Thursday, March 19, 2015

待望の「慰安婦」問題・総合的研究

歴史学研究会・日本史研究会編
『「慰安婦」を/から考える――軍事性暴力と日常世界』(岩波書店)
「一九九一年の金学順さんの告発から二〇余年,「慰安婦」の存在を否定し問題の矮小化をはかる動きが再び猖獗を極めている.強制性の有無をめぐる恣意的な議論に対し様々な角度から論駁するともに,「慰安婦」制度が戦時下の極限状況ではなく,日本や植民地における日常世界の中から作りだされたものであることを歴史的に検証する.」(出版社のサイトより)
・編者からのメッセージ
 本書は,元「慰安婦」の女性たちの「声」を黙殺し,「慰安婦」問題自体を隠蔽する事態と正面から向き合うためにも,戦時性暴力と日常世界のかかわりを検証する必要があることを提起しています.……そして橋下大阪市長の発言や,『朝日新聞』をめぐる一部の政治家やマスメディアの言動は,一九九〇年代以降,戦時性暴力の被害者の名誉を回復しようとしてきた世界の潮流と逆行するものであることをしっかり確認したいと思います.……七〇年以上前の「慰安婦」の問題に対して,四半世紀前に「声」が投げかけられました.その「声」に応え,いま,「慰安婦」問題と出会うために,ぜひ多くの人に本書を手にとっていただきたいと願っています.――「まえがき」より
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著者の半分ほどが知り合いなので、あまり褒めたくないが(苦笑)、とても充実した研究書である。「慰安婦」問題への切り込み方は、歴史研究、社会学研究、法学研究のそれぞれによって様々でありうるが、本書が採用したのは第一編「軍事性暴力から日常世界へ/日常世界から軍事性暴力へ」に示されているように、軍事性暴力、植民地支配、そして日常世界がどのように成り立ち、どのように連関しあい、どのように密接につながっているか、である。その際に、朝鮮半島における歴史の現実に向き合うのは当然のことであるが、それにとどまらず、戦争犯罪論や、諸外国における軍事性暴力にも視野を広げ、複合的に考察を加えている。

特に永原論文は欧米諸国の軍隊が戦時や植民地においてどのように性の管理と支配を行ったかを問う。この論点は、従来、「どの国にも慰安所があった」という俗論の根拠とされがちであったが、短絡的な議論に陥らず、軍事性暴力の「普遍性」と日本軍慰安所の特殊性を再考する手がかりを与える。

小野沢論文は、従来手薄であった「日本人慰安婦」研究に踏み込み、売春と戦時性暴力の狭間で議論を立て直すために、「構造」と「主体」を基軸にした分析を試みている。植民地朝鮮の「慰安婦」は「帝国の慰安婦」であるがゆえに<愛国>的にふるまい、それゆえ被害者ではないと言う最近の俗説に寄れば、日本人慰安婦もすべて被害者ではあり得ないことになるが、当時の日本の日常世界がいかなるものであり、女性たちがいかなるメカニズムで「慰安婦」とされ、その後の人生を生きたかを丁寧に考察する必要がある。

その他の論文も力作であり、とても勉強になる。
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まえがき――「慰安婦」問題と出会うために 長志珠絵・大門正克

第一編 軍事性暴力から日常世界へ/日常世界から軍事性暴力へ
第一部 軍事性暴力から日常世界へ
1 「慰安婦」問題から植民地世界の日常へ 宋連玉
2 日本軍「慰安婦」制度が朝鮮戦争期の韓国軍「慰安婦」制度に及ぼした影響と課題 金貴玉(訳/野木香里)
3 戦争犯罪研究の課題 吉田裕
4 「慰安婦」の比較史に向けて 永原陽子
【コラム】軍・警察史料からみた日本陸軍の慰安所システム 永井和
第二部 日常世界から軍事性暴力へ
5 芸妓・娼妓・酌婦から見た戦時体制 小野沢あかね
6 兵士の性欲,国民の矜持 松原宏之
7 日本人男性の「男性性」 内田雅克
【コラム】軍事化論の射程――「慰安婦」問題の置かれている歴史的位相 貴堂嘉之
【コラム】「遊客名簿」と統計――大衆買春社会の成立 横田冬彦

第二編 現代社会,歴史学,歴史教育――いまに続く植民地主義
8 「失われた二〇年」の「慰安婦」論争 藤永壯
9 一九九〇年代からの歴史教育論争 小川輝光
10 沖縄で教える,考える「慰安婦」問題 宮城晴美
【コラム】時評「慰安婦」問題をめぐる二年間 吉見義明

【座談会】「慰安婦」問題が問いかけるもの
猪原透/大門正克/長志珠絵/小野沢あかね/坂井博美/松原宏之

あとがき 大門正克・長志珠絵・坂井博美・松原宏之