Sunday, February 07, 2021

<被害者中心アプローチ>をめぐって(6)

前回書いたように、これまで「真実・正義・補償に関する特別報告者」「真実和解特別報告者」の報告書を何度か紹介してきた。どのようなテーマが取り上げられてきたかを簡潔にまとめておきたい。

 

*前田朗「真実・正義・補償に関する特別報告書(一)(二)」『統一評論』577号、579号(2013年)

この特別報告者は2011年の国連人権理事会決議によって設置され、最初の特別報告者にパブロ・デ・グリーフが任命された。その最初の報告書(A/HRC/24/42. 28 August 2013)は、真実への権利、真実和解委員会の諸問題(設置形態、任務、真実発見機能、予防、被害者救済、和解、委員会の選出、スタッフと財政、記録保管、美術展等)について論究している。デ・グリーフは、以上をまとめて結論を示し、最後に勧告を列挙している。

 真実和解委員会の適切な機能を実現するため、委員会設置構想段階から国際的視点を導入すること。被害者追跡・確認のために最新の医学を利用すること。委員会が女性の権利に注意を払い、ジェンダーに基づいたアプローチを採用すること。委員会のために利害紛争に関する国際ガイドラインを策定すること。委員会が適切に機能できるようにスタッフと財政を確立すること。そのために国際社会が財政的、人的支援を行うこと。これまでの真実和解委員会のノウハウにアクセスできるようにすること。委員会勧告を履行する責任に政府が誠実に向き合うこと。委員会が十分に機能できるように市民社会が委員会にアクセスし、協力すること、等々。

 

*前田朗「移行期の正義としての刑事訴追――デ・グリーフ真実・正義特別報告書の紹介」『Let’s』第87号(2016年)

テーマとして「包括的な移行期の正義としての刑事訴追」を掲げ、不処罰との闘い、捜査・訴追の義務、訴追優先戦略による責任、効果的な優先戦略の要素、その基準、被害者参加を論じている。

被害者参加では、次の5点を整理している。

(1)被害者を権利主体として認知することである。

(2)真実への権利の強化につながる。

(3)手続き開始だけでなく、証拠収集や立証においても被害者が参加できる。

(4)被害者を単に証人としてだけではなく、より重要な役割を与える。

(5)移行期の正義において真実追求と補償の過程で大きな役割を果たせる。

(6)被害者参加から被害者自身が再発防止のメリットを得ることができる。

最後に特別報告者は数多くの結論と勧告をまとめている。主な勧告を紹介しておこう。

(1)各国に、人権侵害と人道法違反について捜査と訴追を行う義務を果たすように促す。

(2)各国に、ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪その他の重大人権侵害について恩赦を与えないように促す。

(3)各国に、重大人権侵害について管轄権を設定する法律を採択するよう促す。

(4)各国に、補足性の原則を最小限の許可にとどめないように促す。

(5)優先戦略を責任への応答を強化する手段とするよう促す。

(6)訴追戦略を慎重に検討し、責任追及や被害者参加を実現するよう促す。

(7)訴追戦略を検討し、重大侵害の組織的構造的局面、侵害のパターン、指揮命令系統の連鎖を解明できるようにするように強調する。

(8)各国に、訴追を実現するために制度的社会経済的改革を行うよう促す。

(9)訴追戦略を重要な第一ステップとし、戦略を実施する意思を明確にするように呼びかける。

(10)検察官の独立性と公平性を確保する憲法や法律の改正を促す。

(11)検察官に公共の利益のために責務を果たし、政府や政党の利益擁護をしないように促す。

 

*前田朗「移行期の正義における被害者参加――デ・グリーフ真実・正義特別報告書の紹介(二)」『Let’s』第88号(2017年)

国連人権理事会第34会期に提出された報告書(A/HRC/34/62. 27 December 2016)。テーマは「移行期の正義における被害者参加」である。被害者参加の必要性、法的枠組み――国際人権法、真実委員会、刑事司法(国際刑事裁判所、カンボジア特別法廷、国内法廷)、補償、再発防止保障、被害者参加成功のための条件について論じたうえで、最後にデ・グリーフ特別報告者は勧告を列挙している。

(1)    国連、その他の関係者(医療機関、国際協力機関、研究所等)に、移行期の司法研究の空白を埋める被害者参加の経験の比較分析を行うよう促す。

(2)    移行期の司法を設計する責任者に、被害者参加を周縁的なものではなく、移行期の司法政策形成にとって本質的要素と考えるように促す。そうすることによって、移行期の司法の日程、職員、活動、実施措置、監視に影響を与える。

(3)    被害者参加成功のための条件から、各国政府や紛争当事者に、すでに被害を受けた者だけでなく、移行期の司法に貢献すべく甚大なる努力を傾けている家族等も含めて安全性を保障するよう勧告する。コロンビアやスリランカのような紛争後の諸国は特にこの点を考慮するべきである。刑事法廷で重大な証言を行った証人が二〇〇六年に失踪したアルゼンチンも同様である。

(4)    被害者への心理学的支援のためにより多くの系統的な関心が払われるべきである。真実和解委員会や刑事法廷での証言のような形態の参加に基礎的かつ迅速な支援がなされる必要がある。被害者には長期にわたる支援も不可欠である。十分な被害者支援を行っている国はごくわずかである。

(5)    移行期の司法に参加する被害者の能力形成プログラムを設計するために多くの努力がなされるよう勧告する。

(6)    特に女性被害者やしばしば被害を受ける周縁化された集団の参加を促進するための方策を設計する必要がある。

 

*前田朗「移行期の正義の諸局面――サルヴィオリ真実・正義特別報告書の紹介」『Let’s』第91号(2018年)

国連人権理事会第39会期にファビアン・サルヴィオリ「真実・正義・補償・再発防止保障に関する特別報告者」の報告書が提出された(A/HRC/39/53. 25 July 2018)。サルヴィオリはラプラタ大学の国際人権法教授。報告書は「不処罰との闘い」を中心に、再発防止、ジェンダー視点、非国家行為者、被害者参加について論じたうえで、最後にサルヴィオリ報告者は結論と勧告をまとめている。

 第一に、前任者の研究成果と結論を踏まえて、さらに研究を深めたい。移行期の司法の領域で直面している挑戦に対応し、これまで各地の移行期の司法の努力が相互に結び付けて議論されてこなかったので、相互の結びつきを意識しながら進める。

 第二に、移行期の司法の研究を人権システムと調和させ、ヘルメノイティク的方法(解釈論的方法)としての人間中心アプローチで研究を進める。

 第三に、開かれた対話の精神をもって関係諸機関と協議し、移行期の司法に関する国際的、地域的、国内的諸機関の情報を共有していく。

第四に、特別報告者の任務を明確に定義づけ、移行期の司法の中核的諸問題を解明していく。

第五に、不処罰との闘い及び信頼の再確立という移行期の司法の横断的目標に焦点を当て、司法手続きの実効性の強化に努める。

第六に、移行期の司法に関連する諸要素について人権に基づいたアプローチで各国及び地域レベルの経験や実践を共有していく。

第七に、特に再発防止の観点で、積極的アプローチを採用し、重大侵害を行った機関に限らず、より幅の広い射程で防止、特に教育について検討する。

第八に、移行期の司法のもう一つの鍵となる観点としてジェンダー視点を重視する。ジェンダー視点に関連する多元的な観点を射程に入れて検討する。

第九に、非国家行為者問題について、武装集団の影響と、多面でその他の非国家行為者が有する構築的役割に注意を注いでいる。企業、宗教団体、メディア、アーティストは移行期の司法のために役割を果たせる。

第一〇に、特別報告者は被害者の参加に重要な意義を見出している。公式にも非公式にも、参加の手立てが重要である。

 

*前田朗「被害者の権利と歴史記憶化過程」『部落解放』799号(2020年)

最新のサルヴィオリ報告書を202012月の『部落解放』に紹介したばかりである。そこでは歴史の記憶問題が被害者の権利として論じられている。

 

以上の報告書を通覧すれば、<被害者中心アプローチ>とは何かがよくわかる。日本ではこうした思考そのものが拒否されてきた。

歴史修正主義者だけではない。法学者やジャーナリストが基礎知識なしに、とんでもない議論をしてきた。一例をあげると「真実への権利」が理解されていない。上記でデ・グリーフ報告者が最初に論じたのが「真実への権利」であることを示した。日本の法学には存在しない概念であるが、一見するとわかりやすいので、特に疑問を持たないだろう。そこで日本の法律家やジャーナリストは「知る権利」に引き付けて考える。似ているからだ。

確かに似ている。欧州人権裁判所での議論でも、真実への権利を表現の自由に引き付けて議論が行われたことがある。その意味では真実への権利を知る権利と表現の自由の文脈で理解することがまったく間違っているわけではない。

ただし、この概念の中心は表現の自由ではない。もともと真実への権利は米州人権裁判所の判例法理に始まった。欧州人権裁判所ではない。出発点は強制失踪や拷問の被害者の権利である。行方不明者の遺族の権利である。拷問されない権利、強制失踪されない権利、つまり人間の生命と身体の自由と安全にかかわる概念であり、人間の尊厳の範疇に属する。そこから始まって、被害者や遺族だけでなく、コミュニティも真実への権利を持つと議論され、より一般化していく中で表現の自由との関係も意識されるようになった。

概念には固有の由来があり、文脈がある。概念に込められた法理がある。このことを忘れた議論に陥らないことが必要だ。