金子匡良「『差別されない権利』の権利性――「全国部落調査」事件をめぐって」『法学セミナー768号(2019年)
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「全国部落調査」復刻版出版事件とは、2016年、「示現舎」が1936年の「全国部落調査」の出版を企画し、さらにインターネットに公開したことに始まる。このような情報が公開されると、就職差別や結婚差別に悪用される恐れが高いことから、被差別部落とされてきた地域の住民らが、出版差止めとウエブサイト頁削除を求めて提訴した。その仮処分決定をもとに論じた論文である。
原告は保護されるべき権利として、名誉権と並んで「差別されない権利」を掲げる。裁判所は差別されない権利には言及していないが、「不合理な差別を受けないという人格的利益が認められるというべきである」と述べた。
「『差別されない権利』という名称を付するか否かはともかく、人格権もしくは人格的利益の一つとして保障されるべき」という決定も出た。
金子は次のように述べる。
「ヘイトスピーチなど差別的言動が先鋭化している現況に鑑みれば、差別されない権利利益を明示的に保護すべき必要性は増しているといえる。法的な権利利益を新たに確立するためには、下級審判決の蓄積が大きな意味を持つが、この点において、係属中の本訴の判決がどのような判断を示すかが注視されるところである。」(9頁)
「差別されない権利について付言すれば、現在、憲法14条1項の平等条項の解釈は、過渡期を迎えているといえるのではないだろうか。これまで通説・判例は、憲法14条1項は不合理な別異取扱いを禁止したものであり、それは嫌悪感や偏見に基づく排除や攻撃とは別の概念であるとしてきた。それゆえ、上述の各決定も、部落差別を法的な意味における差別の問題としてではなく、人格権侵害の問題として組み立てようとしたのであろう。従来の判例理論との整合性を考えれば、それ自体は至極当然の解釈といえる。」(9~10頁)
しかし、金子はこうした解釈は限界にきていると見る。
「ヘイトスピーチ等に代表される差別的言動や、障害者差別の中で顕在化した合理的配慮の問題、あるいは間接差別や関連差別といった新たな差別事象に対応していくためには、これまでの差別概念を拡張し、不合理な別異取扱いのみならず、合理的配慮の不提供や、偏見や差別意識に基づく不当な言動およびそれを助長する行為を広く『差別』と捉え、それらの排除や予防を求める権利を『差別されない権利』として新たに構成する必要がある。」(10頁)
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金子説に賛成である。
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私は「ヘイト・スピーチを受けない権利」を唱えてきた。雑誌『部落解放』に3年以上連載しているのが「ヘイト・スピーチを受けない権利」であり、最近出版した前田朗『ヘイト・スピーチ法研究原論――ヘイト・スピーチを受けない権利』(三一書房)につながった。これは金子の「差別されない権利」に含まれるだろう。
私のアイデアは、パナマ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書において「ヘイト・スピーチを受けない権利」としていたことに由来する。人種差別撤廃条約第1条、2条、4条、5条、6条の総合的解釈として提示できる。
また、日本国憲法前文、第13条、14条及び12条の解釈として、「アジアの人民が日本でヘイト・スピーチを受けない権利」を想定してきた。もちろん、誰であれヘイト・スピーチを受けない権利を有していると言えるだろう。
今後は金子説も参照しながら検討していきたい。