鈴木秀美「ドイツの民衆煽動罪と表現の自由」『日本法学』82巻3号(2016年)
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ドイツの民衆煽動罪については、刑法学者の楠本孝、金尚均、櫻庭総による詳細な研究がある。
本論文の主要部分は同じことの繰り返しだが、二○一五年末にヒトラーの著『わが闘争』の著作権が消滅し、ドイツでその出版が許されるかを巡って論争が起きた経緯を紹介している。それまでは、『わが闘争』の著作権及び版権はバイエルン州が保有し、かつバイエルン州は出版を禁止してきた。しかし、著作権が消滅したので、ある出版社がこれを出版する計画を立て、バイエルン州が出版差止訴訟を提起するなど、論争が起きた。
別の極右系出版社が出版予告をしたところ、民衆煽動罪の嫌疑で捜査が始まるなど、論争は本格化することになった。
鈴木は、「弊誌は殺人者だ」決定、ヴンジーデル決定を詳しく紹介し、さらに有罪判決を覆した連邦憲法裁判所決定を紹介する。また、民衆煽動罪の最近の適用状況も紹介している。
「ドイツでは、一方で、立法者が、刑法130条による表現規制を絶えず見直し、ヘイトスピーチ規制に取り組んでおり、他方で、連邦憲法裁判所は、その規制による表現の自由の過剰な制約を回避するための歯止めとしての役割を果たしている。連邦憲法裁判所の存在を抜きにして、民衆煽動罪による表現規制の効果を理解することはできないということを指摘して、本稿を閉じることにしたい。」(424頁)