Thursday, February 14, 2019

思い残し切符を、あなたに


久しぶりのこまつ座。

井上ひさし『イーハトーボの劇列車』は、じんわり、やんわりと、静かな感銘を与えてくれた。


宮沢賢治の生涯を描いた作品だが、井上ひさしらしく、ごくごく限られた一時期、一場面の積み重ねで、賢治の生涯を提示する。

場面は、おおくが花巻から上野に向かう列車の車両である。上京する賢治と、他の客達の出会い、ふれあいをとおして、そこに賢治の作品をかなり強引に織り込んでいく。注文の多い料理店、修羅、又三郎、山男、グスコーブドリ。

賢治が主人公だが、さえないし、かっこわるいし、父親に怒鳴られるし、最後まで悩める賢治である。

父親は怒鳴るだけではない。話術、詭弁、正論、すりかえ、なんでもありの奸計をめぐらせて賢治を理論的に追い詰める。山西惇の演技が冴え渡る。

賢治役の松田龍平の好演も見逃せない。映画『蟹工船』などで見た松田龍平はイマイチだった。若くてかっこいいが、それだけ、と決めつけては申し訳ないが。あの松田龍平がこんないい役者になるとは予想していなかった。身体動作の演技が必ずしも多くない、颯爽としていないし、熱弁もわずか、そして東北弁――その賢治役を見事に演じきっていた。ゆったりとした進行、間の取り方が巧みだ。

最後、12人の登場人物から集めた思い残し切符を、車掌が客席に投げる。その瞬間、照明が落ちる。

さまざまな人生を閉じていった人々の思い残し切符。誰から誰に渡されるのか、決まりもなく、行方もわからない。でも、やるせなさ、かなしみ、たのしさ、やさしさ、はかなさをそっと漂わせる思い残し切符を、宮沢賢治から井上ひさしへ、そして、あなたへ。

前から2列目だったので、終演後、床から拾った思い残し切符を持って帰った。単なる1枚の紙切れで、何も書いていないが。