Sunday, May 03, 2020

検事長勤務延長閣議決定と検察官の勤務延長制度導入の撤回を求める声明


検事長勤務延長閣議決定と検察官の勤務延長制度導入の撤回を求める声明

202052

民主主義科学者協会法律部会理事会



 2020131日,政府は,現行検察庁法第22条に従って定年退官する予定だった東京高等検察庁検事長について,国家公務員法(以下「国公法」)第81条の3第1項を適用し,半年間勤務を延長することを閣議決定した。これは,検察官に適用される検察庁法が一般法である国公法に対して特別法であるとした上で,国公法上の定年制度やこれを前提とする勤務延長が検察官に適用される余地はないとする従来の検察庁法の解釈・適用を無視した違法・無効なものである。

 また,同年313日,政府は,検察官の勤務延長制度を導入する内容を含む国公法改正案及び検察庁法改正案を国会に提出した。その内容は,検事長ら役職者の勤務延長を内閣・法務大臣の判断に委ねるものであって,あくまで平等と公平の正義を追求するために,その職務遂行に厳正性,不偏不党性が求められる検察官の不偏不党性を害するものである。

 民主主義科学者協会法律部会理事会は,上記閣議決定並びに国公法改正案及び検察庁法改正案の撤回を求める。その理由は,次のとおりである。



1 まず,上記閣議決定は,国公法第81条の31項を東京高等検察庁検事長に「適用」して,「その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる」(同項)ものである。しかし本来,同項は,国公法第81条の21項および第2項により定年を迎えることとなる国家公務員について,特別な必要性がある場合に,任命権者の判断によりその勤務を延長させるものである。

 そして,国公法は,1947年に制定された当時にそもそも定年制を定めておらず,1981年にはじめて定年制を導入し「定年による退職」(同法第81条の2)及び「定年退職者等の再任用」(第81条の3)を設けた。第81条の2は,国家公務員が一定の年齢に達した時に一律に退職する制度(退職年齢制度)を予定したものではなく,別途定められる「定年退職日」に退職する制度(定年退職日制度)であり,しかも職務の性質や必要性に応じて柔軟な取扱いが許容され,さらに第81条の3による「再雇用」も視野に入れた職務内容に必要に応える柔らかな定年制度である。

 これに対して,検察官の定年は,検察庁法第22条により,検事総長は満65歳,他の検察官は63歳と定められているように,検察官が一定の年齢に達した時に一律に退職する制度(退職年齢制度)であって,国公法上の退職制度とは趣旨も範囲も異なるものと言わなければならない。また現に,1981年の国公法の改正に関する国会審議において改正国公法は検察官に適用がないことが繰り返し確認されており,これが運用の面でも忠実に順守されてきた,国公法についてのゆるぎない立法者意思であることは明らかである。したがって,国公法第81条の21項および第2項は,検察官に適用する余地はなく,検察官に対して,そもそも国公法第81条の31項の適用はないというのが確立した法解釈及び法実務である。



2 このように,検察官に対して,その任命権者による特別の勤務延長が適用されなかった理由は,検察官が,刑事手続を始動させる公訴権を独占する(準起訴手続は例外)など,刑事司法全般に対して重大な影響力を持ち,ゆえに,その職務はあくまで平等と公平の正義を追求するものでなければならないことにある。そのために,検察官には,とりわけ政治的影響力を受けることのないように,裁判官に準じた身分保障が必要であり,その限りで,司法権独立の精神は検察権の行使とその担い手である検察官のあり方についても推及されなくてはならないのである。

 それにもかかわらず,検察官につき,自然年齢にのみ拘束される一律の年齢退職制度をとり,定年の延長を認めない硬性の手続をとっている現行法を変更して,その任命権者である内閣の意向によってその勤務を延長させることが可能となるのであれば,その検察官の身分の独立性がその限りで害され,検察官の職務が内閣の意向に左右されるおそれは皆無ではありえない。この点は,国際的な標準として検察官の職務準則と権利義務を定めた国連経済社会理事会決議の「検察官の職務準則と権利義務に関する声明」(E/CN.15/2008/L.10/Rev)にも反するものである。

 したがって,東京高等検察庁検事長の勤務を延長させるとする上記閣議決定は,その法律による根拠のない違法・無効なものであり,同時に,検察官の職務の独立性を害するものとして撤回をすべきものなのである。



3 加えて,上記の検察官の勤務延長制度を導入する国公法改正案及び検察庁法改正案は,一般の国家公務員及び検察官の定年を一律に満65歳にまで延長することを背景に,次長検事,検事長及び検事正,上席検察官については満63歳に達した翌日から他の職に補することを原則としつつ,内閣及び法務大臣が定める準則により特別の事由があればその勤務の延長を可能とし,さらに,検察官一般につき,満65歳の定年を迎えた後も特別の事由があれば,内閣や法務大臣の判断により,その職務の延長を認めるものとしている。

 要するに,この検察庁法改正案は,国公法の改正目的を逸脱して,検事総長を含む検察官の職務延長を,広く,時の内閣や法務大臣の判断に委ねようとするものと言わざるを得ない。このような法改正は,独立した法の支配の砦としてあくまで平等と公平の正義を追求することが期待される検察官の職務に対して,定年の延長という「蟻の一穴」から職務の公正を蝕む「害毒」を注ぎ込むに等しいことになる。すなわち,この検察庁法改正が実現すれば,いわゆる定年延長を求めて時の政権の意向を忖度する司法運営がまかり通ることとなり,司法権独立は危機に瀕する。



4 また,検察庁法改正案の立案過程には,様々な矛盾や問題点がある。法務大臣は,210日の国会答弁で,上述の国公法第81条の23の規定が検察官に適用除外される旨の1981年当時の国会審議について,議事録の詳細は存じ上げないとした。同月12日には,人事院給与局長が法解釈は変わっていない旨を答弁した。しかし,同月13日に総理大臣が検察官の勤務延長に国公法を適用するとして解釈変更を国会で答弁した後に,法務大臣は1月後半に法解釈の変更を法務省内で「口頭決裁」した旨を,人事院給与局長は12日の答弁の言い間違いを,それぞれ弁明するに至った。以上から,そもそも131日の閣議決定は,従来の国公法及び検察庁法の解釈を十分に踏まえていない疑いがある。

さらに,検察庁法改正案について,法務省は,201910月の時点で,一般公務員の役職定年延長制度につき,公務の運営に著しい支障が生じるなどの問題は考え難いとして,検察官には必要ないものと判断していたにもかかわらず,2020年に入り,同法案に検察官の役職定年延長を可能とする規定が加えられた。この経緯に鑑みれば,同法案は,特定の検事長の勤務延長を可能とする違法な閣議決定を法形式で追認するものと言わざるを得ない。



5 目下,新型コロナウイルス感染症への対応が急務の課題となっている中,検察庁法改正案は,国公法等一部改正法案として国公法改正案等と一括して国会に上程されており,審議が十分尽くされないことが強く危惧される。



 以上の理由から,民主主義科学者協会法律部会理事会は,上記閣議決定並びに国公法及び検察庁法改正案の撤回を,断固として求めるものである。

世界哲学史という意欲的な試み


『世界哲学史Ⅰ(古代1)知恵から愛知へ』(ちくま新書)



1月から出版が始まった全8冊のシリーズ、筑摩書房80周年記念出版だ。執筆者は総勢101名だという。目次を眺めるだけで、凄い。



第1冊(古代1)をのんびり読んだ。

序 世界哲学史に向けて   納富信留

1 哲学の誕生をめぐって   納富信留

2 古代西アジアにおける世界と魂   柴田大輔

3 旧約聖書とユダヤ教における世界と魂   髙井啓介

4 中国の諸子百家における世界と魂   中島隆博

5 古代インドにおける世界と魂   赤松明彦

6 古代ギリシアの詩から哲学へ   松浦和也

7 ソクラテスとギリシア文化   栗原裕次

8 プラトンとアリストテレス   稲村一隆

9 ヘレニズムの哲学   荻原 理

10 ギリシアとインドの出会いと交流   金澤 修



西欧中心主義に毒されていると反省してきたつもりでも、反省しきれていなかったことがよくわかる。西欧哲学史の窓から見た哲学史しか頭に入っていなかった。

「世界」とは、地理的な世界に拡張することだけでなく、人々が暮らす生活世界の総体を対象とし、自然環境や生命や宇宙から人類の在り方を反省する哲学を必要とする。各地域、それぞれの時代の哲学の営みを総ざらいして、世界という全体の文脈において比較し、共通性や独自性を確認するチャレンジングな企画だ。

第1冊を読んだだけだが、企画の趣旨を踏まえた見事な論述が続く。本格的な研究書ではなく、新書で世界哲学史をという点も、だれもが手に取り、読むことができる世界哲学史と言うスタンスだろう。

新型コロナ緊急事態宣言の中、読書に集中できない日が続く。時間があるようで、ない。精神的に余裕がないためだろう。このため、本書もなかなか頭に入らなかったが、人類の知的営為に触れることができるのは愉しいものだ。

Friday, May 01, 2020

團藤重光研究の到達点に学ぶ(1)


福島至編『團藤重光研究――法思想・立法論、最高裁判事時代』(日本評論社)

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8228.html

東京大学名誉教授、元最高裁判事、元宮内庁参与の團藤重光(19132012年)は、戦中から戦後にかけて日本刑事学を代表する研究者であり、戦後の刑事訴訟法制定に大きな役割を果たし、独自の人格責任論をはじめとする刑法理論を構築し、最高裁判事としては「リベラル派」として重要判決にかかわり、退官後は日本を代表する死刑廃止論者として活躍した。その研究の深さと広さは他の追随を許さない。

團藤はその蔵書や膨大な資料類を、親戚にあたる福島至(龍谷大学教授、刑事訴訟法学者)の在籍する龍谷大学に寄贈した。「團藤文庫」と呼ばれる。

龍谷大学矯正・保護総合センターの「團藤文庫研究プロジェクト」は2013年に活動を本格化させ、さまざまな聞き取りや調査研究を行ったという、成果の一部は「特集 團藤文庫を用いた研究の可能性」龍谷大学矯正・保護総合センター研究年報第6号(2016年)にまとめられているが、これに続く成果が本書である。

http://rcrc.ryukoku.ac.jp/research/book34.html



<目次>

はしがき

序章 團藤重光研究の意義と本書の概要……福島 至

第1部 團藤重光の法思想・立法論

第1章 法学教育史から見る法制史についての一考察

    ーー東京帝国大学生・團藤重光の受講ノートをたよりに

      ……畠山 亮

第2章 満蒙問題と團藤重光

    ーー團藤文庫所蔵「蒙古聯合自治政府」法制関連資料の紹介

      ……岡崎まゆみ

第3章 東大と防空

    ーー團藤重光と東京帝国大学特設防護団法学部団

      ……太田宗志

第4章 法学の研究動員と團藤重光

    ーー戦時下の学術研究会議を中心として

      ……小石川裕介

第5章 改正刑法準備草案と團藤

    ーー名誉に対する罪をめぐる戦前・戦後の刑法改正事業

      ……高田久実

第6章 團藤重光の人格責任論ーーその形成過程に着目して

      ……玄 守道

第7章 昭和28年刑事訴訟法改正と團藤重光……出口雄一

第8章 團藤文庫『警察監獄学校設立始末』から見えてくるもの

    ーー明治32年・警察監獄学校の設立経緯

      ……兒玉圭司

第2部 最高裁判事としての團藤重光

第9章 最高裁判例の形成過程と團藤重光文書

    ーー国公法違反被告事件(大坪事件と猿払事件)をめぐって

      ……赤坂幸一

10章 学者としての良心と裁判官としての良心

    ーー共謀共同正犯についての團藤意見を中心として

      ……村井敏邦

11章 凶器準備集合罪の法益と團藤補足意見

    ーー1983(昭和58)年6月23日最高裁第一小法廷判決

      ……古川原明子

12章 迅速な裁判を受ける権利の保障をめぐって

    ーー多数意見と團藤少数意見

      ……福島 至

13章 流山事件最高裁決定と團藤重光補足意見の意義と特徴

      ……斎藤 司



福島至「序章 團藤重光研究の意義と本書の概要」は、1)團藤文庫が寄贈された経緯、2)團藤文庫研究プロジェクトの経緯、3)本書の趣旨と構成、を略述する。團藤文庫の整理、分類、公開はまだ途上にあるが、共同研究の一定の成果を示すために本書を編んだという。



畠山亮「第1章 法学教育史から見る法制史についての一考察――東京帝国大学生・團藤重光の受講ノートをたよりに」は、團藤の学生時代の受講ノートを基にした研究である。團藤は、牧野英一の刑法、我妻栄の民放、中田薫の西洋法制史等の受講ノートを残した。畠山は、そのうち中田・西洋法制史の受講ノートを基に、法学教育史という観点で研究を進める。中田は学生向けの教科書等を執筆しなかったため、受講した学生たちが作成した講義ノートが多数残されているというが、それらと團藤の受講ノートを比較することによって、一方では中田の講義の変遷が判明し、他方で学生・團藤のまじめな勉強ぶり、受講ノートの完成度の高さを知ることができる。なかなかおもしろい論文だ。



以下は余談。



私は学生時代、まじめにノートを筆記したほうだが、その時のための走り書きのノートにすぎず、保存していない。法学部学生時代に受講した授業の記録はなく、記憶もどんどん薄れていくのは残念なことだ。

学生時代に受講した講義で感銘を受けたのは、第1に高島善哉の「社会科学」だ。大学1年の時だから1974年度の講義である。高島はマルクス主義系統の、アダム・スミス研究者、経済学・社会学者で、当時すでに一橋大学名誉教授だった。視力が弱りつつあった時期で、杖をついて歩き、パートナーや助手らしき人が付き添って教室に来ていたと思う。高島は、ノートも何も見ずに、記憶だけで立派な講義をしていた。平田清明の市民社会論が大きな論争を巻き起こした時期でもあったので、高島の授業を受けることができたのは幸運だった。

第2に佐藤功の「憲法」だ。これも1974年度である。日本国憲法制定に携わった佐藤は当時、上智大学教授だったが、非常勤講師として中央大学政治学科の「日本国憲法」を担当していた。佐藤の『日本国憲法概説』を手に受講した。佐藤は話しが非常に上手で、冗談が得意だった。教壇に立って、憲法制定過程のエピソードを身振り手振りを交えて、おもしろく語り、学生を笑わせた。どこまでが本当で、どこが脚色だったのか、学生にはわからなかった。

履修したのは、橋本公亘の「憲法」だが、あまりなじめなかった。橋本の『日本国憲法』は、アイヌ民族を「旧土人」とする北海道旧土人保護法を積極的に評価していたので、最初に拒否感を持ってしまったためだろう。後に橋本は「憲法変遷論」を唱えて、自衛隊合憲化に乗り出したことで社会的話題となった。

第3に山田卓生の「民法(債権法)」、1975年度の講義だ。大学2年生だったので、3年次指定の山田の講義を履修することはできなかったが、次年度に山田がサバティカルでドイツに行くと聞いたので、2年生の時に授業を聴講した。山田は帰国後、ほどなくして横浜国立大学に転じたので、75年度に無理して全授業を聴講したのは大正解だった。

第4に櫻木澄和の「刑法」、1976年度及び77年度の講義だ。私が履修したのは下村康正の「刑法」で、これも面白い授業であったが、たしか夜間部で櫻木が刑法を教えていたので、これもすべて聴講した。櫻木の「刑法総論」は、1年かけて犯罪論の「構成要件論」を終わらなかった。「1年では責任論にたどりつくのがやっとで、未遂論や共犯論にたどりつかない」というのはよくある話だが、櫻木は一番最初の「構成要件論」が終わらない。違法論も責任論も未遂論も共犯論も、7677年度にはやらなかったと記憶している。なにしろ「刑法総論」の講義で、櫻木はシステム工学、創造工学、人格理論の話をしていたし、マルクスの『経済学批判要綱』を取り上げることも良くあった。7879年度、私が修士課程の時には、なんとか違法論や責任論もやっていたが、たぶんどこかからクレームがついたためだろう。

櫻木論文に驚嘆し、「学問」を志すことになったことは、よく話してきた。大学院で指導教授に選んで以後のことは、前田朗『黙秘権と取調拒否権』(三一書房)第7章及びあとがきに書いた。

https://31shobo.com/2016/05/16008/




Thursday, April 30, 2020

戦後社会科学変遷の見取り図


森政稔『戦後「社会科学」の思想――丸山眞男から新保守主義まで』(NHKブックス)

https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000912612020.html

Ⅰ部 「戦後」からの出発

 第一章 「戦後」の意味と現代性

 第二章 丸山眞男とその時代

 第三章 日本のマルクス主義と市民社会論

 第四章 ヨーロッパの「戦後」

 補論1 鶴見俊輔と転向研究

Ⅱ部 大衆社会

 第五章 大衆社会論の二つの顔

 補論2 大衆社会論期のいくつかの政治的概念について

Ⅲ部 ニューレフトの時代

 第六章 奇妙な「革命」

 第七章 知の刷新

Ⅳ部 新保守主義的・新自由主義的転回

 第八章 新保守主義の諸相

 第九章 新自由主義と統治性



東京大学大学院総合文化研究科教授による社会科学入門の授業を基にした概説書だ。丸山眞男、マルクス主義、市民社会論、大衆社会論、ニューレフト、新保守主義、新自由主義と変遷してきた流れをていねいに論じている。欧米の知の潮流との対比によって、わかりやすい見取り図になっている。次のように説明されているが、その通りの著作だ。

<「現代が必ず過去の時代より優れているわけではない」こと、「過去の議論の蓄積はたやすく忘却されてしまい、そのため無益な議論の繰り返しが起きがちである」ことなどを警告する。そして浅薄な「時代」理解を避け、「現代とは、過去を踏まえてどのような時代となっているのか」ということを正確に理解するために、戦後の「社会科学」が、各々の時代をどのように理解してきたのかを大局的な視点から概括して、戦後の一流の知識人たちの思考のあとをたどる。なお社会科学とは、経済学、政治学、法学、社会学などの社会を対象とする諸学問の総称だが、著者にとってそれは、「個別の社会領域を超えて時代のあり方を学問的に踏まえつつ社会にヴィジョンを与えるような知的営み」である。>

戦後日本の「社会科学」について、別の整理の仕方もあるだろうが、本書の整理の仕方はそれなりに納得できる。300頁の小さな本なので、ざっと流している部分も少なくないが、要所では突っ込んだ分析をしている。本書を読むことで、私自身がどのような座標系の中で思考してきたかを把握することもできる。その意味でも有益な本だ。初めて社会科学を学ぶ学生にも役に立つだろう。市民運動にかかわってきた市民にとっても、戦後日本論として有益だと思う。

特に現在の新保守主義と新自由主義についての論述が重要だ。古典的な保守主義や自由主義ではなく、現在の「新」なる主義の意味を、著者・森はポスト産業社会との関連で位置づけ、多様な新自由主義を4つに論点で整理している。そこでは「誰が」ではなく「いかに統治するか」というフーコー的問題設定がカギをなす。



戦後日本、戦後民主主義をいかに把握するかについて、私は著者・森とはずいぶんと違う理解をしている。平和憲法や戦後民主主義の初発の限界をどのように見るかの違いだ。端的に言えば、戦後思想における「植民地主義の無視」という論点だ。森自身には植民地主義への視線もあるのだが、戦後思想に対するときに、森は植民地主義の克服がおよそなされなかったことをあまり重視していない。輝ける戦後民主主義がどのように変遷・変質していったかという理解に近い。輝ける戦後民主主義の「闇」を主題にしない。

だが、それは本書の価値を損なうものではない。上述のように、本書はいろいろな読み方のできる、そして有益な本である。

Monday, April 27, 2020

星野智幸を読む(7)差別がないと成り立たない社会?


星野智幸『在日ヲロシヤ人の悲劇』(講談社、2005年)



新型コロナのため、スイスから帰国して2週間、外出自粛だったが、終了時期に政府の緊急事態宣言が出た。おかげで外出自粛が6週間目に突入した。運動不足がたたってぼけ老人状態だ。読書や原稿執筆はしていたものの、連日、暗いニュースを見てはため息をついてきた。

『在日ヲロシヤ人の悲劇』は、新しい「家族小説」と銘打っているが、タイトルから推測できるように、在日外国人が日本の政治や社会に直面して受ける「処遇」に苦悶する事態を前提としている。

「日本を生きるという空疎」という言葉が用いられるが、ヲロシヤ国、露連、アナメリカ、日本を行き来する家族の物語を、一方で外国人処遇、他方で親と子の関係において、描き出す。

イスラム過激派壊滅のため露連大統領がアナメリカに「テロ撲滅共同作戦」を呼びかける。厳しい独裁体制にあえぐ亡命ヲロシヤ人たちが人道支援を訴える。国際社会は非難の合唱。アナメリカは共同作戦を拒否するかと思いきや、派兵の挙に出る。在日アナメリカ軍が派遣され、日本国軍にも派兵を求めた。日本の主要メディアは即刻派兵を唱えた。

熱狂的な派兵ムードに抗して立ち上がり、在日ヲロシヤ人の保護を訴える「左翼」好美はNGO「ヲロシヤン・コネクション」の主催者として矢面に立たされながら、悪意ある攻撃と闘い、ハンガーストライキの果てに死んだ。

娘をなくした父親はヲロシヤン・コネクションの活動に加わり、日本という空疎な壁に突き当たる。父親や好美と離反して一人暮らしていた弟・純も事態に巻き込まれていく。

日本と日本人がもっとも生き生きとする時――それは他者を排除し、差別し、非難し、猛烈に講義する時だ。他者を非難しないと「日本」なるものは存在意義を失う。意識的であれ無意識的であれ、差別と排外主義によって己を保つ日本社会。差別しないとアイデンティティの危機に脅える日本人。執拗に攻撃していても、自分が攻撃されていると不安になる日本。悪罵を発散することで連帯を獲得する日本社会。善意も悪意も混ざり合って区別のつかない日本。

Sunday, April 26, 2020

語られる井上ひさし


今村忠純ほか『「井上ひさし」を読む』(集英社新書)

https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1014-f/

井上ひさしファンにはたまらない魅力の本だ。

文学の小森陽一と歴史の成田龍一が、ゲストを招いて、井上ひさしについて語る。

豪華絢爛なゲストは、今村忠実純、島村輝、大江健三郎、辻井喬、永井愛、平田オリザだ。巻末には井上ひさしとノーマ・フィールドが参加した座談会も収録されている。

2010年4月9日、井上ひさしが亡くなった。毎年、4月10日前後に吉里吉里忌が開かれている(今年は新型コロナのため中止になった)。小森陽一と成田龍一は、井上ひさしの人と作品を日本文学史に位置づけるために、座談会形式で井上文学を語る機会を設定し、その記録を「すばる」に掲載してきた。それをまとめたのが本書である。



第一章 言葉に託された歴史感覚  今村忠純 島村輝

第二章 “夢三部作”から読みとく戦後の日本  大江健三郎

第三章 自伝的作品とその時代  辻井喬

第四章 評伝劇の可能性  永井愛

第五章 「日本語」で書くということ  平田オリザ

特別付録 座談会「二一世紀の多喜二さんへ」井上ひさし最後の座談会 井上ひさし ノーマ・フィールド



『「井上ひさし」を読む』は、言語論、小説論、自伝の評価、評伝劇の評価を順次取り上げて、戦後文学史における井上ひさしの位置を測定しようとする。どこから読んでも楽しいおすすめ本だ。

なお、昨年の吉里吉里忌のさいに井上ひさし研究会も発足し、私も会員にしてもらった。新型コロナのため、当面は研究会の活動がないのが残念だ。本来なら、『「井上ひさし」を読む』出版記念会を開いてほしいところだ。

私も井上ひさしファンで、ひょっこりひょうたん島以来、半世紀にわたって井上ひさしに笑わされてきた。文学研究者ではないが、『パロディのパロディ 井上ひさし再入門』(耕文社)という本を出した。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3-%E4%BA%95%E4%B8%8A%E3%81%B2%E3%81%95%E3%81%97%E5%86%8D%E5%85%A5%E9%96%80%E2%80%95%E9%9D%9E%E5%9B%BD%E6%B0%91%E3%81%8C%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F-%E3%80%88Part3%E3%80%89-%E5%89%8D%E7%94%B0-%E6%9C%97/dp/4863770421

Monday, April 06, 2020

テロリスト・シンゾーの恐怖支配


新型コロナは世界中に「恐怖」をもたらしているが、日本は「恐怖」ではなく「恐怖支配」を進めている。

両者は同じように見えて、性質が異なる。「恐怖」対策を行わないことによって継続させた「恐怖」を利用した「恐怖支配」が続いているからだ。



欧州諸国のように、PCR検査を行って、どこに、どのような感染者がいるのかを明らかにすれば、「自分は感染している、感染していない」がわかる。感染している人は他人に感染させないように気を付けることができる。感染者のいる地域を徹底的に囲い込み、対処しなければならない。感染者のいる家、空間、都市は「汚染地域」であるから、人の出入りを制限しなければならない。防疫の初歩知識があればだれにでもわかることだ。



ところが、日本政府は初歩的対策を否定した。なんと、検査しない、検査させない、汚染地域を特定しないという方針を決めてしまった。「病院に来るな」「PCR検査はできない」と大キャンペーンを張った。これによって、誰が感染しているかわからない状態をつくり出した。



すべての市民が、「自分が感染しているかもしれない」、「人と会うと感染するかもしれない」、「感染させるかもしれない」、「目の前にいる人が感染しているかどうかがわからない」、という状態が延々と続いている。



厚労省は、「濃厚接触者」という奇妙な言葉を流行語にした。感染予防をするつもりのないことが明瞭である。人から人への感染だけに目を向けるように仕組んでいる。しかし、物から人へも感染するから、「接触機会」を徹底的に減らす必要がある。「汚染地域」の立ち入り制限と、迅速な消毒が必要不可欠である。



厚労省は「クラスター」というヨコ文字を流行語にした。AからBに感染し、その周囲の人々に感染するという。ここでも人から人の話ばかりだ。



例外は、クルーズ船だった。船そのものを隔離したのは正しい。ただ、内部の分画をきちんとしなかった。船客すべてを感染させても、外に出なければ構わないという方針だ。



日本政府の基本方針は「集団免疫」の思考である。イギリスが当初とったのが、60%が感染すれば、みんなに抗体ができて、自然に収まり解決するという集団免疫の考えだった。結果的に集団免疫が実現することはあるかもしれない。しかし、政府が集団免疫を方針として採用してはならない。多数の死者をやむを得ないと切り捨てる悪魔の政策だからだ。



国会審議で、安倍首相は「集団免疫の考えはとっていない」と明言した。しかし、日本政府の方針が集団免疫の考えとどう異なるかの説明はできなかった。



厚労省や東京都が毎日、「感染者数」を発表し、マスコミはそれを報じているが、真っ赤な嘘である。厚労省や東京都は感染者数を把握していない。検査しないのに把握できるはずがない。厚労省や東京都が発表しているのは、発症者数と死亡者数である。



重要なのは、検査数、感染者数、感染経路、汚染地域の迅速な特定であり、そこに対する集中的な対処である。その一部だけしか調べていない厚労省の方針では絶対に対策になりえない。



成田空港では、3月下旬まで海外からの帰国者を無検査で入国させていた。検疫に出頭した人間に検査すらしなかった。欧州からもアメリカからも帰国者は無検査で入国していた。

https://list.jca.apc.org/public/cml/2020-March/058273.html

https://list.jca.apc.org/public/cml/2020-March/058283.html

この情報を知り合いの新聞記者たちに知らせたが、まったく反応がない。記者たちはみんな承知の上だ、ということなのか。成田空港の検疫の実態は一目見ればわかるが、厚労省は嘘で固めて、NHKも朝日新聞も嘘を横流ししていた。



成田空港では4月初頭まで、帰国者を一か所に集めて、感染しやすい状態で検査していた。欧州では、空港の椅子は並んで座ることができないようにしていた。3月20日のジュネーヴ空港やコペンハーゲン空港は、椅子は並んで座れないように、ロープを張っていた。成田空港は大勢を一か所に集めていた。感染しないで帰国した人間も成田空港で感染させられる。



横田基地では、米軍関係者が無検査のまま入国している。外務省は、止める気はない。これで感染予防ができるはずもない。



欧州では、どこに感染者がいるかを確認するために徹底検査している。だから感染者数が飛躍的に増えている。日本は検査させない、検査しない基本方針を貫いている。だから、どこに感染者がいるかわからない。隣にいるかもしれない。つねに恐れながら行動しなければならない。つまり、だれもがすべての他者を疑いながら行動しなければならない。



市民に対して、すべての人間を疑え、相手は感染者ではないか、他人に近寄るな、という「訓練」が毎日実施されている。そうして緊急事態宣言である。



安倍政権が意図したわけではないだろうが、新型コロナによる「恐怖」に加えて、日本政府による「恐怖支配」が進行していると考えるべきだ。



下記の児玉龍彦の発言は私の意見を裏付けている。

新型コロナ重大局面 東京はニューヨークになるか 20200403 WeN

https://www.youtube.com/watch?v=r-3QyWfSsCQ



特に重要なのは、(1)検査数と感染者数の比較(日本は検査しないので比較できない)、(2)人口比での感染者数(中国は非常に少ない、アメリカは多い)、という点だろう。



無自覚なまま「恐怖支配」に耐えることをやめよう。