Saturday, December 25, 2021

非国民がやってきた! 008

三浦綾子『銃口(上)』(小学館)

治安維持法で思想弾圧された教師たちの北海道綴方教育連盟事件を題材に、1990年から連載を始め、1994年に単行本として出版された。

戦争と思想弾圧の暗黒の時代は193040年代であり、それから半世紀後に小説化されている。治安維持法弾圧を告発する小説を、小学館が出版したのが僅か四半世紀前である。このことだけでも、時代の移り変わりの早さを思う。

三浦は、小林多喜二の母親を描いた『母』に続いて本作品を書いた。

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主人公・北森竜太は旭川指折りの質屋の子どもであり、親戚の楠夫と同学年で幼少期を過ごす。小学校時代に出会った教師・坂部とは運命の出会いということになる。竜太と楠夫という子どもの目を通じて、192030年代の旭川という地方都市の子ども、大人、学校の日常が描かれる。

坂部に憧れて竜太は教師への道を歩む。楠夫は東京に出て学生となるが、竜太は炭鉱町の幌志内小学校教師となる。小学校も時代の縮図であり、元左翼で治安維持法制定直後に「転向」して翼賛教師となった校長が支配する場で、奉安殿、皇紀2600年と言った言葉に代表される昭和ファシズムの波の中、竜太は他の教員に感化されて、北海道綴方教育連盟の会合に一度だけ参加する。そこから事件は急展開することになるが、上巻では、末尾で突如として警察に呼び出され、私服刑事と本署に出向こうとするところまでが描かれる。

竜太が新米教員として赴任した時、校長は「私も若い時は『資本論』を読んだ」とか、「哲学は大事だ」といった語り口で、竜太の「思想調査」を試みている。竜太は実は『資本論』はもとより、社会主義文献も哲学文献もあまり手にしたことがない。

他方、三浦綾子だけに、キリスト教信仰も随所に登場する。坂部先生の妻は信仰者であり、楠夫も少女に会いたくて教会に行ってみたりする話が出て来る。幌志内小学校の木下教師も、竜太が自宅を訪れた時に机の上に聖書が置いてあったという叙述がある。上巻では、まだ伏線としてしか書かれていない印象だが、小林多喜二の母を描いた『母』でも、共産主義思想とともに、キリスト教の博愛主義が重要な思想基盤として描かれていた。

日本が戦争へとなだれ込む時代背景は、竜太の思想としてではなく、天皇制ファシズムに乗り切った校長の時代認識として示される。絶対天皇制の侵略戦争を賛美し、大政翼賛のための厳格な学校秩序を維持するために、教師を管理し、生徒を管理する。そこから浮いている若き教師たちがやり玉に挙げられることになる。随順しない者が非国民として狩り出されてゆく。

印象的なエピソードは、工事の飯場から逃亡してきた「朝鮮人のタコ」である。竜太の父親は、追われる身の朝鮮人を同じ人間だからとかばい、北森質屋に匿う。やがて金俊明はゆく先不明のまま他へと逃れて行くことになるが、竜太と姉は金俊明に凛とした人間性を見出す。北海道の「タコ部屋」と言えば、明治「開拓」期の道路工事や鉄道工事に始まり、ニシン漁の「タコ」、次いで空知地方を中心とする炭鉱の「タコ」、さらには室蘭など工業都市の「タコ」といった歴史がある。金俊明は炭鉱に送られタコ部屋で酷使され、虐待され、逃亡してきた。1930年代の話だ。

三浦はこのエピソードを1990年に書いている。1922年生まれ、旭川出身・在住の三浦にとって、「朝鮮人のタコ」の話はまさにリアリティがあったのだろう。1990年代に強制連行や日本軍慰安婦問題が浮上するが、その直前に三浦はこのエピソードを書いた。

思い起こせば、私自身、子どもの時に親戚の叔母から「飯場から逃げてきた人物をかくまった」話を聞いていた。遊び仲間の一人の子どもの父親のことだった。初めて聞いたのが1960年代終わりくらいだ。1990年代半ば、戦後補償・戦争責任が問われた時期に、叔母に尋ねてみたが、初めて聞いた時と同じレベルの、あいまいな話しか教えてもらえなかった。たぶん、叔母もその程度しか知らなかったのだろう。その人物をかくまった祖父は、私が生まれる前に他界していたので、詳しい事情は聞けないままだ。

こうした話は各地で埋もれたままになっているのだろう。朝鮮人強制連行による雨竜ダム建設により朱鞠内湖ができたのが1943年だ。北海道で劉連仁が「発見」されたのは1958年で、私が3歳になる年だ。