主なヘイト・クライム/スピーチ関連年表
6月3日に開催した「のりこえねっと」総会におけるシンポジウム「ヘイト裁判と日本社会」のために簡単な年表を作成した。元は、前田朗『ヘイト・スピーチ法研究要綱』(三一書房)25~27頁に掲載した年表を若干補充した。今後、さらに補充していくが、せっかく作成したので公開することにした。
若干補足。
第1に、この年表を作成した最大の理由は、「最近ヘイト・スピーチが起きるようになった」「日本でも在特会によってヘイト・スピーチが起き始めた」という虚偽言説への批判である。その都度、批判してきたが、多くのジャーナリストや研究者がいまだに虚偽言説を流している。しかし、日本のヘイト・スピーチは最近の現象ではなく、長い歴史を有する。
第2に、この年表は1946~2022年を扱っている。1945年以前の年表を作成する必要があるが、歴史研究者による共同研究が必要だろう。
第3に、朝鮮人に対するヘイトが中心になっているのは、私のテーマが在日朝鮮人の人権だからである。それ以外の被害者についても、より本格的な研究が必要である。
第4に、日本における差別とヘイトを推進・助長・実践してきたのは日本政府である。政府が差別の主体のため、差別批判が極めて貧弱であったことが日本の特徴と言って良い。第二次大戦後、少なくとも西欧世界では差別の克服が政府の主要な任務とされるようになったが、日本はこの任務に背を向け続けている。
第5に、一部の憲法学者は、2016年のヘイト・スピーチ解消法制定に至る経過を取り上げて、「マイノリティが思想の市場に登場できなくても、マジョリティの一員がヘイト批判の声を上げたのだから、思想の自由市場の正当性が論証された」などと主張する。信じがたいトンデモである。
①
数十年にわたって差別とヘイトを放置してきた歴史を無視して、最近、ようやく対処が始まったことだけを根拠にしている。
②
マジョリティの一員が思想の自由市場で発言できるから、マイノリティが思想の自由市場に乗れなくても構わない、というのは、そもそも差別的であり、特権主義者の傲慢にすぎない。
最後に、日本国憲法は平和主義と民主主義の憲法であるが、同時に差別の根拠となってきたことを忘れてはならない。国民主権と天皇制は身分差別の根拠である。国民主権と国民の要件を定めた憲法第10条、及び制定過程において外国人の権利規定があったのを削除した経過からも、外国人差別の根拠規定となってきたことは否定できない。戦争への反省はあるが、植民地支配への反省がないことも確認しておこう。日本国憲法のレイシズムを検証する必要がある。
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1946 日本国憲法(天皇制、国民主権、外国人差別)
上野警察・朝鮮人差別ポスター事件
北海道アイヌ協会設立
部落解放全国委員会結成
1947 外国人登録令(朝鮮人排除政策)
1948 阪神教育闘争(~49年、朝鮮学校強制閉鎖)李太一殺害
世界人権宣言
1949 在日本朝鮮人連盟強制解散
朴柱範朝連兵庫県委員長獄死
1951 出入国管理法体制(朝鮮人排除・管理政策)
武装警官隊、東京朝鮮学校乱入事件
韓宇済殺害事件
1952 泉大津朝鮮小学校襲撃事件
大津事件(申聖浩射殺)
1955 在日本朝鮮人総聯合会結成
部落解放全国委員会、部落解放同盟に改称
1960 三池差別糾弾闘争
1961 北海道アイヌ協会、ウタリ協会に改称
1962 法政二高殺人事件(辛英哲殺害)
1963 朝鮮高級学校生への暴行事件多発
狭山事件発生(石川一雄逮捕)
1965 日韓条約(日韓条約反対闘争)
外国人学校に関する文部省次官通達
国連人種差別撤廃条約採択(差別禁止とヘイト・スピーチの犯罪化)
1966 朝鮮高級学校生への暴行事件
国際人権規約採択(自由権規約にヘイト・スピーチ規制規定)
1967 武装自衛官、朝鮮大学校正門前で射撃訓練
1968 外国人学校法案(朝鮮学校管理目的)
東京都、朝鮮大学校認可問題
1969 同和対策事業特別措置法(2002年事業終了)
矢田教育差別事件
朝鮮高級学校生への暴行事件
1970 朝鮮高級学校生への暴行事件
九州朝鮮学校寄宿舎放火事件
愛知朝鮮学校放火事件
1971 朝鮮高級学校生への暴行事件
1972 東京朝鮮学校放火事件
大阪朝鮮学校放火事件
1975 学校教育法改正(専修学校制度創設)
部落地名総鑑事件発覚(以後繰り返し発生)
1977 狭山事件最高裁決定(上告棄却、無期懲役確定)
川崎バス闘争(青い芝の会)
1979 国連女性差別撤廃条約
1980 日本、女性差別撤廃条約批准
1986 中曽根康弘首相・単一民族国家発言
中曽根康弘首相・黒人差別知的水準発言
1987 大韓航空機事件
(朝鮮学校に対する脅迫電話、生徒に対する暴行事件多発)
1989 国会「パチンコ疑惑」騒動
(朝鮮学校に対する脅迫電話、生徒に対する暴行事件多発)
国連児童の権利条約(子どもの権利条約)
1990 国連移住労働者家族権利保護条約(日本、未批准)
1993 国連マイノリティ権利宣言
外国人技能実習制度発足
1994 「北朝鮮核疑惑」騒動
(朝鮮学校に対する脅迫電話、生徒に対する暴行事件多発)
国連人権小委員会に在日朝鮮人差別事件を報告(以後継続的に報告される)
在日本朝鮮人人権協会設立
1995 日本、人種差別撤廃条約加入
1997 アイヌ文化振興法(北海道旧土人保護法廃止)
日系ブラジル人少年集団リンチ死亡事件(エルクラノ殺害)
1998 北朝鮮「人工衛星テポドン」打上げ騒動
(朝鮮学校に対する脅迫電話、生徒に対する暴行事件多発)
千葉朝鮮会館強盗殺人放火事件(羅勲殺害)
朝鮮総連本部火炎瓶事件
1999 石原慎太郎都知事・障害者差別発言
2000 石原慎太郎都知事・「第三国人」差別発言
人権教育及び人権啓発の推進に関する法律制定
2001 石原慎太郎都知事・「ババア」差別発言
人種差別撤廃委員会、日本政府報告書審査・是正勧告
2002 9.17日朝ピョンヤン宣言
朝鮮政府、日本人拉致問題を認める
(朝鮮学校に対する脅迫電話、生徒に対する暴行事件多発)
2003 枝川朝鮮学校立退き裁判を東京都が東京地裁に提訴
部落差別連続大量はがき事件始まる(~04年)
国立大学受験資格差別問題・大学入学資格弾力化問題
2005 アダマ・ディエン国連人種差別特別報告者訪日調査
麻生太郎総務相・単一民族国家発言
日本、国連子ども売春・ポルノに関する選択議定書批准
2006 アダマ・ディエン国連人種差別特別報告者報告書
北朝鮮ミサイル発射・核実験
(朝鮮学校に対する脅迫電話、生徒に対する暴行・暴言事件多発)
朝鮮総連本部脅迫郵便事件
朝鮮総連神奈川県西湘同胞生活綜合センター放火未遂事件
障害者権利保護条約
2007 三・一在日朝鮮人集会・日比谷音楽堂使用拒否事件
金剛山歌舞団公演妨害事件(仙台市、岡山市)
在日特権を許さない市民の会(在特会)設立
国連先住民族権利宣言採択
日本政府、障害者権利保護条約署名
2008 国連人権理事会・第1回普遍的定期審査、多数の差別問題改善勧告
2009 カルデロン一家差別事件
秋葉原ヘイトデモ事件
三鷹市民協働センター事件
京都朝鮮学校襲撃事件(~10年)
北海道ウタリ協会、アイヌ協会に改称
2010 人種差別撤廃委員会、日本政府報告書審査・是正勧告
高校授業料無償化適用・朝鮮学校除外方針公表
徳島県教組乱入事件
浦和レッズ・サポーター差別発言事件
石原慎太郎都知事・同性愛者差別発言
2011 京都朝鮮学校襲撃事件刑事一審・京都地裁判決
京都朝鮮学校襲撃事件刑事二審・大阪高裁判決
2012 水平社差別街宣事件民事一審・奈良地裁判決
ロート製薬事件刑事一審・大阪地裁判決
東京・新大久保ヘイトデモ(~13年)
国連人権理事会・第2回普遍的定期審査、多数の差別問題改善勧告
2013 ヘイト・スピーチが流行語となる
国際社会権委員会、「慰安婦」ヘイト・スピーチ対策の勧告
京都朝鮮学校襲撃事件民事一審・京都地裁判決
「鶴橋大虐殺を実行する」街宣発言事件
川崎市ヘイトデモ事件頻発へ
障害者差別解消推進法
2014 国際自由権委員会、日本政府報告書審査・是正勧告
人種差別撤廃委員会、日本政府報告書審査・是正勧告
京都朝鮮学校襲撃事件民事二審・大阪高裁判決
浦和レッズJapanese
Only事件
ツエーゲン金沢選手差別発言事件
横浜マリノス・バナナ事件
札幌市議「アイヌ民族はいない」発言
2016 大阪市ヘイト・スピーチ条例制定
ヘイト・スピーチ解消法成立
川崎市ヘイトデモ横浜地裁川崎支部仮処分決定
部落差別解消促進法
大阪府警警察官・沖縄「土人」発言
相模原市・津久井やまゆり園事件
小池百合子都知事・関東大震災朝鮮人虐殺追悼文拒否
外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律
2017 TOKYO MX「ニュース女子」差別事件
行橋市議・関東大震災朝鮮人虐殺容認発言
2018 朝鮮総連本部銃撃事件
人種差別撤廃委員会、日本政府報告書審査・是正勧告
アイヌ施策推進法
国連人権理事会・第3回普遍的定期審査、多数の差別問題改善勧告
2020 川崎市ヘイト・スピーチ条例制定
麻生太郎財務相・単一民族国家発言
京都朝鮮学校名誉毀損事件民事一審・京都地裁判決
京都朝鮮学校名誉毀損事件民事二審・大阪高裁判決
兵庫県サッカー協会朝鮮人差別発言事件
DHC朝鮮人差別書き込み事件
2021 入管法改正問題、ウィシュマ・サンダマリ死亡事件
日テレ『スッキリ』アイヌ民族差別事件
川崎市ふれあい館脅迫手紙郵送事件
DHC会長朝鮮人差別書き込み事件
三重県警外国人差別イラスト事件
ウトロ放火事件
DHC「ニュース女子」訴訟・東京地裁判決
2022 行橋市議ヘイト・スピーチ訴訟・福岡地裁小倉支部判決
DHC「ニュース女子」訴訟・東京高裁判決
ウトロ等連続放火事件・刑事一審公判始まる
*主な資料:
①在日朝鮮人の人権を守る会編『在日朝鮮人の基本的人権』(二月社、1977年)
②床井茂編『いま在日朝鮮人の人権は』(日本評論社、1990年)
③朝鮮人学生に対する人権侵害調査委員会編『切られたチマ・チョゴリ』(在日朝鮮人・人権セミナー/マスコミ市民、1994年)
④朝鮮人学生に対する人権侵害調査委員会編『再び狙われたチマ・チョゴリ』(在日本朝鮮人人権協会、1998年)
⑤在日朝鮮人・人権セミナー編『在日朝鮮人と日本社会』(明石書店、1999年)
⑥在日コリアン研究会編『となりのコリアン――日本社会と在日コリアン』(日本評論社、2004年)
⑦金徳龍『朝鮮学校の戦後史』(社会評論社、2004年)
⑧在日朝鮮人・人権セミナー『在日朝鮮人への人権侵害について』(在日朝鮮人・人権セミナー、2006年)等。