Monday, February 01, 2021

<被害者中心アプローチ>をめぐって(3)

それでは<被害者中心アプローチ>の考え方はどのようなものか。

 

20191130日、関西学院大学で開催された民主主義科学者協会法律部会の2019年度学術総会ミニ・シンポジウム「戦後補償問題は『解決済み』か? 日韓問題を中心に」において、私は「従軍慰安婦問題は最終解決したのか」と題して報告した。解決されるべき「慰安婦」問題とは、被害者中心アプローチとは何か、戦時性暴力を裁く(国際刑事裁判所の判決分析)、の3点を中心に論じた。

 

そのうち特に②被害者中心アプローチとは何か、を柱にして、学会誌に次の論文を公表した。

前田朗「「慰安婦」問題の現状と課題――<被害者中心アプローチ>とは何か」『法の科学』51号(2020年)

『法の科学』51

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8363.html

 

私の論文は次のような柱建てである。

1 はじめに

2 <被害者中心アプローチ>とは何か

2-1 形成過程

2-2 具体的内容

3 「慰安婦」問題解決のために

4 おわりに

 

このうち「2-1 形成過程」では、1965年の人種差別撤廃条約第6条、1966年の国際自由権規約(市民的政治的権利に関する国際規約)第23項、1984年の拷問等禁止条約第13条を引用し、

人種差別撤廃委員だったイオン・ディアコヌ及びパトリク・ソンベリの著書に言及し、

重大人権侵害の被害者の補償を受ける権利についてテオ・ファン・ボーベン及びシェリフ・バシウニのガイドラインを指摘し、

1998年の国際刑事裁判所規程によって設立された国際刑事裁判所の被害者救済ガイドラインに言及し、

2001年の人種主義・人種差別に反対するダーバン会議の成果文書であるダーバン宣言に言及した。

ダーバン宣言の翻訳は下記

https://www.hurights.or.jp/wcar/J/govdecpoa.htm

 

「2-2 具体的内容」を以下に貼り付ける。

 

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2-2 具体的内容

 

 <被害者中心アプローチ>といっても、単一の明確な定義がなされたわけではなく、論者によって多様な理解で用いられていると言えよう。以下では、国連人権高等弁務官事務所が2019年に作成した最新文書であるワークショップ報告書『性暴力被害者の保護――学んだ教訓』を紹介しよう(8)。201832728日に国連人権高等弁務官事務所・女性の人権ジェンダー局が主催したワークショップの成果文書である。

文書は次の7部構成である。被害者中心アプローチ、被害者の特定、脅迫、障害、身体的悪の危険への対応、精神的社会支援、スティグマとの闘い、保護計画の財政確保、結論。

被害者中心アプローチでは、8つの要素が掲げられている。

1に、被害者は単一の均質な集団や人々のカテゴリーではない。どの被害者も独自の個人と見なければならない。被害者はそれぞれの異なるアイデンティティに基づいて自分を定義する。

2に、本人の個人的必要を評価し、権利や利益を促進するために、被害者に耳を傾ける必要がある。性暴力被害者と協働する専門家は、被害者にとって何がベストか予断を持つことを避け、被害者個人の選択を尊重する。

3に、ジェンダーに敏感なアプローチを含む。女性、男性、少女と少年、LGBTIの人々が経験する害悪の危険を適切に評価し対処して保護するための介入を必要とする。性暴力に関する法と政策、被害者のための保護制度は包括的、非差別的、統合的である。被害者の性別、年齢その他の特性に応じて保護の形態を確保する。

4に、被害者に個人の選択ができることを知らせることが保護の鍵である。被害者の関心が、責任追及過程で提示された優先順位と衝突することがある。証言することに安全を感じられなければ裁判は遅延する。被害者の必要、権利、選択を尊重することは長期的に見れば被害者にとってだけでなく、司法制度や社会全体にとって有益となる。責任追及過程の中心に被害者を位置づける重要性が国連システムの中で強化されなければならない。加害者を逮捕、訴追、有罪とする多くの国の責任追及過程は、被害者の観点に照らして有益とは限らないことがある。被害者中心アプローチに適うように修正されるべきである。

5に、被害者が容易にアクセスできて理解できる措置の必要がある。情報と保護メカニズムは明快で利用しやすいものである必要がある。医療、心理学、法的な援助が統合的に用意されている必要がある。

6に、アドホックな状態で実施されてはならない。適切な支援を体系的に用意する完全な戦略と法・政策枠組みが必要である。被害者・証人保護は国家レベルの法律で定義・保障されるべきである。被害者の最善の利益を保護するには、被害者が属する共同体でパートナーとなる人々と協働することである。

7に、保護するための全体的アプローチを促進するべきである。被害者の必要に対応するサービスを実施するため財政を確保する必要がある。身体的、心理的、法的援助や、被害者の社会経済的必要に応じて、多様な行為者が協働する。被害者の医療的必要に効果的に対応することは優先的である。

8に、実現できない期待を高めることを回避する。裁判所等のシステムは通常は被害者中心アプローチになっていない。法律家、検察官及びソーシャルワーカー被害者といかに協働するかの意識を高めることが必要である。