Tuesday, February 12, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(129)複合差別としてのヘイト・スピーチ


元百合子「在日朝鮮人女性に対する複合差別としてのヘイト・スピーチ」『アジア太平洋研究センター年報2016-2017』(大阪経済法科大学)


在特会・桜井誠及び保守速報による李信恵さんに対するヘイト・スピーチ・名誉毀損訴訟において、研究者による「意見書」が大阪地裁に提出された。私も一つ書いたが、元百合子は国際人権法の見地から複合差別としてのヘイト・スピーチについて「意見書」をまとめた。

2016年9月に大阪地裁判決が出て、李信恵さんが勝訴した。判決は人種差別を認めたが、複合差別については認定しなかった、本論文はその段階で書かれた。元意見書の概要をもとに、一審判決へのコメントを加えている。なお、その後、二審判決が複合差別論に応答した。日本の裁判所に複合差別を認めさせる元の先進的な理論的闘いである。

国際人権法として、元は「女性に対する暴力」を重視する。この点も元論文の積極面である。1993年の女性に対する暴力撤廃宣言、1994年以後の国連人権委員会及び国連人権理事会における「女性に対する暴力」において、例えばセクシュアル・ハラスメントは明確に暴力と定義されていた。日本ではセクハラの暴力性を認めさせるのに時間がかかった(というか、まだ認めようとしない政治家がうじゃうじゃいる)。

何しろ、「女性に対する暴力」は四半世紀に及ぶ国連人権機関の重要テーマである。ところが、日本では、ラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」に対する誹謗中傷が飛び交う。日本ではまともな議論がなされていない。

元は、国際人権法の基本を確認し、「被告らが街宣やインターネットを媒体として行った不法行為は、公的空間でおこなわれた心理的・精神的暴力」と適格に認定する。ヘイト・スピーチの暴力性を認識できるか否か、ここが一つのポイントである。その上で、人種差別と女性差別が交錯する複合差別について、国際人権機関における議論の経過を追跡し、元は複合差別の主要形態と事例を整理し、その基準に照らして、李信恵さんの被害が複合差別の被害であることをていねいに明らかにする。


国際人権法におけるマイノリティ差別の研究者として、同時に女性の権利の研究者として、元は複合差別の研究を続けてきたが、本論文ではその成果を縦横に駆使して、明晰な論理を展開している。私のヘイト・スピーチ論では足りない部分であるので、今後も元に学ばなければならない。