Tuesday, November 09, 2021

ヘイト・スピーチ法研究の最前線04

桧垣伸次・奈須祐治『ヘイトスピーチ規制の最前線と法理の考察』(法律文化社)

「第4章 インターネット上のヘイトスピーチとその規制」(成原慧)は、現実空間とインターネット上のヘイトスピーチを踏まえ、関連法令や取り組みとして解消法以後の法務省の動向、媒介者・プラットフォーム事業者による自主規制の現状をまとめる。そのうえで、外国の法令として米国と欧州(ドイツ、フランス)の状況を瞥見する。

成原は、規制手法を削除要請と発信者の氏名公表とし、その現状を見て、比較する。大阪市条例の削除要請について、大阪地裁判決を踏まえて、法治主義の見地から評価し、検閲にも事前抑制にもあたらないが、運用によっては表現の場そのものを奪うことになりかねないとして、透明性や説明責任を確保する必要性を指摘する。

氏名公表については、「思想の自由市場の正攻法の効果に期待しているともいえる」としつつ、国がどこまで介入してよいかという問題は残るという。

規制手法の比較では、成原は、代替の表現の場を確保できない場合もあるので、「氏名等の公表よりも拡散防止措置の方を、謙抑的に判断すべき場合もある」という。

最後に成原は「今後の課題」として、プラットフォーム事業者・媒介者の責任をどのように法的に構成するか、氏名公表等の場合に通信の秘密との関係をいかに理解するか、手続きの迅速性と表現の自由の手続的保障の両立をいかにはかるかを検討する。さらに、インターネットの越境性への対応について、越境性はあるものの、「何が規制すべきヘイトスピーチに当たるかは、その国・地域においてマイノリティが置かれている社会的・歴史的文脈に依存するはずである」という。

結論は次のようにまとめられる。

「特定型のヘイトスピーチに対しては、プロバイダ責任制限法の改正や運用の改善などにより、発信者の特定のための手続きを迅速化・円滑化し、発信者への責任追及を容易にする一方で、非特定型のヘイトスピーチについては、多様な表現の場の文脈を踏まえ、プラットフォームごとの多様な自主的取り組みの強化を促すことが、表現の自由を尊重しつつ、マイノリティの権利の保護を図る手法として適当なのではないか」

インターネットとヘイト・スピーチに関する基本論点を簡潔にまとめて、現状を踏まえつつ、一歩前進するための論文である。

EUレベルでは事業者特にGAFA等との協議の結果、法規制が進んできた。アメリカでも事業者の自主規制が、不十分ながら進んでいる。この方向をより適正に進めるために、何処でも苦労しているのが実情で、日本でも総務省、大阪市、各種の研究会がいくつもの提言をしてきた。これらを踏まえた法改正も少し実現している。その概要が分かり、参考になった。

とはいえ、欧州の法状況の紹介はかなり手薄だ。サイバー犯罪条約や欧州人権裁判所に言及がなく、ドイツとフランスだけが取り上げられている。米国も含めて、わざわざ「外国の法令・自主規制」という項目を立てたのに、新規の情報が含まれていない。国際人権法にも無関心である。限られたスペースなのでやむを得ないかもしれないが、これまで日本の比較法研究なるものを何度も批判してきた私としては同じ疑問を感じざるをえない。

プラットフォーム事業者等にヘイトスピーチの削除を義務づける規制の導入について「慎重な検討が求められるだろう」とまとめているのは、その通りではあるが、ドイツとフランスの法状況をごく僅か数行紹介しただけで、このような結論になっているのは、結論ありき、ではないだろうか。慎重な検討を踏まえた結論を書いてほしいというのは過大な期待だろうか。