主義と修正主義の主張、主に強制収容所におけるガス室の存在を否定したためにフランスで何度も有罪判決を受けた学者である。申立人は「稀有と傲慢」賞を受賞するためにステージに招かれた。この賞はリンゴの付いた3つの枝のある燭台の形態であり、「光の衣装」という服を着た俳優が授与したが、それは強制収容所でユダヤ人被抑留者を模して、「ユダヤ人」と書いた黄色い星付きの縞のパジャマであった。

欧州人権裁判所は、条約第35条(許容性基準)に従って、条約第17条(権利濫用の禁止)の下で申立人は条約第10条(表現の自由)の保護を受けられないと認定し、申立ては許容されないと言い渡した。裁判所によると、問題のシーンにあっては、パフォーマンスがもはやエンターテインメントではなく、政治集会と化しており、コメディという口実で、ロベール・フォリソンが登場することに重点を置いた否定主義を助長するものであり、ユダヤ人強制移送被害者をユダヤ人絶滅を否定するものとして描き出して貶めるものであった。裁判所の見解では、これは風刺や挑発であったとしても、条約第10条の保護の範囲に含まれるパフォーマンスではなく、実際には、本件の条件の下では、憎悪と反ユダヤ主義のデモンストレーションであり、ホロコースト否定の指示であった。芸術の所産であると偽装して、実際には、まっこうからの突然の攻撃として危険であり、欧州人権条約の価値に反するイデオロギーのプラットフォームを提供するものであった。それゆえ裁判所の結論として、条約の文言や精神に合致しない目的のために表現の自由の権利を行使することで、本当の目的をそらして条約第10条を持ち出しており、もしこれを許容すれば、条約の権利と自由を破壊することになってしまう。

 

ウィリアムソン対ドイツ事件(201918日、許容性に関する決定)

申立人は司教であり、聖ピウス10世協会の元会員であるが、スウェーデンのTVでホロコーストを否定したために憎悪煽動で刑事犯罪として有罪とされたと申立てた。特に申立人は、犯罪がドイツではなくスウェーデンで行われ、スウェーデンでは申立人の発言は刑事責任を問われないので、申立人の発言にドイツ法を適用することはできないと主張した。さらに申立人は自分の発言がドイツで放送されるとは思っていなかったし、ドイツで放送されるのを防ごうとあらゆる努力を傾けたと主張した。

欧州人権裁判所は、申立ては明らかに誤っているので許容されないと言い渡した。裁判所によると、特に、申立人は当時他の場所に居住していたのに、自分の発言がドイツでは刑事責任を問われるものであることを知りながら、ドイツでホロコーストを否定するインタヴューを受けることに同意した。申立人はインタヴューの際に、番組がドイツで放送されないようにと主張していないし、インタヴュアーやTV局に、このインタヴューはドイツでは犯罪となると説明しなかった。裁判所はそれゆえ、ドイツの裁判所の事実に関する評価は許容できるとし、犯罪の基本部分(インタヴュー)がドイツで行われたのであるから、犯罪はドイツで行われたものであるという認定を尊重するとした。

 

パステール対ドイツ事件(2019103日)

本件では、地方議会における演説でホロコーストを否定したために州副知事が有罪とされた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の下で、申立人の主張は明らかに誤っているので、許容されないと言い渡した。裁判所によると、申立人はユダヤ人を貶めるために意図的に真実でないことを発言した。申立人の発言は、条約地震の価値に反するので、条約が提示する言論の自由の保護を引き寄せないとした。申立人の事件では、ドイツの裁判所による有罪は、それゆえ目的にかなっており、「民主社会に必要な」ものであった。