Saturday, February 06, 2021

<被害者中心アプローチ>をめぐって(5)

これまで述べてきたように、<被害者中心アプローチ>は、国連人権理事会(旧・国連人権委員会)、国連人権高等弁務官事務所、及び女性差別撤廃委員会、人種差別撤廃委員会、拷問禁止委員会等の条約機関で議論されてきた。

この議論を継承した機関としてもう一つ重要なのが、国連人権理事会の「真実、正義、補償、再発防止保障の促進に関する特別報告者」である。2012年にパブロ・デ・グリーフ特別報告者が就任して以来、毎年、人権理事会に報告書を提出している。

正式名称が長いため、私は「真実・正義・補償に関する特別報告者」「真実和解特別報告者」等と略称してきたが、人によって略称は統一されていないようだ。また、同じテーマを「移行期の司法/正義」の枠組みでとらえる議論が目立つので、私も「移行期司法」と呼んできた。

この特別報告者の報告については、折々に紹介してきた。真実や被害者補償や和解に関する議論の最前線だからである。たぶん私が初めて紹介したのは、20139月の国連人権理事会の時のことだと思う。というのも、日本軍性奴隷制問題に関するセミナーにデ・グリーフ特別報告者がパネラーとして参加してくれたからである。以下にその時の私の紹介文を貼り付ける。

 

*前田朗「真実・正義・補償に関する特別報告書(一)」『統一評論』577号(2013年)より

 

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九月一一日、ジュネーヴの国連欧州本部で、NGOのアムネスティ・インターナショナル(AI)主催のサイドイベント「日本軍性奴隷制の生存者に正義を」が開催された。九月九日から、国連欧州本部で国連人権理事会第二四会期が開催されていたので、そのサイドイベントという意味である。イベントを準備したのはAIと韓国挺身隊問題対策協議会である。冒頭に挺対協が持参した被害者証言ビデオを上映し、続いて挺対協のユン・ミヒャンが基調報告をした。そして、韓国の被害生存者キム・ボクドンさんの証言の後に、台北婦女救援基金のファン・シューリン発言があった。そしてパブロ・デ・グリーフ国連人権理事会の特別報告者が発言した。さらにキャサリン・バラクラフ(AI東アジアキャンペーン担当)、及びジュンヨン・ジェニー・ヘオとクボタ・ハルホ(ともにカナダから来た若手活動家)が国際活動の紹介をした。最後に筆者が、日本政府が補償を怠り、正義が実現されていないことについて発言した。

パブロ・デ・グリーフ特別報告者は、二〇一二年から国連人権理事会の「真実、正義、補償、再発防止保障の促進に関する特別報告者」である。二〇〇一年からニューヨークで「移行期司法のための国際センター」研究局長であった。その前はニューヨーク州立大学哲学准教授で、倫理学と政治理論も教えていた。民主主義、民主主義理論、道徳・政治・法の関係に関する研究をし、著作を公表し、移行期司法のための国際センターで関連著書を出している。シンポジウムでの発言では、日本軍「慰安婦」問題について、クマラスワミ報告書やマクドゥーガル報告書などをもとに国際法上の結論が出ていることを指摘し、それに対して日本政府が正義を提供したかどうかが問題とし、謝罪、補償、教育(歴史教科書問題)などについて発言した。

筆者が言うべきことの多くを、グリーフ特別報告者が言ってくれたので、筆者は少し予定を変えて、九〇年前の九月に起きた関東大震災コリアン・ジェノサイドの話や、二〇〇〇年女性国際戦犯法廷のこと、麻生太郎副首相のナチス発言にも触れた。そして最後に、最近始めた八月一四日を国際メモリアルデーにしようという運動(本誌前号参照)の紹介をした。国際メモリアルデー運動の八月集会宣言文を会場で配布した。

九月一二日、国連人権理事会二四会期においてパブロ・デ・グリーフ「真実・正義・補償・再発防止保障の促進に関する特別報告者」の報告書プレゼンテーションがあり、そののちに議論が行われた。

アムネスティ・インターナショナル(フランチスカ・クリステン)は、日本軍「慰安婦」問題について、日本政府が道義的責任を認めつつ法的責任をとらず、真実・正義・補償が実現されていないとし、欧米諸国の議会における決議に触れたうえで、国際基準に従った解決が必要であるとし、日本はG8のメンバーなのでG8諸国も関心を持つべきであるとし、さらに一一日に国連欧州本部で開催したシンポジウムの内容を紹介した。

NGOのヒューマン・ライツ・ナウ(元百合子)は、日本軍性奴隷制には十分な証拠があり、法的責任、補償、情報公開、実行者処罰が必要だが、どれも実現していないとし、それどころか安倍や橋下が暴言を続けているうえ、安倍内閣は条約委員会からの勧告に従う必要はないと閣議決定までしたことを紹介し、人権理事国であるにもかかわらず性暴力の事実を否定したり、虐殺を正当化したりするようなことのないように、グリーフ特別報告者が日本を訪問して調査するように要請した。

 一六日、NGOの国際人権活動日本委員会(前田朗)は、要旨次のように発言した。「真実・正義・補償の促進に関する特別報告者」の報告書を歓迎する。日本における性奴隷制問題の最近の状況について紹介する。日本政府は一九九二年以来、道義的責任のもとにいくつかの措置を講じたが、法的責任を認めず、被害者が求める真実・正義・補償に応じていない。国連機関からの勧告を拒否し続けている。安倍内閣は、条約委員会の勧告には拘束力がないから従う必要はないと表明した。安倍首相は強制の証拠はないと主張している。侵略戦争の謝罪も取り消すと言い出している。私たちは新しい国際メモリアルデー運動を始めた。金学順さんがカムアウトした八月一四日を記念して、先月、東京その他世界各地で最初のメモリアルデー行事をもち、八月一四日を国連メモリアルデーにしようと宣言した。