ヘイト・スピーチ研究文献(10-2)
「真実・正義・補償に関する特別報告書」の紹介(2)
2 包括的移行期司法政策の一部としての刑事訴追
特別報告者は最初の報告書において包括的政策の内容となる諸要因を強調した。それら相互の関係を踏まえた制度設計が必要である。これらの諸要因は、各国がそこから選択すると言うものではなく、全体として採用されるべき措置である。個別に取り上げても効果的でないが、相互に支え合い、大規模侵害に対処し、抑圧や紛争後の正義に役立つ措置であるという。共通の目標は、被害者に適切な認識を提供するように機能的に設計され、個人や国家の制度に信用を育み、法の支配を強化し、社会的結合や和解を促進する。それゆえ、「移行期司法」は司法の特別な、ソフトな形態ではない。法に基礎を有する司法の理解に到達するための戦略である。社会的和解への「近道」を提供するのではなく、社会手レベルでの和解とは、真実・正義・補償・再発防止保障の措置を通じて継続的な方法で達成できるものであるという。
本報告書で、特別報告者は、司法の中でもっとも発展した要素である刑事訴追に関心を絞る。刑事訴追は公式の司法制度全体の一部を成すもので、広範囲に採用され、国家レベルでも地域レベルでも国際レベルでも法と法学の枠組となってきた。移行過程に対する刑事訴追の寄与は多岐にわたる。まず、被害者に権利の担い手としての自己認知を提供する。また、法制度が信頼性を確立する機会を提供する。実効的な刑事訴追は、適正手続きを尊重する制度において、法の支配を強化し、上記のこと全てを実現して、社会的和解に寄与するという。
特別報告者はこの点をさらに具体化する。法が恣意的に適用されてきたような重大違反事件における刑事訴追は、平等原則と法の優越性に声明を付与する可能性を提供する。地位や身分にかかわらず、誰も法の上位にはたてない。刑事訴追は、移行できるスキルを提供し、各国の司法制度に全体としての能力を与える。
大規模人権侵害や重大な国際人道法違反が起きている文脈は、特に困難に直面する。法違反者の責任を問うことの困難である。被疑者の数が非常に多い。財政的人的資源がわずかしかない。権限も意思もない。多くの場合、前政権が一定の権力を維持している場合もある。
こうした事態を踏まえて、特別報告者は、不処罰との闘いに乗り出す。大規模違反の後の刑事訴追に重要な限界があるので、その実効性を高める努力が必要である。そのため、特別報告者は、国家レベルでの訴追戦略と優先戦略に焦点を当てる。
ここで優先戦略と言うのは、事案の恣意的選択とは明らかに区別される。違反や人権蹂躪の捜査と訴追のための戦略的秩序を確立する必要がある。
<若干のコメント>
特別報告者は、真実・正義・補償・再発防止保障の促進の最重要課題で刑事訴追を取り上げ、不処罰との闘いを提起している。これはいくら強調しても強調し足りない論点である。
というのも、この間、日本の議論では「移行期司法」、和解、真実委員会をめぐる議論が非常に特殊な方向に局限され、「処罰か、和解か」「刑事司法か、真実和解委員会か」と言う二者択一が唱えられる傾向がある。とくに南アフリカにおけるポスト・アパルトヘイトの真実委員会の成果が紹介されたこともあって、和解や真実委員会のためには必ず刑事司法を放棄しなくてはならないかのような誤解が蔓延した感がある。
しかし、このような理解には根拠がない。「移行期司法」の名称からも明らかなように、そこでは司法の機能が問われている。移行期司法が刑事司法だけでなければならない理由はないとしても、移行期司法に刑事司法が含まれないということはあり得ない。刑事訴追が最大の役割を果たす場合もありうるし、刑事訴追と真実委員会が同時並行で機能することもありうるし、真実委員会が主要な機能をはたして刑事司法を必ずしも通過しない南アフリカのような方法もありうる。
重要なのは、「処罰か、和解か」「刑事司法か、真実和解委員会か」と言う根拠のない二者択一に陥ることなく、移行期司法の全体像を描き出し、包括的政策を練り上げ、それらを多面的総合的に駆使して移行期司法の発展を図ることである。デ・グリーフ特別報告者が、その道を歩む。
日本における修復的司法と和解をめぐる議論は基本から見直す必要があるだろう。