Wednesday, June 29, 2022

ヘイト・スピーチ研究文献(201)国際人権の視点

近藤敦「ヘイトスピーチ規制の課題と展望」『移民政策研究』9号(2017年)

http://www.iminseisaku.org/top/pdf/journal/009/009_006.pdf

外国人の人権、国際人権、移民政策、多文化共生政策の研究者で、名城大学教授である。著書に『「外国人」の参政権:デニズンシップの比較研究』(明石書店)『外国人の人権と市民権』 (明石書店)『多文化共生と人権』 (明石書店)『人権法<第2版>』(日本評論社)『移民の人権』 (明石書店)がある。

1 はじめに:人権条約と日本の批准状況

2 日本国憲法の下でのヘイトスピーチ規制の可能性

3 諸外国のヘイトスピーチ規制

4 日本の法令の課題

5 おわりに:包括的な差別禁止法の必要性

冒頭で結論がまとめられており、そこに次のように書かれている。

「人権条約適合的解釈をするならば、憲法『21条と結びついた13条』がヘイトスピーチによって人間の尊厳を侵されない自由を保障し、集団に対する民族的憎悪唱道が、侮辱・名誉棄損により人間の尊厳を害する表現、差し迫った危険を伴う扇動、違法な暴力行為を加える真の脅迫にあたる場合は、刑事罰も許されるものと思われる。」(6頁)

近藤はまず日本が人種差別撤廃条約を批准したが、4条(a)(b)の適用に留保を付したこと、国際自由権規約20条には留保を付していないこと、条約に従ったヘイト・スピーチ規制には刑事罰以外にも多様な方策があることを確認する。次に憲法論として、これまでの規制積極論と消極論を紹介・検討する。刑事判例、民事判例、ヘイト・スピーチ解消法も踏まえて論じる。

「したがって、『ヘイトスピーチ』が、民族的・人種的・宗教的少数者の人間の尊厳を損なうか否かを比例原則に照らして審査する法制度は、憲法および人権条約上の要請といえる。日本国憲法の体系の中で、憲法13条の背後にある、人間の尊厳や、公共の福祉の比例原則的理解が、普遍的な人権をめざす人権諸条約の理念とともに浸透するにつれ、また、ヘイトスピーチ規制を必要とする、対抗言論が成り立ちにくい深刻な人権侵害の立法事実が確認されるのであれば、今後、規制積極論は増えていくことが予想される。」(910頁)

「立法事実が確認されるのであれば」という点について、近藤は、法務省人権擁護局のヘイトデモ件数の報告に基づいて、「このことは、ヘイトスピーチ規制のための十分な立法事実が現在の日本にあることを物語っている」(14頁)としている。

比較法についてはイギリス、スウェーデン、フランス、カナダ、アメリカを瞥見した上で、私の『ヘイト・スピーチ法研究序説』をあげて、多数の諸国に規制法があることを確認する。

憲法学者の中には、アメリカ法を絶対参照するべしと言う意見が見られるが、近藤は、ヨーロッパとアメリカの憲法を比較して、「日本の憲法は、13条の人間の尊厳に留意すれば、むしろヨーロッパに近い」(13頁)と述べる。的確である。この点を私は何度も何度も指摘してきた。アメリカ憲法と日本国憲法の表現の自由は、歴史も構造も条文も決定的に異なるからだ。ところが、憲法学者はこの点を無視し、私の指摘に誰一人として応答しない。近藤は2017年時点で上記引用のように書いていた。

日本法について、近藤はヘイト・スピーチ解消法や大阪市条例を検討して、差別やヘイト・スピーチの規制として不十分であることを確認する。その上で、包括的な差別禁止法が必要であるという。

「第1に、定義の面では、民族・人種・宗教・国籍上の差別からの保護が十分ではなく、日本は、憲法や人権条約や民法の一般条項を通じた司法解釈によるほかないといった問題がある。」(16頁)

「第2に、適用範囲の面では、日本は入居差別等を禁止する法規定がない。」(16頁)

「第3に、実施メカニズムの面では、日本は、訴訟支援、挙証責任の転換などがない問題がある。」(16頁)

「第4に、平等政策の面では、代理訴訟、調査をする独立の平等機関の設置、公的機関への平等促進の義務づけ、積極的差別是正措置なども今後の日本の課題である。」(16頁)

最後に近藤は次のように述べる。

「人間の尊厳類似の憲法規定を有する日本では、憲法『21条と結びついた13条』が、ヘイトスピーチによって人間の尊厳を侵されない自由を保障していることに目を向けるべきである。」(1頁)

この点は、私が「ヘイト・スピーチを受けない権利」を論じてきたのと共通である。差別されない権利、ヘイト・スピーチを受けない権利は日本国憲法の権利論の当然の帰結である。