Friday, March 30, 2018

<憲法再入門>第3回 清水雅彦「安倍政権の改憲論を斬る」


インタヴュー講座<憲法再入門>第3回 

平和力フォーラム2018

http://maeda-akira.blogspot.jp/2018/01/blog-post_66.html



第3回「安倍政権の改憲論を斬る」

日時:5月19日(土)会場13時30分、開会14時~17時閉会

会場:ラパスホール(東京労働会館)

東京都豊島区南大塚2-33-10

http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/gyojimap_rapasuhoru.htm

資料代:500円



清水雅彦(日本体育大学教授)

プロフィル:

清水雅彦(しみず・まさひこ):日本体育大学教授(憲法学)。戦争をさせない1000人委員会事務局長代行、九条の会世話人。主著に『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか?――「自民党憲法改正草案」の問題点』(高文研)『緊急事態条項で暮らし・社会はどうなるか――「お試し改憲」を許すな』(現代人文社)『新福祉国家構想5 日米安保と戦争法に代わる選択肢――憲法を実現する平和の構想』(大月書店)『すぐにわかる 戦争法=安保法制ってなに?』(戦争をさせない1000人委員会)『いまこそ知りたい平和への権利48Q&A』(合同出版)『秘密保護法から「戦争する国」へ』(旬報社)『憲法未来予想図』(現代人文社)など多数。



インタヴュアー:前田朗



主催:平和力フォーラム

192-0992 東京都八王子市宇津貫町1556

東京造形大学・前田研究室

042-637-8872

070-2307-1071(前田)

E-mail:maeda@zokei.ac.jp

Tuesday, March 20, 2018

場所の力、美術の力


宮下規久朗『美術の力――表現の原点を辿る』(光文社新書)


20日の国連人権理事会は、議題7の占領下パレスチナにおける人権状況の審議が行われた。占領下パレスチナにおける人権状況という議題は、国連人権委員会以来数十年続いてきたテーマだ。アメリカの支援を受けたイスラエルが開き直り、時々軍事攻撃に出て、壁を作り、住民の人権を丸ごと剥奪している。今回は、トランプのイェルサレム米大使館問題が起きたので、なおのこと各国が厳しい批判をした。数十カ国がイスラエルによる人権侵害を非難し、10数カ国はトランプを名指しした。多数のNGOもアメリカを批判した。一部のNGOが逆に「イスラエルだけを一方的に非難するな」などと言うので、アドリブで「一方的に侵略するな。一方的に殺すな」と述べたNGOもあった。


宮下規久朗は学芸員時代から新書で多数の美術書をだし、我々一般読者に美術の素晴らしさを教えてきた。現在は神戸大学大学院教授だ。専門はカラヴァッジョだったという。新書本は結構読んできた。美術評論家としては、 個人的には宮下誠のファンだったが、同じ宮下の宮下規久朗の本もよく読む。


本書の冒頭はイスラエルへの旅だ。戦争や拷問のイスラエルではなく、ナザレ、テチィベリア、クムラン、ベツレヘム、イェルサレム、つまりキリストの事績の巡礼である。ヴィア・ドロローサ、ゴルゴダ、ベツレヘムのクリプタ。これらを訪れた宮下は、場所の力という。カインド内の美術館制度の下では、美術作品は美術館の展示空間に置かれ、それを見に行く。その場合は、美術作品の単体の力だけが対象となる。これに対して、イェルサレムやベツレヘムへの巡礼では、そこでなければ見ることができず、そこでなければ感じることのない何かに突き動かされることになる。場所の力である。両者が重なるのが理想かもしれないが、そううまくはいかない。


美術の力と場所の力が重なった瞬間として、一つだけあげておこう。2008年だっただろうか。ベルンのパウル・クレー・センターに、クレーの「新しい天使」が展示された。ベンヤミンが「歴史の天使」と名付け、死ぬまで持っていたことで有名なあの「新しい天使」は、イェルサレム美術館に収蔵されている。クレーもベンヤミンもユダヤ系であるが故にナチスに迫害され、クレーはスイスの実家に逃げ帰り、ベンヤミンは亡命しようとして亡くなった。その「新しい天使=歴史の天使」は、皮肉なことに、パレスチナ人民を迫害し、虐殺し、拷問しているイスラエルの所有物となっている。それがベルンに里帰りしたとき、場所の力と美術の力が重なったと言えるだろう。そのままベルンにおいてほしかった。


本文の多くはイタリア美術と日本美術の真価の紹介である。ヴェネツィア、フィレンツェなどイタリア美術、ティツィアーノ、ボッティチェリ、ギルランダイオ、アンチンボルド、カラヴァッジョ、グエルチーノの凄みを紹介した後、日本に飛んで浮世絵や、近代美術(松本喜三郎、東郷青児、河野通勢、山本鼎、小磯良平、藤田嗣治・・・)を見る。その上で、美術館と美術をめぐる考察に入る。新聞連載コラムをまとめた本のため、体系性はなく、話はあちらへ行ったりこちらへ行ったりだが、宮下ならではの学識と、読みやすい文章で読者を引きつける。


HURLEVET, Valais,2016.

Monday, March 19, 2018

部落解放運動の歴史を踏まえ、人権運動の未来へ(2)


谷元 昭信『冬枯れの光景 部落解放運動への黙示的考察(下)』(解放出版社、2017年)





目次

第三部●同対審答申と「特別措置法」時代への考察〔同和行政・人権行政論〕

 第一章…同対審答申にいたるまでの時代背景

 第二章…同和対策審議会答申の基本精神とは何か

 第三章…同対審答申具体化のための取り組み

 第四章…「特別措置法」時代三三年間の同和行政の功罪

 第五章…「特別措置法」失効後の同和行政の混乱とその原因

 第六章…同和・人権行政の基本方向と今日的課題

 第七章…「福祉と人権のまちづくり」の拠点としての隣保館活動

 第八章…同和教育の歴史的経緯と人権教育の今日的課題 

 第九章…「部落差別解消推進法」制定の意義と課題 


 第一章…根源的民主主義論からの部落解放運動の再構築

 第二章…「部落解放を実現する」組織のあり方

 第三章…部落問題認識にかかわる論点整理と問題意識

補遺二稿●

 第一章…戸籍の歴史と家制度の仕組みに関する考察

 第二章…部落差別意識と歴史的な差別思想に関する考察 

おわりに 「全国水平社一〇〇年への思い」


第三部「同対審答申と「特別措置法」時代への考察〔同和行政・人権行政論〕」では、同対審答申が部落差別が現存し、部落問題解決は国の責務であることを認め、部落問題にかかわる偏見を批判し、日本社会の構造的欠陥を分析し、同和行政を日本国憲法に基づく行政に位置づけたことなど積極面を確認する。次いで部落解放基本法制定運動の意義を振り返る。同和行政については、その重要な意義を強調しつつも、「特別措置法」時代に形成された行政依存体質などさまざまの問題を抱えることになったことが、特別措置法失効後の同和行政の混乱につながったことを再検証する。また、最近の部落差別解消推進法の意義と課題も論じている。


第四部「部落解放理論の創造的発展への考察〔部落解放論〕」では、まず「根源的民主主義論からの部落解放運動の再構築」を掲げ、部落解放運動が社会連帯をめざす「外向きの運動」になっていくためには、民主主義の根源的理解を踏まえる必要があるという。民主主義の根本原理を「平等・参加・自治」に求め、部落解放運動においては、第一に「抵抗権」に立脚して、差別実態に対する「糾弾」の社会的正当性を確保すること、第二に、「人権の法制度」(差別撤廃、人権擁護・促進のシステム)を確立すること、第三に「人権のまちづくり」運動の推進、第四に自立・共生の人権文化を創造する人権教育・啓発活動の徹底、第五に「人間を尊敬することによって自ら解放」する人間へと成長するための絶えざる自己変革である。こうした問題意識から、著者は部落解放同盟の二〇一一年綱領が掲げた基本目標一三項目をさらに具体化する必要性を強調する。

著者のいう根源的民主主義とは、民主主義の歴史的な発展についての理解が前提となっている。第一段階は古代ギリシア型民主主義、第二段階は近代西欧型民主主義、第三段階は現代民主主義であり、根源的民主主義である。民主主義の根源的把握の第一の課題はルソーの一般意思に立脚した原則である。第二の課題は古代ギリシアのデーモスにさかのぼる平等概念である。第三の課題は自由と平等という基本概念における位相転換の必要性である。著者は根源的民主主義を、普遍的な民主主義の根本原理によって過去の民主主義の歴史的限界を克服し、民主主義の本来のあり方を具体化していくことと位置づける。未完の民主主義を完成させていく過程をいかに実現していくかが重要となる。

 そのために、「部落解放を実現する」組織のあり方を論じ、その上で部落問題認識にかかわる論点整理と問題意識を披瀝している。


本書は「全国水平社一〇〇年」へ向けた解放理論の再構築の書である。「冬枯れの光景」とあるように、現状の部落解放運動の肯定的側面のみならず、否定的側面面をも見据えて、足場を固めながら、国際人権に至る広い射程で解放と人権の理論を模索している。その意味で、現代人権論の研究と提言でもあり、現代民主主義論の応用編でもある。部落解放運動だけでなく、現代日本における多様な人々、さまざまなマイノリティの人権擁護運動にとっても大いなる参照軸を提示している。


根源的民主主義論については、さらに検討が必要と思われる。民主主義は、統治の形態であり、理念であり、手続過程論であり、同時にいまや政治的経済的社会的な価値実体にもなりつつある。多様な民主主義観が登記されている。その中で著者の根源的民主主義がどのような位置を占めるのか、まだよくわからない点もある。

『脱原発の哲学』の著者である佐藤嘉幸と田口卓臣は、脱原発・脱被曝のためにラディカル・デモクラシーを唱える。その佐藤嘉幸と広瀬純の『三つの革命』は抵抗の論理を、労働者、マイノリティ、動物のそれぞれに定位して構築している。市民が客体化の罠を逃れ主体化する論理でさえも、そこに服従の論理が内在してしまう、複雑な人間社会における存在と自己生成と抵抗のモチーフはいかにして我が物としうるのか。

民主主義が民衆主義ならぬ大衆主義の果てにファシズムに転化しない保障を論理的かつ実践的に配備する手立てはどこに見定められるのだろうか。

目取真俊の世界(6)今も続く戦争と占領に抗して


目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年』(生活人新書・NHK出版、2005年)


第一部 沖縄戦と基地問題を語る

Ⅰ はじめに~「戦後六十年」を考える前提

Ⅱ 私にとっての沖縄戦

Ⅲ 沖縄戦を小説で書くこと

Ⅳ 基地問題

第二部 <癒しの島>幻想とナショナリズム


戦後60年の2005年に沖縄の「戦後」ゼロ年を対置し、戦後日本の平和主義や民主主義が、沖縄の犠牲の上に成り立ちながら、そのことを自覚せずに平和を享受している本土の人々に目取真が突きつけた本だ。

「私の取とっての沖縄戦」では、1960年生まれの目取真が、両親や祖父母の歴史、語り、経験、沈黙を通して、沖縄戦をいかに受け止め、考えるようになったかが明らかにされる。沖縄戦で家族を失い、友人を失った沖縄の人々にはそれぞれの体験と記憶があり、激しい悔恨と痛哭の叫びがあり、語ることのできない物語がある。記憶されず、語られずに消えていった戦争体験がある。目取真は、沖縄で生きる庶民の目線で沖縄戦を語ることの意味を追求し続ける。

「沖縄戦を小説で書くこと」では、小説家として改めて沖縄戦を問い直す作業を経た時点での目取真の方法意識が語られる。戦争の記憶をいかに共有するのか。民衆の体験と記憶をいかに書き留め、再構成するのか。アメリカの情報公開によって次々とみることができるようになった映像についても、そこには一定の事実が撮影されているが、米軍の視点で切り取られた現実に限られることに注意を喚起する。あくまでも「庶民の視点」にこだわる。それだけに沖縄を犠牲にした最高責任者でありながら無責任を貫いた昭和天皇について次のように明言している。

「『国体護持』という自己保身のために戦争を長引かせ、沖縄を「捨て石」にしたこと。さらには『天皇メッセージ』をマッカーサーに送って沖縄をアメリカに売り飛ばしたこと。それらへの反省もなければ、みずからの戦争責任をごまかし続けた小心な男が、恥ずかしげもなく沖縄の地を踏むことが許されるはずはありません。生きたウチナンチュー達が天皇来沖を阻止できないことを知った沖縄戦の死者達が、沖縄の地を踏ませまいと、あの世に早く招いてやった。私にはそう思えてなりませんでした。」

第二部は2003年に行われたインタヴューの記録である。基地を押しつけながら、基地問題を隠蔽するために<癒しの島>幻想が振りまかれることに対する異議申し立てである。沖縄の教育におけるゆがみや、教科書問題に言及した後、「イデオロギーとしての<癒し系>沖縄エンターテインメント」について、当時流行していた中江裕司監督の『ホテル・ハイビスカス』を例に、非政治的なポーズを取る文化産業の政治性をえぐり出す。ただ、癒しの共同体が、沖縄とは関係のない天皇制に巻き込まれるルートがあることも指摘される。


出版から13年後になるが、主要論点に何一つ変化はない。基地押しつけの露骨さはいまや直接暴力となって沖縄に襲いかかっている。沖縄戦の記憶の抹消、米軍基地問題のごまかし、基地被害の繰り返し、沖縄文化の消費――アメリカと日本の<癒し>のために沖縄が消費され、差別され、うち捨てられる。そのことへの怒りを失うまいとする目取真、言葉で小説で表現しようとする目取真。その怒りを誰が読むのか。誰が受け止めるのか。


UPR日本結果文書採択に際して福島からアピール


19日の国連人権理事会は、16日のスケジュールがそのまま移動した。朝の内に人種差別撤廃デー記念のシンポジウムを行った。続いて、普遍的定期審査(UPR)で、ベニン、パキスタン、ザンビア、日本、ウクライナ、スリランカの順。午後2時前後に日本の番だった。

UPR本審査は昨年11月に行われ、その結果、多数の諸国から日本に改善勧告が出された。これを受けて、3月1日に日本政府は、勧告を受け入れるものと、受け入れないものに分けて回答した。多くの国が、受け入れるか拒否するか、を回答する。日本の回答は、前向きに検討するといったタイプで、実際は拒否だ。今回は、日本政府が発表した結果を報告し、これを人権理事会本会議で採択する手続きであり、要するにセレモニーだ。ただ、そのセレモニーの中でも、NGOに発言の機会が与えられるので、どの国の手続きにも、NGOが参加して発言する。発言の内容は、主に、その政府が拒否した勧告についてのコメント、あるいは、昨年11月以後の出来事を取り上げて、改善を求める発言である。

19日午後、まず日本政府代表が挨拶をかねて発言。続いて10カ国ほどが、それぞれ日本政府の努力を歓迎する形式的発言をした。それからNGOである。NGOの発言時間は全体で10分と限られている。一つのNGOが1分か1分30秒しかないので、どのNGOも端的に要求事項を突きつける。また、事前に登録していても、時間が過ぎると終了になるので、発言できないNGOも出る。数年前、私は11番目で、10番までで終了となり涙を呑んだことがあった。

NGO冒頭の発言は、反差別国際運動(IMADR)で、人種差別撤廃NGOネットワークの意見を含めて、人種差別撤廃法を日本政府が拒否していることを指摘し、独立した人権委員会が設置されていないことにも言及、日本政府に人権促進の行動計画を作成するよう求めた。次に国際民主法律家協会(IADL)が福島の被災者・避難者の権利が保障されていないこと、UPRのオーストリア等の勧告を受け入れるべきことを指摘した。オランダのNGOの対日道義請求財団は、戦中のインドネシアにおけるオランダ人被収容者の権利、補償について発言した。アムネスティ・インターナショナルは、死刑など刑事人権について発言した。グリーンピースは、福島の被災者である森松明希子さんが自己紹介をして、被曝の恐怖と健康侵害、子どもたちの健康への不安を訴え、日本政府が生存権を保障していないと述べた。のびやかで大きな声だったので、みんなによく聞いてもらえたと思う。ヒューマンライツ・ナウも福島の被災者の権利を訴えた。フランシスカン・インターナショナルは沖縄の人々の権利を取り上げた。

最後に、日本政府が少し発言し、沖縄人は日本人と同じであり先住民族ではないとか、福島については復興に力を入れているとか、言っていた。日本政府の言う復興に人間的復興が入るかどうかが問題だが。

こうしてUPR日本の結果文書が採択された。次回のUPRは4年後になる。


人権条約機関による日本報告書の審査は、18年8月に人種差別撤廃委員会の4回目の審査が予定されている。それと子どもの権利委員会の審査も18年か19年には回ってくるはずだ。

『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(4)


本庄武・武内謙治編『刑罰制度改革の前に考えておくべきこと』(日本評論社)


本書第3部「国際的動向」には4本の論文が収められている。

大谷彬矩「ドイツにおける処遇の位置づけの動向」

相澤育郎「フランスにおける作業義務の廃止と活動義務の創設」

高橋有紀「イギリスにおける拘禁刑改革――白書『刑務所の安全と改革』を中心に」

寺中 誠「マンデラ・ルールズは刑罰改革の旗印となるか――国際基準としての被拘禁者最低基準規則」


独仏英の紹介があり、米がないのはたまたまだろう。刑事法学、とくに処遇に関しては、この4カ国、及びオランダ、ノルウェー、スウェーデンなどの紹介がなされてきた。理由は、以前からそうだった、だけなのだが。ともあれ、独仏英における改革のあり方、歴史的社会的背景の相違と、改革を巡る議論におけるある種の共通性、日本で議論するために参考になる面と、参考にしてはいけない面などが明らかにされている。

国際人権法としてマンデラ・ルールズが取り上げられている。1957年の被拘禁者処遇最低基準規則SMRが、2010年から改訂作業に入り、2015年に改訂にたどり着くまでの経過を整理し、そこでの重要論点を紹介し、被拘禁者の人権保障とプライバシー保護、医療やヘルスケア・サービス、規律・懲罰規定の厳格化、被拘禁者ファイルと緊急時の対応、独立した監視機関への通報、脆弱なグループに属する被拘禁者たちへの特別の配慮、弁護士へのアクセスについて詳説している。被収容者を権利の主体として位置づける観点はなお弱いという。マンデラ・ルールズについて自分できちんと見ていなかったので、参考になる。


本書はしがきによると、「次代を担う若手研究者に最新の海外の状況を紹介していただいた」とある。えっっ、寺中誠は若手だったのか!!と驚いたが、もちろんここでの若手とは、大谷彬矩、相澤育郎、高橋有紀のことだ。国際人権法も若手研究者がどんどん出てきてくれると良いが。本書全体でも、巻頭論文の村井敏邦は長老中の長老になりつつある。かつて切り込み隊長だった石塚伸一や葛野尋之もいつの間にか重鎮になっている。土井政和にしても赤池一将にしても、論文を見る限り、まだ老成はせず適度に円熟しているようだ(褒めすぎか)。大学院に入って研究を始めてから40年になる私はいまだに素人感覚でお勉強を続けている。永遠の再入門。

部落解放運動の歴史を踏まえ、人権運動の未来へ(1)


谷元 昭信『冬枯れの光景 部落解放運動への黙示的考察(上)』(解放出版社、2017年)


目次

はじめに 〈冬枯れの光景〉によせて

第一部 部落差別の実相と現況への考察(部落差別実態認識論)

 第一章…自己史にみる部落差別の実相

 第二章…部落差別の実態変化と解消過程に関する認識

 第三章…部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察 


第二部●部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕

 第一章 部落解放運動の史的展開とその特徴

 第二章…新たな部落解放運動への転機と模索

 第三章…部落解放運動の光と影―取捨選択への決断 


閑話休題〔忘れえぬ人と出来事〕●

 第一章…連立政権下での「基本法」制定運動と激闘の二年間

 第二章…上杉佐一郎委員長―その思想と行動


著者は、大学時代に部落解放運動に参画し、部落解放研究所、解放出版社を経て、部落解放同盟中央本部に勤務し、部落解放同盟中央本部事務次長、事務局長部落解放同盟中央執行委員を経て、1994年、部落解放同盟中央書記次長に就任した。1996年、上記役職をいったん辞任して、部落解放同盟西成支部副支部長やヒューマンライツ教育財団理事に就任。2000年、部落解放同盟中央執行委員に再就任。、2002年、部落解放同盟中央書記次長に再就任。2012年に部落解放同盟関係役員を退任した。この間、国際的な人権NGOの反対差別国際運動の役員も兼ね、2002年には反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)事務局次長に就任した。現在、大阪市立大学や関西学院大学で非常勤講師をしている。生涯を部落解放運動に捧げてきた活動家である。


タイトルの「冬枯れ」について、はしがきに次のように述べている。

< 「冬枯れ」ということばは、色も臭いもなく寒風にさらされる黄土色以外に何もない寂寥感ただよう風景を連想させる。だが、美しいのである。限りない魅力を秘めた美しさがある。実りの饗宴の時期も過ぎ去り、華やかで鮮やかな色彩も失せ、一切の虚飾が剥ぎ取られた単色の光景が広がる。

 肉眼に映るこの単色の光景は、一見寂漠とした荒涼感が漂うように見えているが、春に向けての再びの輝きの命と息吹のすべてを静かに包み込んでいるのだ。心眼がそれを感じ取るとき、冬枯れの光景はどうしようもなく愛おしいほどに美しい。

 私の常なる心象風景としての「冬枯れの光景」は、生まれ育った故郷への捨て去りがたい郷愁の念と、自らの生涯をかけて没頭した部落解放運動への深い愛着の念に重なり合っていく。

 現在の部落解放運動の状況をみるとき、あたかも「冬枯れの光景」の観を呈しているかのようである。

 水平社時代の苦難に満ちた闘い、戦後の国策樹立を求めた闘い、同対審答申・「特別措置法」時代の破竹の勢いをみせた闘い、多くの歴史的成果を結実させながらも、運動的にも組織的にも困難な状況に立ち至っている今日の闘い。それは「冬枯れの光景」である。

 だが、九〇年余にわたる長い闘いの歴史のなかで、多くの人たちの血と汗と涙によって耕されてきた部落解放運動の土壌は、再生への力強い種子を豊富に内蔵しており、芽吹きの時季を辛抱強く待っている肥沃な土壌である。それが「冬枯れの光景」である。>


第一部「部落差別の実相と現況への考察〔部落差別実態認識論〕」において、著者はまず自らの個人史をたどりながら、人間形成と社会関係の中で、差別することと差別されることの実相がどのように具体化するのかを再検討する。その上で、部落差別の実態変化と解消過程に関する認識を深めるために、近現代の一五〇年における部落差別の実態を四段階で把握する。

第一段階は明治維新から戦前・戦中までで、差別が社会的に容認されていた。水平社の創立と糾弾による差別告発が始まったが、社会が容易に変化するわけではなく、水平社も戦争翼賛体制に巻き込まれていった。第二段階は一九四五年から同対審答申までの二〇年間で、差別は社会的黙認状態であった。第三段階は同対審答申から「特別措置法」失効(二〇〇二年)までの三七年である。部落差別は許されず、社会的に指弾されるようになり、全国的に同和行政・同和教育が展開された。第四段階は二〇〇二年から現在までで、社会的反動と社会的抑止の混沌状態である。「顔が見えない陰湿で巧妙な差別事件」と「露骨な差別事件」が横行する有様で或ある。ヘイト・スピーチが典型的な現象となっている。こうした混乱を克服して、人権の法制度を確立することが現在の課題である。障害者差別解消法、ヘイト・スピーチ解消法、部落差別解消推進法はその一環である。

部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察としては、第一に社会意識の側面に着目し、部落差別は歴史的な差別思想の複合的産物であることを確認する。差別は複合的性格であるから、その克服のためには社会連帯が不可欠である。第二に社会構造の側面として、差別の再生産システムを取り上げる。差別身元調査システム、日本的戸籍制度、差別・選別的教育制度、そして天皇制の問題である。第三に人間存在のあり方の側面として、差別に陥ることの或「印象操作」「補償努力」「他者の価値剥奪」ではなく、「新たな価値創出」がめざされる。


第二部「部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕」では、部落解放運動の史的展開とその特徴を踏まえた上で、「新たな部落解放運動への転機と模索」を再検討する。特に、二〇〇〇年以後の、「部落解放基本法」制定運動の戦術転換という「人権の法制度」確立をめざす運動の意義が確認される。「人権教育・啓発推進法」が実現したので、続いて「人権擁護法案(人権委員会設置法案)」、「人権のまちづくり推進支援法」などが課題となる。二〇〇六年の不祥事を反省し、運動の危機を乗り越えるために、権力構造を内面化した運動と組織の体質を問い直す。行政依存体質を克服して、自主解放精神に立ち戻った再生の道、自助・共助・公助にもとづく活動スタイルの確立である。