Monday, March 02, 2015

大阪市ヘイト・スピーチ審議会答申を読む(4)

大阪市ヘイト・スピーチ審議会答申を読む(4)

2 「ヘイト・スピーチに対してとるべき措置の内容」について(承前)

2-3 「大阪市独自の措置」について

 答申は「大阪市独自の措置」として、認識等の公表、訴訟費用等の支援、その他の支援、本市施設等の利用制限についての4つを掲げる。

独自の措置がこれらに限られる理由は、「大阪市独自の措置として事前に規制をすることは、憲法が保障する表現の自由の観点から事前抑制には慎重であるべきことや、表現内容がヘイト・スピーチに該当するかどうかについては、その内容を確認しなければ判断できないことから困難であり、事後的な救済が主とならざるを得ない」とする。

その特徴の第1は、「表現の自由」を理由とする点である。日本政府も憲法学者も必ず「表現の自由」と唱え、この一言で思考停止してきたが、答申も同様である。「表現の自由」だからなぜこうなるのかは説明されない。それは憲法学の「定説」とされているので、今さら説明不要という言であろう。論者によって引き合いに出す論点は異なるが、思想の自由市場論、表現の自由の優越的地位論、内容価値中立論などによることになる。私はこの点こそが憲法学最大の誤謬ではないかと考えているが、ここではこれ以上論及しない。別稿参照。

 特徴の第2は、「事前抑制には慎重」としている点である。答申の前提から言えば、このような結論になるのは必然的である。しかし、何が「事前」であり、何が「事後」であるのかの検討がなされているかどうかは別論である。このことは後述する。

 の内容については異論があるが、①~③については基本的にこれらを支持したい。

  認識等の公表

 答申は「ヘイト・スピーチと認定した事案について、差別の拡散につながらないよう十分に留意しながら、ヘイト・スピーチであるという認識及びその事案の概要と講じた措置を公表することが適当である」とする。その際、「安易にその概要を公表することにより」、「誤った認識を与える可能性があるなど差別の拡散につながるおそれ」があることも配慮しつつ、「ヘイト・スピーチが行われたと認定した事案について、その認識及び事案の概要と講じた措置を公表することで、大阪市がヘイト・スピーチは人権侵害であり許さないという姿勢を対外的に示すことには意義があり、かつ、公表することによってヘイト・スピーチに対する社会的な批判を惹起しその抑止につながることも期待できる」という。適切な判断であり、積極的に支持することができる。

 ただし、なぜ「ヘイト・スピーチ」についてだけ、このように論じるのかが分からない。ヘイト・スピーチ以外にも、人種差別や民族差別について同じことを言うべきではないだろうか。政府が人種差別禁止法を作っていない段階であるが、地方自治体で人種差別禁止条例を制定することができるはずだ。

  訴訟費用等の支援

 答申は「ヘイト・スピーチにより被害を受けたとする市民等が司法救済を求めることを支援するという目的に加え、ヘイト・スピーチに関する司法判断を明らかにすることによりその抑止を図ることを目的として、大阪市がその訴訟費用を支援することについては政策的な合理性があり、そうした制度を構築することが適当である」とする。

 その理由として「ヘイト・スピーチは、憲法でその自由を保障された表現行為の一形態であるが、その一方で、社会における差別意識の拡大を惹起するおそれがあるから、これを制限することは憲法で保障された自由の制約原理である「公共の福祉」によって正当化しうるものと考えられる」という。結論は適切であり、支持できる。

 なお、「ヘイト・スピーチは、憲法でその自由を保障された表現行為の一形態である」、あるいは「表現行為であるヘイト・スピーチ」という言葉が繰り返されている。この点は疑問であるが、ここでは立ち入らない。

 訴訟費用については、「ヘイト・スピーチに係る裁判の支援については、市民等が司法救済を求めることを支援することに加え、ヘイト・スピーチに関する司法判断を明らかにすることによりその抑止を図ることをその目的とするものであることから、ヘイト・スピーチについての司法判断が示された場合には、裁判の結果いかんにかかわらず、その目的が達成されたことになるのであるから、大阪市が訴訟費用等を支援することについて公益上の必要性が認められ、裁判の当事者となった市民等に大阪市が支援した費用の返還を求める必要はないと考えられる」という。

 これらの見解は検討部会報告の時点ですでに示されていたものを引き継いでいる。おおむね正当であると言えよう。

  その他の支援

 答申は「インターネットサイトの管理者への措置要求などについては、市民等が単独で実施するよりも行政が協力して実施する方がより大きな効果が期待できると考えられ、こうした観点から、事案の内容に即した多様かつ柔軟な支援策を検討し実施することが適当である」という。

 インターネット上でのヘイト・スピーチ被害に関して、被害者が行う削除要求とは別に、大阪市が削除要求を行うことができるとするものであるが、「事案の内容に即した多様かつ柔軟な支援策を検討」とあるように、その具体的な在り方はこれから検討されるようである。


 以上の施策については、私もこれらを支持したい。今後、他の自治体においてヘイト・スピーチについて検討する際に参考になるであろう。