Sunday, November 07, 2021

ヘイト・スピーチ法研究の最前線02

桧垣伸次・奈須祐治『ヘイトスピーチ規制の最前線と法理の考察』(法律文化社)

「第2章 ヘイトスピーチに対する差止め請求に関する一考察」(梶原健祐)は、表現行為に関する事前抑制禁止の法理との関係で、差止め請求問題を検討する。

「ヘイト表現物の差止め」については、全国部落調査事件として鳥取ループ事件の仮処分決定を検討する。「差別されない権利」の意欲的な構成について、梶原はこれを評価しつつ、従来の差別概念を変容させるものであり、さらに慎重な検討を要するという。ヘイト表現物と全国部落調査事件との類似性とともに差異があるので、同様に解釈することには留保を付している。

「ヘイトデモ等の差止め」については、京都事件や川崎事件における差止め判決を分析し、差止めの対象や範囲を検討し、憲法論としてはより精緻な検討が必要であるという。

「デモと事前抑制禁止の法理」については、アメリカの判例を確認して、事前抑制を正当化することは困難と見る。

スコーキー事件について、31頁で「聴聞を経て裁判所は‥‥ユダヤの信仰または祖先をもつ人々に対する憎悪を刺激・促進する内容のパンフレットを配布したり掲示したりすること等を命じた」としているのは、意味不明である。

最後の「繰り返されるヘイトスピーチと事前抑制禁止の法理」がもっとも興味深い。この論点には山邨俊英の論文(広島法学)があり、梶原もこれに言及しつつ、「裁判所によって違法と評価を受けた過去の活動について、同じ行為を招来に向かって差止めることは事前抑制ではないとの立論は成り立ちうるように思われる」と言う。

梶原は、さらに許容される差止めの範囲に論及する。まず主体が問題となる。過去の行為の主体と同じ主体であるかどうか。同じ団体のメンバーをどこまで含めるか。

また、行為の同一性の認定も問題となる。「差止められる表現と先行行為とは基本的に同じものでなければなるまい」という。文言の限定、表現のタイミングや場所、方法の限定が必要となる。

書籍や雑誌記事の出版差し止めが命じられても、ウェブサイトに発信される場合も考えられる。

これらの論点を今後さらに検討する必要がある。

私も『原論』で、地方自治体の公共施設利用に関連して、山邨論文と同様の立場をとることを表明したが、主体の同一性、行為の同一性等について立ち入って論じていない。個人Aによる行為に続いて、別人Bが同様の行為に出る場合。団体Cによるデモに続いて、別団体Dがデモを申請した場合。様々な可能性が考えられるので、事前に一般的な理論を組み立てることは難しい。

日本で具体的に問題となってきたのは、ヘイト行為を繰り返してきたヘイト団体が政治活動と称して政治的発言を行い、その中にヘイトを散りばめる場合であった。また、地方公共団体の施設利用ガイドラインが作られてきたので、別団体名での利用申請がなされる可能性も出ている。これらも検討が必要になりそうだ。

さらに、条例で刑事罰を導入した川崎市の場合、過去の行為を前提に市長が勧告や命令を出せるので、その場合の論理もさらに詰める必要がある。市長が勧告や命令を出すことを怠った場合に、被害者側が裁判所に差止め請求をすることも考えられる。